第90話 射撃試験
今回は第87話の続編のような内容になってしまいました。チートはネタだしが難しいですね。
「それにしても、しばらく見ないうちにマリブールもずいぶん変わったのう」
熊三郎へのマリブールの自慢がてら、隼人達は陸軍演習場に向かっていた。隼人と熊三郎の他、同行するのは熊三郎と一緒にいたい桜、梅子、それから陸軍の新兵器の実験とあって視察するエーリカ、そしてアントニオである。
「ナルヴェク、ケルンの他に、エディンバラなどの他の領主との交易路もできたからな。製鉄量は右肩上がりだ。海上交易もうちは大型で高速な船をそろえているから、独占まではいかないが、好況だ。船舶もまだまだ不足しているから造船業も活況、麻織物も、品質こそ劣るが、量と安さで絶好調だ。もっとも、麻織物は安いとはいえ、まだまだぼったくり価格だがな。工場で作っているからかなりの安値で作れている」
隼人はマリブールの発展を誇らしげに語る。
「それは結構なことですな。聞けば銃剣と大砲を広めたのも隼人殿であるとか。大変結構な事ではあるが、他の領主との関係はどうなっておる?隼人殿はその辺り不慣れじゃから心配なのだが……」
「そのあたりは……まあ、利害が一致する貴族とはそれなりに文通やらパーティーやらで付き合いをしているよ。でもいつの間にかルブラン派閥の旧貴族派からは敵視に近い警戒されてしまっているな。反面、他の貴族は好意的だし、新貴族派からは重要人物扱いされている。できれば旧貴族派とも仲良くしたかったが、もう無理だな」
隼人は苦手な部分を突かれ、反省を込めて答える。戦とマリブールの開発に忙しかった事は確かだが、人脈作りに失敗している事は否めない。隼人が積極的に作った人脈は交易先ばかりで、他は受動的に出来上がってしまった人脈だ。結果としては新貴族派の中枢人物に祭り上げられ、マリブールで利益を貪ろうと商人達が群がるばかり。彼らは隼人が凋落すれば一挙に離れていくだろう。
「まあ、なってしまったものは仕方がない。敵味方が分かれる事もある程度は仕方がない事じゃ。じゃが一方の派閥に組み入れられたからには、その派閥の中で交流を深め、彼らの信頼と絆を得ていくべきじゃ。そうやって影響力を強めていかないと、いざという時に孤立してしまうぞ」
「そうだな……、ただでさえマリブールは機密技術や富の宝庫だ。敵が多い分、しっかりと味方を作っていかないといけないな。もっと積極的に交流しなければならないか……」
これまでも何度も指摘されてきた外交問題。それを熊三郎にも指摘され、気を落とす隼人。今後はセレーヌらとさらに協力を密にして事にあたっていかねばならないだろう。
「まあ気を落とすな。わしが居ぬ間にナルヴェクを領有し、伯爵へ昇爵したんじゃ。短期間でここまで成長すれば出る杭は打たれるもんじゃ。完全に孤立していないだけ、よくやっていると思うぞ。内政があるからほいほい外交に出かける事は難しいじゃろうから、今後は贈り物や文通を欠かさぬようすることじゃ。パーティーを頻繁に開くと逆に成金扱いされてひんしゅくを買うかもしれんからの」
「そういうものか……。外交は難しいな」
「何、そこを支える事がわしらの仕事じゃ」
からからと笑って隼人を励ます熊三郎。熊三郎はやはり頼りになるし、説得力がある。これからもご意見番として甘えてしまいそうだ。
そんな会話をしながら城壁外の演習場に到着した。そこではエーリカがかつてケルンから連れてきた鍛冶屋のフーゴと数十人の兵が待っていた。
「さて、ライフル銃1種とライフル砲2種の試験だったな」
エーリカが楽し気に隼人に確認をとる。
「そうだ。物は実際に見てもらった方が早いだろう。フーゴ、解説を頼む」
「おう。まずはライフル銃だな。とはいえ銃自体は火打石式のマスケット銃にライフルを刻んだ程度だ。目玉はこの弾だな。椎の実型で先が尖っている。さらにすごいのは、後ろがくぼんでいる事で、こいつが火薬の圧力で広がる事で弾がぴったりとライフルにはまるんだ。試験したところ、1000メートルまで狙えるし、しかも鉄板を貫通した。さすがに1000メートルで当てるには銃兵の練度がかなり必要だが、1000メートルまで威力があるというのは脅威だぞ」
フーゴは初めて会った時と同じように、隼人が伯爵になっても敬語は使わずに自慢してくる。その説明を聞いたエーリカが興味深そうに銃弾を手に取る。
「こんなちっぽけな銃弾が戦を変えるのか……」
エーリカには将来が予測できた。騎兵の凋落と歩兵の台頭、そして従来の大砲と変わらない射程による砲兵の危機だ。隼人はその様子に気づいたが、フーゴは気にも留めず大砲の説明を始める。
「そんで、これが従来の砲にライフルを施した砲だな。砲弾も椎の実型だが、こっちは銅を巻いてある。銅が熱で膨張してライフルに食い込むんだな。射程は3500といったところだ。砲弾は鉄の塊の実体弾と、発射薬の点火で内部の火薬が燃焼を始めて、10秒以内に爆発する榴弾の2種類がある。こいつの問題は砲弾の加工精度だな。大きすぎると入らないし、小さすぎるとライフルに食い込まない。大量生産方法は研究中だな。大砲自体はそれほど問題はないな」
フーゴはしれっと射程を言ったが、これは従来砲の3倍近い射程だ。これは一方的に敵を射撃できる事を意味する。
「最後は同じライフル砲でも後装式だ。砲室を閉鎖する尾栓を上からはめ込む方式だな。こいつは構造が特殊なもんで、射程は2500程度に抑えてある。その代わり装填速度は早いぞ。従来型の数倍だ。……ただし、こいつは尾栓の問題が解決していない。発射時に破壊されたり、焼き付いて次の弾を装填する時に引き抜けなかったりな。正直なところ、こいつはお勧めしかねる」
最後の砲は日本で俗に言うところのアームストロング砲だ。余談だが、この構造でなくても、アームストロング社製の普通の大砲もアームストロング砲と記録されている場合もあるから厄介である。
「ふむ、試作なのにもうそんなに欠点が出ているのか」
エーリカが呆れるような、感心するような声で言う。
「この砲は中島伯爵の旦那が半ば思い付きで作れって言ってきたんだが、最初から問題点を言ってきていたんだよ。旦那としては問題点が解決できればこれを使うつもりだったらしいんだが、俺達の技術じゃ問題点を確認するのが手いっぱいだったよ」
「いや、すまないな、フーゴ。上手くいけばいい砲だと思ったんだが、かえって負担をかけたな」
「いや、俺達にとってはこいつが一番面白かったですぜ。上手く動けば従来砲よりも何倍も強いからな。まあ、こっちは錬金術師の成果を待って別の方式を試すよ。今はとにかく砲弾の加工精度をどうにかするのが課題だな」
小手先の改良でもなかなか上手くいかないようだと隼人は痛感する。小手先といっても中世に幕末の技術を要求しているのだから当然だが。
「頼むよ。じゃあ一通り解説も終わったところだし、早速試射してみてくれ」
「おう。各5発ずつ発射するから、それで発射速度なんかを確認してくれ」
フーゴは隼人達が十分離れたことを確認すると、まずライフル銃手に発砲の指示を出す。
銃手は特に手間取る事もなく装填を完了させ、1000メートル先の大きめの鉄板を狙う。引き金を落とすと、マスケット銃よりも少し小さな音がして弾が飛んでいく。
その後もマスケット銃と大して変わらない速度で5発の弾が発射された。
「発射速度は上々だな。後は命中率と威力を後で確認せねばな」
エーリカがそう評するうちに次はライフル砲の発射準備をフーゴが指示する。着弾が分かり易いように全て榴弾を発射するようだ。
「発射!」
耳を塞いで口を開けたフーゴが支持を出す。隼人達も隼人の指示で同じように耳を塞いで口を開けている。
砲兵が点火すると、従来砲よりも小さな音がして砲弾が発射される。砲弾は時限信管の役割を果たす黒色火薬の火を引きながら演習場の端まで飛んで行って爆発した。
文句のない成果にどよめきが起こる。
しかし3発目と4発目が飛翔中に爆発したことで落胆する。
「どうにも爆発時期が不安定なようですね……」
アントニオが申し訳なさそうに言う。
「いや、戦端を開いてすぐの時期なら問題にならないだろう。それに、敵味方が混在すれば実体弾を使えばいいし、そもそも完全に乱戦になったら砲兵は使えんのは変わらん。砲弾が爆発するようになっただけ、大きな進歩だ」
エーリカがあくまで用兵側の視点で高評価を下す。
「いよいよ問題のあれか」
隼人は期待と不安を込めてアームストロング砲を見やる。地球の史実でも尾栓の問題で歴史の闇に消えていったアームストロング砲だ。性能自体は文句はないのだが、信頼性が心配だ。何せマリブールの産業革命は始まったばかりなのだから、冶金技術が追い付いているかは非常に怪しい。
「発射!」
フーゴの命令でアームストロング砲に点火される。ライフル砲よりも小さな発砲音で砲弾が飛んでいく。後ろに下がった砲を射撃位置まで戻すと、すぐさま尾栓が抜かれ、次弾が装填される。その速度はライフル砲の数分の一だ。あまりの好成績に皆の期待が高まる。
しかし4発目を発射し、再装填を行おうとしたところでトラブルが起きた。
「どうした!?」
フーゴとアントニオが駆け寄る。
「尾栓が焼き付いて装填不能です!」
期待が大きかっただけに隼人達に失望感が広まる。
結局、工房に持ち帰らないとどうにもならない事が判明し、射撃試験は終わった。
「申し訳ありません。最後まで射撃試験を継続できませんでした」
アントニオが隼人に頭を下げる。
「いや、気にするな。不具合が起こる可能性が高い事は最初から分かっていた事だ。むしろこの場で不具合が出て幸運だった。制式採用してから不具合が多発すると目も当てられないからな。研究は続けてもらうが、ともかく良くやってくれた」
隼人はそうアントニオとフーゴを慰める。
「まあ、現段階ではライフル銃とライフル砲が制式採用だな。ともかくいまはライフル銃の威力を見てみよう」
そう言って隼人を先頭に1000メートル先の鉄板を視察に行く。
「この鉄板は標準的な板金鎧と同じ厚さだ」
フーゴが得意げに言う。その鉄板には3つの穴が開いていた。
「5発中3発命中とは、腕のいい銃手だな」
隼人は感心したように言う。その横でエーリカ戦慄している。
「……これでは金属鎧など、意味をなさないではないか」
「……この銃が広まったら、そうなるだろうな」
エーリカは騎士の時代の弔鐘を聞いた気がした。そして数年後、それは現実のものとなるのである。
「……隼人殿、これはやりすぎじゃな。これは厳重に秘匿すべきじゃ。梅子、大変じゃと思うが、防諜をしっかりな」
「心得ました」
「隼人殿も、もう少し自重するように」
「うん、すまん」
熊三郎のお叱りを受けて、隼人は軍備系の改革から産業系の改革に比重を移す事を決めるのだった。
次回こそは内政チートを……!