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第89話 熊三郎の長征の終わり

 お待たせしました。熊三郎の帰還話、後編です。

 「うーむ。やはり桜様の手料理を食べると、帰ってきた安心感があるのう」


 城に戻るとすぐに桜達が料理にかかり、情報交換を兼ねた、熊三郎の帰還歓迎昼食会が開かれた。


 「……熊三郎、敷島の様子はいかがでしたか?」


 桜が緊張気味に尋ねる。


 「……まず、一条家の皆様は桜様を除いて全て、立派な討ち死に、もしくはご自害なされたと聞き及んでおります」


 「そう……ですか。民や家臣はどうなりましたか?」


 桜は目尻に涙をこらえながらも、民と家臣の事を案じる。家族の全滅は覚悟していたが、実際にその事を知らされると胸に来るものがある。隼人達は桜をいたわしそうに見つめる。


 「まず家臣については、五条家に従わなかった家は攻めたてられるか、改易されております。その中で放浪していた者や各地で蜂起の機会をうかがっていた者をできる限り拾ってまいりました。民については、領地替えに伴う領主同士の領地争いやその仲裁、反抗する者達の弾圧で税、夫役、軍役ともに重くなっているようです。これについても、生活が立ちいかなくなった者達を少しばかり連れてまいりました。さすがに数が多すぎ、全部は無理でした。申し訳ありません」


 「そうですか……。敷島の民も苦しんでいるのですね……。しかし熊三郎が気に病むことではありません。これは一条家と五条家の責任ですから」


 「それこそ桜様の責任ではございません。悪いのは五条家ですし、そもそも桜様は第1王女と言えども姫君では何かと限界があります」


 「いえ、それでも一条家の残された者として責任を感じます。今やできる事は少ないですが……」


 故郷の大事とあって桜も熊三郎もいつになくかしこまって話している。熊三郎は桜とは付き合いが長いので、普段は敬意を払った敬語といえどもなかなかくだけた感じで話すのだが、今日はいつもよりも言葉が固い。


 「桜、熊三郎、もっと気を楽にしろ。俺達はできる事をやるしかないんだから。当面は熊三郎が連れてきた連中に衣食住と仕事を確保する事だな。一条家の方々の事は残念だが、何か形見とかは見つけられたか?」


 沈痛な空気を隼人があえて口を挟み、空気を緩和させる。とはいえ、敷島の暗い話から展開させられなかった事は、隼人のコミュニケーション能力の限界を示す事例でもあろう。


 「そうじゃ、一条家の宝物のほとんどは五条家に奪われるか散逸してしまったが、生き残りの侍女が形見を1つだけ隠匿しておいてくれたのじゃ。桜様、こちらです」


 そう言って熊三郎は桜に、吸い込まれるような美しさを持つ緑の勾玉を見せる。


 「こ、これは!」


 「はい。一条家に伝わる勾玉です。桜様のお父上が落城前にお母上に託し、お母上がご自害為される前に侍女が託されたのです」


 「そう、ですか。父上と母上が……」


 勾玉を渡された桜が言葉に詰まる。それを見て隼人が席を立って桜を横から抱きしめる。


 「桜、辛い時は泣いてもいいんだぞ。今泣いておかないと、ずっとため込むことになる。ここには気心の知れた者しかいない」


 「う、う、うわぁぁぁ」


 桜は隼人の胸にしがみついて泣く。隼人はその背中と頭をなで続けた。


 15分ほどで桜は落ち着きを取り戻し、赤い顔で「お見苦しいところをお見せしました」と言って、隼人にキスをしてから離れた。その姿を見た熊三郎は隼人と桜の絆の強さに感心し、同時に少し寂しさを感じるのだった。




 「……ところで爺様、近衛家の者はどうなりましたか?」


 隼人が席に戻ったところで梅子がきりだす。梅子も敷島を出てから熊三郎以外の親類とは音信不通なのだ。


 「……わしと梅子が最後の近衛家じゃ」


 「やはり、ですか……」


 梅子がうつむき、袴を握りしめる。


 「梅子、大丈夫か?」


 隼人は心配になって梅子に問う。


 「ああ……、大丈夫だ。……ただ、今夜は隼人と2人きりで寝たい。そうでもしないと、少し寂しい……」


 いろんな意味で顔を真っ赤にして要求を口にする梅子に、思わず隼人は了承する。

 なお、言うまでもない事だが、夜に梅子は隼人の胸で30分ほど涙を流し、そのまま情に流されるまま、いつもより激しい運動をする事になる。




 「……さて、悲報はここで終わりじゃ。まずはわしが敷島から持ち帰ってきたものを披露させてもらおうかの。まずはこれじゃ」


 そう言って熊三郎は1振りの刀を隼人の前に置く。それを見た梅子が驚愕の表情を浮かべる。


 「これは?」


 「近衛家に代々伝わる宝刀じゃ。隼人殿、これはお主に持っていて欲しい」


 「いいのか?」


 「うむ。今や隼人殿は梅子の夫じゃ。わしの自慢の孫娘婿でもあるからの」


 熊三郎は何でもないように言う。隼人はわずかに迷って刀を受け取る。


 「お義理爺様、梅子とこの刀、きっと大事にいたします」


 「ははは、隼人殿は確かにわしの義理の孫になるが、その前にわしは隼人殿の部下じゃ。今更かしこまらないでくれ」


 「そ、それもそうか。じゃあ今まで通り、という事か」


 「そう言う事じゃ。それから、場合によってはもっと良い物も持ってきたぞ」


 ここで熊三郎は話を区切り、全員を見渡す。


 「米、醤油、味噌を持ってきたぞ。それに醤油職人と味噌職人、そしてもちろん稲作のできる農民も連れてきておる」


 「「「!!!」」」


 熊三郎の言葉に隼人、桜、梅子が激しく反応する。


 「という事は……」


 「白ご飯も、味噌汁も作れるのですね!」


 「和定食が食える……!」


 隼人にとっては約5年ぶり、桜と梅子はそれよりも久しく食べていなかった米を食べる事ができるのだ。3人は歓喜する。パン食組はその喜びは分からないが、ともかく喜ばしい事なんだろうと表面上は歓迎の笑みを浮かべる。


 もちろんその日の夕食は、桜が全身全霊を込めた和定食だったのだが、隼人、桜、梅子が泣きながら白米を食べる姿に、パン食組は戸惑いを隠せなかった。5年以上ぶりの米は、米で育ってきた者達には干天の慈雨だったのだ。




 しばらく歓喜に震えていた隼人らが復帰したところで熊三郎が続ける。


 「ふむ、そろそろいいかの?後は連れてきた人員じゃが、一条家と近衛家、その他一条家派の諸家に仕えていた忍びの者達が各地に潜伏しておったので、連絡をとれた者は全員連れてきた。人種の問題から諜報は厳しいが、防諜と訓練には大いに役に立ってくれるはずじゃ」


 「おお、それはありがたいです、爺様。今の中島家には他家の草が多すぎて対処しきれなかったのです。こちらの文化、風習などを再教育する必要はあるでしょうが、一息はつけそうです。ありがとうございます」


 諜報、防諜担当の梅子がほっとした様子で熊三郎に礼を言う。中島家は防諜関連で安心できる場所が限られていたので、これからはもう少し気楽になるだろう。

 ついでに言えば、諜報と防諜を別組織にしたいところだが、それはもう少し先の話になるだろう。


 「それから武家と官吏もかなりの人数を連れてきた。改易、解雇された者はもとより、表向きは五条家に従っている家からも次男坊、三男坊をよこしてもらった。いずれも桜様への忠義は厚いので、信頼はできるじゃろう。ただし、高位の者だった人物もいるので、隼人殿はその辺りも留意していただきたい。再教育が済んだら早めに役職をつけてやってほしい。まあ、あまり頭の固い奴は連れてきていないから、そこまで面倒ではないと思うがの」


 「了解した。ならナルヴェクを任せているアルフレッドと交代する事になるな。後はスカンジナビア地方とマリブール周辺で代官を任せる事になるかな。いや、下級官吏はそれほど不自由していないんだが、中級、上級の官吏や指揮官が不足していたから頼りにさせてもらうよ」


 「うむ。じゃが彼らが忠義を寄せているのはあくまでも桜様じゃ。決して、桜様をないがしろにせんようにな」


 「それはもちろん。妻をないがしろにする夫などありえんよ。俺達の愛は少なくともそこだけは自信がある。無論、子供達についてもな」


 「それを聞いて安心したぞ。まあ、わしが出発する前から隼人殿は尻に敷かれる風があったから大丈夫だとは思っていたがのう」


 熊三郎はカラカラと笑い、隼人は言葉に詰まる。実際のところは尻に敷かれる敷かれない以前に、隼人とその妻達の絆は熊三郎が出ていってからも一層強くなっていたのだが、それを面と向かって言うには恥ずかしすぎたし、そもそも少しずつ強めていったものだから実感もそれほどないのだ。これが恋人状態なら自覚はあるのかもしれないが、家族になった今はそれが当たり前になって特別感じる機会が少ないのだ。


 「まあ、この話はこの辺にしておこうかの。後は食い詰めた農民と商人、それに引き抜いてきた職人だが、受け入れてくれるか?」


 「職人については大歓迎だ。技術者はいくらいても足りないからな。農民と商人については……エレナ、セオドア、どうだ?」


 「そうですね……、聞くところ、敷島の農業技術はこの辺りとはだいぶん違うようですから、冬の間に適地を見つけてもらって、春から実験農場として開墾していただきたいところですが……。セオドアさん、予算はありますか?」


 「実験農場については、何とか予算をひねり出します。放置するわけにもいきませんしね。商人については、熊三郎さんが増やしてくれた隊商の運用を中心に、中島商会を拡大させてもらいましょう。そろそろ海運航路にある都市に支店を開いてもいい頃合いですからね。とはいえ、人材に関しては吟味させていただきます。商人は信用第一ですから」


 「なら大丈夫そうだな。熊三郎、人口が増える事は大歓迎だから受け入れるよ」


 「おお、それは良かった。農民、職人、商人は当初予定していなかったから少し心配していたのじゃよ。受け入れてくれて、ありがとう」


 「何、路頭に迷わすわけにはいかないからな。領主として、伯爵として、そして桜の夫としてそれはできんよ。……ところで、全部で何人くらいになる?」


 「後続の2つの隊商を含めて、武家や忍びも合わせてだいたい1200といったところじゃな。金は隼人殿を見習って交易する事で増やしてある。第1陣の人数が少なめだったのは米などの物資の輸送を優先したからじゃ」


 「1200人か……。一時的に兵舎を使えば何とかなるか」


 隼人は熊三郎がしれっと連れてきた1200人の大人数におののくが、これだけの人口を逃すのももったいないので受け入れる事にする。セオドアは早速アントニオと彼らの住居について論議している。だがコンクリートを使っても住居の完成は春以降になりそうだ。




 「そう言えば熊三郎、連れてきた者達は全員が全員敷島出身ではないようだが、あれはどこから連れてきたんだ?」


 「ああ、彼らは途中で傭兵として雇ったり、没落した貴族や商人を拾ってきた者じゃ。真っ当な人間ばかりじゃから、ひょっとすると敷島人以上に信頼できるかも知れぬぞ。彼らの事もよろしく頼む」


 「そう言う事か……。まあ熊三郎が選んだんだから大丈夫だろう。歓迎しよう。ただ、彼らにしても、敷島人にしても、住居が整うまでは来客用の仮兵舎で我慢してもらうぞ」


 仮兵舎とは、ある程度以上の城や都市には常備されている、援軍やパーティーの来客の護衛を一時的に宿泊させる兵舎だ。最低限の設備は整っているが、短期間しか利用しない前提なので、居住性は正規の兵舎に比べれば劣る。


 「それについては言い聞かせてあるから大丈夫じゃ。ただ、位が高かった者については宿を手配してもらいたい。仮兵舎住まいだと隼人殿への忠誠に支障が出かねん。10世帯ほど何とか手配してもらいたいのじゃが……」


 「うーん。一部は城住まいでは駄目だろうか?最近出入りする商人が多くて宿はあまり空きがなくてな、できれば空きのある城に収容したい」


 「それは仕方ないのう。仮住まいという事で納得してもらおうかの。じゃが住居の手配はできるだけ早く頼むぞ」


 「わかっているさ。せっかく手に入れた人材を手放す気もないしな」




 最低限必要な話が終わると、熊三郎は各地の情勢や自分の武勇伝を語り始める。熊三郎も疲れているだろうに、それをおくびにも出さない。

 一通り語り終えると、赤ん坊達の顔を見に行き、1時間ほど可愛がった。その後夕食も終わり、熊三郎はまた赤子の様子を見に行きたがったが、用意された自室に隼人達に押し込まれた。さすがにじいさんにこれ以上はしゃがせて体を壊されるわけにはいかない。熊三郎は少し不満気であったが、しばらくするといびきが聞こえてきた。やはり熊三郎も疲れていたのだ。すでに隊商の他の者達は仮兵舎で泥のように眠っている。

 こうして隼人達中島家は飛躍に必要なものを手に入れたのであった。

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