第88話 熊三郎の帰還
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帝国歴1794年11月3日昼頃、マリブールの城門前で衛兵と遠方から来たらしい装束の男がもめていた。
「自分は近衛熊三郎の使者である。一条桜殿下、近衛梅子様にお目通り願いたい」
「近衛熊三郎など聞いた事がない。桜様と梅子様もお忙しい。早々に立ち去られよ」
「なにおう!熊三郎様を知らぬと申すか!?このポンコツ衛兵め!」
「黙れ!お前のような胡乱な奴を城にいれるわけにはいかん!」
この茶番が起きた理由は、衛兵が半年前に他の領地で首になった者を中途採用した男が当番だった事、そして使者の若者が血の気の早い若者だった事である。衛兵はガリア王国、及び周辺諸国の貴族、大商人の顔と名前には隼人以上に詳しかったが、残念ながら熊三郎の事を知る機会がなかった。
2人は数分間大声で押し問答を続けた。だが幸運にも若い使者がこの数分間をわめき散らしたために組織の上にも騒ぎが伝わった。そして古参の(と言っても若いが)女警備隊長の耳に入ったことで、急ぎ隼人と桜、梅子が呼ばれる。
「熊三郎の使者とは本当か!?」
隼人は城門を出るなり尋ねる。
「帰れ帰れ!……っと中島閣下!この男はそう申しております。ですが、私は近衛熊三郎など、寡聞にして聞いた事がございません」
「ふむ、君は新入りか?」
「はっ、半年前に、解雇された私を閣下が拾ってくださいました」
「ああ、そうか。それで聞いた事がなかったんだな。熊三郎は俺の大事な仲間……いや、親戚になるのか?まあそう言う人だ。ところで使者は……」
隼人が衛兵と話している間、使者は驚きの顔で口をパクパクさせて言葉を発せられないようだった。それを桜と梅子が苦笑しながら見ている。
「桜、梅子、この者の事は知っているのか?」
隼人の問いに梅子が答える。
「ああ、こいつは畠山又吉。近衛家で重臣をやっていた者の嫡男だ。よくぞ生きていてくれたものだ」
梅子の言葉に又吉は涙を滂沱として流し、ようやく声を絞り出した。
「さ、桜殿下、梅子様……よくぞ、よくぞご無事で。熊三郎様はマリブールまで1日の距離まで隊商を進めております。他にも2つの隊商がマリブールを目指しております。1週間の内に3つの隊商全てが到着する予定でございます」
「そうか!熊三郎がようやく帰ってくるのか!桜、梅子、これでようやく熊三郎にひ孫を見せられるな!」
又吉の言葉に隼人は歓声を上げて桜と梅子を抱き寄せる。しかしそれを見た又吉の顔が急に青くなる。
「あ、あの、中島閣下とお見受けします。桜殿下と、う、梅子様を娶ったという話は本当なんでしょうか?」
「ん?ああ、自慢の妻達だ」
「子供もできたんですよ」
「拙者も隼人の子を産んだ。悪いな、又吉」
隼人、桜、梅子の言葉に又吉はへなへなとへたり込む。
「おい、どうしたんだ?桜、診てやってくれ」
「それには及ばんよ」
心配する隼人と桜を梅子が制する。
「こいつは拙者に片思いをしていたようでな。拙者は少し暑苦しくて苦手だったんだが。それで是非婿入りさせてくれと、クーデターの直前頃から何度も迫って来てな。今初恋が終わったんだろう。とはいえこいつもこいつで桜にも目移りしていたようだから、拙者は罪悪感がないな。まあ、根はいい奴だからそのうち良縁が見つかるだろう」
どうやら隼人は知らぬ間に人の初恋を粉砕していたようだ。まあ梅子は美人だから仕方ないだろう。梅子も事情を知っていながらサバサバしている所を見るに、本当に片思いだったのだろう。
「ま、そんな事はともかく、爺様を迎える準備をしよう。長旅で疲れているはずだからな」
「そうですね。でも帰ってからの方が忙しいとか愚痴を言いそうですけどね」
「ははは、違いない」
梅子と桜は楽しそうに談笑しつつ、熊三郎の受け入れ準備のために城に戻っていった。城門には隼人と衛兵と又吉が何ともしがたい空気で取り残される。
「……あー、又吉。ご苦労だった。部屋を用意させるからゆっくり休むといい」
「……はい」
隼人の言葉に又吉は死んだ魚の目で答える。
「君も衛兵業務、ご苦労だった。これからも精勤頼む」
「はっ」
衛兵にも声をかけてから隼人は逃げるように城に引っ込む。部屋が用意されるまでの間、衛兵は微妙な空気のまま又吉を励ますのだった。
帝国歴1794年11月4日午前、マリブール東の丘陵から大規模な隊商が姿を現した。旭日の旗印を掲げてマリブールへ向かってくる。間違いなく熊三郎の隊商だ。この事を城門の衛兵が城に知らせると、宿舎の手配に昼飯の炊き出しにと受け入れの準備が進められた。隼人も、義人を抱いた桜、鷹志を抱いた梅子を連れて城門まで出迎えに行く。
「2年、かぁ」
「そうか、熊三郎が出てから2年近く過ぎたのか……」
「2年で色々ありましたから、長かったのか、短かったのか分かりませんね」
梅子の感慨じみた呟きに隼人と桜が話始める。
「2年でマリブールもよく発展したものだし、領地も増えた。伯爵にもなった。熊三郎も驚くだろうな」
「それよりも私達の子供の方が大事ですよ。義人も鷹志も可愛く育ってますからね。ひ孫なんですから大喜びしますよ」
「拙者は爺様がようやく帰って来てくれてほっとしているよ。爺様に限って死ぬことはないだろうが、やはり2年ぶりとなると、な。隼人がいるから寂しくはなかったが、やはり義人と鷹志を爺様に見せてこそ、ようやく一段落という気がするよ」
「ふふ、梅子は昔からおじいちゃん子でしたものね」
「い、いや。拙者の師が爺様であるだけで、言うほどではないぞ」
「でも幼い頃は2人で熊三郎に泣きつきに行ってはお説教されていたじゃない」
「そ、そんな古い話を……。それなら桜も爺様に甘えてばかりだったじゃないか」
「ええ、私に男親として接してくれたのは熊三郎だけですもの。私も熊三郎に早く会いたくて気がせいてるわ」
桜と梅子が熊三郎との思い出に話の花を咲かせる。隼人は知らない話なので、特に話に首を突っ込むでもなく、微笑んで耳を傾けている。
そうして足を進めているうちに城門の外まで出てきた。もう隊商とは目と鼻の先だ。様々な国、地方の装束をまとった隊商が近づいてくる。その先頭は見間違えるはずもない。最後に見た時に比べて髪はだいぶん白くなっているが、近衛熊三郎その人だ。3人は同時に熊三郎に手を振る。熊三郎もそれに答えて手を上げ、馬の足を速めて1人近づいてくる。
「おーい、桜様―、梅子―、隼人殿―!」
熊三郎が馬上から老人とは思えぬ大音声で叫び、馬をかけさせる。隼人達の傍で馬を止めると、軽やかに下馬して桜と梅子を抱き寄せる。61歳の年齢を感じさせない動きだ。
「桜様、梅子、会いたかったですぞ」
「熊三郎、お帰りなさい」
「爺様、お帰り」
そう一言交わすと今度は隼人にやさしい目を向ける。
「お帰り、熊三郎」
「ただいま、隼人殿。立派になったようじゃの。それに桜様も梅子も、見違えるほど美人になられた。それで、その子達が?」
「ええ、私の子で嫡男の義人と、梅子の子、鷹志よ」
「ちなみに隼人の女は全員1子を授かっている」
「おお、それはすごいのう。隼人殿は名射手じゃ。それにしてもかわいいのう。義人様は面立ちは隼人殿に似ておるが、目のあたりは桜様によう似とる。鷹志はその逆じゃのう。いやはや、桜様はともかく、梅子のひ孫の顔を見るには少し早いかと思っておったが、みな、よろしくやっておったようじゃのう」
熊三郎のギリギリの言葉で隼人達3人は赤面する。熊三郎はその3人をよそに義人と鷹志を可愛がる。完全に爺バカの顔になっている。隼人はそれを、珍しいものを見た、といった体で眺めていたが、そこへ急に熊三郎が隼人の顔を剣呑とした目で睨みつける。
「……ところで隼人殿。わしが居ぬ間に浮気などしておらぬじゃろうな?」
「め、滅相もない!」
「ははは、爺様、そこは安心していい。隼人のことはしっかりと拙者達が守っていたからな」
「ふむ、梅子がそう言うなら安心じゃの。隼人殿は情に弱いところがあるから、少し気がかりじゃったのじゃよ。まあ、セレーヌ嬢くらいなら増やしても構わないがの」
「ふふ、そうですね」
「え、セレーヌ?え、え?」
唐突に出てきたセレーヌの名前に隼人は困惑する。だが否定はできなかったあたり、十分情が移っていると見ていいだろう。
そんな隼人をよそに熊三郎は2人の子を可愛がり、桜と梅子は自分の子を自慢する。
そうこうしているうちに隊商が城門まで到着する。
「さ、桜様!よくぞご無事で!」
「おお!桜様!」
「桜様だ!」
桜の傍まで近づいて桜の姿を確認すると、敷島風の装束をまとった男女が次々に歓声を上げてひざまつく。他の異国の装束を着た者達もそれにならって困惑しながらひざまつく。
とりあえず代表として挨拶しようと1歩踏み出した隼人を桜が制し、隼人の1歩前に出るかたちで桜が彼らの前に立つ。その後ろには梅子と熊三郎が自然に控える。
「みなさん、長旅ご苦労様でした。私が桜です。そしてこの子は私の嫡子、義人。そしてこちらは私の夫であるマリブール領主、中島隼人伯爵。皆さんには隼人さんの傘下に入っていただく事になります。ここ、マリブールは皆さんの新しい故郷です。みんなで隼人さんとマリブールを盛り立てていきましょう」
そう宣言して桜は隼人の後ろに下がる。次は隼人の番だという事だ。
「みな、長く、苦労の多い旅路、ご苦労であった。これからは私の下で働いてもらう事になる。不慣れな土地で苦労するだろうが、何かあれば私に言ってくれ。せっかく来てくれたのだから、私も可能な限り手を尽くそう。今日のところは、狭いかもしれないが宿舎を用意しておいた。そこでゆっくり休んでくれ。みな、ここまでたどり着いて来てくれて、ありがとう」
隼人の演説が終わった後、ひざまついていた隊商の面々が立ち上がる。ほっとした顔をする者、感激している者、隼人に胡乱な目を向けている者と様々だが、みんな精気はつらつとした者ばかりだ。平均年齢も若い。熊三郎が元気で有能な者を連れてきてくれたのだろう。彼らとは初顔合わせとなるが、時間をかければ良い主従関係を結べるだろう。どういった人物かは熊三郎に聞きつつ、1人1人面接していく事になるが、きっとマリブールを支えてくれるはずだ。
「とりあえず今日は城の宿舎で休息をとってもらう。案内するから荷馬車とともについて来てくれ」
こうして隼人は第1陣として350人ほどの有能な人材を手に入れたのであった。
再会シーンだけで目標字数に到達したので、熊三郎の連れてきた人材や持ち込んだ物資については次話に。ここから内政チートがどんどん加速していく予定です。