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第9話 ノースグラードの闘技場

 一行はスモレンスクを出た後、ノース河を目指す。ノース河は大陸中央の湖、大陸海から出てノースグラードを経由して北の海に注ぐ大河だ。その途中、村々で食料品との物々交換や、人員の募集を行った結果、人員は50人余りに増えた。盗賊とは中規模のものと数回交戦したが、ゲームから移植されたスキルのおかげか、はたまたゲーム時代の経験故か、先に発見することに成功し、逆に奇襲をかけて撲滅している。これにより駄馬2頭を含む戦利品を得、捕虜も11人確保した。


 1週間の旅の後、ノース河に到達した。あとは2週間ほど北上すればノースグラードである。

 その日の日暮れ、すっかりキャンプが設営され、夕食が終わった時間。担当の者が歩哨に立ち、他の者は自由に談笑する者、武具の整備にあたる者、次の歩哨に備えて既に寝入っている者など、様々だ。隼人は3直制のうち最初の警戒の責任者なので、これからしばらく起きている必要がある。そんな時にナターシャがやって来た。


 「兄さん、少しよろしいですか?」


 「構わないが、寝なくていいのか?」


 「少しお話がしたくて。ノース河、初めて見ましたが、大きくてきれいですね」


 「ああ、こんな大河を俺もゆっくり眺めるのは久しぶりだ」


 「兄さんは旅慣れしているようですね」


 「まあな」


 そんな他愛ない会話が途切れる。

 しばらくしてナターシャが口を開いた。


 「行商をして、そのあと何をするつもりですか?」


 「…正直、わからないな。とりあえず今は行商で生きていくのが最善だ。だが資金を貯めてどうするかはまだ考えてないな」


 「…私は、兄さんにはあまり危ないことはしてほしくありません。もう家族を失うのはいやなんです」


 「ナターシャ…俺は死なん。絶対だ。約束する」


 「はい…でも、危ないこともしないでくださいね」


 そこへカチューシャが歩みよって来た。


 「お姉ちゃん、一緒に寝よ」


 カチューシャは家族を失って以来、姉と一緒でなければ眠れなくなっている。それを考慮して、姉妹の当直は最後にまとめている。


 「はいはい。それでは兄さん、おやすみなさい」


 「おやすみ」



 

 隼人は一人になって考える。自分は何をしたいのか。これまでは生きるために状況に流されてきただけだ。これからはしっかりと自分の足でたって、自由に生きていくことができる。

 これがゲームであれば簡単だ。行商を続け、大金持ちの大商人になるか、行商隊を傭兵団に改編し、大陸に覇を唱え、大陸統一を目指すか。

 しかしこれは現実である。異世界に来てしまった以上、元の世界への帰還を第一目標に据えるべきだろう。しかしこの世界に来てからおよそ10カ月、何度もゲーム終了を試したがうまくいかない。救助要請のメールもできない。さては魔法かと思ったが、この世界には、隼人のMOD同様、自然治癒力増幅系の回復魔法しかないらしい。死んだら戻れるかもしれないという希望はあるが、そのまま死んでしまう恐れが多分にあるため、絶対に試したくはない。

 それに、今は信頼できる、仲の良い仲間にも恵まれ、いささかこの世界に居心地の良さを感じている。彼女らを捨てて還るのも抵抗を感じる。やはり現状、この世界で生きていくしかなさそうだ。


 「さて、どうするかな」


 そんな独り言をつぶやき、夜空を見上げる。すでに日は落ち、星が頭上に輝き始めていた。故郷の明るい、月くらいしか見えない夜空よりも綺麗だった。ぼんやりと星を数えながら考えていたが、しだいに馬鹿らしくなってきた。


 「まあ、なるようになるか」


 彼は時代の流れに身を任せることにし、周囲の警戒に意識を向けた。




 それからノースグラードまでの2週間、夜襲を含めて5回盗賊の襲撃を受けたが、軽い損害で毎回撲滅した結果、戦利品は荷馬車にあふれんばかりとなり、捕虜も23人にまで増えた。途中の村々でも勧誘を行った結果、人員も60人を少し上回るまでになった。これだけの規模となれば、盗賊もうかつには手を出せないだろう。



 

 ノースグラードに到着したのは帝国歴1790年の5月の下旬、昼ごろだった。ちなみに帝国歴とは、かつて大陸を統一したロマーニ帝国で帝政が始まった年を元年とする暦である。

 ノースグラードは大陸でも北の方にある都市であり、雪こそ残っていないが、いまだに少し肌寒い。ここはノルトランド帝国の首都であり、人口も多い。ノルトランド帝国は現在大陸に存在する国家の中では最も古く、ロマーニ帝国の末裔を自称している。現在は南のアーリア王国と戦争中であるだけでなく、東の騎馬民族国家、タイハン国からも圧迫を受けており、わりとピンチな国だ。



 

 ノースグラードに到着すると、隼人はカテリーナ、ナターシャ、カチューシャとともに真っ先に街に入り、商業ギルドに向かう。交易品の売却に、捕虜を売る奴隷商を紹介してもらったり、宿の手配をしたり、やることはたくさんある。

 ちなみにこの世界の奴隷商は身代金仲介業者の役目を担っている。戦争捕虜はまず奴隷商に売られ、それから身元引受人(領主や家族)に身代金の請求が行くのだ。ただし、身元引受人がいなかったり、身代金が支払われなかったりすると、労働奴隷として鉱山の鉱夫や、ガレー船の漕ぎ手として二束三文で売られることになる。今回の捕虜は盗賊のため身元引受人が期待できず、価値は二束三文だ。

 宿の手配を終えると、カテリーナに頼んで部下を宿に案内させる。交易品の売却はそれなりにうまくいった。盗賊のおかげで行商人が少なく、流通が滞っているからだ。そのため仕入れ値の2倍以上の値段で売れた。これでも昨日到着した行商人がいるため、値が少し下がっているらしい。

 さらに毛織物を中心に交易品の購入の交渉が終わったころにはすっかり日が暮れていた。積み荷は3日後の朝に用意してくれるらしい。明後日は闘技場でトーナメントがあるので、観光を勧められた。ギルド長に礼をいい、商業ギルドを辞する。その日は疲労でじっくり眠れた。




 翌朝、闘技場に向かった。出場登録をするためだ。トーナメントの賞金はいい小遣い稼ぎになるし、いい訓練にもなる。特に今回は訓練用の木剣などを使った、基本的に安全な大会なので、ちょうどいい。登録にはカテリーナも来ていた。彼女も参加するらしい。


 「よっ、カテリーナも参加するのか?」


 「あっ、隊長。そうです。でも隊長が参加するのなら優勝は無理ですね」


 「まあ、入賞でも賞金は出るし、参加するのは無料だ。それにいい訓練になるし、勝負なんてやってみないとわからないものだ」


 「そうですね。隊長に勝てる自信はありませんが、精一杯がんばります」


 「がんばれよ」


 そう声をかけて登録を済ませ、別れる。この後武具店に戦利品の売却と部下の武具の調達に向かう。ここでも長槍、弩、盾を調達し、さらに革兜をかき集めた。

 次に、乗馬可能な兵を何人か徴募できたので、馬屋に乗用馬を買いに行く。さすがに首都だけあって馬屋も大きく、軍用馬の在庫もあった。そこで自分用と、隊内第2位の実力をもつカテリーナ用に軍馬を2頭と、通常の乗用馬を5頭買う。これで乗用馬は18頭、騎乗戦闘が可能な兵が隼人を含めて15人だから、15の騎兵戦力を持ったことになる。そんなこんなで一日は過ぎていった。




 ノースグラードに着いて3日目の朝、隼人は闘技場に足を運んだ。闘技場の前では一人の中年女性が壇上に上がり、声を張り上げている。


 「さあ買った買った!今日のトーナメントは特別だよ!『闘技場の殺し屋』中島隼人!『異国の剣士』近衛梅子!『兜割』の……」


 どうやら3カ月ほどトーナメントに参加していなかったにもかかわらず、いまだにこちらでは有名人らしい。せっかくなので自分に賭けてひと儲けすることにする。受付で注文する。


 「中島隼人に500デナリを」


 「近衛梅子に500デナリを」


 隣の受付で聞こえた凛々しい女の声に思わず見返る。そこには美しく長い黒髪をポニーテールにした、茶色い瞳の凛々しい、まさに女剣士といえる美少女がいた。歳は16歳くらいだろうか。どこか上品な感じで、上は白い着物に、下は黒い袴を着用しているが、母性の象徴がはっきり自己主張している。向こうもこちらの声に振り返った様子で、しばし、見つめあった。

 先に口を開いたのは、美少女に見つめられてボーっとしている隼人ではなく、女の方だった。


 「……もしや、貴様は中島隼人か?」


 「あ、ああ。そうだ。君は?」


 「これは申し遅れた。拙者は近衛梅子と申す。『闘技場の殺し屋』に会えて光栄だ。思っていたよりもずっと紳士的だな」


 梅子はそう言って握手に手を差し出す。

 これに隼人は慌てて手を差し出して握手する。


 「こ、これはご丁寧に」


 「ふふ、悪いが今日の試合、勝たせてもらうぞ」


 「お、おう。こちらこそ負けんぞ」



 「おおっと、『異国の剣士』と『闘技場の殺し屋』が宣戦布告だ!これは熱いトーナメントになるよ!さあ、みんな買った買った!」


 目ざとく見つけた壇上の女性が周囲を煽る。


 「それでは次は闘技場で」


 梅子はそう言うとスッと群衆の中に溶け込んでいった。これはなかなか油断できないな、と思いながら闘技場の出場者入口に入る。後ろでは賭けがさらに燃え上っていた。




 「もう、危ないことはしないでって言ったのに……」


 闘技場の観客席でナターシャはため息をつく。


 「お姉ちゃん、楽しみだね」


 対照的にカチューシャは純粋に楽しんでいるようだ。


 「そうね。でも兄さんが怪我をしないか心配だわ」


 「死にさえしなければ、あたしはどうでもいいわ。それに、お兄ちゃんは強いから負けないわよ」


 ナターシャの心配にカチューシャが軽く返す。なんだかんだ言って隼人の勝ちを信用しているあたり、隼人と徐々に打ち解けているのかもしれない。

 姉妹がそんなことを言い合っていると、前口上が始まった。



 前口上の間、おのれの獲物である木剣を握りしめ、しっかりと感触を確かめる。そばではカテリーナが緊張した面持ちで同じように木剣の感触を確かめており、向こうでは梅子が私物の木刀を携えて、特に気負うことなくたたずんでいる。

 第1試合はチーム戦で、2チームに分かれて戦い、勝った方がさらに分割されて第2試合に進む。これが第3試合まで続き、その次は生き残った8人で1対1で戦う準々決勝だ。こちらには実力者が集められており、少なくとも第1試合は難なく突破できそうだ。どうやら主催者は実力者同士の戦いを後にもってくる算段らしい。長いようで短い前口上が終わると、ゲートが開いた。それと同時に隼人達は駆けだしていった。



 結果を言えば、第3試合までは楽勝だった。主催者がそうなるように調整したのだから当たり前だ。むしろ味方を誤って殴らないか注意しなければならなかったくらいだ。この間に味方同士がお互いの戦い方を観察しながら戦っていた。第3試合を勝ち抜いたのは8人だ。



 準々決勝のあいては両手斧を持った大男だった。『兜割』の二つ名をもつらしい。これまでの試合で対戦相手を豪胆に、かつ器用に一撃で気絶させていた。両手斧だけに攻撃速度は遅いが、その一撃は注意するべきだ。

 前口上が終わるとゲートが開き、両者同時に駆けだした。

 最初の攻撃は相手の方だった。鋭く、重い横薙ぎを、隼人はバックステップで回避する。左手の盾のことは考えない。盾で受けられる攻撃ではない。下手をすると一撃で盾とともに左腕の骨を粉砕されるだろう。

 男が斧を振るい、隼人がそれを払うか回避する。そしてできた隙を突いてジャブのような一撃を入れ、離脱する。そんな展開が続くが、男の方がしびれを切らしたのか、攻撃が荒くなってきた。荒くなった垂直の振りを回避し、隼人が突っ込む。闘技場は一瞬静寂に包まれた。


 「…参った」


 隼人の剣が男の首元に突き付けられていた。闘技場に歓声と悲鳴があがる。準々決勝第1試合が終わった。

 他の試合ではカテリーナと梅子が勝ちあがってきていた。準決勝のあいてはカテリーナらしい。


 「隊長、今日こそは勝たせていただきますよ」


 そう言ってカテリーナは闘技場の反対側へ行った。



 準決勝が始まった。移動中も訓練していたため、お互い相手のことは知りつくしている。


 「隊長!参ります!」


 カテリーナが全力で駆けてくる。隼人も一瞬遅れて駆ける。互いの剣が交差する。

 それからは演武のようだった。カテリーナが全力で打ち込み、隼人がそれを全てさばききる。そしてできた隙に剣を突き込み、隙があることを教える。まるで訓練のようだったが、隼人もカテリーナも、観衆までもが熱く楽しんでいた。

 そんな試合も、終わりが近づく、隼人もカテリーナも、これで決めようと目で合図する。二人して同時に距離をとる。その雰囲気を察し、観衆も固唾をのんで見守る。二人が同時に駆けだした。剣が交差した時、カテリーナの木剣が宙を舞った。


 「…勝負あり、だな」


 「参りました。隊長、さすがです。いつか一本とりますからね」


 観衆の歓声を背に、二人は控室に戻った。




 控室で少しゆっくりしていると、大きな歓声があがった。何事かと通りすがる人に聞くと、梅子が相手を一撃で倒したらしい。決勝の準備が早まると言っていた。隼人は水を飲み、果物をかじると、闘技場に出て準備を整えた。

 決勝が始まったのはそれからしばらく後のことだった。


 「実力者が集い、大荒れの今回のトーナメント!対戦カードは眠りから覚めた『闘技場の殺し屋』、最近人気急上昇中の『異国の剣士』!どちらが勝ってもおかしくないこの試合!今始まります!」


 前口上が終わるとゲートが開き、双方ともに駆けよる。しかし、ほどほどの距離で両者停止する。既に抜剣している隼人に対し、梅子は木刀を腰に納めたままだ。


 「…居合か」


 「ほう、貴様、居合を知っているとは、やはり敷島人だな。刀は使わないのか?」


 ちなみに敷島国は大陸の東端に位置する島国である。


 「この辺りでは手に入らないものでね。こっちの剣で代用している」


 実際には隼人はゲーム時代、白兵戦闘ではメイスをメインに使用し、刀をサブとして使用していた。


 「そうか、では剣を代用で済ませている漫心、突かせてもらおうか」


 お互いじりじりと近づく。お互いに一撃で終わらせる心積もりだ。観衆もこの雰囲気に飲まれ、辺りは静寂が支配している。

 じりじりと梅子の間合いに入った時、同時に駆けだす。梅子の鋭い一閃を剣で受け流す。梅子の方でもそれは想定済みのようで、すぐに刀の軌道を変えて袈裟切りに斬りかかる。隼人は剣で受けることは間に合わず、左手の盾でそれを弾く。これに体勢を整えるために下がろうとした梅子に、隼人は勢いのままに体当たりした。当然剣を突き付ける形でだ。


 「…参った。さすが『闘技場の殺し屋』と異名を持つだけのことはある」


 梅子がなぜか赤い顔をして言う。


 「…こちらとしてもいい戦いでした」

 そう言って隼人は剣を下ろす。


 「あの…とりあえず手をどけてくれればありがたいのだが」


 「へっ」


 隼人は自分の手元を見る。左手がちょうど梅子の右胸の上にのっていた。左手が急にその柔らかさの情報を脳に伝達してくる。


 「す、すみません」


 隼人は慌てて梅子から飛びのいた。


 「…今回は事故だ。しかし、次はない」


 梅子はいまだ赤い顔で隼人を睨みつけた。


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