第84話 急拡大の代償と新たな命の足音
先週は休んでごめんなさい。無事艦これイベント突破しました。
今回は前話の捕捉のような回になってしまいました。内政チートはしばらく足踏みかも……。
今週は先週更新できなかったお詫びを兼ねて2話連続投稿です。次話が物語時間軸の影響でいつもの半分しか書けませんでしたので、同時投稿にさせていただきました。
帝国歴1794年1月27日、『シュトルムヴェント』ら2隻の軍艦がブレストに投錨した。帰りは順風であるため、往路よりも早い。
隼人は2番艦に乗艦する商人達の宿の手配を部下に任せ、桜、エーリカとともにすぐさまマリブールへ向かった。無論、義人と妻達の顔を見たかったからである。
「「「「「おかえりなさい!」」」」」
城の玄関で居残り組の妻達が3人を迎える。義人も梅子にしっかりと抱かれて眠っている。妊娠している妻達はそろそろ妊娠7~8カ月といったところだ。なかなか大変な時期だが、それでも玄関まで迎えに来てくれる妻達の愛情に隼人は感謝する。
「ただいま」
隼人はそう言って妻達に抱擁していく。最後には義人の頭をなでて可愛がる。義人も生後8カ月。そろそろミルクだけでなく粥も食べ始めている。妻達全員で協力して育てているが、隼人は仕事が多く、短い休憩時間しか接する事ができない。そのせいか、妻達には愛想を振りまくのだが、隼人にはあまり甘えてくれなくなっていた。少し寂しい。
ちなみに妻達が担っていた仕事は部下達が可能な限り対応しているのだが、そのほとんどが経験不足で、仕事がキツイと悲鳴を上げている。もうしばらくの辛抱だと我慢してもらっているが、領外からの移民に知識人達がいなければとっくに破綻していただろう。
ついでに言えば、アントニオの妻、エレナと、セオドアの妻、アエミリアも隼人の妻達と同時期に妊娠している。上級幹部の大半が動けない状態なのだ。
「みんな、調子はどうだ?」
すやすや眠る義人を撫でつつ、隼人が妻達の体調を気にかける。初めての子供だった桜の時とは違い、妊婦の世話焼きは未経験ではないのだが、やはり気になってしまう。
「何、母子ともに健康だ。ちゃんと元気な赤ちゃんを産むから安心しろ」
マチルダが苦笑しながら言う。ちなみにマチルダは妊娠中も、セレーヌの補佐を受けながら領主代行をしている。もちろん無理せず、仕事の多くは部下達に投げているが、それでもなかなかできる事ではない。若い女性の身でマリブールを治めていた実績は伊達ではないらしい。
「なら、良かった。でもくれぐれも気を付けてくれよ。赤ん坊も大事だが、お前達も同じくらい大事なんだからな」
そこへセレーヌが顔を出す。ついさっきまで仕事をしていたらしい。
「隼人、義人が可愛いのは分かるけど、その辺にしておきなさい。妊婦を寒い中立たせるのは感心しませんですわよ。つもる話は会議室でしましょう」
「ああ、そうだな。悪い。じゃあ行くか」
セレーヌの声に全員が会議室に足を向けた。
「まずは伯爵への昇爵おめでとう、隼人」
全員が席に着くと、マチルダがマリブール居残り組を代表して祝辞を述べる。
温かい暖炉に暖められた会議室の外はすっかり雪景色だが、寒さよりも熱気を感じる活発さがマリブール市街にはある。
「ありがとう。マリブールも相変わらず活気があるな。みんな、ありがとう」
祝辞に対して、隼人は居残り組の仕事ぶりに感謝する。
「でも、1番仕事で忙しかったのはセオドアさんとセレーヌさんですよね。私達に代わって色々してくれましたから」
ナターシャがそう言って謙遜する。農村の出の故にあまりできる仕事がないナターシャ・カチューシャ姉妹であるが、育児に城の管理にと地味な部分で支えてくれている。特に育児では故郷のナスロヴォ村で村の赤ちゃんの世話をした経験があったから、この姉妹達には他の家族一同頭が上がらない。
「そうなのか。セオドア、セレーヌ、よくやってくれたな。ありがとう。それからナターシャ、カチューシャ。お前達も縁の下で頑張ってくれたんだろう?ありがとう」
「ま、まあ、育児はあたし達が先輩だからね」
隼人からの感謝の言葉にナターシャは微笑みで返し、カチューシャは照れくさそうに言う。
「ま、とりあえず忙しい年末年始は終わったわけだ。これからはほどほどに頑張っていこう」
「ほどほどに、って、どうせ隼人さんが余計な事を思いついて仕事を増やすんでしょう?隼人さんは私達が落ち着くまでは自重してくださいね」
「うっ、そうだな。気を付ける」
隼人の締めの言葉にカテリーナが突っ込む。今のところ、隼人の思い付きはだいたい成功しているし、それがマリブールの繁栄につながっているからいいものの、人に無茶をさせている事には変わりがない。マリブールの住民はともかく、この会議室にいるメンバーにとっては隼人の思い付きは厄介事でもある。
「それはそうと、隼人。ロリアンで色々あったんでしょう?その報告を聞きたいですわ」
雑談になりそうな雰囲気の会議をセレーヌが引き戻す。正直なところ、妻子持ちの雑談は、そういうものとは一生縁がないと思っているセレーヌにとっては甘すぎるのだ。
「ああ、そうだそうだ。伯爵へ昇爵した件だが、その対価として我々の軍艦2隻と中型以上の鹵獲船の全てを王国海軍に供出する事に決まった。俺としては旗艦を務めた『マリブール』と『レ・ソル』を供出するつもりだ。ちなみに人員の供出はない」
いきなりの大きな話に居残り組が驚く。何せ中島海軍の過半を供出する事になるからだ。
「……なかなか大きな対価ですが、それほど悪い条件ではありませんね。軍艦は新型フリゲートで更新、増強する予定ですからね。それに、鹵獲船は解体するにも商船に改装するにも造船所の空きがなく、維持費だけがかかっている状態ですからね。海軍自体人員不足ですし、再編制のいいきっかけになりそうですね。スカンジナビア海の海賊もほぼ一掃されて商船の単独交通も可能になりましたし」
真っ先に頭の中でそろばんをはじいて隼人と同じ計算にたどり着くセオドア。
「その通りだ。まあ、『レ・ソル』はともかく、『マリブール』をちゃんと王国海軍が運用できるかは分からないがな」
「確かに、フリゲートは既存の船とは運用思想自体が新しいですから、苦労するでしょうね」
隼人の言葉にアントニオが追従する。フリゲートは現在主流のガレー船とは考え方が大きく異なる。航走方法はもちろんの事、戦闘思想も火力戦と接舷戦で異なるし、何よりも船体の考え方が違う。現在主流の軍船の船体はいかに頑丈に造るかを念頭に置いており、帆走商船もいかに安定性を十全に確保しつつ積載量を確保するかを考えて造られている。
これに対してフリゲートは快速を船の最も重要な要素として建造されている。そのため、これまでの帆船がずんぐりとした形状をしているのに対して、フリゲートは前後に長いスマートな形状をしている。
「そう言う事だ。俺としては鹵獲船をロリアンに回航しつつ、『マリブール』と『レ・ソル』から機密部分を撤去してから護衛をつけて『マリブール』をナルヴェクまで回航。そこで同じく機密部分を撤去した『レ・ソル』と合流させてロリアンに回航し、人員は護衛の艦でマリブールに帰還させるつもりだ。何か意見はあるか?」
そう言って隼人は会議室を見渡す。特に異論はないようだ。
「……どうでもいいけど、なんで旗艦に『マリブール』なんて名前をつけましたの?聞いていて艦の名前なのか地名なのか間違えそうになりましたわ」
セレーヌのぼやきに隼人以外の全員が苦笑する。
「あー、すまん。艦にはゆかりのある地名を命名しようと思ってな。特に『マリブール』と『レ・ソル』は縁起がいいと思って……。ちょっとは反省している」
隼人も言っていて同じ思いを抱いたので反論しない。
「普通に人名を命名したらだめなのか?」
「人名は、もしその船が沈んだら名前を借りた人に申し訳ないな、って思って避けたんだよ」
エーリカの問いに隼人が日本海軍と同じ理由を告げる。他にも隼人はこの世界の偉人に詳しくない事も理由にある。隼人は歴史は好きな方だが、さすがにこの世界の歴史は一通りの流れしか勉強できていない。
「……じゃあ『マリブール』が沈んだらどうするつもりだったんだ?」
「……考えてなかった……」
エーリカの追及に目を逸らす隼人。わがままを言って確保した軍艦の命名権だが、もう少し慎重に考えた方が良さそうだ。
とりあえず船の供出の件はすぐにナルヴェクに連絡船を派遣する事が決まって終える。
「そう言えば大勢商人を連れて来たとのことですが、あれはどういった要件で?」
セオドアが期待の目で隼人に尋ねる。
「ああ、ロリアンの商人達が支店を持ちたいと言うから、担当者を乗せてきたんだ」
「おお、それは朗報です!」
セオドアが交易と税金の利益を思い浮かべて明るい顔になる。
「しかしマリブールにそんなに土地があるか?開発と流民の流入で今でもなかなか窮屈だぞ」
そこへマチルダが懸念事項を口にする。
「今のマリブールは人口が急激に増えていますから、城壁を新築しようにもどこまで広げるべきか分かりませんし、そもそも時間が間に合うか疑わしいところですわよ」
セレーヌもマリブールが抱える問題を口にする。現在でも街は、狭い新城壁内部は過密状態で、広い旧城壁の内部も建物で埋まり、城壁の外側にもスラム一歩手前な街が広がり始めている。
「そうだったな。……まいったな。放置しておくわけにもいかないし、道だけ何とか作って、あとは土塁に柵でも建てて賊と獣除けにしてお茶を濁すしかないかな……」
「甚だ不安だが、まあそれしか手はないか……。異論がなければその方向で計画を立てるが……、何かないか?」
隼人の案に不承不承マチルダが賛同する。マリブールは今や大都市と言えるが、その外壁が柵というのは見栄えが悪すぎる。ただ、ない袖は振れないのも事実だ。
「せめて柵ではなく塀にできないか?柵だと巡回する警備隊が無防備になり過ぎる。賊を防ぎきれんぞ。ただでさえ陸軍は再編途上で賊狩りが十分にできていない。柵では賊の侵入を許しかねん」
エーリカが異論を唱える。現在の中島家の陸上兵力はマリブールとナルヴェクに分散されており、しかもその半分以上が訓練途上だ。おかげで良好だったマリブール周辺の治安も徐々に悪化しつつある。
「木製の塀なら何とかなるか……?というよりもこの程度が限度か……。マチルダ、セレーヌ、セオドア、計画を頼む。それにしても完全に泥縄だなぁ」
「わたくし達は急激に大きくなり過ぎたのよ。隼人のせいなんですから、自分で何とかするしかありませんわ」
隼人のぼやきをセレーヌが叩き潰す。移民、流民、異端者、奴隷が過度に集まる街にしたのは隼人だ。過去の閑散としたマリブールの面影は全くない。異文化衝突は最小限だが、それでもいさかいが増えつつあり、警備隊の負担も日々増えている。
「容赦ないな……。しかし何もかもが不足しているな。しばらくは身動きできないか」
「しばらくはお休みですね。隼人さんは新しい子供達の名前でも考えておいてください」
「お、おう。しかし一気に5人分の名前を考えるのは大変そうだなぁ」
桜の指摘に隼人は顔をほころばせながら悩む。
「ふふ、すぐに6人目も考えておかねばなりませんよ、ねー義人。弟や妹がたくさんできるわよ」
桜が胸に抱いた義人を可愛がるついでに言った言葉に隼人とエーリカは目を合わせて顔を赤らめる。エーリカは普段ならこういう時は隼人をいじるのだが、今回は違っている。これで女性陣はエーリカに何かあったらしいと悟る。
「もう報告会はこの辺にしておきましょうか。隼人達は疲れているでしょうから少し休んでから仕事に入ってくださいまし」
自分には縁のなさそうな女性陣の雰囲気に耐えられなかったセレーヌが会議を締める。優しかった父と母。自分の生まれを呪いそうになりながらその気持ちをセレーヌは押さえ込む。こうして不自由なく生きていけるだけで幸せなのだ。自分を生んでくれた父と母には感謝こそすれ、恨む理由なんかない。
だが、もしも身分が違えば……との思いは心の隅からついに追い出せなかった。