第80話 軍政改革と25歳の誕生日
最近筆者が疲れ気味なので、中途半端な話になってしまいました。文章も拙いかもしれません。来週は体調管理をしっかりして、充実した文章を書きたいところです。今週は力尽きたので、自分でも納得できない出来ですが、完成とさせていただきます。
帝国歴1793年12月1日、スカンジナビア半島からの撤収の計画があらかた立て終わり、残りはナルヴェクとマリブールの警備隊と周辺巡回、及び機動戦力としての陸軍の増強、そして海軍戦力の増強を待つばかりとなっていた。そんな一段落した定例会議の空気の中で隼人、エーリカ、セレーヌが難しい顔をしていた。
「やはり凱旋式は難しいか……」
「俺としては、参加部隊全てを凱旋式に参加させたいんだが、そうなると警備に穴が開いてしまうな。提案しておいてなんだが、浅はかだった」
「それにわたくし達は目立ちすぎていますからね……。その中でこんな目立つ行事をやれば、やっかみもすごいでしょうね」
以前エーリカが提案した凱旋式のことである。これが簡単なように見えて意外と困難であった。
まず中島軍がマリブールとナルヴェクに分散している。ナルヴェクでも募兵が始まったため、スカンジナビア地方で戦功のあった者は、家族持ちや恋人持ちを優先して順次マリブールに帰還しているが、それでも最後の陸軍兵の帰還は半年後と推測された。
海軍や海兵隊も海賊の残党狩りや輸送船や商船の護衛に忙しい。とてもではないが凱旋式を行う余裕はなかった。
他の貴族達の目線も厳しい。特に旧貴族は警戒心を露わにし、商売や関税、手続きでの嫌がらせが激しい。新貴族は隼人を出世頭と見て奮起する者も多いが、やはり嫉妬する者はいる。凱旋式を強行しようものなら彼らの警戒心をいたずらに煽るだけであろう。
「しかし俺としては何とかして部下達の功績に報いたいんだよな。昇給や昇進はしているが、それでは不足だ。臨時支給金も出したが、何か違う気がするんだよなあ」
「金も昇進部署も有限だ。いつまでも先延ばしもできないし、名誉を金で与える事も少し違和感があるな」
隼人とエーリカは揃ってため息をつく。
「気持ちは分かるが、それはどこでも同じようなものではないのか?金と昇進があるだけうちは他と比べて優遇していると思うが……」
マチルダが『この時代』の常識を口にする。一将功なりて万骨枯る。戦乱の世にあってさえ戦で功績を立て続ける事は難しい。だからこそ兵達は立身出世を夢見ると同時に、酒や女に散財して一夜を過ごして今日生きている事に感謝するのだ。
「?ケルンでは戦いに勝つたびに凱旋式をしていたぞ?」
「それはバイエルライン侯爵だからこそできたことだよ。隼人とは地位も状況も違う」
エーリカは気にせず凱旋式をしていたようだが、その認識をマチルダが正す。
「……名誉、か……」
隼人は上を向いて考えに耽る。
しばらくして隼人は名案を思い付く。
「そうだ!!あるじゃないか!名誉が!」
「きゅ、急にどうしたんだ?いきなり大声を上げて?」
突然大声を上げた隼人にマチルダが驚いて尋ねる。
「簡単な事だったんだ!勲章を作って配ればいいんだ!」
「「「勲章?」」」
突然の謎の言葉に全員が聞き返す。
「勲章とは服の胸につける金属飾りの事だ。今回はスカンジナビア従軍記念章を全員分に配布し、特に勇敢な行為を行った者にはそれ相応の勲章を創設する事になるな」
「しかしそんな金属片で名誉になるのか?」
得意げに語る隼人にエーリカが疑問を投げかける。
「いや、勲章が兵に名誉を与えるのではない。兵が勲章に名誉を与えるのだ」
「なるほど、そういう手もあるのか……」
隼人の言葉に、軍事に関しては天才的なエーリカが理解を示す。だが他の出席者はいまいち理解できていないようだった。そこで隼人が捕捉説明をする。
「要するに、特別な作戦に参加した者や勇敢な者に限定して授与する事で、勲章に希少価値をつけるんだ。総指揮官の俺が直接授与すればそれもまた希少価値になるだろう。優秀な文化人や商人に授与するのもいいな。つまるところ、その人物が名誉ある人物であることを示す飾りだな」
隼人の説明に、実感はわかないまでも大体のところは理解する。
「まあ、勲章が名誉を保つために授与する人物はかなり絞り込まないといけないんだがな。配り過ぎるとそれこそただの金属片になるからな。それからせっかくだ。軍政改革もやってしまおう」
「ほう、軍政改革か。具体的には?」
隼人の思い付きにエーリカが食いつく。
「うん。具体的には階級制度を整備しようと思う。それから勤続年数による善行章のような刺繍も入れたいな」
「善行章は分かるが、階級はすでにあるぞ?部隊を小分けにしても戦力が弱体化するだけだぞ」
「ああ、エーリカが言っているのは役職だな。小隊長とか中隊長とかの。俺が言っている階級は役職とは関係ないものだ。称号みたいなものだな。兵卒でも功績や勤続年数によって賃金だけでなく階級でも差別化するんだ。そうすれば上官が戦闘不能になっても指揮権の移譲が簡単になるし、裏方でも名誉が得られる」
「ふむ、具体的にはどういう階級を考えているんだ?」
「まず大枠で、指揮官の士官、専門職の下士官、一般の兵だな。士官は少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、少将くらいあればいいだろう。下士官は伍長、軍曹、曹長、准士官かな。それから兵は訓練兵の3等兵、1年目の2等兵、2年目の1等兵、3年目の上等兵、その上に兵長かな。兵から下士官、士官への昇進も可能にしたい。相応の教育も必要になるがな」
「ほほう。なかなかに大変そうだが、やる価値はありそうだな」
隼人とエーリカは2人して盛り上がる。他の者は話についていけていない。その中でもセオドアが分からないなりに質問をする。
「あのー、なかなかの大事業だと思うのですが、予算はどの程度でしょうか」
よく見ればセオドアは少し顔色が悪い。予算が一息ついたばかりなので、新たな予算請求に戦々恐々としているようだった。
「ああ、それなら大丈夫なはずだ。基本的に制度改革だからな。予算は最低限だろう。まあ軍専用の教育機関は欲しいから、その分の予算は何とか頼む。最悪、箱だけでもいい」
「そうですか。では何とかなりそうですね」
セオドアは重荷が降りたように晴れやかな顔となった。中島領は大変景気がよろしいが、技術開発の投資が多いので、中島家の予算は常にかつかつなのだ。
こうして大陸初の士官学校と下士官学校がマリブールに創設される事が決まった。後にこの学校は規模の拡大、移設を繰り返しながら帝国統合士官学校、各種軍学校へと発展し、後には帝国統合軍大学校が誕生する事で参謀教育もカバーし、第2ロマーニ帝国の軍の中核組織へと発展していく事になる。
ちなみに兵はこれまで通り各地の兵営で訓練する事になる。
帝国歴1793年12月8日夕刻、この日はスカンジナビア地方制圧記念と、隼人の25歳の誕生日を名目にしたパーティーがマリブールで開かれた。隼人としては、人付き合いが苦手なので、本当なら身内だけで祝ってもらいたかったのだが、子爵、それももうすぐ伯爵になろうかという身分がそれを許さない。妻達に指導されながら、これまで知り合った多くの人物に招待状を書かされる事になった。その結果、マリブールの城の大広間には昨年よりも多くの人々が集まっていた。
「なんか、去年よりだいぶん多くないか?」
壇上の陰で隼人は足を震わせながらつぶやく。
「隼人さんがそれだけ注目株だってことですよ。私は嬉しいですよ?」
桜は無邪気に喜んでいる。ちなみに前日までの桜は隼人の礼儀作法の鬼教官だった。無邪気でいられるのはその結果、隼人の礼儀作法が合格点に達したからだ。
「全く、戦場ではこれほどまでに頼もしい奴はいないのに、こういう時は駄目だな。戦場での度胸はどこへ行ったんだか」
エーリカは隼人に文句をつけながら早く行けとせっつく。彼女としては、深夜からの身内での誕生会が本番なのだ。よそ者を呼んでの誕生会など、エーリカとしてはさっさと終わらせてしまいたい行事だ。
ちなみに、今回中島家で参加するのは隼人と桜とエーリカだけだ。他の妻達は身重という事で休んでいる。
「こんな行事、さっさと終わらせるぞ。さあ、行け」
エーリカが隼人の背中を押して壇上に登らせる。隼人はバランスを多少崩しながらもできる限り優雅に壇上中央に進む。
「皆さま、本日はお忙しい中をお集まりいただき、ありがとうございます。それでは、王国のますますの発展を願って」
隼人の音頭でようやく正式にパーティーが始まる。今回は戦費がかかったので昨年より酒も料理も質が多少落ちたが、客人の数が多いのでこれでも結構な出費だ。明後日にはエーリカの誕生日パーティーもある。人脈作りにも金がかかるものだ。
今回は前回の出席者であるセダン代官エモン子爵、セダン騎士団団長ベルニエ男爵、ロストフ代官ブルザ男爵らの他、ルーレオー攻略で指揮官を務めたローネイン伯爵も来てくれていた。
もちろん新貴族や商人も多く出席している。一方で、前回参加した新貴族のおよそ半数がすでにこの世の者ではない事もまた、事実である。新貴族は元より入れ替わりが激しいとはいえ、スカンジナビア制圧戦の激しさを物語る。ついでにスカンジナビア海の安全がそれなりに確保されたので遠方からの来客も増えている事も移り変わりが激しい理由の1つだ。
彼らも彼らで初対面同士の者が多いので挨拶回りが忙しい。隼人も忙しいが、ローネイン伯爵とエモン子爵への挨拶を除けば後は挨拶を受ける側だ。
「ローネイン伯爵、お忙しい中ご出席いただき、ありがとうございます」
「いやいや、中島子爵の助力がなければルーレオーの攻略は難しかったからな。これはささやかな返礼だよ。ルーレオーが落ち着いたらぜひ私の戦勝祝賀会にも出席してくれ」
「お誘い、ありがとうございます。その時はぜひお願いいたします」
エモン子爵らにも挨拶していると、ケルンの隣の領地のバウアー・フォン・クルト伯爵と、ケルンのエーリカの代官補佐になっているフリッツがやってきた。代官をしているルドルフは多忙のため今回も不参加だ。
「クルトおじさん、フリッツ!久しぶりじゃないか!」
エーリカが2人に駆け寄り、隼人と桜も急いで追いかける。
「バウアー伯爵、来てくれたのですね。てっきり今年は来れないかと思いましたよ。フリッツも久しぶりだな」
「なんの。エーリカのためなら無理してでも来るさ。……まあ実際は、王国から視察して来いと命令されてきたんだがな。ところで奥方の数が少ないが、離婚でもしたのか?」
「いえ、皆身重でして……」
「おお、それはめでたい!しかしエーリカは出遅れているな」
「俺は忙しかったからな。後でいいんだよ。子供ができたらすぐに知らせるさ」
「……あのエーリカからそんな言葉が聞けるとは思わなんだ。隼人殿、エーリカと結婚してくれてありがとう、ありがとう」
バウアー伯爵は泣きながら隼人の手を握る。
「クルトおじさん、なにも泣く事はないだろうに。俺だって隼人の子くらい欲しいさ」
このエーリカの言葉にバウアー伯爵とフリッツが固まる。戦バカだったエーリカがこんなに変わるなど、思ってもみなかったからだ。
「し、失礼な奴だな!俺だって女だぞ!」
「ふふ、でもエーリカさんがちゃんと子供が欲しいと言ってくれて私も嬉しいですよ」
「桜までそう言うのか……」
桜にまでからかわれてエーリカはがっくりと肩を落とす。
ちなみに隼人は赤面して口を挟む度胸がなく、居心地悪そうにしていた。
その後は隼人は来賓からの挨拶を受け続ける。たまに杯を交わす事もあるが、料理にまで手を出す余裕はない。桜はそう言うものと割り切っているが、エーリカは少し不機嫌だ。
ちなみにセオドアとアントニオも出席しているのだが、新貴族や商人から側室をしきりに勧められていた。隼人の方にも多少はそういう誘いがあったが、去年ほどではない。去年で側室を増やすつもりがない事をアピールできていたからであろう。
アントニオは上手い事断っているが、人の好いセオドアはなかなかそうもいかないようで、大変そうだ。何より去年は守ってくれた妻のアエミリアが身重で不参加であることが痛い。それを見かねたのか、エモン子爵の妹であるジゼルがセオドアをガードし始め、しまいには会場の外に連れ出してしまった。去年はアエミリアとも地味に上手くやっていたので、これはひょっとすると来年あたりくっつくかもしれない。
忙しいパーティーも夜が更けてくると散会となり、隼人達は空腹状態で身内での祝いの席に着いた。しかしエーリカは何か決意したような表情をしている。隼人はそれがに何を意味するのか分からないまま、乾杯の音頭をとった。




