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第78話 凱旋と報告

 帝国歴1793年11月10日、中島艦隊は根拠地、マリブールに到着した。8隻の艦隊はブレストの拡張された港に順に着岸していく。隣接する造船所で今も造船作業中の奴隷を尻目に、ブレストだけでなく、マリブールからも歓迎の群衆が港に集い、家族や恋人、親戚の凱旋に歓声を上げる。それに手すき乗員も手を振って答える。

 接岸作業の終わった艦から、最低限の乗員を残して、ほとんどの乗員が上陸していく。その様子を見ながら隼人は、2カ月強の戦役を終え、平穏と帰還の喜びを甲板で噛みしめていた。隼人ら幹部は一般乗員の上陸が終わった後に最後に上陸する予定だ。早く桜達に会いたいという気持ちはあるが、今は部下達が生還の喜びに浸る方が先だろう。指揮官が楽をするのは部下達の後だ。その方針は今も変えていない。


 部下達が再会に喜ぶ姿を微笑んで眺めていると、エーリカがさわやかな笑顔で近づいてきた。


 「隼人、お客さんだぞ」


 その声に振り返ると、エーリカが義人を抱いた桜を連れてきていた。義人はスヤスヤと眠っている。しばらく見ないうちにまた大きくなった気がする。


 「隼人さん、おかえりなさい」


 「ああ……、桜。ただいま」


 隼人は桜と短い抱擁を交わす。


 「義人、また大きくなったんじゃないか?でも相変わらず可愛いな」


 「ふふ、隼人さんったら、義人に夢中ね。私だって2カ月待っていたんですよ」


 「あっ、すまん。桜も俺の留守の間、苦労しただろう?お疲れ様」


 隼人はそう言って桜に短い口づけをする。


 「!?っ、そう言う事はもっと場所を選んでください!恥ずかしいじゃないですか……」


 「はは、すまんすまん。つい再会が嬉しくてな。……今夜はエーリカともども寝かせないぞ」


 桜は隼人の言葉に顔を紅潮させる。一方で横で聞いていたエーリカもやや頬を紅潮させながらも笑って2人のやり取りを見守っている。艦の上ではそう言う事はさすがにはばかられるし、戦役に参加できないフラストレーションが溜まって期待はしている。だがそれでも最近の隼人の元気さについていけない事もあり、援軍が欲しかった。


 しかし横で2人の会話を聞くともなしに聞いていたセレーヌは顔を真っ赤にして、こらえきれずに口を挟む。


 「ちょ、ちょっと2人とも!そう言う話は時と場所を選んでくださる!?さすがにはしたないですわよ!それから桜さん、他のみんなはどうしたんですの?」


 「あー、いや。すまん。久しぶりだったもんだから浮かれてた。桜、みんなは息災か?」


 「ええ、みんな健康で元気ですよ。さすがに妊娠中ですからブレストまで出向く事は遠慮してもらいましたけどね。早くマリブールに帰って顔を見せてあげてください」


 「ああ、乗員の上陸が終わったら俺達も降りるよ。今は部下達に再会の喜びを味あわせてやりたいからな」


 「ふふ、隼人さんはやっぱり優しい人ですね」


 そう言うと桜が隼人に肩を寄せてくる。隼人も片手を桜の肩に回し、もう片方の手でスヤスヤ眠る義人の頭を優しくなでる。その光景を2人の女性が羨ましそうに眺める。片方はそう遠くない夢として、もう片方は叶わぬ夢として。




 マリブールに一行が到着したころには陽はすでにだいぶん西に傾いていた。ブレストの港に降り立った時、歓迎する群衆に囲まれ、身動きがしばらく取れなかったからだ。今は夕食の支度の真っただ中だろう。

 隼人達が城の談話室に入ると、そこでは妻達が勢ぞろいしていた。みんな大きなお腹をしている。


 「……ただいま。梅子、マチルダ、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャ」


 「「「「「おかえりなさい」」」」」


 妻達がお腹を大事そうにしながら隼人を取り囲む。隼人やエーリカは戦場を駆け巡っていたため、それほど長い時間とは感じなかったが、待たされた彼女たちにとっては長い時間だったようだ。ナターシャとカチューシャにいたっては目じりに涙をためている。


 「みんな、ずいぶんと待たせてしまったようだな」


 隼人はそう言ってひとりひとり抱擁していく。


 「拙者は隼人殿が無事に帰ってくれただけで十分です。……でも、少し寂しかったかな?」


 梅子が皆の気持ちを代弁して言う。


 「……すまないな。こんな時に遠征なんてしてしまって」


 「いいえ、こういう時こそ兄さんを助け、無事を祈る事こそ妻の務めですもの」


 「隼人なら無事に帰って来てくれると信じていたが、やっぱり心配していたんだぞ」


 「隼人さんは無敗ですからきっと帰ってくれるとは思ってましたけど、やっぱり寂しいですよ」


 隼人の言葉にナターシャ、マチルダ、カテリーナが己の心情を述べる。そんな中でカチューシャは無言で隼人の胸に顔をうずめる。隼人はその頭を優しくなで続ける。すでに隼人の服はカチューシャの涙でグシャグシャだが、それでもこんなに愛されていると幸せな気分になる。


 「カチューシャも長く待たせて、ごめんな」


 カチューシャはふるふると頭を震わせながら弱弱しく言葉を交わす。


 「いいの……。お兄ちゃんがちゃんと帰ってきてくれたら。でも、寂しかったから、甘えていい?」


 「もちろんだ。俺も今はみんなとゆっくりしたい気分だ」




 その日は夜が更けるまで妻達と家族団らんの時を過ごした。なぜかセレーヌまでその場に連れてこられ、肩身の狭い思いをさせられていたが、隼人達は久しぶりにゆったりとした、和やかな雰囲気を味わった。




 翌11日の昼、スカンジナビア戦役とマリブールの内政の報告、それから今後の方針についての会議が持たれた。実はこの会議、本来なら午前中から行われる予定だったのだが、久しぶりに隼人とエーリカと桜がハッスルし過ぎて昼からになってしまったのだ。


 まず、隼人、エーリカ、セレーヌ、パウルからスカンジナビア戦役の報告が行われる。第1次、第2次ナルヴェク沖海戦の結果は驚かれたが、それ以外は特に真新しいものはない。しかし、エーリカから重大な報告が行われる。


 「これらの勝利は実に喜ばしい出来事だが、これと引き換えに火薬の保有量が激減している。ナルヴェクに残置した部隊も、第1戦隊も保有火薬量は最低限を下回っている。積極的な戦闘行動は困難な状態だ。しばらくは平穏だろうが、世の中何があるか分からん。できるだけ早急な補給を頼みたい」


 しかしこれにセオドアは渋い顔をする。


 「今回の戦役ではかなり無理をして硝石を集めましたからね……。マリブールでも在庫は心もとないですね。周辺から購入しようにも、どこも急に集め出したらしく、値段が高騰しています。とてもではありませんが短期間でそろえる事は困難ですね……」


 「そうか……。急ぎはしないが、留意してもらえると助かる」


 セオドアの言葉におとなしく引き下がるエーリカに議場は静かな驚きにつつまれる。


 「……おい。俺を何だと思ってるんだ。戦が近ければセオドアのけつを蹴っ飛ばしてでも集めさせるが、しばらくは戦はないだろうからな。ならば内政に注力した方がいいに決まっている」


 「……軍備増強の優先度を下げる事も驚きだが、戦がないとは、確証があるのか?」


 エーリカの言葉に隼人が驚きつつ問う。


 「勘だよ勘。俺の勘は武力を用いない戦いの方が激化すると教えているぞ」


 隼人は、それで昨日エーリカがハッスルしてたのかと納得するが、一部の出席者は困惑を隠せないようだ。そこへ梅子が援護射撃をする。


 「我々がつかんでいる情報では、宮廷ではすでに領地再編に関心が移っているようだ。エーリカ殿の言う通り、しばらくは戦に駆り出される事もないだろう」


 梅子の報告に出席者一同は安堵する。火薬保有量だけでなく、人員の面でもこれ以上の戦闘は厳しかったからだ。




 スカンジナビア戦役の報告が一通り終わると、今度はマリブールの内政の報告が始まる。まずはアントニオからの技術面の報告から始まる。


 「スカンジナビアとの航路が確保できる前提で増築していた反射炉が完成しつつあります。これで製鉄量はさらに向上するでしょう。さらに、小型ですが高炉の実用炉が間もなく稼働します。転炉の方はもうしばらく実用化には時間がかかりそうです。

 それから造船部門ですが、ガレオン船の設計が完了し、輸送隊、および中島商会向けに建造を始めています。第2戦隊向けのフリゲートは進水し、2隻が艤装工事中であるほかは完成しています。

 また、バートラムと協議した結果、新規に建造するガレオン船には「A-1」型、フリゲートには「BA-1」型と名称する事になりました。命名基準は、小規模な改良の場合は最後に小文字のアルファベットをつけ、中規模の改良は数字を進め、大規模な改良の場合は大文字のアルファベットを進める事になっています。すでにガレオン船は中島商会向けに搭載量を重視した「A-1a」型と、輸送隊向けに武装を強化した「A-1b」を建造中です。

 さらに、小型ではありますが、蒸気機関を搭載した実験船の建造準備に入っております。ただし、構造が比較的簡単な外輪船ではありますが。

 それから、麻布の機械紡績についても、用地の確保と職人の雇用契約が終わり紡績工場を建設中です。数カ月以内に稼働する事でしょう。この他は戦役前から進展は特にありません」


 アントニオは相当頑張ったらしい。特別ボーナスが必要になりそうだ。それにしてもいつの間にかバートラムと仲良くなっている。お互い技術者の心がうずいたのだろうか。

 次に財政を任されているセオドアが報告する。


 「財政は現在のところギリギリ何とかやりくりしている状態ですね。しかしアントニオさん達が頑張ってくれたおかげで好転の目途は立っています。城壁の外の流民もインフラ整備で何とか治安を保っています。大事業を増やすにはもうしばらく時間が必要ですね」


 セオドアは前回の会議に比べて顔色が良い。将来の収入が約束されているからだろう。

 次に梅子が報告する。


 「諜報網は徐々に広げつつあるが、防諜が相変わらず心もとない。特に流民に扮した間諜の取り締まりに手を焼いている。防諜の人員の確保は短期間には難しい。故に重要機密、および重要施設の警備は万全を願いたい」


 梅子はかなり苦労しているようだ。だが無理はしていないようなので安心だ。

 エレナの農業の報告は大した進展はなかった。農業の発展は時間がかかるから当然だろう。

 最後にマリブール警備隊長が報告する。


 「マリブール所属の陸軍の頭数は何とか揃いました。ただし、未だ訓練途中です。海軍の人員については頭数すら揃っておりません。そのためマリブール周辺の治安が少々悪化しております。改善には今しばらくは時間が必要でしょう」




 その他諸々の報告が終わり、議題は今後の方針に移る。


 「今後の方針だが、まずパウル。お前はロリアンに向かってくれ。マリブールやナルヴェクを取り上げられたらかなわん。マリブールとナルヴェクでの俺達の功績の喧伝とナルヴェク切り取り次第の喧伝を一般市民に頼む。旧貴族に横やりを入れられる前にマリブールの維持とナルヴェク確保の空気を作ってほしい」


 「了解です。腕がなりますなあ」


 隼人の指令にパウルは待ってましたとばかりに破顔する。


 「それからアントニオ、警備隊長。これからは港の防護だけでなく航路の防護も必要になってくる。よって、近いうちに海軍に第3、第4戦隊を追加したい。艦の確保は急ぐ必要はないが、人員の確保はできるだけ急いでくれ」


 「「了解です」」


 警備隊長の顔色が少し悪くなる。彼には色々手伝った方がよさそうだ。


 「他には何かないか?」


 隼人が出席者を見渡す。するとエーリカが挙手する。


 「おう、エーリカ。何かあるのか?」


 「大したことではないんだがな、せっかくこれだけの功績を立てたんだ。凱旋記念行進をやったらどうかと思うんだ。大して金はかからんはずだし、募兵に良い影響を与えると思う」


 「なるほど。それはいいな。すぐに手配しよう」


 ここでセレーヌが意見する。


 「でもあんまり盛大にやると他の貴族に目を付けられないかしら?他の貴族にも声をかけた方がよろしいのでは?」


 「むむ、それもそうか。となるとスカンジナビア戦役が完全に終わってからだな。すまんがエーリカ、凱旋記念行進はしばらく延期だ」


 「まあ、仕方ないな」


 エーリカもあまり強硬に行う意思はなかったらしい。


 「他にはもうないか?……ないようだな。ではナルヴェクの領国化とマリブールの発展を第1目標として動いてくれ。解散」


 こうして隼人達は一足先に戦後処理に向けて動き出すのだった。

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