第77話 スカンジナビア戦役の終わり
本調子でない状態で無理やり書いたので、今回は普段より半分ほどの分量になってしまいました。文章も拙いかもしれません。どうやら筆者は季節の変わり目に弱いようです。次回は今回よりも質と量の向上を目指したいです。次回投稿が来週できるかどうかわかりませんが、できるだけ読者の皆様を待たせないようにしたいとは思います。これからも拙作をよろしくお願いします。
「ベルゲン、陥落す」
この報に接したサムエル伯爵の行動は素早かった。ウーメオーに最小限の警備兵を残し、すぐさまトロムセーに向けて北上を開始したのだ。ビーグリー伯爵に遅れをとる形となったが、まだその野心は衰えていない。
ただし、よほど慌てていたのか、ウーメオー残留組と中島艦隊への指示はなかった。そのため、ウーメオーの責任者を決めるまでに隼人も含めた会議で3日もかかった。責任者候補に隼人の名前まで登ったものだからたまったものではない。結局のところ、最年長の子爵が責任者に収まったので、隼人は行動の自由を得る事ができた。
帝国歴1793年10月31日、中島艦隊はようやくウーメオーを抜錨する。ただし、今後の行動方針が定まらないのでひとまずはナルヴェクを目指し、その地で情報収集をする事にする。
3日後の11月3日、中島艦隊はナルヴェクに帰投した。艦隊全てに上陸と休養の命令をだし、隼人、エーリカ、アルフレッド、パウルはセレーヌとシーラが政務に追われているはずの城に向かった。
「おかえり、隼人」
「おかえりなさいませ、閣下」
セレーヌが元気よく、シーラは事務的に隼人を迎える。2人の顔色を見るに、ナルヴェクの統治は特に問題を起こしていなかったようだ。
「おう、戻ったぞ。セレーヌ、シーラ。元気そうで何よりだ」
「隼人の大活躍もここまで届いていますわ。まあ、その件で本国から文が来たのですけど……」
「文?」
「その辺りは会議室で話し合いましょう。ベルゲンでの戦いの事も気になるでしょう?」
「そうだな」
一行はセレーヌを先頭に会議室に向かった。
「さて、セレーヌは俺達の戦いに詳しい報告はいるか?」
「概要は聞いていますから、後回しで結構ですわ。戦いにはそれほど詳しくはありませんし、後で貴族の人間関係だけ聞かせてもらいます」
「そうか。ではベルゲンでの戦いの詳報を頼む。俺達はまだベルゲンが陥落した事くらいしか知らないからな」
「では、ナルヴェクにもたらされた情報もそれほど多くはありませんけど、報告を始めますわ」
セレーヌがシーラから資料を渡され、報告を始める。
ベルゲンを攻撃した部隊は、ガリア王国直轄海軍のほぼ全力と、同じく直轄騎士団の選抜部隊だった。ベルゲンの海賊団は先の第2次ナルヴェク沖海戦に参加し、大打撃を受けていたため、空き巣を狙った形となる。
だが空き巣を狙ったのはガリア王国だけではなかったようだ。スカンジナビア半島西岸の海賊団もベルゲンの略奪を狙い、連合を組んでベルゲン沖に姿を現した。これが10月18日の事だ。ガリア王国海軍と海賊連合はベルゲン沖で直ちに戦闘状態に入った。
この海戦は朝から夕刻まで続き、ガリア王国海軍は大打撃を被ったが、海賊連合はほぼ壊滅状態で、ほうほうの体で北に逃れた。
翌19日には海軍の再編成が行われるとともに、騎士団の揚陸が行われ、その日の内にベルゲンの城塞にガリア王国旗が翻った。
そして21日には残留部隊を残して艦隊と騎士団は北上を始めた。今頃スカンジナビア半島西岸の海賊団の拠点をしらみつぶしにしながら北進を続けているだろう。
セレーヌの報告が終わると、今度は隼人が、主にルーレオーで見た貴族の人間関係を報告した。
「メイフィールド伯爵が討ち死にしてサムエル伯爵とビーグリー伯爵が対立。ローネイン伯爵はさぞ苦労したでしょうね。サムエル伯爵とビーグリー伯爵はともにブリタニア系の貴族。ガリア系貴族よりも冷遇されていますから、功を焦ったのでしょうね。メイフィールド伯爵とローネイン伯爵も同じですけれども、ローネイン伯爵の欲のなさが生死を分けた、というところになりますわね」
「それであんなに攻撃的だったのか……」
セレーヌの解説に今更ながら隼人が納得する。
「そうそう、本国から隼人宛に文が届いていましたわ。念のためわたくしが中身を確認しておきましたが、隼人も目を通しておいてくださいな」
セレーヌの言葉にシーラが隼人のところに1通の文を持ってくる。どうやらシーラも補佐官業務にだいぶん慣れてきているようだ。
隼人はそれを受け取り、目を通す。
「……ごちゃごちゃ書いているが、要はスカンジナビア地方にこれ以上の手出しは無用、というところか」
「なんだと!?」
これにエーリカが反応し、隼人から文をひったくる。読み進めるうちに手が怒りにわなわなと震えてくる。
「わざわざ遊兵を作る気か!無駄な血が流れるだけだぞ!」
エーリカが軍事的合理性と己の闘争心から叫ぶ。
「……わたくし達は活躍し過ぎたのですわ。他の者へ功を譲れ、という事ですわね。特にサムエル伯爵はほとんど無駄骨を折っただけですから、王国だけでなく、わたくし達からも何か手土産があった方がいいですわね。ウーメオーでの戦いでのサムエル伯爵の活躍を誇張しましょう」
「嘘の報告をする気か?」
エーリカが静かな怒気をはらんで冷たくセレーヌに問う。
「公には、そうなりますわね。ここは功績を譲るべきですわ。ただでさえ嫉妬でわたくし達は敵が多いのですから、サムエル伯爵に逆恨みされる事態は避けたいところですわね」
エーリカはセレーヌの言葉に、どうするのかと隼人の方を見やる。エーリカは政治に興味がないので隼人に丸投げしている。故に判断を隼人に任せたのだ。
「……セレーヌの言う通りにしておいた方がいいだろうな。俺達はナルヴェクさえ手に入れればそれで十分なんだ。無為に敵を作るべきではないな」
「そう……、か」
エーリカは口惜しそうに席に戻る。
「まあ、ともかく、今回の戦役はこれで終わりだな。マリブールに引き揚げる準備をしよう。ナルヴェクには引き続きセレーヌとシーラに……」
「あ、その事ですけれども、近衛騎士団から苦情が来ていまして……」
「苦情?」
隼人の言葉を遮ったセレーヌに隼人は不思議そうに問う。
「ええ。わたくしをマリブールから動かす事は警備上問題があるそうで……。ちなみに近衛騎士団長からの密書なので、アンリ王の意思ととるべきでしょうね」
「まいったな。このまま2人にナルヴェクを任せたかったんだが……。仕方ない。アルフレッド、海軍司令官とナルヴェク代官を兼務してくれ。シーラはアルフレッドの補佐をしてくれ」
「た、大将、ちょっと待ってくれ!いきなり任されても困るぞ!俺は統治の経験なんてないし、マリブールから離れて海軍司令官をやるのもきついぞ」
「それは分かっている。だが他に適任者がいないんだ。海軍司令官の仕事はマリブールの副司令官と連携して何とか頼む。ナルヴェク代官は適任者を登用したら戻って来てもらうから……」
隼人はアルフレッドに頭を下げて頼む。ここにきて急拡大した勢力に人材が追い付いていない現状が露呈する。
「大将、頭を上げてくれ。子爵様が簡単に頭を下げるものじゃない。……仕方ない、ナルヴェクの代官、俺がやるよ」
「すまない。頼むぞ、アルフレッド。シーラもアルフレッドを頼む」
隼人の言葉に2人は複雑な顔でうなずく。アルフレッドは業務に、シーラは自分を倒した男との仕事に不安を持っているようだった。時間をかけてじっくりと腰を据えるしかないだろう。
帝国歴1793年11月6日。中島艦隊は第2戦隊をナルヴェクに残置し、第1戦隊と、積み荷を陸兵から戦利品やナルヴェク産の鉱石に積み替えた輸送隊がマリブールへ向けて帰還する。ここに隼人にとってのスカンジナビア戦役は終結を迎えたのだ。