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第76話 ウーメオー攻略戦

 遅刻しました。すみません。

 帝国歴1793年10月20日、休養と再編成を終えたスカンジナビア地方制圧部隊はルーレオーを出発した。ビーグリー伯爵軍3000は北のトロムセーへ、サムエル伯爵軍3000は南のウーメオーへとそれぞれ出立する。

 ローネイン伯爵軍2000はルーレオーで治安維持と宣撫活動に務める。本来なら1000程度に抑えたかったのだが、ルーレオーの政情不安はそれを許さなかった。2000でも辛うじて最低限の治安が維持できている状態だ。ここを治める領主は苦労するだろう。救いがあるとすれば、毛皮の産地であるという事だろう。民心の掌握にさえ成功すればそれなりに豊かな都市になるはずだ。


 隼人も同日に艦隊を出航させる。今回は迂回はしない。海流とは反対方向になるが、風向は東向き。迂回してもメリットはない。それだけに地上部隊よりもかなり早く到着する事が予想できた。サムエル伯爵からの命令は、海賊船団の撃滅と港の封鎖だ。

 小さな街とはいえ、隼人艦隊の陸戦部隊500では、単独での攻撃は荷が重い。政治面でもサムエル伯爵に手柄を立てさせない事はよろしくない。エーリカは張り切っているが、今回は出番はあまりないだろう。




 中島艦隊は22日の夕方にウーメオー沖に到着した。しかし海賊船団は姿を現さない。ウーメオーの海賊船は10数隻程度。ナルヴェクとルーレオーの海賊船団が壊滅したと聞けばまともに打って出る事はないだろう。

 しかし海賊船団が出撃しないとなると、港を1日中見張る必要がある。それは艦隊にとって大きな負担だ。


 隼人はどうして海賊船団をつり出して撃滅するかを思案していたが、そこにエーリカが声をかける。


 「今日はたぶん夜戦だな。それ以外にウーメオーが生き残る術がない。ナルヴェクの陥落とルーレオーの陥落はウーメオーの士気を大きく削いでいるはずだ。しかし夜戦で我々を撃退すれば問題は一挙に解決する。それに、我々は今到着したばかりだ。短い航海とはいえ、多少は疲労している。今日打って出るしかないはずだ。さもなければ連中は死刑の執行を待つのみになる」


 「……確かにその可能性は高いな。全艦隊に夜間警戒を命じておこう。しかしここまで情勢が悪化したら内部分裂するかもしれんな」


 隼人は楽観的観測をしつつも十分な警戒態勢をとるように命じる。今川義元のように奇襲で敗北を味わいたくはない。 




 果たして22日の深夜から23日にかけて、艦隊各艦に警鐘が鳴り響いた。海賊船が闇夜に紛れて接舷攻撃を仕掛けてきたのだ。旗艦「マリブール」にも3隻の海賊船が群がり、ロープをかけて海賊達がよじ登ろうとしてくる。各艦に便乗していた歩兵隊だけでなく、海兵隊、海軍の水夫までもが各々の武器を持って迎え撃つ。もちろん隼人とエーリカも白刃を抜いて海賊達に躍りかかる。


 海賊達は士気こそ低いが、敗北後の自らの運命を悟り、決死の覚悟で戦っていた。士気が低くとも粘り強く戦う、稀有な例を見せていた。


 だが隼人達も負けてはいない。警戒態勢をとっていたため、奇襲を受けずに済んだ事が大きい。ウーメオーの海賊船は全て小型船だ。乗れる人数には限りがある。敵味方の数はどの艦でも味方が優勢だ。

 その報告を聞いて隼人は安堵して、エーリカとともに目の前の敵に集中する。軽装の海賊兵の首や胴を叩き切り、海賊船から投げられたロープを切る。見張り台や最上甲板からはマスケットが銃弾を浴びせる。各艦の甲板は敵味方の血で染まる。

 そんな中、エーリカが敵の中にひときわ派手な赤い服装の男を目ざとく見つける。エーリカは周囲の海賊兵を手早く片付けて声を張り上げる。


 「そこの赤い服の男!指揮官とお見受けする!俺は中島隼人が妻、エーリカ!いざ尋常に勝負!」


 「へっ、女かよ。舐められたもんだ。お前などに教える名前はない!女ごとき、ひねりつぶしてやる!」


 2人が剣を構えて駆け寄る。隼人はその様子をちらりと見るが、エーリカを信頼して目の前の敵に集中し、全体を見渡しながら適切な指揮をとる。

 勝負は一瞬でついた。慢心していた海賊の頭、常に全力で戦いを楽しむエーリカ。エーリカは海賊の頭の剣を腕ごと切り捨て、返す刀で袈裟斬りにする。海賊の頭はそのままどうと倒れる。


 「海賊の頭、このエーリカが討ち取ったりー!」


 この宣言でやや隼人側優勢で膠着していた戦況が隼人側優位に一気に変わる。後は及び腰になった海賊兵を処理するだけの簡単な作業だ。戦闘は日付をまたいで3時間に及び、海賊兵は撲滅された。




 「これは結構な被害だな……」


 隼人は早朝に届けられた損害報告書を見て頭を抱えていた。死傷者は合計で100を超えていた。もちろん戦線復帰可能な者もいるが、今日明日というわけにはいかない。


 「まあ、夜戦だから仕方ないさ。大半は治癒できるし、海賊どももあらかた始末できたんだから、気に病むな。戦死者には水葬で手厚く葬ってやれ。それが生き残った者の、勝者の義務だ」


 「そうだな。艦長、水葬の準備をしてくれ。正午から水葬を取り行う」


 エーリカに励まされた隼人は気持ちを切り替え、これからの事を考える。正午の水葬が終わったならば、まずは将兵を休ませるべきだろう。夜は海賊兵の遺体の片づけ、漂流する海賊船の自沈処分と休む暇がなかった。疲労した状態では人間はその能力を発揮できない。


 「水葬が終わったら酒保を開けてくれ。酒も嗜好品も許可する」




 23日の午後から夜にかけて、酔っぱらった兵が何人か問題を起こしたが、それ以外は静かな休養となった。




 24日の朝、隼人は艦隊の各艦長とアルフレッド、パウルを旗艦に集めた。


 「このまま港を封鎖しているだけでは芸がない。よって、我が艦隊はウーメオーに嫌がらせを仕掛ける。まずはこの書類を見てくれ」


 隼人は艦長達に一枚ずつ表を渡す。そこには不規則な時間に、バラバラな目標が示されていた。隼人はさらに続ける。


 「諸君には指定された時間に2、3度砲撃してもらう。夜に砲撃すれば敵の安眠を妨げる事ができるし、不規則な時間に砲撃を仕掛ければいつ砲撃を受けるか不安になるだろう。敵の士気を一層削ぐ事ができるはずだ。地上部隊の到着予定まであと2日だが、その間にやれることはやろう」


 「……確かに効果的だが、かなり陰湿だな。よくもまあこんな事を思いつくよ」


 エーリカはあきれたようにつぶやいた。艦長達も同意見だ。


 「まあ、見張るだけよりは張り合いがありますな。ぜひやりましょう」


 マリブールの艦長がいち早く賛成する。エーリカも、他の艦長も特にデメリットがないので承諾する。ウーメオー市民の2日間の不眠が決定した瞬間だった。




 「おい、昨日はどの船も帰って来なかったな」


 「ああ、頭も帰らなかったし、俺達どうなるのかなぁ」


 「残った幹部も後継者争いでバラバラだ」


 「でも戦うしかないからなぁ。降伏しても奴隷にされるのは確定だろうし……」


 港口の城壁の塔の上で海賊兵が暗い話題で雑談していた。彼らの任務は見張りなのだが、士気が底まで落ちた今、熱心に任務に取り組む者はいない。

 主力部隊の喪失、残った幹部の主導権争い、そして何より沖合に浮かぶ敵の大船。彼らの士気はとっくに崩壊していた。残っているのは奴隷になりたくないという一心だけだ。すでに市民だけでなく、海賊兵からも脱走者が相次いでいる。一応門は封鎖されているのだが、士気が崩壊した今となっては無意味だった。


 「いつ最後の晩餐になるかもわからん。今のうちに飲もうじゃないか」


 見張りの1人が隠し持っていた蒸留酒を見せる。倉庫から盗んできた物だが、もはや誰も気にしないし、そもそも倉庫番が盗みに手を貸している。


 その男が蒸留酒の栓を開けた時、暗い海上に突如として閃光が起こった。続いて轟音が聞こえる。そして城塔が激しく揺れた。


 「い、今のはいったい……?」


 彼らは報告という重要な任務も忘れて呆然としていた。兵舎で寝ていた海賊兵達も様子をうかがうべく次々と兵舎から飛び出す。


 再び海上に閃光。今度は港口に一番近い城塔が崩れ落ちた。瞬く間に混乱が広がる。


 「戦闘配置!戦闘配置だ!」


 しばらくして古参の海賊が我に返って叫ぶ。海賊達は武器を持って自分の持ち場に走る。




 しかしそれからは何も起きなかった。ただただ暗闇と静寂が支配する。


 3時間ほどして、戦闘配置が解除された。海賊達は眠たそうに各々の寝床に戻る。彼らは1時間後、再び同じ目に会う事を知らなかった。




 26日の昼、サムエル伯爵の地上部隊がウーメオーに到着した。ウーメオーの城壁が少しばかり崩れている事に少々顔をしかめたが、すぐに攻城戦の準備に入る。だがそれは無意味に終わる。その日の夕刻、ウーメオーが降伏を申し入れてきたからだ。指導者と主力部隊の喪失、中島艦隊のもたらす不眠は彼らを限界に追い詰めていたのだ。

 だがこれはサムエル伯爵にとっても渡りに舟だ。サムエル伯爵の目標はウーメオーなどではない。もっと大きな都市だ。具体的に言うと、ナルヴェク南西の海峡近くの都市、ベルゲンだ。ここでは功績を挙げられなかったが、ベルゲンで戦果を挙げるつもりだった。そのためサムエル伯爵はすぐに降伏宣言を受諾した。


 サムエル伯爵軍が入城し、中島艦隊もウーメオーに入港する。部隊はここで1日休養をとり、この後はナルヴェクを経由してベルゲンを目指す。


 だが翌27日早朝、サムエル伯爵にとって衝撃的な知らせが舞い込んできた。


 「去る10月18日、王国直轄海軍がベルゲン沖で海賊船団を撃破!同日、王国直轄騎士団によりベルゲンは陥落せり!」


 サムエル伯爵の野心が霧散した瞬間だった。

 ウーメオーが勢力の小さい海賊団だったので、大きな戦にはなりませんでした……。これからは戦闘描写が少なくなり、内政モードに入ると思います。どうぞお付き合いください。

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