第74話 ルーレオー陥落
今回から毎週金曜日の夜から土曜日の朝にかけての準定期更新とします。完全な定期更新ではありませんが、そのくらいの時間帯にご足労ください。
帝国歴1793年10月7日払暁、マリブールの艦橋では隼人とエーリカが実に気まずそうにしていた。昨夜、人目も気にせず抱き合い、キスをしたからである。3男爵の部隊も含む艦隊はみなその事を知っている。艦隊全員から生暖かい目で見られている。気恥ずかしいが、やってしまった事は仕方ない。2人して耐えるしかない。エーリカは本来、逆に
見せつける事を誇るのだが、今回は心の弱みを見せたために珍しく恥じている。
「閣下、全員の乗り組みが完了しました」
「う、うむ。全艦!ルーレオー港口に向かう!抜錨!」
こんな空気でも一切平常通りな艦長が恨めしい。しかし任務に私情を持ち込むわけにはいかない。隼人は努めて平静を装いつつ艦隊の動きを見守る。最初の号令を出せば、指揮官はしばらくは威厳を持って立っている事が仕事だ。
隼人とエーリカの心が収まらないうちに艦隊はルーレオー港口に到着した。地上部隊と歩調を合わせるために投錨して待機する。
地上部隊は中島艦隊の到着を待っていたようで、幾ばくも待たないうちに攻城兵器による攻撃が始まった。艦隊も城壁に設けられた港口周辺の塔を狙って射撃を開始する。塔の方もバリスタや投石器で反撃するも、射程が足りないか、威力不足で艦隊にほとんど効果はなかった。
そのむなしい反撃も中島艦隊の艦砲が塔を次々破壊していく事で沈黙していく。海賊船も姿を見せなかった。昨日の船団が稼働全力だったのだろう。あるいは整備が終わった船も被害を恐れて引きこもっているのかもしれなかった。
「……大砲というのはすごいものだな」
ローネイン伯爵は攻城兵器の戦果をそうつぶやいた。中島艦隊から抽出された艦砲部隊の他にも、トレバシェットやカタパルトもあるのだが、威力の差は歴然だ。この2種の投石器が城壁を揺さぶる間に艦砲はすでに城壁を崩しかけている。海の方を見れば塔が無残にも崩れ落ちている。
「私も大砲がここまで威力があるとは知りませんでした。それにしても、中島子爵は艦隊により大きな大砲を積んでいるそうです。中島子爵はあれで意外とケチなんですなぁ」
幕僚の子爵がローネイン伯爵に賛同するような発言をする。
「ああ、そのことだが、陸上だと軽い砲の方が扱いやすいと言っていたぞ。とはいえ、城壁を崩すならもっと大きな砲を用意するべきであることは同意するがな。この戦が終われば大型砲を作るように元帥閣下と陛下に具申してみるか」
ローネイン伯爵も子爵の意見に同意する。目の前で重砲と軽砲の威力の差を見せつけられたらそう思っても仕方がないだろう。隼人としては機動性を重視して軽砲を抽出したのだが、その利点には気づいてもらえなかったようだ。もっとも、隼人は野戦や、移動も視野に入れていたので、純粋に攻城戦だけを見ると重砲の方が有利だ。ほとんど動かす事がないから当然だ。しかし重砲の場合、早朝までに射撃位置に着けていたかは厳しい所だ。それは実際に砲兵を運用してみないと分からないだろう。
ちなみにこのローネイン伯爵の具申によりガリア王国では陸戦用に重砲を生産するようになり、攻城部隊の機動性が大きく下がっていった。一方で攻城戦では活躍したので、他国もこれを見て重砲の増強に舵を切ったため、隼人のように軽砲を主力とする軍は少なくなっていった。
近い将来の事はともかく、ルーレオーの、けっして厚くはない城壁はそれほど時間がかからずに陸上艦砲隊により崩された。ローネイン伯爵は中島艦隊に突撃の合図を出すとともに、強襲部隊の第1陣に突撃を命じた。艦砲部隊にはさらなる突撃路を作るために投石器部隊が攻撃している部分に射撃を命じる。
敵の抵抗はこれまでになく弱体に感じられた。1番の要因は昨日の奇襲部隊が誰も帰らなかったため、士気が大きく下がっているからだろう。おまけに今日は大砲の火力に圧倒されている。ローネイン伯爵はこの戦い、拍子抜けするものになりそうだな、と思った。
ローネイン伯爵からの合図を受け取った中島艦隊は直ちに抜錨し、港に向けてゆっくりと動き出した。散発的な反撃は艦砲射撃とマスケットの集中射撃で沈黙させられる。
やがて艦隊は港に着岸する。城壁の方からはしきりに戦闘騒音が聞こえる。
「エーリカ!300を率いて陸上部隊と共同して敵を挟撃しろ!俺は200で港を確保する!海兵隊は艦に残って艦を守れ!」
隼人がするどく命じると、エーリカを先頭に旭日の旗が艦から躍り出て城壁に向かう。輸送隊に便乗していた3男爵もこれに続く。これは事前の作戦通りの行動だ。ただし、共同訓練を行う時間がなかったので、城壁に向かって敵を挟撃する事以外はエーリカと3男爵が各個に判断して行動する。
隼人は配下の部隊に港湾施設の確保を命じながら城壁を見やる。すでに城壁は2カ所で崩れ、城門や付近の塔にはガリア王国軍各貴族の旗がなびいている。しかし戦闘騒音はまだ遠い。城壁付近で激戦になっているのだろう。
そうして戦況を観察していると、倉庫の陰から敵兵が斬りかかってきた。隼人は素早く反応し、剣をはじいて胴を一閃する。
「ご無事ですか!?」
隼人の護衛が駆け寄る。隼人の手勢は200でしかなく、さらに言えば隼人は剣の腕に覚えがあるので、護衛は最低限、しかも飛び道具を警戒してのマスケット兵だけだ。
「ああ、大丈夫だ」
そうして先ほど一閃した敵兵の亡骸を見やる。持っている剣は小さく、粗悪な作りだった。防具と言えるものは全く身に着けていない女だった。
「これは……、民間人か?」
「かも……、知れませんね」
駆け付けた護衛兵が同意する。
「……これはいささか面倒な戦になるかもしれんな」
「はぁ……?」
隼人はルーレオーの全住人が敵対してくる可能性が頭によぎった。ルーレオー周辺ではガリア王国軍が散々略奪している。その情報がルーレオー市民に広がっていてもおかしくはないし、略奪から逃れた農民がルーレオーに逃げ込んでいる可能性もある。
気づけば周囲の雰囲気はナルヴェクを攻め落とした時よりも格段と張り詰めている。
「おい!お前、部隊全員に伝令だ。民間人からの攻撃に注意するように伝えろ。それから、単独行動は禁止だ。必ず複数人で行動するようにも伝えろ」
「はっ!民間人からの攻撃に留意し、複数人で行動するように伝えます」
隼人はすぐに駆けつけてくれた護衛兵に伝令を命じる。ナルヴェクという果実を手にした以上、無為な損害は無用だ。あまり功績が大きくなりすぎて妬まれる事も望ましくない。事は慎重に運ぶべきだ。もっとも、エーリカは派手にやってくれるだろうが。
しばらく海賊と民兵の散発的な反撃をあしらっていると、ガリア王国軍の騎兵隊が駆け抜けていった。その中の1騎が隼人の下に馬を寄せる。
「城壁周辺の海賊どもは撲滅した!助太刀を感謝する!あとは我らが城を奪取する!これ以降は助太刀は無用に願いたい!」
どうやら功績を焦っているようだ。隼人としては特にこれ以上功績を挙げる必要もないので追認する。
「戦勝を祝う!我らは引き続きここを確保する!武運を祈る!」
「ありがたい!それでは御免!」
騎兵は味方を追って去っていった。
しばらくしてエーリカ達も合流する。部下達は一仕事終えたという顔をしているが、エーリカはかなり不機嫌な顔をしている。
「エーリカ!ご苦労さん。えらく機嫌が悪そうだが、どうかしたか?」
「どうもこうもあるか!ローネイン伯爵の奴、これ以上は他の連中に手柄を譲ってやってくれって頭を下げてきたんだ!さすがに伯爵に頭を下げられたら拒否もできん」
エーリカはこれ以上の戦闘加入を禁止されたことがかなり不満なようだ。
「エーリカ、彼らも手柄を立てようと必死なんだ。今回は譲ってやれ。それに、お前の事だから城壁の辺りで散々暴れてきたんだろう?」
「ふん!まあな。敵中突破して散々に分断してやったよ」
自分の戦いを褒められてとたんに上機嫌になるエーリカ。聞く方の隼人は300で敵中突破したのかと冷や汗をかくが、同時にエーリカならそれくらい朝飯前だな、とも思ってしまう。しかしエーリカが上機嫌だったのも一時の事、再び不機嫌になって城壁までの戦闘について話し始めた。
「しかしここの住民は何なんだ!軍が行軍している所に物を投げつけやがって。おかげでこっちも弓や銃で反撃せざるを得なくなる。しかも俺達の動きを海賊どもに知らせやがったみたいで、奇襲ができなかったしな。むしろこっちが路地裏から奇襲を受けた始末だ。全く、あとで八つ裂きにしてやりたい気分だ」
「さすがに冗談でも止めてくれ。この街の住人の敵対心は洒落にならん。これは終わった後が大変だぞ。とりあえず落とした後も夜間の上陸は禁止せざるを得ん。こっちもこっちで何度か民間人の襲撃を受けている」
「全く、クソのような戦だな」
「全くだ」
隼人とエーリカはそろってため息をつく。民間人を巻き込む、というよりも民間人の参加する戦は隼人にとっては迷惑千万だし、エーリカの戦争の美学にも反する。
「ああ、そうだ。外の艦砲隊はどうする?」
「そうだな……。面倒事に巻き込まれる前に引き揚げておくか。エーリカ、ここまでの護衛を頼めるか?」
「おう。任せておけ。艦砲隊単独で移動させたら何をされるか分らんからな。皆!聞いての通りだ!城壁外の艦砲隊を収容するぞ!」
エーリカが、今度は見せつけるようにして短い抱擁を隼人にすると、城門の方へ部隊を率いて歩き出した。
その頃、ルーレオー城攻略部隊は手詰まりに陥っていた。最初は城門が閉じる前に騎兵を突っ込ませるつもりだったのだが、さすがにそこまで甘くはなく、城門に達するはるか手前で門が閉じられた。焦って外側城壁を守備していた海賊兵を超越して前進していたことがあだになった形だ。
その後は破城槌とはしごを用意して正攻法で攻撃をかけた。誰もがこれですぐに方が付くと思った。何せルーレオー城は政庁である館を木製の塀と城門で囲っただけの代物だったからだ。
それが意外にも激しい抵抗を見せた。城に残された海賊兵と避難民はガリア王国の奴隷だけにはなりたくないと、死兵と化して抵抗したからだ。城壁からは礫が投げられ、城門の上からは熱湯がかけられる。
弓や弩、銃で倒しても後から後から軽装の海賊兵や民兵が現れて城壁に登ろうとした兵を切り伏せ、叩き落し、はしごを外して城に寄せ付けなかった。そんな膠着状態が3時間は続き、ガリア王国軍は一旦引き上げ、策を練る事とした。
「くそっ!あんな小城1つ落とせないとは!」
攻め手の子爵の1人が吐き捨てる。
「落ち着け。あんな城、そう長くは持つまい。最期のあがきだ」
「そんな事は分かっている!このまま力押しを続けても勝てるという事もな!だが奴らは死兵だ!力押しなどしたら損害がどれほど出るか分からん!」
別の子爵がいさめるも、意外に冷静だったようで、興奮しながらも的確な指摘をする。その言葉に会議の場が沈黙につつまれる。すでにスカンジナビア地方制圧戦に参加し続ける事が困難なまでに兵力をすり減らした男爵や子爵がたくさんいる。興奮している子爵もその1人だ。
「あのー、投石器で攻撃するのはどうでしょう?」
そんな中、1人の男爵がおずおずと提案する。彼の部隊はルーレオー攻囲戦の序盤で大損害を受けていたため、城の攻め手には参加していない。そもそも彼は商人の出で戦争は門外漢と言っていい。だがこの素人発想が会議を動かした。
「投石器?トレバシェットは動かせないし、そもそもあんな小城を攻撃するには向いていないぞ。カタパルトの方なら動かせるか……」
「そう言えば中島子爵が大砲を持ってましたよね?あれを持ってきてもらうのはどうでしょう?」
「大砲か……。あれはすごかったな。石の城壁が簡単に崩れたからな。よし、ローネイン伯爵と中島子爵に要請しよう。これ以上損害を出すわけにはいかないからな」
会議の方向性が決まると後はすんなりと決まった。すぐに伝令が隼人とローネイン伯爵の下へ向かった。
隼人が伝令から救援要請を受け取ったのは、艦砲隊の半分を輸送隊に戻した頃だった。隼人はすぐに了承し、艦から榴散弾(対人殺傷用の小型砲弾を多数袋詰めにしたもの)を降ろして輸送の準備をする。艦に乗せてしまった分の艦砲は降ろさない。ルーレオー城は小さいと聞いていたので半分でも十分と判断したからだ。
輸送の準備が終わってすぐにローネイン伯爵からの正式の命令が届いた。後は城に向かい、この嫌な戦いを終わらせるだけだ。
「隼人、今回は俺と隼人で行こう。ここはアルフレッドとパウルに任せて十分だ。2人でこの戦いにけりをつけるぞ」
エーリカが隼人を誘う。表面上、戦意は十分だが内心この戦いに辟易としている。エーリカとしては隼人と一緒でないとやってられない気分だった。
「そうだな。今回は俺はあまり戦ってないしな。2人で行くか」
隼人は8門だけの艦砲と護衛の300弱の歩兵を連れて、十分周囲に警戒しつつルーレオー城に向かった。
隼人達はルーレオー城前に到着すると、城門に3門、左右の城壁に2門ずつ、予備に1門を手元に置いて布陣した。城門には通常砲弾、城壁は薄いので榴散弾を使用する。
夕方になって攻め手の指揮官の子爵の号令で隼人は発砲を命じる。砲弾は城門を突き破り、榴散弾が薄い城壁をズタズタにし、城壁を背に休んでいた敵兵を肉片に変える。それぞれ数発の砲撃で城門は崩れ落ち、城壁は血に染まって穴だらけなって倒れた。隼人は城門の砲の砲弾も榴散弾に変更してなおも数度、城内の敵兵に砲弾の雨を降らせる。城内は血で染まった。
これを確認すると指揮官の子爵は隼人隊に発砲中止を命じ、同時に全部隊突撃を命じた。隼人とエーリカも剣を持って突撃する。騎兵が城壁内部に残っていた敵兵を掃討し、歩兵が館へ殺到する。部屋の1室を、廊下の角をめぐる戦いの末、敵兵は1人残らず、海賊兵ばかりか民兵の女子供の全員いたるまで戦い、玉砕した。隼人にとっても、エーリカにとっても胸糞悪い、凄惨な戦闘だった。
こうしてガリア王国軍スカンジナビア地方制圧地上部隊は最初の勝利の果実を得る事ができたのだった。
終盤少し力尽きました。あまりいい出来ではないかも……。お盆休み嫌い……。