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第72話 ルーレオー沖海戦

 帝国歴1793年9月20日、とうとう心の整理がついたシーラが隼人の門を叩いた。


 「仕官の事、受け入れてくれたか」


 「はい、俺はナルヴェクを守るために戦ってきました。ならばもう一度、ナルヴェクのために働く事が最善です。ようやく、その心の整理がつきました。俺を、ナルヴェクのために働かせてください」


 「もちろん、歓迎するよ。ひとまずは俺とセレーヌの補佐に当たってくれ。ただし、来月には俺やアルフレッド達は北部の海賊討伐に出なければならん。一応ナルヴェクにはセレーヌを置いていくつもりだが、行政の掌握には手が足りん。だから当面は軍事面ではなく行政面で補佐してくれ」


 「わかりました。で、どういう方針なんですか?」


 「まずはナルヴェクの税制と法制をマリブールのものとすり合わせる作業だな。経済面でまるで違うから、経済の体制の変換も必要になるな。具体的には商工業の発展とマリブールとの交易路の設定だな。ナルヴェクでも製鉄をしてもらうつもりだが、鉄鉱石を一部マリブールに回してもらう。鉱山夫に関してはこれからの戦で確保できるだろうな」


 「地味ですが大変そうな仕事せすね……」


 「ああ、だが重要な仕事だ。それに、ナルヴェクの旧領主が協力してくれるなら領民も協力的姿勢に変化するだろう。それに俺もいつまでもナルヴェクにいられんしな。マリブールが本拠地だし、ガリア王国首都のロリアンにも報告に行かないといけないしな。ああ、べつにシーラがついてくる必要はないぞ。シーラにはナルヴェクの代官の補佐を頼みたい。代官にはセレーヌかアルフレッドを考えている」


 「了解しました。しかし仕官したとたんに下の名前を呼び捨てですか」


 シーラは少々不機嫌な顔になる。両親以外に呼び捨てにされる機会がなかったし、隼人達の様子から、もっと親しくなってから呼び捨てにされると思っていたからだ。


 「ん、まあこれは俺達の慣習みたいなもんだ。いまさら変えるわけにもいかんから、諦めてくれ。上下の指揮系統を明確にするためのものだ。幹部になった証でもある。うちはけっこう難しい出自の奴がいるからな」


 「幹部、ですか。ありがたい事です。そう言えば中島殿の正室は敷島国の王女でしたね。側室もバイエルライン侯爵ですか……」


 ナルヴェクの領主だっただけあって、シーラの耳は良い。隼人の妻達の出自がバラエティに富んでいる事も知っていたし、人材不足であることも噂には聞いていた。人材不足であるならば、自分がいきなり幹部認定される事もおかしくはない。が、仕事が激務になりそうだ。


 「よく知っているな。まあ、それでもまだ序の口なんだがな。それからその中島殿、なんて言う他人行儀な呼び方を変えてもらえないか?」


 「そう言えば主君に殿をつけるのもおかしいですね……。まあ俺は新参者ですし、閣下とお呼びしますよ」


 「閣下……か、思えば遠くに来たものだ……」


 隼人はシーラに閣下呼ばわりされ、行商をしていた頃を思い返して目を細める。仲間達は出自が高貴過ぎたり、危なかったりしたが、まだまだ1行商団過ぎなかった。だがいまや伯爵位が目前にある。本当に遠くに来たものだ。


 「そう言えば閣下は商人の出でしたね。それが子爵閣下ですか……。すごい出世ですね」


 「いや、今度は伯爵に叙爵すると言われているんだ」


 「伯爵……、ですか?」


 さすがのシーラも唖然とする。ナルヴェクほどの要衝であれば伯爵、あるいは公爵クラスが送り込まれてもおかしくはないが、まさか隼人がそのまま昇爵するとは思わなかった。と同時に、マリブールと統治体制を同じくする理由も腑に落ちた。隼人はナルヴェクを永久に領有するつもりなのだ。シーラはそれを初めて悟る。


 「まあ、ただ働きというのもむなしいし、新貴族からの参戦要請がすごかったからな。どうせスカンジナビア地方全体を征服するんだ。これくらいの駄賃はもらわないとな」


 隼人の言葉にシーラは2度目の衝撃を受ける。スカンジナビア地方は長らく海賊が支配してきたからだ。その「当たり前」がいま崩れようとしている。しかし不思議と納得する自分がいた。隼人の艦隊をこの目で見たからだろう。これから世の中が変わっていく。そんな予兆を感じるのだった。




 マンネルヘイム・シーラが中島隼人の臣下となったと言う情報はすぐさまパウルの手でナルヴェクに広められた。これによりナルヴェク市民だけでなく、ナルヴェク海賊団までも協力的姿勢に変化し、海軍を含む警備隊への志願者が急増した。これによって港に係留されているだけだった鹵獲船の運用が可能になり、ナルヴェクの防衛力は飛躍的に向上した。彼らを再編成したらすぐに北方の友軍の支援に向かえるだろう。


 果たして帝国歴1793年9月30日、中島艦隊が出帆することになる。陣容は第1戦隊、フリゲート4隻、指揮官、中島隼人(艦隊指揮官を兼務)、次席指揮官、中島エーリカ、第2戦隊、重武装ハルク船2隻、指揮官、フィッシャー・アルフレッド、次席指揮官、シュタイナー・パウル、輸送隊、軽武装ハルク船3隻、陸戦戦力は各艦に分乗して歩兵500だ。歩兵は海兵隊任務も兼任する。ちなみに第2戦隊が半減している理由は、万一のナルヴェクの防衛のために残置するからである。


 隼人達は出航前に作戦計画と情報の確認に城の1室に集まる。居残り組のセレーヌとシーラも同席している。


 「まず我々はスカンジナビア地方東岸フィヨルド北端の都市、ルーレオー周辺で戦闘中の友軍を支援する。陸上兵力は我が方が優勢とのことだが、海上戦力は皆無だ。我々は敵海上戦力を撃退し、しかる後に陸戦隊を揚陸、その後は艦砲により戦闘を支援する。ルーレオー陥落後の行動方針は友軍と協議した上で決定する。おそらくはスカンジナビア地方東岸を制圧するまではナルヴェクには戻らないだろう。そのため物資は多めに積載する。質問はあるか?」


 隼人が作戦概要を説明する。これに対してエーリカがまず質問する。


 「陸戦隊の指揮は俺が執るということで問題ないな。だが問題は友軍が我々の船に乗船するのか、その場合、指揮権は我々に残るのか、そして陸戦隊は友軍の指揮下に入るのか否か、だな」


 「まず、艦隊の指揮権を譲るつもりは全くない。強く要求されたら独自に行動する心づもりである。陸戦隊は揚陸までは指揮権を放棄するつもりはない。ただし、揚陸後は友軍との協調のため、友軍の指揮下に入ってもいいと考えている」


 隼人は海上での指揮権は断固として渡さない意志を明確にする。次にアルフレッドから質問が飛ぶ。


 「大将、友軍と敵軍の状況は?」


 「ちょっと待ってくれよっと……。友軍は6000だったが今は4000にまで消耗しているようだ。ただし、後詰めとしてさらに5000がルーレオーへ陸路で向かっている。指揮官はメイフィールド伯爵が執っていたが、先日戦死されたらしい。今はローネイン伯爵が指揮権を継承しているらしい。敵は3000が籠城しているが、20隻以上の船を持っているため兵糧を好きなだけ搬入できているばかりか、友軍の後方に上陸して攪乱しているらしい。つまり、我々の働きが友軍とルーレオーの運命を左右するわけだな」


 隼人は得意げに答える。しかしその答えにセレーヌが不安を覚える。


 「隼人、友軍の貴族の数と爵位はわかります?場合によっては指揮権が統一されないかもしれませんわよ」


 隼人もセレーヌの懸念に気づいて慌てて資料をめくる。


 「ええと……、今戦っているのは伯爵はローネイン伯爵だけだ。ただ、後詰めはビーグリー伯爵とサムエル伯爵の混成らしい。あとは子爵がそれぞれ6人ずつ、男爵は……それぞれざっと20人以上いるな」


 「ローネイン伯爵は領地拡大の野心はあまりない方ですわ。ただ、新貴族の受けがいいから担がれたんでしょうね……。ビーグリー伯爵とサムエル伯爵はともに功績を狙っていますし、2人の仲はあまりよろしくないので、協議は難航するかもしれませんわね……。まあ、我の強いメイフィールド伯爵が戦死しているだけマシですわね」


 「ともかく、協議の場では振り回されないようにしないとな」


 隼人とセレーヌはそろってため息をつく。


 「要は行動の自由を確保できればいいんだろう?いざとなれば俺の爵位を使えば……」


 「「それは話がややこしくなるから止めて」」


 エーリカのおせっかいを2人がそろって止めに入る。他国の侯爵の発言を持ち出すなど、国際問題を増やすだけだ。


 「他に質問は?……特にないようだな。では各自健闘を祈る。それからこれは出航後の航路の予定を書いた海図を封筒に入れてある。各司令官と艦長は出航後に確認する事」


 そう言って隼人は封筒を配る。ナルヴェクは長く海賊の街だった事もあって他の海賊の間諜も多い。スカンジナビア地方東岸北部の海賊団は疲弊しているとはいえ、未だ健在だ。スカンジナビア地方東岸の運命を決する中島艦隊の航路は秘匿すべきであった。


 「では解散。幸運を」


 隼人の言葉を合図に各自の乗艦に向かった。




 隼人の艦隊は出航すると沿岸沿いに北上する。ただし、これは欺瞞航路だ。北部海賊団の南の連中に防備を固め、ナルヴェクを襲う心理的余裕をなくすことが目的だ。

 艦隊は日が落ちた深夜に東へ静かに舵を切る。東に迂回してルーレオーを目指すのだ。これはルーレオー救援前に余計な戦闘を避けたかった事も理由だが、何よりも海賊団の根城を攻略する時間と駐屯する兵と文官が不足していた事が大きな理由だ。中島家は急拡大しただけに人材が不足しているのだ。教育はすでに始まっているが、その効果が出るには時間がかかる。


 この欺瞞航路は成功し、北部海賊団は自己防衛のために積極的な行動をとれなくなってしまった。案の定、中島艦隊の姿は海賊に見つかっていたのだ。出航日は全ての民間船の出入港を禁じていたため、漁船などに扮した海賊船に追跡されることはなかったものの、陸上の監視所や間諜から海賊団に報告されていたのだ。だからこそ、所在不明になった中島艦隊に北部海賊団は混乱におちいったのである。




 帝国歴1793年10月6日、ベロー男爵は後方の物資集積地の警備に当たっていた。彼の部隊は先日の攻城戦で大損害を負っていた。他にも同じような理由で警備任務に当てられている男爵が5人いる。彼らが集まってもその兵力は500に満たない。それも負傷者を含めてだ。功を焦って突出したことでそれほどまでの損害を負ってしまっていたのだ。スカンジナビア地方に入った時には少なくとも1人150の兵を率いていたのに!

 この警備任務はスカンジナビア地方に出兵した貴族達にとって鬼門だった。何事もなく、功績を得られずに交代することになれば相当な幸運で、物資の集積地はたびたび海賊の奇襲にさらされていた。地の利も制海権も敵側にあった。大抵の場合、海賊の奇襲は成功し、物資は奪われ、焼き払われ、兵が何人も討ち取られる。自身が討ち死にした貴族も数多い。

 そして失われた物資は現地で調達するしかない。現地挑発(表現を変えれば単なる略奪)を周辺の村々から行う事になる。その結果、村を追われた農民が匪賊となって後方を脅かし、海賊を支援する。そして農民からの情報で海賊が奇襲をかける。そんな悪循環に陥って久しく、周辺住民はすっかり敵対的だ。


 故に部下の報告は彼を絶望させた。


 「南方海上に海賊船見ゆ!数9隻!かなり大きい!」


 「南西にも海賊船!数15隻!」


 海賊船が合計24隻。いったいどれほどの規模で襲撃をかけてくるつもりだろうか?ベロー男爵の背筋が凍る。




 しばらく呆然と海賊船を眺めていたベロー男爵以下6人の男爵達。すでに救援を求める早馬をだし、防衛態勢に付くように命じてある。攻撃を受ける前に防衛態勢を整えたことで戦術的奇襲は受けずに済むが、救援は間に合うまい。戦略的奇襲を受けた状態だ。彼らは自身に訪れるであろう運命を覚悟する。


 そのうちベロー男爵の隣にいたプリドール男爵が気づいた。


 「おい、何だか様子がおかしいぞ。南からの海賊船が西へ……、もう1つの海賊船団に向かっている」


 「そう言えば南西の海賊船団も東へ向かっている……。合流するつもりか?」


 プリドール男爵が苦労して買った望遠鏡を構える。


 「……おい。おい!南の船は旭日の旗を掲げているぞ!」


 「え?旭日の旗?……もしや!?」


 「ああ、中島子爵だ。例の出世頭だ。味方だぞ!くそ!大船を9隻も持ってきやがった!」


 プリドール男爵が喜びの言葉を汚く吐き出す。その声に物資集積地は湧きかえる。やがて行われるであろう海戦に期待を込めた目を送った。




 「方位300(北西)に敵海賊船団発見!数15!全て小型船らしい!」


 早朝、マストの見張り台から報告が来る。


 「総員戦闘配置!さて諸君、仕事を始めよう。取り舵!新進路310!逐次回頭!」


 「新進路310、逐次回頭よーそろー」


 マストに信号旗がするすると上がるとともにマリブールの船体が右に傾きながら進路を変える。後続艦もマリブールにならって単縦陣を維持したまま進路を変える。


 海賊船団は中島艦隊を見ても東に進み続けていたが、やがて決心がついたのか横隊の戦闘隊形をとりつつ、中島艦隊の進路と重なるように進路を変える。


 「本艦の目標、北端の海賊船!距離400で発砲!後続各艦は旗艦発砲まで発砲を待て!」


 「目標、北端の海賊船、距離400で発砲、発射準備よろし」


 しばらくして出された隼人の命令に信号旗が上げられ、艦長がすでに発砲の準備を整えていることを伝える。さすがに旗艦なだけあって優秀だ。




 両者は急速に接近していく。海賊船も戦闘速度で櫂を漕いでいる。そして目標がマリブールにとって絶好の射距離に入る。


 「撃ち方始め!」


 「撃ち方始め!」


 「テッー!」


 隼人の命を艦長が復唱し、砲術長が発射を命じる。マリブールの左舷が轟然と爆音を爆炎に包まれる。後続の艦も次々と発砲していく。爆煙が晴れた時、マリブールが目標とした海賊船と、他の2隻の海賊船が海面から姿を消していた。それからわずか10分程度の時間で海賊船団は文字通り消滅した。小型船では艦砲の射撃にはひとたまりもなかった。一撃で粉砕された船はまだ幸運な方で、中途半端に命中弾を受けた船はマストを折られ、船体をズタズタにされ、甲板を血に染めてゆっくりと沈んでいった。隼人は数少ない生存者の救助を命じる。その時になって隼人は北の小高い丘の上の友軍に気がついた。望遠鏡をのぞくと、盛んに旗を振り、武器をかざして喜んでいる様が見て取れた。


 「連中には最高の見世物になったようだな、エーリカ」


 「……そうだな」


 しかしエーリカは面白くなさそうに答える。


 「?エーリカ?どうかしたのか?」


 「いや、何でもない。ただ、今の戦いが面白くなかっただけだ。これじゃあ戦闘じゃなくて虐殺だ」


 「……まあ、そうだな。だが海賊船団はこれで壊滅状態のはずだ。本番はこれからだぞ」


 「そうだな。これからルーレオーを落とすという戦いがあるんだ。それに期待だな」


 エーリカは、これからの戦いが一方的な戦い、大砲と銃が主役で、敵将と白刃を交える事のない戦い、つまりは面白くない戦いに変化していくのではないかという、一抹の不安を感じつつ、次の戦いに意識を逸らした。そうしなければ、戦いの美学を自分と愛する隼人が壊しつつあるという現実に気づいてしまいそうだったから。

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