第67話 ロリアンでの根回し
長らく音信不通でした王立ジョーク連隊です。お待たせしていた皆様には申し訳ない気持ちです。体も復調してきましたので、これからはそれなりのペースで書いていくつもりです。それでは拙作をどうぞ。
帝国歴1793年5月半ばにマリブールを出立した隼人達は南の湿地帯をセダン方面に迂回し、およそ1カ月の旅路でロリアンに到着した。隼人に随行した主だった者は、エーリカ、ナターシャ、カチューシャ、カテリーナの他に、屋敷の防諜を担当するために梅子がマリブール警備隊から引き立てた女性幹部とその部下、それに屋敷を防諜面で掃除した後に管理する者達だ。
本来はフルメンバーで行きたかったところなのだが、桜は義人の育児に忙しく、梅子も桜の補佐をすると譲らなかった。マチルダにはマリブールの留守を預かるという大役がある。セレーヌは正体露見の可能性を考えるととてもじゃないが連れていけない。他のメンバーも内政にナルヴェク攻略の準備に大忙しだ。
そこで貴人の中では比較的余裕があるエーリカを指名したのだ。ナターシャ、カチューシャ、カテリーナは貴族慣れしていないことが不安だったが、それは隼人も同じだ。だが、エーリカも貴人というだけで中身は戦争狂だ。つまりは全員が貴族の社交に向いていないことになる。その方面の人材はかなり心もとない。
救いがあるとすれば、戦乱の時代であるが故に平民出身の貴族も多く、多少貴族文化に疎くとも、旧貴族以外からはそれほど馬鹿にされない事だろうか。
ロリアンまであと数日といった地点で、先行させた防諜担当者から報告が入った。
子爵に昇爵してからしばらくしてロリアンにそれなりに貴族らしい屋敷を下賜されたが、隼人はマリブールの統治に忙しく、屋敷の事はほとんど部下に任せっきりにしていた。
防諜担当者からの報告はその事を後悔させ、隼人を愕然とさせるものだった。屋敷で働いている人物全てが旧貴族達からの息がかかった者達だったのだ。
「到着予定日には宿の予約を入れました。今屋敷に帰る事は危険です。人の入れ替えも必要ですが、食料から消耗品、家具にいたるまで入れ替えが必要です」
「そこまでか……。しかし随行している人員では人数が足らんだろう。それに人を雇うにも物を揃えるにも時間がかかる」
「その通りです。しかしそうまでしないと皆様の安全が確保できません。しばらくは宿でご宿泊願います。その間に全力で屋敷を『掃除』するしかないでしょう」
防諜担当者からの提言にうめくことしかできない隼人。
「自業自得だ。諦めろ」
エーリカが他人事のように隼人に追い打ちをかける。本当にこの美人妻は戦争の事以外は関心がない。
「しかし宿をとったところで機密を守る事は難しくありませんか?それに、絶対に不審に思われますよね」
ナターシャが防諜担当者に尋ねる。
「それを考慮してでも、今の屋敷は危険です。情報だけでなく、命を守る意味でも」
ここまで言われては皆押し黙るしかない。
隼人はひとつため息をついて命じた。
「……仕方ない。そのように計らってくれ。これは俺の落ち度だ。皆も苦労をかけるだろうが、頼む」
隼人達は屋敷の立て直しから始めねばならなかった。
ロリアン到着から10日間、屋敷の『掃除』と点検、人員と設備の補充に隼人の部下達は忙殺されていた。隼人達幹部も、新貴族達からパーティーの熱烈なお誘いがあったため、そちらの方に忙殺されていた。
隼人は新貴族の中でも出世頭であり、ある者はなんとかつなぎをとろうと、ある者は出世の秘訣を探ろうと必死だったのである。そしてもちろん、領地を得られる絶好の機会であるスカンジナビア地方制圧戦への協力の期待も大きかった。
ちなみに領地への期待は、すでに所領のある子爵よりも、所領のない男爵の方が大きかった。そのため、まがりなりにもパーティーを開けるだけの屋敷を持っている子爵よりも、屋敷が小さく、大きなパーティーを開けない男爵の方が隼人に関心を示し、隼人は主役である招待側の子爵の顔を立てる事に苦労した。そして隼人の屋敷でのパーティーが解禁されると、隼人の屋敷は領地に飢えた男爵達で賑わう事となった。
「全く、下らんパーティーばかりだ。気概があるなら自分で功績を立てれば良いものを」
エーリカが面白くなさそうに切り捨てる。時は7月頭、隼人達は屋敷に移っていた。パーティーが終わり、隼人は妻達と夜の戦いを終えてしばらく、雑談に興じていた。当然皆裸であり、肌と髪は汗に濡れている。
妻達の中でも抜群のプロポーションを誇るエーリカ、筋肉と脂肪のバランスの良い、野性味ある肢体をしているカテリーナ、最近では最も小柄になってしまったが、母性に関しては追随を許さないナターシャ、背は姉を追い越し、体つきも日々女らしくなっているカチューシャ。そんな美人妻達に囲まれた隼人は幸せの絶頂である。
もちろん、ロリアンには来ていない妻達も愛している。桜の艶やかな黒髪と大きな乳房と尻は隼人を夢中にさせているし、梅子のしなやかで完成された女体美を持つ肢体が、夜には気弱になるのもたまらない。マチルダはその大きな乳房と香しい銀髪を武器に甘えてくる。
これだけの美人に囲まれながらも色にばかり流されず、仕事も精力的にこなしているのだから、隼人も20代の若い男としてはできた男である。
「まあ、仕方ないさ。陸上機動が困難な地形である上に制海権がないんだからな。海軍を持っている所に頼むしかないよ」
「制海権……、海を独占して自由に使える事だったか?隼人から初めて聞いたが、新しい概念だよな。全く、お前の頭についていくのも大変だな」
エーリカが憮然として腕を組み、あぐらをかいて座る。もちろん裸でだ。
「でもパーティーが大変なのは事実ですよ。今日も何件縁組を断ったか……」
そう言ってナターシャが隼人に抱き着いてきて、耳元で「兄さんは私達以外には渡しませんから」とささやく。
「警備も大変ですよ。この頻度では長くは持ちません。その内過労で体を壊す者が出ますよ」
カテリーナがそう言って枕に突っ伏す。
「……皆、苦労をかけるな。ナルヴェク領有の許可さえ下りればすぐに帰るよ。スカンジナビア地方を制圧してしまえば多少は楽になるだろうさ」
「そうそう、お兄ちゃん。その許可、いつ下りるの?かなり待たされている気がするんだけど」
隼人の慰めの言葉にカチューシャが反論する。
「そう言えば音沙汰ないな……。ロリアンに着いてすぐにブリュネ元帥を通して申請したんだが……。できるだけ早いうちに時間を作って確認するか」
「お願いよ」
「ああ。それじゃあ明日に備えてそろそろ寝るか。明日も大勢押しかけそうだからな」
隼人は妻達の肢体に性欲に流されそうになりながらも休息をとることにする。その隼人の右腕にはちゃっかりナターシャが抱き着き、それを見たエーリカが隼人の左腕を豊満な乳房で挟む。カテリーナは知らないうちに寝息を立てている。3人の密着ぶりを見たカチューシャは出遅れたと悔いるが、渋々寝入る。
昼は茶会、夜はパーティー、深夜は妻達との営みという意外とハードな生活が後しばらく続くことになる。
「確かに元帥閣下はあなたの書類を宰相閣下に引き継ぎました。決済が遅れているということは宰相閣下の方で優先順位が下げられているということでしょう」
あれから数日後、隼人は時間を作ってブリュネ元帥の下へ確認へ向かった。元帥自身ではなくその部下が対応に当たってくれたが、どうやらルブラン宰相のところで滞っているようだ。ルブラン宰相は元来新貴族に友好的ではなく、さらにセレーヌの件で怪しまれている。隼人の申請が後回しにされるのも当然の帰結だった。隼人は己の迂闊さを呪った。
「ありがとうございます。では宰相閣下に確認してみます」
「それでは私はこれで」
ブリュネ元帥の部下がさっさと応接室から退室する。ブリュネ元帥と言えば公爵だ。その部下ともなれば下手な新貴族よりも立場は上だ。ブリュネ元帥自身は新貴族も旧貴族も平等に扱っているが、その部下は全員が全員、そうであるわけではない。今日は急な訪問であったために下級の、くすぶっている部下が応対に出てきたらしかった。
だが隼人もそういった貴族的な礼儀は疎い。自身が軽んじられた自覚もなくルブラン宰相に応対の申請に向かった。
さらに数日待たされた後、ようやくルブラン宰相の部下と応対が叶った。
「中島子爵の申請の件ですが……、少々欲が大きいのではないですかな?」
「と、言うと?」
「あなたはつい最近マリブールに所領を得て子爵になったばかりではないですか。その上さらに所領を願うなど……、それもナルヴェク!スカンジナビア地方の中心地!本来なら公爵領か王室直轄領が妥当な所でしょう。少しは身の程をわきまえられては?」
「確かにそうかもしれませんが、自力で切り取ったのならば所領に加える権利があるはず。これは貴族の権利です」
「おっしゃる通りです。ですがあなたはつい最近新貴族になったばかり。あまり欲をかくべきではありませんよ」
「しかしそれは国王陛下が決められることでは?実力があるならば認められてしかるべきです」
隼人とルブラン宰相の部下との間に重々しい沈黙が流れる。
「……いいでしょう。宰相閣下に計って陛下に奏上するように計らいましょう。申請が認められるか否かは陛下次第ですが」
「ありがとうございます」
「それでは私も忙しい身の上ですので」
ルブラン宰相の部下が退室する。その顔は明らかに隼人を下に見るもので、せいぜい却下されて恥をかけばいいと書いてあった。これが隼人にルブラン宰相との関係改善を難しく感じさせ、関係改善への努力を消極的なものとさせた。
実際にはルブラン宰相だけでなく、モラン伯爵ら旧貴族守旧派の妨害もあっての事ではあるが、この『ナルヴェク切り取り問題』が隼人と彼らとの溝を一層深める事となる。
帝国歴1793年7月15日、隼人はようやくアンリ王との面会が叶った。大層な大広間ではなく、事務的な応接室で面会が行われた。ブリュネ元帥、ルブラン宰相、それに財務大臣が立ち会った。
「鉄鉱石が欲しい、か」
執務机の椅子に座するアンリ王は開口一番、目の前に立つ隼人に切り出した。
「その通りです」
隼人も正直に答える。
「マリブールでは良質の鋼鉄を多く生産しているそうではないか。それをさらに増やすつもりか」
ナルヴェクでは良質の鉄鉱石と石炭がとれるという事実はロマーニ帝国時代から知られていたことだ。ナルヴェクを狙うということは鉄を欲すると同義である。アンリ王は最初から本質をついてきたわけだ。
「鉄はいくらあっても足りません。鋼鉄となればなおの事。マリブールの技術で製鉄すればガリア王国全体の利益となりましょう」
「そしてお前はさらに儲けるわけだ」
「はい、それが私の望みです」
「正直でよろしい。宰相、どう思う?」
アンリ王は隼人の本音を聞けたことに満足し、上機嫌にルブラン宰相に意見を求める。アンリ王は隼人の実直さを気に入っている。
「確かに王国全体の製鉄量が増える事は喜ばしい事です。ですがそれをわざわざ中島子爵が担う必要はないでしょう。マリブールの鉄は安く、品質が良い事も事実です。ですがそれだけに他の製鉄を行っている領地の財政を悪化させています。ナルヴェクには他の者を充てるべきでしょう」
ルブラン宰相は予想通り反対の意見を述べる。
「ふむ。では財務大臣は?」
「ナルヴェクは王室直轄領とする事が最善です。ナルヴェクの利益は王室に収められるべきかと」
財務大臣は古くからのアンリ王の部下だ。故にアンリ王への集権化を狙っている。
「ふむ。では元帥の意見は?」
「現状ではナルヴェクは簡単に取れるとは思いませんな。特に海軍が劣勢ですのでスカンジナビア地方自体の制圧が困難な状態です。国軍を動員しても難しいでしょう。もし隼人子爵が海賊団を撃破できたならばそれは大きな功績です。それもナルヴェクを単独で落としたならば、ナルヴェクの加増以上のものが与えられるべきですな。まあ、中島子爵がどれほどできるか、お手並み拝見、といったところですな」
「そうか。ありがとう」
3人に意見を求めた後、アンリ王はしばらく考え込む。
「……中島子爵、勝算は?」
「海戦にさえ勝てれば間違いなく落とせます。海戦の方は確実に、とは申せませんが、自信はあります。海戦にさえ勝てればスカンジナビア地方全体の制圧は、王国にとっても、他の貴族にとっても、容易となるでしょう」
「ほほう。よう言うわい。良かろう。ナルヴェクは切り取り次第とする。ナルヴェクを攻略した暁には伯爵に叙し、ナルヴェク周辺に領地を持つ者を配下に付けることを許そう」
「陛下!?それでは!」
アンリ王の決定にルブラン宰相が驚く。
「宰相、何か問題でもあるか?」
「このような新参者を伯爵に、旧貴族の末席に据える事は反対です。王国の序列が乱れます」
「実力がある者はその実力にふさわしい地位に就くべきだ。お前も実力があるから宰相の席に座っているのだ。中島子爵が王国にできないことをやってのけるなら、余はしかるべき報酬を与えるべきだと思う。もっとも、できれば、の話だが」
アンリ王はルブラン宰相の意見を退け、隼人を試すような目で見る。
「はっ、必ずやナルヴェクを落としてご覧にいれます」
隼人はアンリ王に深々と頭を下げる。
「うむ。ではすぐ取り掛かるように」
「はい。失礼いたします」
隼人は自分の主張が受け入れられ、上機嫌で退室していった。
その後、ため息をついてルブラン宰相が退室し、財務大臣もこれに続いた。
「……陛下、良かったのですか?」
2人きりとなったブリュネ元帥はアンリ王に尋ねる。
「中島子爵は得難い人材であることは確かです。ですが、だからこそ、このような危険な任を与えるべきではなかったのでは?」
「まあ、その時はその時よ。その程度の人物であったということに過ぎん。元々スカンジナビア地方制圧が困難であったのだから、どう転んでも損はない」
「そう……、ですか」
ブリュネ元帥は哀れみを込めた目で扉を見やった。彼も隼人の能力を惜しんではいたが、ナルヴェクを落とせるほどとは評価しているわけではないのであった。
7月18日、隼人は出立の挨拶回りをしてからロリアンを出立した。マリブールに帰還すればすぐに戦が待っている。だがマリブールに到着したとき、思わぬ吉報が隼人に飛び込むことになる。
これからはしばらく不定期更新にさせていただきます。とりあえずこんな時間に投稿してみましたが、どんな時間に投稿すれば目立つのでしょうかね?




