表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/135

第7話 転機

 その村はナスロヴォという、ノルトラントの村だった。ナスロヴォ村は燃えていた。状況を確認するために急いで、かつ慎重に接近すると、同じノルトラント帝国に所属するはずのボルガスキー軍の敗残兵が略奪していた。無秩序ではあるが、騎士が参加しているあたり、正規の作戦行動なのだろう。その惨劇に5番隊残余一同は愕然とした。が、ともかく今はボルガスキー軍の指揮下にある。タンポフに帰還するとしても、ボルガスキーか、騎士の命令を受けるべきだ。彼らは動揺しつつもナスロヴォに近づいていった。



 

 ナスロヴォの村は地獄だった。村の中央には男女の死体が折り重なり、その側では男達が酒を飲み、若い女を犯していた。村の家々は燃やされ、家畜が屠殺され、男達の胃袋に収まりつつあった。『現地調達』という名の略奪である。5番隊はその光景を強張って眺めていた。中には嘔吐する者もある。そこへ数人の男達が近づいてきた。見覚えのある顔だ。その男達は2カ月前の戦いで5番隊として一緒に戦った者達だった。その中の一人が声をかけてきた。


 「隼人の頭も生き残ったんですね。さすがです。みんな心配してたんですよ。俺達も必死になって逃げましたから。あれは怖かったぁぁ。と、そんなことより頭のためにとっておきを用意しときやした。どうぞこっちへ」


 そう言いながら隼人の手をとる。嫌な予感がしたが、いまだ衝撃から立ち直っておらず、隼人はそのまま手を引かれていった。


 「私も行きます!」


 カテリーナも嫌な予感がしたのか、ついてきた。これに男達は「物好きだなぁ」と、好色そうな笑みを浮かべる。ますます嫌な予感しかしない。一行はまだ火がかけられていない1軒の家へ入って行った。


 

 中で行われていることは外と同じだった。屋内だけに臭いと女の拒絶の叫びが生々しい。隼人は屋内の一角に案内された。


 「頭のために生娘を1人、確保しときやした。頭が来なければ俺らがいただくつもりでしたんですがね。さあ、どうぞ」


 そこでは一人の少女がうずくまり、恐怖に震えていた。歳は13歳くらいだろうか。茶色い髪を肩のあたりで切りそろえ、活発な印象を受けるが、今はそんな面影もなくうなだれて震えている。そんな少女を、元戦友達が犯せと言う。基本的に善良な一般的な日本人の感性を持つ隼人にはそんなまねはできなかった。彼はカテリーナとともにしばし呆然としていた。そんな彼らに気を利かせてか、男達の1人が言う。


 「ひょっとして、頭、童貞ですか?じゃあ手伝って差し上げましょう。ほーら、嬢ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうねー」


 「いや!触らないで!」


 少女が怯えた叫び声を発する。その声を聞いて、隼人の何かが切れた。


 「うおおおおお!」


 「隊長!?」


 隼人は雄たけびをあげて少女を担ぎあげると、外に向かって駆けだした。カテリーナが驚いてそれに続く。


 「いや!誰か助けて!お姉ちゃん!」


 遠ざかる少女の悲鳴を聞き、男達は「頭は照れ屋だなぁ」と的外れな感想を述べ合い、自分達の“お楽しみ”に戻った。




 隼人は村はずれの雑木林の中にたどり着いて、足を止めた。肩の上でぐずっている少女を地面に降ろし、しばしぼんやりとする。


 「隊長!」


 そこにカテリーナが追いついてきた。


 「隊長、この娘、どうするつもりですか?」


 カテリーナが困惑気に尋ねる。ここ2カ月の訓練で、隼人は強姦をやるような人間ではないと、彼女は理解していた。


 「…どうしたいんだろうな?」


 隼人は何も考えられずにただ少女を担いで逃げ出しただけだ。これからどうこうするなどとは考えていない。


 「…隊長の好きなようになされるのが一番だと思います」


 カテリーナはそれだけ言うと、少女のもとへ行き、「もう大丈夫だよ」と少女を抱きしめた。隼人はその光景を見ながらぼんやりと考える。自分はここの軍でやって行くには善人に過ぎる。いや、この時代の軍隊の補給の多くは現地調達に頼っている。金銭による支払いや、物々交換でも可能だろうが、常にそれができるとも限らない。軍に入ればまた今日のような場面に遭遇するかもしれない。行商?確かにある程度平和に生きていくことはできる。だが前回は護衛に雇った兵に裏切られた。自業自得だったとはいえ、また裏切られない保障がどこにある?自然とうつむいていた顔を上げると、カテリーナと目があった。


 「隊長、私は隊長がどんな決断を下そうと、ついて行くつもりです」


 彼女は意志の強い目で、はっきりと言った。彼女の言葉で隼人は腹をくくった。行商を、もう一度しよう。あとはなるようになるだろう。


 「カテリーナ、5番隊のみんなをここに集めてくれ。ボルガスキー軍から脱走する。希望者だけでいい。俺は物資を集めてくる。そっちのお嬢ちゃんはそこにいろ。ここなら見つからないだろうから安全だ」


 「はい!」


 カテリーナがうれしそうに返事をする。2人して村に戻ろうとした時、後ろの少女から声が上がった。


 「待って!お姉ちゃんも!お姉ちゃんも助けて!」


 その願いをかなえてあげたかったが、たとえ5番隊全員が味方となったとしても、村からボルガスキー軍を排除できるとは思えなかった。だからといって少女に嘘は吐きたくなかった。


 「可能なら助ける。が、保障はしかねる」


 「そんな!どうかお願いします!」


 「今はできるかどうかわからない。とにかくお前はここで待っていろ」


 そう言って隼人は駆けだした。今は少女の悲痛な願いから逃げるしかなかった。




 雑木林を抜けるとカテリーナと別れた。狙いは1階建ての1番大きな家、おそらく村長の家だ。豚…ボルガスキーがいるとしたらおそらくそこだ。別にボルガスキーの命が欲しいわけではないが、ボーナスと退職金はたんまりと確保しておく必要があった。



 扉の前には見張りはいなかった。どうやら“お楽しみ”にいったらしい。と、そこで扉が開き、憔悴した様子の裸の少女が2人の騎士に連行されて出てきた。かわいそうだが今は騒ぎを起こされるわけにはいかないのでそのまま見送る。

 隼人は扉から中に入った。1階には1人の騎士が酒に酔ってテーブルに突っ伏して眠っている以外人影はなかった。起きて騒がれると迷惑なので、扉を閉め、のどを斬り裂く。絶命した騎士を隅に運び、金品を物色しようとした時、2階から、雑木林に置いてきた少女とよく似た、女の悲鳴が聞こえた。隼人はハッとして2階に駆け上がった。

 2階には人影はなかったが、1部屋から悲鳴が漏れ出ていた。隼人は抜剣し、部屋に押し入る。そこには大きなベッドの上で15歳くらいの少女にのしかかる豚…ボルガスキーがいた。


 「部屋に入るなといっただろう!」


 そう怒鳴りつけて振り返るボルガスキーの首をはねる。ボルガスキーは驚愕の表情で絶命した。あとには少女が取り残される。


 「お前を助けてやる!一緒に来い!」


 「は、はい!」


 長い茶髪を背中で束ね、どこかおっとりとした顔立ちの少女が答える。しかし、返事とは裏腹に、恐怖で腰が立たない様子だった。しょうがないなと隼人は少女に手を貸す。


 「す、すみません」


 あやまる彼女に目をやる。雑木林で待っているはずの少女も美人だったが、目の前の似ている少女も、どこか違った美しさを持っていた。ふと目を落とすと、服が少し破かれていた。意外と豊かな母性の象徴が見え隠れし、大事な部分が見えそうになっていた。隼人は慌てて目をそらし、彼女を立ち上がらせたところで言った。


 「新しい服を着ろ。俺は下にいる」


 「は、はい。すみません」


 少女は顔を真っ赤にして答えるが、目をそらしていた隼人はそれを見ることなく1階に金品を物色しに行った。



 貨幣や集められていた金目のものを3袋ほど確保したところで少女が降りてきた。「行くぞ」と声をかける隼人に少女が制止する声をかける。


 「待って下さい!妹を!妹も助けて下さい!」


 隼人は、似たもの姉妹なのだな、と思いつつ答える。


 「たぶん、妹さんは救出済みだ。合流するぞ」


 少女はホッとした様子で感謝の意を述べると、袋の1つを持った。2人して家の横に留められていた荷馬車に袋を詰め込むと、村から見て雑木林の反対側に荷馬車を走らせた。




 「お姉ちゃん!」


 「カチューシャ!」


 姉妹が涙を流して抱き合う。妹の方はカチューシャと言うらしい。ちなみにカテリーナはまだ戻っていない。


 「妹を、どうもありがとうございます。あの、お名前をうかがっても……あっ申し遅れました。私はナターシャと申します。村長の娘です」


 そう言ってナターシャが頭を下げる。


 「中島隼人だ。2人を助けたのは完全に成り行きだ。それに、……言いにくいんだが、今村を襲っている連中の仲間だ」


 この言葉にナターシャが身構える。そんな姉に対して妹のカチューシャが物怖じせず言葉を返す。


 「でも、あたし達を助けてくれたでしょう」


 「まあ、そうだな。これから脱走するつもりでもあるし」


 「じゃあ、あたしはお兄ちゃんを信用する。あ、言いそびれたけど、ありがとう」


 「カチューシャがそう言うなら……」


 カチューシャの言葉にナターシャが構えを解く。


 「お兄ちゃん、もう1つお願いしたいんだけど、村を助けてくれない?」


 「それはさすがに無理だ。敵の数が多すぎる。それにさっきまでは味方だったんだ。それを斬り殺せと部下に命じるのは無理だ」


 村を占拠しているボルガスキー軍は5番隊を抜いても400弱はいる。今攻めかかれば確実に奇襲になるが、5番隊も何人が味方に付くかわからない以上、リスクが大き過ぎた。


 「私からもお願いします」


 「そう言われてもなぁ」


 そんなふうに困っていると、カテリーナが戻ってきた。引き連れている兵は50ほどだろうか。カテリーナは隼人を見つけると駆けよって来て、唾棄するように報告した。


 「すでに30人ほどが略奪に参加していました。5人が行方不明、おそらく逃げたのでしょう。それから13人が使い物にならないくらい憔悴していたので置いてきました。連れてきたのは53人ですが、脱走の件はまだ話してません」


 「ありがとう。さて諸君、ここに来てもらったのは他でもない。俺は軍を脱走する。脱走後は行商をするつもりだ。そこで諸君には隊商の護衛として共に行動してもらいたい。もちろん給料は今よりは出すつもりだ。ただし、諸君らの故郷タンポフには二度と訪れることはできないだろう。それでも俺についてきたい者は挙手を願いたい」


 するとカテリーナを含めて32人が挙手をした。


 「諸君らの決断に感謝する。軍に残る者は帰ってくれ。できればこの件は内密にしてくれると助かる以上」


 そう言って残りの22人を帰らせた。彼女らが雑木林から出たのを確認すると、ついて来てくれることを決断してくれた者達に語りかけた。


 「先ほどはああ言ったが、いずれ騒ぎになる。その前にできる限りこの場を離れる」


 「待って下さい!どうか、どうか村を助けて下さい」


 ここでナターシャが頭を下げた。


 「私も賛成です。あのような不届き者、放置してはおけません」


 カテリーナが賛意を示す。部下達の何人かもそうだそうだと声を上げる。


 「ふむ。それが可能ならそれもいいが、諸君は今去って行った戦友を斬ることができるか?」


 「うっ」


 隼人の問いかけにカテリーナが言葉に詰まる。他の面々も気まずそうに顔をそらす。


 「さすがにこれでは無理だ。残念だがここを離れるしかない」


 隼人の言葉に何人かはホッとした表情を浮かべ、何人かは無念そうにうつむいた。


 「そんな!」


 ナターシャとカチューシャが泣き崩れる。


 「指揮官のボルガスキーは殺している。連中もいつまでも略奪騒ぎはできないはずだ。後で戻って墓くらいは作ろう」


 そう言って隼人は抵抗するカチューシャを抱き上げて荷馬車に運び込み、カテリーナがナターシャに肩を貸した。


 「出発!」


 隼人の号令で一行は後味の悪さを残しながら出発した。




 隼人達がナスロヴォ村に戻ってきたのは2日後の昼のことだった。

 村は廃墟になっていたが、様子がおかしい。争った形跡があった。あたりにはボルガスキー軍の戦死体が散乱し、所属不明の戦死体もいくらかあった。村人の死体も、村の規模を考えるといささか少なかった。生存者を捜していると、1人、重体であったが見つかった。彼は隼人をカチューシャのもとへ案内した男達の1人だった。


 「おい、一体これは何だ。何があったんだ!?」


 「ああ……隼人の頭。よかった。昨日の朝、頭がいなくなったのが分かってから領主の死体が見つかりましてね、それで大騒ぎだったんですよ。そうこうしてたら昼ごろにアーリア王国軍が攻めてきましてね。旗印?いや見たことない旗印でした。少なくとも前に戦った奴のじゃかった。それで逃げたやつもいるとは思うんですが、大半が殺されるか捕まるかしましてね、生き残った連中は村人も含めてみんな捕虜として連れて行かれました。あいつらみんな奴隷になるんだろうなあ。俺?俺はこの傷だから見捨てられたんですよ。他にも俺と同じような奴が何人かいたはずなんですがね。もう生きてるのは俺だけかな?ともかく、頭が来てくれてよかった。これで助かる……」


 男は安心すると、糸が切れたように死んでしまった。


 「近くにアーリア王国軍がいる!手早く埋葬してここを離れるぞ!」


 隼人はそう号令をかけ、自らもつるはしを振るい始めた。




 結局埋葬が終わったのは2日後の午前だった。遺体が多すぎたためだ。この間軍や盗賊の襲撃を受けなかったのは幸運としか言いようがない。

 隼人は出発の準備を整えると、墓の前で手を合わせる姉妹のもとへ向かった。


 「俺たちはもう出発するが、君ら2人はどうする?」


 「…私達も連れて行って下さい。私達は多少槍の扱いに心得がありますし、少しは計算や読み書きもできます。カチューシャも、それでいいわね?」


 カチューシャは涙ぐみながら無言でうなずく。


 「よし、じゃあ決まりだ。しばらく2人には荷馬車の御者をやってもらう。名残惜しいだろうが、すぐに出発するから準備してくれ」


 姉妹は無言でうなずく。


 「…お父さん、お母さん。必ず戻ります」


 ナターシャが両親の墓にそう語りかけ、カチューシャは無言で墓をなでた。

 そして2人して立ち上がると、今度は振り向かずに荷馬車に向かった。これを見て隼人は強いな、と思った。




 一行は3日後、最寄りの街、スモレンスクに立ち寄った。そこで1頭立ての荷馬車を2頭立てに替え、数も4台に増やすつもりだ。それから交易品や食糧を仕入れる。そんな手続きや荷馬車の手配で4日ほど滞在することになった。

 事件が起きたのはその日の夜だった。宿の隼人の部屋に訪問者があった。


 「ナターシャです。隼人さん、起きてますか?」


 「どうぞ」


 「失礼します」


 そこには髪を下ろし、寝間着姿のナターシャがあった。その儚げな美しさが月明かりに照らされ、神秘的に見えた。そんな彼女に見惚れて何用かを尋ねるのを忘れていると、彼女が近づいてきた。その間に寝間着を脱いでいる。ナターシャのあまりな行動に思考停止していると、ベッドに裸のナターシャが腰かけ、しなだれかかって来た。


 「私達姉妹は特に特技もありませんが、せめて妹だけはよく扱ってください。その代わり、私が隼人さんのお相手をつとめますから……」


 そんなことを言いながらナターシャがベッドに入りこんでくる。そこでふと、ナターシャが震えているのに気がついた。彼女も怖いのだ。それに、急に両親親戚を奪われて、不安でもあるのだろう。隼人はこの姉妹を守らなくてはならないと決心した。


 「大丈夫だ、ナターシャ。そんなことをしなくてもお前達は俺が守ってやる。今日から俺がお前達の兄であり、父だ。絶対に守ってやるから、安心しろ」


 隼人はそう声をかけ、優しくナターシャを抱きしめる。


 「絶対に守ってくれる?絶対にいなくなったりしない?」


 ナターシャが不安げに問いかける。


 「ああ、絶対だ。今日から俺たちは家族だ。絶対に離れたりしない」


 この言葉にナターシャは隼人に抱きついて泣き始めた。悲しみ、不安、妹の手前強く振舞っていたのだろうが所詮15の小娘だ。相当無理をしていたに違いない。隼人は優しく背中をさすり続けた。

どれほどの時間がたっただろうか、ナターシャは泣きやむとそのまま寝入ってしまった。彼女が寝入った後も、隼人は優しく背中をさすり続けた。



 しかし、隼人も若い健康な男子である。裸の美少女に抱きつかれ、そのまま寝られるにはあまりにも若かった。もちろんナターシャに手を出すわけにはいかない。隼人はそのまま眠れぬ夜を過ごすことになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ