第65話 嫡男 義人誕生
今回短いです。毎度毎度、字数が安定せずに申し訳なく思います。
帝国歴1793年4月17日、隼人は執務室に在室していたものの、仕事をしていなかった。いや、正確に言えば、落ち着かないのを仕事でごまかそうとしたが、やっぱり落ち着かない、といった状況だ。何を隠そう、桜が出産中だからだ。
「隼人子爵、お気持ちは分かりますが、もう少し落ち着いては?桜さんならきっと大丈夫ですよ」
見かねたセオドアが苦言を呈する。執務室には隼人が心配だからとマチルダからつけられたセオドア、アエミリア夫婦と、もしもの時の医療担当として桜についているエレナの付き添いで来たアントニオと、何人かの使用人がいる。
「そうは言ってもな、やはり心配なんだ」
桜にはエレナの他に隼人の妻達、それにセレーヌがついている。桜自身も医療の心得があるため、万全の態勢と言っていい。とはいえ何もできない焦燥感は隼人の心を侵食する。
「セオドア、今日ぐらいは許してあげなさいよ。私が妊娠したらセオドアだってきっとあんな風になるんだから」
「アエミリア、それは言い過ぎですよ。私はあんな風にはなりません」
「ふーん。いつもは私の事、心配してくれてるのに、こういう時は心配してくれないんだ」
「そういうわけでは……」
いちゃつき始めた若夫婦に隼人はうへっ、という顔をする。もちろん盛大なブーメランだ。
「ふふふ。でも隼人子爵、こういう時は内心はともかく、男は外面はどっしり構えているものだと聞きますよ」
「そういうものか?でもどうにも心配になってな」
「いつもは勇猛果敢なのに、今日の隼人子爵はみんなには見せられませんね」
アエミリアも多少は隼人をたしなめるが、よほどの事がない限り強く干渉するつもりはないようだ。むしろセオドアが小言を言い過ぎないようにいちゃついている。
「そう言えば隼人閣下、子供の名前は決めているんですか?」
何をしに来たのか、いまいちよくわからない若夫婦に代わってアントニオが話の水を向ける。
「ん、ああ。一応な」
「お伺いしても?」
「あー、いや、男だったら俺が考えた名前を付け、女だったら桜が考えた名前にすると決めているんだ」
「では男でしたら?」
「それは内緒にするというのが桜との約束でな……」
そう言って隼人は話の最中止めていた歩みを再開させる。桜が出産の準備に入ってからもう何周回ったか分からないくらい執務室を歩き回っている。執務室に置かれている椅子もすでに全てコンプリートしている。
アントニオはそんな隼人の様子にため息をつくが、自分もまだ経験のないことなので良い助言が思いつかない。ふと若夫婦の方を見ると、小言を言いそうなセオドアをアエミリアが椅子の後ろから抱き着いて制している。アエミリアは隼人に好きにさせる方針らしい。
そのまま無言で、執務室には隼人のせわしない足音だけが響く。何度か隼人は使用人を遣って「お湯は足りているか?」、「みんなのどが渇いていないか?」などと確認させようとしたが、アエミリアに制止されている。
そうして緊張でのどをよく通らない昼食を終えた昼過ぎ、赤子の鳴き声が城に響き渡る。隼人はそれを聞くなり執務室を飛び出した。慌ててセオドア、アエミリア、アントニオが続く。
桜達のいる部屋の手前で隼人はアエミリアに肩をつかまれてようやく落ち着き、部屋への突入は回避される。
部屋の前でしばらく待っているとエレナが扉を開く。エレナは扉の目の前にいる隼人達に驚いたようだったが、微笑みながらお祝いの言葉を口にする。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。母子ともに健康です」
「そうか!入ってもいいか?」
「ええ、呼びに行こうとしたところですから」
隼人は天にも昇る気分で扉を開いた。
窓から差し込む眩い日光下に彼女らはいた。誰もが笑顔で出迎えてくれた。隼人はベッドにいる桜の下に歩み寄って桜の頭をなでる。
「桜……、よくやってくれた。ありがとう」
「はい……。男の子でした。名前を付けてあげてください」
桜に言われて桜の隣に寝かされている赤子、自分の息子に向き直る。無邪気な瞳が隼人を見つめる。隼人は慎重に、丁寧に彼に触れる。赤子特有の柔らかさが指に伝わる。
「義人……。お前の名前は中島義人だ」
「義人……、いい名前ですね」
桜も隼人の指に指をからませながら義人の頬を触る。
それがひとしきり終わったところで静かにナターシャが隼人の隣に立つ。
「兄さん、桜さん、おめでとうございます」
ナターシャの声に、義人に夢中になっていた女達が祝いを述べていなかった事を思い出し、口々に祝いの言葉をかける。
その後は義人を囲んで和やかな雰囲気でいたが、そこにエーリカが一石を投じる。
「そういえば生まれたのは男の子だったな」
そう言ってエーリカは義人に指を握らせる。
「ということは……」
「私達も……」
「隼人殿の子を産める?」
女達の目つきが変わる。桜が男児を産むまで後継者争いを回避するために自粛していたのだが、もうその必要はないのだ。
「お兄ちゃん、あたしも子供、欲しい」
16歳のカチューシャが隼人の袖を引いて言う。ギリギリアウトな犯罪臭がする。
「兄さん、私も」
ナターシャが隼人に体を寄せる。
「隼人さん、1人でいいから私にも……」
おずおずと言い出すのはカテリーナ。
「私にもちゃんと子供をくれよ」
マチルダは隼人に熱っぽい視線を向ける。
「せ、拙者にも……」
梅子は気恥ずかしそうに自己主張する。
みんな自分の子供というものに憧れめいたものをもっている。
だが反対の意見を持つ者もいた。
「私は……、しばらくは遠慮しようかな」
桜は顔を赤らめながらもそんなことを言う。
「桜様?別に遠慮するものでもないと思いますが……」
「えっとね、隼人さん、義人ができたと知ってから、夜は添い寝をしてくれたんだけど、子供を気にしてあまり抱いてくれなかったんだ。だからしばらくは隼人さんと愛し合いたいなって」
言う方も聞く方も顔が真っ赤になる。
「あー、桜、すまん」
「ううん、義人のためだもの、仕方ないことです。……でもちょっと寂しかったのは覚えておいてくださいね」
隼人と桜は赤い顔ではにかむ。
そんな意見を聞きつつも5人は意見を変えなかった。しかしもう1人、エーリカはというと
「俺か?俺はまだ産まないぞ。スカンジナビアの海賊どもとの決戦が近いだろうからな。子供ができて居残り、なんてのは御免だ」
実にエーリカらしい意見である。実際、海賊攻め用の戦闘艦は揃い、陸兵輸送用の輸送船の建造が始まって久しい。
そんな意見を言うエーリカも義人の前では慈母のように優しい笑みを浮かべている。
そんな隼人達の様子を見てアエミリアとエレナも夫に子供をせがむ。彼らも隼人から妊娠方法を聞き出し、来年はベビーラッシュとなりそうな雰囲気になるのであった。
来週1月23日の更新は私用のため休みます。




