第63話 ロリアン新年会
予告より遅刻しました……すみません。今回難産だったので字数も少なく、物足りないかもしれません……。
「いやー、羨ましいですな。仕官からわずか半年ほどで子爵閣下に出世なされるとは。それもお美しい奥方をもらって。いやはや、これも愛ゆえでしたな」
ロリアンでの新年昼食会の席で、かつて隼人がアンドラ高原で救援したマイヨール男爵が隼人と語り合っていた。この昼食会は子爵以下の新貴族のみで行われている。伯爵以上の貴族はアンリ王とともに別の昼食会に参加している。夕方からの宴は男爵以上全員参加するが、昼食会では別々になっている。
ちなみに隼人はマチルダとエーリカのみを同伴させている。桜は身重で長距離を移動させるわけにはいかず、梅子は桜の世話を志願して残留、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャは身分差から遠慮した。部下達は騎士身分なので参加できず、セレーヌも正体露見を恐れて不参加をアンリ王から命じられている。
マイヨール男爵が愛ゆえと言っているのは、パウルによるプロパガンダの成果である。隼人はマチルダへの愛のためにマリブールを奪取し、その身分を保証してマチルダをめとった事になっている。半分事実だが、隼人はマチルダを愛していたとはいえ、手籠めにして領地ともどもいただいているのだから、巧妙に醜聞を隠蔽している。
「ははは、これも皆さまのおかげですよ」
「いやいや、私は閣下に救援されただけではないですか。誇って良い事ですぞ。領地経営も順調だとか。ぜひ秘訣をお教え願いたいものです」
「秘訣ですか……。私の場合、金、ですかね」
「ず、ずいぶんと即物的ですな」
「世の中には『戦いを続けるために必要なものは3つある。金、金、そしてさらに金だ』という言葉がありますし。傭兵隊長の言葉だそうですが。私の場合、金回りがいい状態で戦功を挙げる機会に恵まれましたからな」
「つまり、金と幸運、2つがそろっていたと」
「そうなりますね」
「いやはや、羨ましい限りです」
隼人の出世は新貴族の中でも羨望の的だが、それは資金力に裏打ちされた隼人達の力だけでなく、幸運に恵まれた結果でもある。短期間に2つの戦争が勝利のうちに終結したことは幸運以外何ものでもない。隼人達も勝利に貢献したとはいえ、他の大多数のガリア王国軍のおかげである。
「では中島閣下の幸運を祝って乾杯しましょう」
「乾杯、マイヨール男爵にも幸運を」
2人して杯を掲げる。ただし、夕方からの宴のためにアルコール飲料ではない。
その後もレ・ソル砦の戦いやマリブールの領地の開発について話を聞こうと子爵、男爵が隼人の周りに集まる。特に商人出身の者は金のにおいを嗅ぎつけて隼人に群がって来る。親類の女性を同伴して。エーリカとマチルダが隼人に近づけなかったが、何度か目を奪われては2人からももをつねられていた。
ここまで急成長するといらぬ嫉妬を買いそうなものだが、2つの戦争での大勝のかいあって恩賞が十分いきわたっているため、特に新貴族連中は不満もなく和気藹々としている。新貴族の中には伯爵に出世した者もいる。ただ、旧貴族の中にはそれを既得権益への脅威ととらえている者もいて、特に伯爵に出世した者への敵視が厳しい。これはアンリ王が旧貴族の、旧貴族派閥の長のルブラン家の勢力を削ごうという意思の表れでもあったので、故なきことではない。
もちろん隼人も旧貴族の敵視を受けている。特にエーリカのバイエルライン侯爵家との縁組が脅威を感じさせたようだ。これはアンリ王にとっても同じで、マリブールに駐屯する近衛騎士団の数は徐々に増加していし、セダンの兵力もやや過剰である。
隼人もこのあたりの事情は梅子から報告を受けており、理解している。そのため今回の新年会では旧貴族までは無理でも、アンリ王からの信頼を勝ち取ることが任務となる。
無論、子爵、男爵との横のつながりも大事だ。昼食会での人脈作りも手を抜かない。酒こそ入らないが、充実した時間を過ごした。
夕食会ではガリア王国のほとんど全ての貴族が集まっていた。新年会は人数が多いので立食形式だ。アンリ王が壇上に進み出て演説を行う。
「諸君!まずは集まってくれたことに礼を述べる。そして一昨年のタラント王国との戦いに引き続き、昨年年初のノルトラント帝国との戦いでの諸君の尽力は見事であった。今ガリア王国は諸君の献身と神の恩寵により比類なき力を得た。諸君とともに更なる王国の繁栄と発展を祈ろうと思う。王国と諸君に栄光あれ!」
「「「ガリア王国万歳!」」」
アンリ王の音頭で宴が始まる。新年会だけあって酒も料理も豪華だ。隼人はその中にマリブール産の出汁を使ったスープを発見し、マチルダとともに顔をほころばせる。エーリカはすでに料理を取り分け始めている。だが先に挨拶回りをしなければならないので、ほどほどにさせる。エーリカは自由な気質であることもあるが、今まで挨拶を受ける側だったので挨拶回りを失念していたようだ。
挨拶はまずルブラン家を筆頭とする旧貴族達がアンリ王に挨拶して始まる。旧貴族が序列を気にしながら順番にアンリ王に挨拶する合間を縫って新貴族達が直属の上司に当たる旧貴族や自分の領地の周辺に領地を持つ貴族に挨拶する。旧貴族のアンリ王への挨拶が終わったところで今度は新貴族がアンリ王に挨拶する。アンリ王も挨拶を受ける側とはいえ、挨拶続きで大変である。
隼人の場合、周辺の領地は全て王国の直轄地であるので、上司に当たるのはアンリ王とブリュネ元帥とルブラン宰相くらいだ。しかし彼らも忙しいので隼人の挨拶は後回しとなる。なのでエモン子爵、ベルニエ男爵、ブルザ男爵らと酒を酌み交わしながら雑談に興じることになる。だが彼らも上司や派閥の長への挨拶に向かい、隼人は手持無沙汰にエーリカとマチルダと料理と酒を味わって過ごす。
旧貴族のアンリ王への挨拶が終わり、ぼちぼちと新貴族の挨拶が始まる。新貴族は序列にそれほどこだわらないが、それでも一定の序列らしきものはある。隼人は新興なので挨拶は子爵の中でも後の方だ。
ところがアンリ王は子爵達の挨拶をほどほどのところで打ち切ると、隼人達の方へ向かってきた。
「中島子爵、最近は羽振りが良いそうだな。お前を仕官させた余の判断は間違っていなかたようだ」
「こ、これは陛下!こちらから挨拶に伺わねばならぬのにわざわざ出向いていただき、光栄の極みです」
隼人は思ったより早い挨拶に驚く。アンリ王の隼人への評価は隼人の自己評価よりずいぶん高いらしい。
「最近は海軍を増強し、海賊退治に精を出しているそうではないか」
「はい。領地の村が焼かれそうになったので、その防備と海賊どもへの反撃に船を用意しているところです。船が揃えば海賊の本拠地に襲撃をかけるつもりです」
「それは心強い!スカンジナビア地方は原則として切り取り次第だ。励むように。それからマリブールの鉄の供給、助かっているぞ。鉄はいくらあっても足りないからな」
「ありがたきお言葉。今は鉄鉱石の不足で生産量を増やせませんが、生産量が増えれば必ずや王国に供給するつもりです」
「うむ、期待しておる。夫人方もガリア王国を支えてくれ」
「はい。夫の敵は俺の敵です。俺は夫とともにあります」
話を向けられたエーリカもアンリ王に答える。エーリカはアーリア王国の侯爵でもあるので忠誠を確認する必要があったのだろう。アンリ王はエーリカの言葉に満足して立ち去った。
隼人はその後、挨拶の列が途切れた頃を見計らってブリュネ元帥に挨拶する。ブリュネ元帥とは2月のヴェルダンの戦い以来だが、レ・ソル砦の戦いの件で覚えもめでたく、親しく挨拶することができた。
一方でルブラン宰相とは事務的な挨拶にとどまった。見るとルブラン宰相は新貴族には同じように事務的に接している。旧貴族とも仲がよろしくないと噂されている人物との挨拶もおざなりだ。どうやら人の好き嫌いが激しいらしい。彼の派閥が今一つ大きくなれない理由の一つだろう。だがそれでも宰相を任されるだけあって能力も高く、政治力も影響力も強い人物だ。彼の勢力はガリア王国の中でも頭一つ抜けている。
隼人はその後も料理と酒をつまみながら要人に挨拶し、新貴族らと歓談する。この縁が後に重要になってくるのだった。




