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第61話 農具と武器の定番チート

 帝国歴1792年9月上旬、隼人は収穫作業の視察に農村を回っていた。追加の反射炉は完成し、執拗な盗賊狩りによって鉱山奴隷を確保、治安を回復させているため、商工業は順調である。そこではたと農業関係がエレナに丸投げしたままだったことに気づき、勢力下の農村の視察に繰り出したのである。今回はエレナ、アントニオ、セオドアにマチルダが随行している。


 「あれは?」


 「ああ、あれは脱穀しているんですよ」


 隼人の視線の先では農婦が筵の上の麦を棒で叩いていた。その棒は長い棒の先に紐で短い棒がくくられている。日本では唐竿を呼ばれているものだ。それをエレナが解説する。


 「千歯扱きはまだないのか……」


 「千歯扱き、ですか?」


 隼人はエレナ達に、歴史の授業で習う、そして内政チートで定番の千歯扱きを解説する。


 「それはまた……、すごい装置ですね。すぐに試作しましょう。ところで、隼人閣下はどこでその装置を知ったので?」


 千歯扱きに感心したアントニオが隼人に知識の出どころを尋ねる。


 「え、ああ。古文書に記述があってな。ロマーニ帝国時代には使われていたらしいぞ」


 隼人はとっさに例のごとくロマーニ帝国に知識を押し付ける。マチルダは胡散臭そうな顔をしているが、他の3人は納得してくれたようだ。マチルダも空気を読んで追及はしない。やはりこの時代はロマーニ帝国のブランドは力がある。ルネサンス期にローマ帝国や古代ギリシャがありがたがられたのと似ている。


 「そう言えば鋤や鍬も木製の物の先端に鉄をつけただけだな。先端を全部鉄にはできないのか?」


 隼人は歴史の授業で千歯扱きと同時に習った備中ぐわを思い浮かべて質問する。


 「先端を全部鉄にすると、値段がかなり上がりますよ?とてもじゃないですが普及させるのは難しいと思いますよ」


 セオドアが隼人に反論する。実際、鉄はほとんど武具に使われるので全て木製の鋤や鍬も珍しくはない。


 「三つ又や四つ又ならそこまで鉄を使わないと思うが……。アントニオ、これも後で説明するから試作を頼む」


 「了解です」


 「ああ、そう言えばセオドア、製鉄の件だが、軍需が一段落したから反射炉を1基民需に転用できそうだぞ」


 「本当ですか!?」


 鉄の話題が出たことで思い出したマチルダがセオドアに伝達する。隼人もそれにうなずいたのでセオドアは上機嫌になる。最近は出費が多く、赤字続きだったのでまさに慈雨だ。

 だがそこに隼人が水を差す。


 「そう言えばスコップもないな」


 「スコップ……、ですか?」


 「ああ、土を掘るための道具だ。武器にもなるぞ。陣地の構築にも使うからまずは軍用で開発してみるか」


 エレナの疑問への隼人の回答にセオドアの表情が曇る。せっかく民需用に割り当てられた反射炉がまた軍需に転用されるのかと考えたからだ。それに気づいた隼人が自信なさげにセオドアに声をかける。


 「まあ、わざわざ民需を減らすほどでもないだろう。兵士もそんなに重量増加に耐えられないし、一部を剣と置き換えることになるだろうさ」


 「なら、いいんですけどね……」


 その後、備中ぐわとスコップの出どころを追及され、それぞれ敷島国とロマーニ帝国に押し付けたりしたが、収穫の多い農村視察は終わった。


 農具の試作は順調に進み、1週間後には千歯扱きと備中ぐわが開発され、実験農場への配備と一般販売が決まった。ちなみに1カ月後にはアントニオが足踏み式の回転脱穀機まで開発してしまった。足踏み式の織機を参考にしたらしい。アントニオもなかなかの天才である。ただし、これは価格が高くなり過ぎたために実験農場に配備されるほかはお蔵入りになってしまった。ついでに隼人は調子に乗ってアントニオに足踏み式ミシンの開発を要求し、アントニオもこれに成功してしまうが、これも高価格のために普及するのはずいぶん先の話となる。




 10月、隼人は軍の演習を観閲していた。今回はエーリカ、アルフレッド、マチルダ、梅子が同席している。騎兵が襲撃行動をとり、槍兵が槍衾をつくり、槍兵に守られた銃兵と砲兵が空包射撃を行う。そして銃兵よりも数の多い弓兵と弩兵も射撃動作を行う。人口比に対応して女性兵士の方が男性兵士より多いのが中島隼人軍の特徴だろう。


 「鉄砲もずいぶん数が増えたな」


 「ああ、だが火薬の不足が深刻だ。満足な射撃訓練もできん。備蓄も十分とは言えん。海軍と沿岸砲兵はまだ優先的に割り当てられているようだが」


 隼人の他愛ない感想にエーリカが少し不満を漏らす。陸軍と比べて専門性の高い海軍の訓練が重視される理屈は隼人に説得されて納得しているが、それでも不満は不満である。


 「おいおい、今の目下の最大脅威は海賊なんだから仕方ないだろう。それに海軍も沿岸砲兵も十分に訓練ができているとは言えないんだ。そもそも、武装帆船はようやく船台が完成して建造が始まったところだしな」


 陸軍担当のエーリカの苦情に海軍担当のアルフレッドが反論する。そもそもこの割り当ては両者の話し合いの末に隼人が裁可してまとめたものなのだが、あまりこじらすと陸海軍の対立が始まりそうである。そこで隼人が両者に割って入る。


 「火薬の割り当ては俺が決めたことだ。この問題は火薬の不足が最大の原因だ。ケルンですら硝石丘法での生産は始まったばかりで生産量は不足しているからな。2人とも、しばらくは我慢してくれ」


 「しばらく、と言っても年単位、それもマリブールでの生産開始は5年後だろ?他から買うことはできないのか?」


 隼人が仲裁に入ったことでエーリカはアルフレッドに対する矛は収めたが、代わりに隼人に矛先を向ける。


 「火薬はどこでも引っ張りだこだからなぁ。価格が高すぎる。軍需と開発を優先したせいでなかなか資金にも余裕がない。今は平時だから勘弁してくれ」


 「うう、仕方ないな……」


 隼人に頭を下げられてエーリカも渋々引き下がる。その一方で、夫に頭を下げさせたことがどうにも恰好が付かない気がするのでエーリカは話題転換を図る。


 「それはそうと、隼人が考えたスコップ、あれはいいな。簡単迅速に堀や胸壁が作れる。おまけに剣の代わりにもなる。陸軍としては全軍に配備したいところだ」


 「それは良かった。しかし兵の負担が増えないか?」


 「それに関しては大丈夫だ。今のところ軽装の一般兵に装備させているからな。重装歩兵の剣士や騎士連中は携行させるのは厳しいが、そもそも連中はそういう仕事をやりたがらん。俺が率先してやっているから渋々やっているような状態だ。陣地のありがたさを分かっているだろうに。まあ連中も近接戦闘では役に立つんだが」


 「そこは徐々に意識改革していくしかないだろう。鉄砲が増えれば嫌でも必要になってくるしな。あ、そう言えばフーゴに作らせた試作品の鉄砲があるんだった。従兵!あれを持ってきてくれ」


 エーリカが自分に試作品を事前に知らせなかったことを水臭いと隼人を小突いているところへ、従兵が試作品の鉄砲とナイフを持ってくる。


 「どれ。ふむ。見たところ、普通のマスケット銃だな」


 「ナイフも数打ちの量産品だ。変わったところはない」


 早速鉄砲を隼人から取り上げたエーリカが品を確かめ、梅子もナイフを確認する。ついでに言えば、ナイフも標準装備として隼人軍全軍に行き渡りつつあり、今回のナイフはその柄が改造されたものだ。


 「だろう?だがこうすると……」


 隼人は試作品を取り返し、おもむろに銃口の下にナイフを取り付ける。銃剣誕生の瞬間である。


 「「なっ!!」」


 「「ほう……」」


 エーリカとアルフレッドが目を見開いて驚く。一方のマチルダと梅子はいくぶんか冷静だ。


 「鉄砲にナイフを組み合わせることで槍にするわけか。これでは銃兵に剣を持たせる必要がなくなるな」


 「これなら銃兵の装備費が多少安くなりそうだ」


 梅子とマチルダが多少興奮気味に評価する。その間にエーリカとアルフレッドが復活する。


 「……どうしてこんな簡単なことが誰も思いつかなかったんだ」


 「銃兵がある程度自衛できるようになれば戦が変わるぞ」


 エーリカとアルフレッドがあまりにも簡単で、しかし銃兵の在り方を変えかねない発明に感嘆の声を絞り出す。


 「……その反応だと、既存の鉄砲とナイフは全部改造かな?」


 「ぜひそうしてくれ!早急に!」


 隼人の得意げな言葉にエーリカが猛烈な勢いで食いつく。あまりの勢いに隼人はうなずくことしかできなかった。こうして隼人軍の近代化がまた一歩前進するのだった。この銃剣はガリア王国を中心に大陸中に急速に広がっていく事になる。

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