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第56話 結婚

 「そう言えばエーリカ、ずいぶんと数が多いな」


 エーリカが率いてきた軍勢は非戦闘員を含めて300を超えているように見えた。このご時世、盗賊山賊がはびこっているので、単なる移動でも貴人であれば100程度の軍勢を引き連れる事は珍しくない。むしろ移動速度と警備能力と相談した結果、100程度の数に収まるのが一般的だ。

 だがエーリカは明らかに過剰な戦力を引き連れている。


 「ああ、途中で捕虜にした盗賊もいるが、俺についてくる事を希望した使用人と職人を連れてきたからな。そうそう、俺も今日からマリブールに住むぞ。新婚でさっそく別居は嫌だからな」


 エーリカが引き連れてきた人々を見渡すと鍛冶屋のフーゴがいた。その他にもそれなりに職人がいる。


 「それはありがたいが……、ケルンの方は大丈夫なのか?」


 「ルドルフは苦い顔をしていたが、ケルンにはまだまだ職人がいるから大丈夫だ。政務と軍務もルドルフとフリッツに任せてきたから心配ないさ」


 エーリカがそう言うのだから間違いはないのだろう。とはいえ全く悪影響がないわけでもないだろう。職人もそうだが、領主の不在は統治に大きな影響を与えるはずだ。ルドルフとフリッツの胃が心配になる。


 「しかしずいぶんと早かったな。王に許可をとるとなると返事だけでも時間がかかると思っていたのだが」


 「ん?王の許可なんてとってないぞ」


 「えっ?」


 エーリカの発言に隼人は硬直する。仮にも侯爵が王の許可もとらずに他国の貴族に嫁ぐなど考えられない。そもそも許可が出るかどうかも疑問だ。隼人も実はそのことを心配していたのだ。


 「王の許可なんてとろうと思ったら、あの宮廷のことだ、さんざん待たせたあげく難癖つけてくるに違いないからな。事後報告にした」


 「それって大丈夫なのか?」


 「大丈夫大丈夫。連中、腑抜けだから結局は追認するさ。難癖つけられる前に式を挙げてしまうぞ」


 エーリカの強引な手法に隼人は唖然としてしまう。しかし隼人とエーリカの身分を考えると、強引な手法しか手がないのかもしれない。


 「それから、俺が隼人の妻である時は中島エーリカになるが、隼人が俺の夫である時はバイエルライン・フォン・隼人になってもらうぞ」


 「……それって、俺達はガリア王国とアーリア王国の2つの国に両属するということか?」


 「その通りだ。もうその方向で2人の王に書状を送ってしまった」


 エーリカのあまりの行動に隼人は目まいを感じた。2つの勢力に両属するなど、隼人にとっては非常識もいいところだ。

 だが隼人にとっては非常識ではあるが、実際にはそれほど珍しい話でもなかったりする。国境地帯の領主が複数の勢力に忠誠を誓う事はよくあったし、王の権力が弱い国だと婚姻の結果、ちょうど隼人達のように忠誠の対象が複雑化することもままあった。王の他に、教皇などの宗教勢力にも忠誠を誓っている場合もこれらの例に含まれる。

 たまたまアーリア王国では王の覇気のなさから王権が弱く、ガリア王国でもアンリ王とルブランら旧貴族派との抗争で王権がしっかり確立できていない状況だったために可能な方策だ。国境付近に領地を持つ侯爵家がそういう状況になる事は望ましくないのだが、それを力技でどうにかしてしまうらしい。


 「おいおい、そんなに珍しい話でもないだろう。両属している貴族なんてアーリア王国だけでも指の数では足らんぞ」


 「そんなに多かったのか……」


 「まあ侯爵家だと多少歴史を遡らなければ前例がないがな」


 エーリカにこの世界の新しい常識を教えられて納得するも、しっかりオチがついてくる。


 「ほ、本当に大丈夫なんだろうな?」


 「大丈夫だって、俺を信じろ。……それとも、俺と結婚するの、嫌か?」


 「そんなわけあるか!エーリカと結婚できる事は俺の幸せだ!」


 「ならいい。この件は俺……というよりルドルフに任せてくれ。きっとうまくいく」


 エーリカは、急にしおらしくなって見せた己の態度への隼人の反応に満足して、難題をルドルフに丸投げする。ルドルフは平民から家宰に成り上がった逸材なのでこなしてくれるだろうが、突如として難題を押し付けられる彼の立場には同情を禁じ得ない。

 とはいえ一介の子爵には手に余る事案なので、同情するだけで隼人もルドルフに丸投げするのだが。



 「ナターシャ達は特に変わったことはなかったか?」


 エーリカの難題にとりあえずの目をつむると今度はナターシャに確認をとる。


 「そうですね……、あの決闘のおかげで私達に言い寄って来る人がいなくなった事はいいのですが、間諜が出没するようになって新しい使用人の選定に面倒がありましたね」


 「間諜?」


 「ルブランの家の者ですわ。どうやらわたくしの正体に興味を抱いたようですわね。今回のマリブール拝領はルブランの目から逃れる良い機会でしたから、わたくしもついてきましたの。アンリ王には事後報告をすでに送っていますわ。おそらくは追認するでしょう。後で監視に近衛騎士団から1隊が送られてくるでしょうが、痛くもない腹を探られてもかまわないでしょう?」


 ナターシャの報告にセレーヌが捕捉する。この娘も強引な事をするものだ。傍に控えている近衛騎士が苦虫をダース単位で噛み潰したような顔をしている。隼人もこのセレーヌの独断には似たような表情をせざるを得ない。


 「わたくしの正体が割れればアンリ王も困るのですから大丈夫ですわよ。だからそんな顔は止めてくださいませ」


 「……まあ、来てしまったものは仕方がない。でも独断で来るのは勘弁して欲しかったぞ」


 「手紙のやり取りでは時間がかかりすぎますわ。最近は間諜が多すぎて外も出歩けませんでしたし、近衛騎士団からも警告がひっきりなしに届いていましたもの」


 「そこまでひどかったのか……」


 「ええ、ナターシャさんとカチューシャさんも近衛から護衛が付くくらいには」


 ナターシャとカチューシャに視線を向けると、2人とも渋い顔でうなずく。どうやら相当危険な状態だったらしい。


 「しかしマリブールに移ったくらいで諦めてくれるかね?」


 「ルブランも他人の領地にまではちょっかいを出さないと思いますわ。それに、王女が王のおひざ元から離れるとは思わないでしょうし。少なくともロリアンにいるよりは時間は稼げますわ」


 セレーヌがない胸を張る。隼人はあきれながらもセレーヌの移住を認めるのだった。




 ナターシャ達が合流したその日の夕方、荷物の処理が目途がついたところで話し合いがもたれた。議題はどのような結婚式にするか、正室を誰にするかである。


 「式を挙げられる場所としてはソラシス教の清教派、教皇派、東方派の教会、それからスカンジナビア教派の聖堂があるな。神仏教の寺社はさすがにない。この中で最大なのは清教派の教会だ。宗教人口も同じと考えていい」


 まずマチルダがマリブールの宗教事情を解説する。ちなみにソラシス教とは大陸西部で盛んな一神教であり、スカンジナビア教派とは、古代のスカンジナビア地方の神々とロマーニ帝国の古代の神々が合流した多神教だ。神仏教は敷島で信仰されている多神教である。


 「カテリーナ、ナターシャ、カチューシャは東方派でエーリカとマチルダが清教派、桜と梅子が神仏教だから花嫁は東方派が最大なわけか」


 「一応隼人殿を入れると神仏教も多数派になるな」


 「まあ神仏教は私しか聖職者がいないようですから無理ですけどね」


 隼人の確認に梅子と桜が補足する。隼人はこの世界では敷島出身の神仏教徒ということになっている。


 「マリブールの統治を考えれば清教派で上げてもらう方が無難だが、どうだ?」


 マチルダがノルトラント帝国出身のカテリーナ、ナターシャ、カチューシャの東方派3人衆に信仰の強さを確認する。政治的には清教派で式を挙げてもらいたいが、3人が敬虔なら東方派にも配慮した方がよい。


 「同じソラシス教ですから、神仏教までは変わらないですし、私は清教派でもいいですよ」


 カテリーナが物わかりの良い事を言って、ナターシャとカチューシャもそれに同意してうなずく。桜と梅子も異存はないようだ。


 「じゃあ清教派で決まりだな。日程はアントニオとエレナ、それからセオドアとアエミリアの式も挙げなければならないから後で調整だな」


 「で、問題は誰が正室になるか、だな」


 マチルダがまとめたところでエーリカが最も重要な本題を切り出す。


 「この問題は隼人さんが選んで解決してもらいたいところですが……、隼人さんはそもそも選べたら7人と結婚なんてしませんよね?」


 「……面目ない」


 桜がこの問題の一番の難点をえぐり出す。この場にいる全員が、隼人がどちらかというと1人を愛したい単婚主義者であることも、にもかかわらず誰か1人を選べないヘタレゆえに7人と関係を結んでいる事も理解している。

 隼人に正室選びを任せると、散々迷った末に全員を正室にすると言い出す事が目に見えている。それではみんな納得しないし、跡継ぎで絶対に揉める。政治的にもよろしくない。


 「まあ隊長がこんななのは知っていましたからいいんですけどね。というわけで付き合いが一番長い私が正室ということで」


 「あっ、ずるい!あたしだって長いんだよ!」


 しれっと正室に収まろうとしたカテリーナをカチューシャが掣肘する。


 「出会ったのは俺が一番最初だぞ。それに俺が侯爵で一番偉いのだから俺が正室になるのが筋だろう」


 「いやいや、隼人はあくまでガリア王国の子爵であり、マリブール領主なのだから、元マリブール領主である私が正室に収まる方がいい。エーリカ侯爵を正室に据えるとガリア王国とアーリア王国の両方から離反を疑われかねん。私なら爵位も釣り合いがとれるし、マリブールの民も安心するだろう」


 「おいおい、侯爵を差し置いて子爵が正室になるなど、筋が通らん」


 「家柄で言えば敷島王女である私が正室になるのが一番ですよ。隼人さんのためなら私は敷島王女を名乗る覚悟があります」


 「桜様、それは危ないですぞ。桜様の身に危険が及びかねませんし、ガリア王国からの独立を疑われます。幸い、拙者は重臣の家の出ですので、ここは拙者が名乗り出て正室になり、囮となりましょう。しがらみも今やほとんどありませんし、好都合でしょう」


 みんながみんな、好き勝手に自分が正室になりたいと志願する。誰だって隼人の一番になりたいのだ。


 「……ナターシャ、どうしよう?」


 隼人は1人われ関せずの態度を貫いているナターシャにすがる。


 「さあ?これだけの女性と結婚するのですから、これくらいの苦労はしてもらわないと。ちなみに私は側室でいいですよ。前にも言ったと思いますが、私は隼人さんからの寵愛で一番を目指しますので」


 ナターシャの発言に場が凍り付く。正室がどうこうという話も結局は隼人との関係で一番になりたいという思いから来ているのである。ナターシャの発言はその本質を突いたものだった。


 「…………やはり、隼人さんに決めてもらうしかなさそうですね」


 桜の発言に全員がうなずく。鋭い視線が隼人に集中する。


 「……すまない。やっぱり誰か1人を選ぶなんてできない。俺はみんなを愛しているんだ」


 「それは知っている。拙者達は愛する者を選べと言っているのではない。代表を選べと言っている」


 「そうだ。私達の中から代表者を選ぶんだ。政治的な面から選んでもいいし、人柄で選んでもいい。愛するのは平等でも、まとめ役を選ぶことならできるだろう」


 弱音を吐く隼人に梅子とマチルダが尻を叩く。

 隼人は天を仰ぎ、未来の妻達を見回す。彼女達の事はよく知っているつもりだ。


 まず人柄を考える。普段まとめ役をしているのはナターシャだ。長くお姉さんをやっていただけに包容力もある。ただし、この件についてはいささか毒を持っているような気もする。

 次点は桜か。王女だけあって指導力もあって眼力もある。公正公平な人物でもある。みんなからの人望も厚い。

 その次はマチルダと梅子。マチルダはマリブールで善政を敷いていただけあってバランス感覚に優れる。梅子はそれほどではないが、指導力に優れている。どちらも優劣つけがたい。

 次にエーリカ。彼女は好き勝手やっているように見えて、天性の勘で絶妙なバランスをとっている。ただし、基本自由奔放なので正室にしたら胃に穴が開きそうである。

 最後にカテリーナとカチューシャ。カテリーナも指導力はあるのだが、それは部隊を指揮する時の話だ。私生活では好き勝手やっていたり、だらしなかったりする。カチューシャは精神的にまだ未熟だ。将来はともかく、現時点で他の妻達を御することはできないだろう。


 次に政治面を考える。妻達の政治的地位を考えると平民出身のカテリーナ、ナターシャ、カチューシャには荷が勝ちすぎる。エーリカが侯爵であることを考えるとマチルダも地位が足りないだろう。梅子も先代の敷島王の重臣の家の出とはいうが、エーリカに対抗するにはやや厳しい。

 かといってエーリカを正室に据えると隼人はエーリカの伴侶、つまりアーリア王国の配下としての性格が強くなりすぎる。とはいえ桜を正室に迎えると今度はガリア王国、アーリア王国からの独立の兆しととられかねない。


 隼人は散々迷った末に結論を下す。


 「……桜、正室を頼む。それから、敷島の王位継承権を放棄した上で敷島王女であると名乗り出てくれないか?」


 隼人の言葉に桜が顔を輝かせる。他の者達もエーリカとカチューシャが少し不機嫌な以外は異論なさそうだ。


 「わかりました!精一杯隼人さんを支えますね!」


 こうしてこの日の会議は終わった。翌日、アントニオ、エレナ、セオドア、アエミリアを交えて協議した結果、3月20日に隼人達の結婚式を、21日にアントニオとエレナの結婚式を教皇派の教会で、22日にセオドアとアエミリアの結婚式をこれも教皇派の教会で挙げることに決まった。隼人達の結婚が政治バランス面で微妙な事から、既成事実を作ってしまうべく急ぐことにしたのだ。桜達の衣装をそろえるべく、この日からマリブールの織機はフル稼働だ。




 そして20日、いよいよ結婚の日である。隼人は慣れない白の礼装で緊張して教会の壇上で桜達を待った。新郎である隼人が壇上に上がってから桜達が来るまでほんの僅かの間であるが、それがとても長く感じられた。

 しばらくして教会の扉が開かれると、白いドレスをまとった桜達新婦が入場してくる。その姿は美しく、隼人は息をのんだ。参列者も当然桜達に目を奪われる。礼装に着られている隼人の存在感はもはやない。壇上に上がった桜達が隼人の隣に並ぶと、老神父がにこやかに隼人達に語り掛ける。


 「隼人よ、この者達を生涯にかけて愛することを誓うか」


 「はい、誓います」


 「桜、エーリカ、マチルダ、梅子、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャ、夫を生涯にかけて愛することを誓うか」


 「「「「「「「はい、誓います」」」」」」」


 「では順番に誓いの口づけを」


 隼人は老神父に促されて桜達と口づけをかわす。


 「神よ、ここに1組の夫婦が生まれました。この者達に永遠の祝福を」


 老神父の言葉で結婚式の儀式が終わる。この後は城で祝賀パーティーだ。隼人達は教会の前で2台の馬車に分乗して城に向かい、参列者も徒歩でそれに続く。マリブールの街全体が隼人達を祝福していた。



 その日の夜、熊三郎に泣きながらひ孫をせがまれて酒を飲まされた隼人は、翌日のアントニオ達の結婚式に障りが出ないように早めに寝室に帰った。そこには見慣れないキングサイズのベッドが据えられており、花嫁達が待っていた。


 「こ、これは?」


 隼人は嫌な予感がしながら問いかける。


 「なあに、結婚初夜くらいはみんなで分けあおうと思ってな」


 エーリカが代表して答える。その目は獲物を狙う肉食獣だ。


 「綺麗どころを7人も妻にしたんだ。これくらい頑張ってもらおう」


 マチルダが隼人をベッドに押し倒す。



 翌日のアントニオとエレナの結婚式は予定より少し遅れることになった。

 2章はこれにて終了です。……どうしよう、予告していた1章あらすじを書く前に終わっちゃったよ。とりあえずこれからも新作優先で書いていきます。

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