第50話 アスティ攻城戦
帝国歴1791年11月4日、隼人はタラント王国のアンドラ方面根拠地、アスティの城壁を見上げていた。
アスティは二重の城壁に加え、市街の中心部に城を備えた城塞都市だ。その防備はかなり堅い。とはいえ5万ものガリア王国軍に対してタラント王国軍は敗残兵を加えても1万3000ほどしかいない。
司令部ではこれを好機ととらえ、タラント王国軍の増援が到着するまでに陥落させてしまえとの意見が主流だ。アストンからの攻城兵器はまだ到着していないが、代わりに投石器を含めた敵が遺棄した攻城兵器を多数鹵獲しており、投石器はすでに組み立てが始まっている。
士気も旺盛だ。アスティまで進出したことで物資の現地調達(略奪)が容易となり、将兵の食事の質が一気に改善された。そしてもちろん戦勝による士気の高揚も大きい。とはいえこれもいつまでも続くものではない。
そして敵の士気は決戦での敗戦で最低レベルまで低下している。
この最良の状況を生かすための短期決戦策だ。
そんなことを考えている隼人も実はシャンスラの戦いの後、敵の砦を単独で2つ落としている。もちろん小規模な砦で、守備兵はどちらも150人程度。しかも片方は包囲した時点で白旗を掲げた。もう片方は抗戦したものの、士気が相当落ちていたらしく、組織的抵抗もほとんどできずに蹂躙された。
この他にもレイ伯爵の指揮下で中規模の砦の攻略戦にも1度参加している。これらの戦いで隼人隊は340名ほどにまで減少している。それでも並みの男爵軍より数がそろっているので後送する捕虜の護送部隊には編入されず、進撃を続けていた。
7日、投石器の組み立てと調整が終わり、城門とその周辺への射撃が始まった。カタパルトやトレバシェットがうなりをあげ、石弾が城壁にぶつかって砕ける。あるいは地面にぶつかって跳ね回る弾や、城壁を飛び越えて市街地に着弾する弾もある。
この日終日の射撃で城門の隣の城壁は崩れ、城門を含めて周辺の塔も大きな被害を受けた。アスティ攻撃の準備は着々と進んでいた。
8日の朝、攻城塔がゆっくりと動き出した。先に城壁の上を制圧して被害を抑制しようという魂胆だ。
攻城塔の前進に合わせて射撃部隊が前進しながら援護する。さすがに城壁の上と下だと下にいる攻城軍の被害が大きい。城壁の上でも人が倒れているさまが見て取れるが、それ以上に味方が倒れている。さらに時折、塔に備えられた、いまだ生き残っていたバリスタから大きな矢が攻城塔に向かって飛んでいく。
そんな味方の前進を眺めている隼人は攻城塔のさらに後方にいる。内側の城壁を突破する部隊に編入されているためだ。隼人達は城壁に登るためにはしごを装備している。これもタラント王国軍からの鹵獲品だ。もし外側の城壁で攻城塔による攻撃が上手くいかなかった時には隼人達が投入されることになっている。
だがその心配はなさそうだ。1つの攻城塔が火矢で燃え上がり、さらにもう1つがバリスタの攻撃で崩れ落ちた時はヒヤリとしたが、他の攻城塔は無事に城壁までたどり着いた。後続する歩兵達が攻城塔の中に入っていく。そして攻城塔の前面の板が降ろされると歩兵達は一気に城壁になだれ込んだ。
城壁の上で押し合い圧し合いする両軍の兵士達。ある者は剣で斬られ、ある者は城壁の上から叩き落とされる。城壁の上はあっという間に血に染まるが、両軍とも射撃部隊は引き上げ始め、射撃戦は散発的になっている。両軍が入り乱れ、誤射の可能性が無視できなくなったのだ。それに、戦闘はまだまだ続く。まだもう1つの城壁と城があるのだ。矢玉はまだまだ必要だ。
およそ3時間の戦闘で城壁の敵は駆逐された。半数ほどに討ち減らされた敵は内側の城壁に撤退した。後続部隊が城門や崩れた城壁から市街地になだれ込む。乱暴狼藉は発生しない。彼らは士気旺盛でかつ仕事熱心で、忙しかった。略奪は士気の低い軍隊や、暇な軍隊が行う行為だ。戦闘中はそんな暇はない。もっとも、彼らとて戦闘が終われば略奪しないと保証されているわけでもなかったが。
隼人達も市街地になだれ込む。隼人隊は給与も食事もよいため士気が高く、集団行動の訓練が行き届いているため、他の集団より統制がとれている。隼人隊が1番に内側の城壁にたどり着き、はしごをかける。ちなみに内側の城門はまだ敗残兵の収容のため開いていたが、隼人達は気づいていない。
城壁の上にも兵はほとんどおらず、見張りの兵が慌てて増援を呼びに行く始末だ。隼人達は急いで城壁を登る。わずかな守兵も桜に任せた射撃部隊に制圧されている。
とうとう隼人が城壁を登り切った。
「ガリア王国男爵、中島隼人!1番乗り!」
隼人は高らかに宣言し、味方の士気を鼓舞する。
この名乗りにタラント王国軍は内側城壁の陥落と誤認し、さらに混乱が拡大し、城まで敗走してしまう部隊もあらわれる。一方ガリア王国軍はさらに励まされ、追撃を一層激しくする。ついには敗走するタラント王国軍と混じり合って城門に突入した。
その間にも隼人隊は次々と塔を制圧しながら城門へ駆ける。
「突撃!」
塔に突入し、もう何度目か分からない号令を発する。号令を発する時、後ろを振り向くが剣は右手に突き出したまま、走る足も止めない。
号令を発し、顔を前に向けて塔の階段を登るために踊り場を曲がる。そこで体中にドンと衝撃を受けた。何かにぶつかったのだ。隼人はそのまま前に倒れこむ。
数舜の後、その正体を確認する。タラント王国軍の若い女性兵士であった。胸には隼人の両手剣が刺さっている。絶望の表情で口をパクパクさせている。口から血があふれる。
立ち上がった隼人はふと、なかなかの美人だなと思った。ちらりとその女性兵士の体を眺める。鎧は上半身にしか身に着けていないようで、下半身はスカートだ。下着がちらりと見える。
「隼人殿!大丈夫か!?」
追従してきた梅子が急に立ち止まった隼人を見て心配して声をかけてくる。
「あ、ああ。大丈夫だ」
「そうらしいな。だが気を付けてくれ。少し間違えれば隼人殿が彼女のようになっていた」
「ああ、気を付けるよ。さあ、次の塔へ行くぞ!」
本当に心配する梅子に肩を叩いて安心させ、次の塔へ向かう。すでに部下の何人かは熊三郎に率いられて隼人を追い越している。隼人隊は無人の野を行くが如く城壁を走って行った。
フゼール伯爵らが詰める司令部は沈痛な空気に包まれていた。城に逃げ込めたタラント王国軍は5000にも満たなかった。外側城壁が破られることは予測していたが、よもやこんなにも早く内側城壁が破られるとは考えていなかった。混乱が混乱を呼び、あっという間にガリア王国軍は城まで押し寄せた。今は破城槌で城門を打ち破ろうとし、窓という窓には弓や弩で攻撃をかけている。そう遠くないうちに城内で戦闘が始まるだろう。ザッカルド伯爵などはいまだ士気旺盛で、最後の1兵まで、それこそ非戦闘員まで動員しての抗戦を指揮官の公爵に訴えている。
指揮官に据えられた公爵はアスティの領主であるが、軍事の才覚はない。その代わり文官としては優秀だ。でなければ戦闘員だけで6万もの軍勢を活動を後方から支えることなどできないし、アスティのような重要拠点を統治することもできない。
とはいえ敗戦の混乱の最中、最長老であるからと臨時の総指揮官に据えられた彼は哀れと言うほかない。実際の指揮はシャンスラの戦いから後退してきた貴族たちが執っているが、意見が対立したときに判断する能力は彼にはない。そのためタラント王国軍はバラバラに戦うことを余儀なくされていた。これで勝てる方がどうかしているだろう。
もう限界だ。夕焼けの光が差し込む司令部の中、ほとんどの貴族がそう感じていた。アスティには領主の家族の他にいくつかの貴族の家族も避難している。彼らを守るにはもう方法はあまり残されていない。誰かが口に出す必要があった。
「……もう、降伏しかない」
フゼール伯爵は絞り出すようにつぶやいた。
「何!フゼール伯爵!貴様ほどの人物が虜囚の辱め受けるというのか!」
ザッカルド伯爵が大声で抗議する。
「……現実に、我々には女子供を守る力はすでにない。ならば降伏するしか女子供を守る手立てはない」
「敵が女子供に手を出さないと誰が保証できる!我々はまだ戦える!」
「……」
確かに、まだ戦える。だが、負けが決まった抗戦など何の意味を持つのか。そこまで思ってフゼール伯爵は口を閉じた。ザッカルド伯爵は今は冷静ではない。彼にそれを言ったところで何にもならないだろう。
ザッカルド伯爵が吠えた後に司令部は静寂に包まれる。不機嫌に押し黙る者、目を血走らせる者、落胆する者。その静寂を破ったのは総指揮官に祭り上げられた領主だった。
「……ザッカルド伯爵、我々は、勝てるのか?」
「もちろんです!タラントから援軍が来れば!」
「その援軍は、いつ来る?」
「……」
今度はザッカルド伯爵が沈黙する番だった。タラントから援軍が到着する前に城が落ちるのは誰の目にも明らかだった。いや、そもそもタラントから援軍が来るかどうかも分からない。
「降伏しか…、ないのか…」
領主は顔を手で覆ってつぶやく。彼は初めて絶望したようだった。知らないということは、時には幸せなのだな、とフゼール伯爵は思った。フゼール伯爵は白旗を用意するように命じた。今度は誰も反論しなかった。
アスティの城の窓から白旗が差し出されたのは、もう日が没しようかという頃であった。しばらくして城門が開門する。アスティ攻囲戦は終わった。ここにタラント王国のアンドラ高原方面の根拠地は失われたのだった。
タラント王国軍はこの戦いで3674名の戦死者を出した。ガリア王国軍の戦死者は2822名、負傷7563名。
その後、ガリア王国軍は周囲の砦を掃討しつつ休養と再編成を行っていたが、12日になってタラント王国から和議の使者が訪れた。ここにガリア王国とタラント王国の戦いは一旦幕を閉じることになった。
萌えイベント、曲がり角で女の子とぶつかる(棒)
冗談はさておき、先日お伝えした通り木曜日の更新はありません。次回は月曜日の更新になります。これからもよろしくお願いします。




