第49話 シャンスラの戦い
レ・ソル砦防衛戦の成功は驚きと賞賛をもって迎えられた。6万もの軍勢を10日間近く足止めしたのだ。敵の一部は北上したものの、ガリア王国軍主力を見つけると戦力を集中するためにすぐに撤退してしまった。一部は追撃に成功したものの、大部分はレ・ソル砦以南に撤収している。ガリア王国軍が想定していたよりも決戦場がずいぶん南下したことになる。
「敗残兵を収容していたとはいえ、よくもまあこの砦がもったものだ」
ブリュネ元帥がレ・ソル砦に置かれた司令部でつぶやく。レ・ソル砦がもちこたえたことによって戦線がずいぶん南下し、兵の負担が大きくなっている。その反面レ・ソル砦の無事と敵を追い散らしたことによって士気は大きく上がっている。さらに重要なことは、攻めに転じることができたために主導権を獲得しつつあることだ。決戦ではこの2つが有利に働くだろう。今日1日休むことで兵の疲労も軽減されるはずだ。
それにしても、中島男爵という男、初陣でこそ失敗しているが、この戦いでは大活躍だったと聞く。指揮権を奪われた守備隊長まで絶賛しているのだから、間違いはないだろう。成長が早いのか、防御戦が得意なのかは分からないが、とにかく使える男ではあるようだ。思えばタラント王国軍来たるの報を最初に持ってきたのもあの男の配下の女兵士だったか。
ブリュネ元帥は中庭にたむろする軍勢を見やる。軍はレ・ソル砦周辺で野営しているが、レ・ソル砦守備隊は砦で休息をとっている。今は戦力が欲しい。あの男爵にも出撃してもらうか。そう決めて山に沈む夕日を見やる。
そこへ伝令がやって来る。どうやらタラント王国軍の位置がつかめたらしかった。
翌日の10月28日の午前、ガリア王国軍はタラント王国軍と接触した。タラント王国軍は起伏の多い平原に横陣を敷いていた。シャンスラという廃村の近くだ。起伏の多い国らしく、歩兵の数が多い。平原が多く、騎兵が主力となっているガリア王国軍とは対照的だ。ガリア王国軍も横陣を敷いて対峙する。
戦場は騎兵で行動するには起伏が多すぎるが、不利というには遠い。歩兵の威力を発揮するよりも数の利を生かそうという魂胆だろう。もしくは政治的に、あるいは士気の問題でこれ以上の後退はできなかったのかもしれない。
そんなことを隼人はつらつらと考えていると熊三郎が声をかけてきた。
「ブリュネ元帥も人使いが荒いの。砦で消耗したわしらまで駆り出してくるとは」
隼人隊は戻ってきた伝令を含めても総勢350にまで減少していた。実に3割が戦死したことになる。軍事的には全滅判定であり、後方で再編成するべきであった。
「これから決戦だからな。少しでも戦力が欲しいのだろう」
隼人はそううそぶきながらも眼前のタラント王国軍から目を離さない。隼人隊はレイ伯爵の配下のテシエ子爵のそのまた配下として最前線に立っていた。ブリュネ元帥は防衛戦を戦ったからと言って特別扱いはしてくれないようだった。あるいは新興の新貴族ゆえに軽んじられているのかもしれなかった。
「どうせならもっと楽な場所に配置してほしかったものじゃ」
熊三郎が落胆の言葉を逆に楽しそうに口にする。
「熊三郎、威勢がいいな」
「なに、これほどの規模の戦はそうないからの。心躍らねば武人とは言えまいて」
楽しそうに笑う熊三郎に隼人も同意しそうになる。隼人個人としては後方に拘置されるよりかはずっと愉快ではあるが、防衛戦での損害のことを思えば頭が痛くなる。もっとも、350という数字は男爵としてはやや多いくらいなので、この程度で悩めることは他の男爵からすればうらやましいことなのだが。
しばらく幹部達と敵を観察していると、後方で太鼓が打ち鳴らされ始めた。あちこちで前進の掛け声がかかる。戦闘の始まりだ。
「前しーん!前へ!」
隼人も部隊に号令をかける。前から射撃部隊、歩兵、騎兵の順番だ。太鼓のリズムとともに歩みを進める。
しばらくしてタラント王国軍が射撃を開始する。まだ遠いので命中率は低いが、それでも数が多いのでガリア王国軍で死傷者が続出する。しかし歩みは止めない。太鼓が止まるまでは前進を継続する決まりになっている。
敵まであと70メートルというところで太鼓が鳴りやむ。
「弓隊構え!放て!」
それを待っていた隼人ら先鋒は次々と射撃を開始する。ここからは自由射撃だ。タラント王国軍でも死傷者が続出し始める。
両軍ともに死傷者が拡大していく。隼人隊では桜とエレナがいるので死者は少ないことが救いだ。それでも負傷者は戦線離脱を余儀なくされる。
しばらく矢合戦が続くが、30分もすると両軍ともに戦線にほころびが出始めていた。タラント王国軍で太鼓が打ち鳴らされるのとガリア王国軍でラッパが鳴り響くのはほぼ同時だった。突撃の合図だ。隼人は歩兵隊を率い、射撃部隊を超越して突撃する。騎兵隊も後に続かせるが、決定的な状況になるまでは温存する。
両軍の槍が合わされ、剣がすき間を縫って雑兵を切り捨てる。隼人も両手剣を振るい、熊三郎は槍を、梅子は刀を、カテリーナは片手剣を振るう。両軍の間に死傷者が横たわる。
隼人隊の中では隼人、熊三郎、梅子が特に活躍を見せる。敵の槍を払い、叩き折り、そのまま敵兵を切り伏せる。復讐を果たさんとする敵剣兵の斬撃をかわし、返り討ちにする。いつしか3人の鎧は返り血に染まっていた。
ブリュネ元帥は戦場の中でも比較的高い丘の上で指揮を執っていた。中央を歩兵中心に、両翼を各部隊から引き抜いた重騎兵で固めていた。戦況はどの場所でも比較的優勢だ。士気の差が戦局に大きく影響しているらしい。
だが、決定打が打てないでいる。両翼を重騎兵で突破し、敵を包囲してしまう予定であったが、敵騎兵の予想外の抵抗で手間取っている。
反対に苦戦すると思われた中央は善戦している。だが中央突破できるほど優勢でもないところが悩みどころだ。
戦線は膠着している。ともかく、どこかで突破してもらわなければならない。予備戦力は開いた突破口に流し込む。焦ってはならない。こちらは優勢であるのだ。敵の方が焦っているはずだ。ブリュネ元帥はそう自分に言い聞かせて戦局を見守っていた。
激戦の中、隼人は最前線からしばし離れ、辺りを見渡す。どうやら隼人、熊三郎、梅子を先頭にした隼人隊は他隊よりも少し突出しているようだ。とはいえ、包囲されるほどでもない。側面はアルフレッドの海兵隊がしっかり防御してくれている。
隼人は敵を観察し、弱点を探す。そこでふと、左前方の敵が薄いことに気が付いた。隼人は素早く決心する。
「騎兵隊!俺に続け!敵を突破するぞ!」
隼人は自ら先頭に立ち、歩兵隊を超越するかたちで左前方の敵を目指した。そこはタラント王国軍の伯爵軍と公爵軍の結節点であった。
ブリュネ元帥はすっくと立ちあがった。中央やや左よりの敵陣が崩れたからである。旭日の旗を先頭にレイ伯爵の部隊が流れ込んでいる。
「予備騎兵隊に命令!中央のレイ伯爵に続いて敵陣に突入、敵を分断包囲せよ!」
戦いはこの予備騎兵の投入で決まった。戦線のほころびをふさごうとしたタラント王国軍の予備隊はテシエ子爵の部隊に阻まれ、ガリア王国軍の突破が成功した。タラント王国軍は中央から右翼にかけてが完全に崩壊して敗走した。残りの部隊も生き残るために決死の撤退戦を開始するが、動揺した左翼騎兵までもが敗走してこちらも包囲されてしまった。
タラント王国軍は激戦の後に消滅した。ガリア王国軍が1200の戦死、4300の負傷者を出したのに対して、タラント王国軍6万の内5万が死傷、あるいは捕虜となり、3000が逃げ散り、所在不明となった。アスティに逃げ込めた数は7000だった。その中にポリーニ元帥の名前はなかった。
まことに勝手ながら、今回を最後に木曜日の投稿を休止いたします。月曜日の投稿はこれまで通り続けていきます。これを期に質的向上を図っていければ……と思います。1章あらすじについては……もうしばらくお待ちください。これからも本作品をよろしくお願いします。




