表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/135

第48話 レ・ソル砦の戦い 4

 明けて帝国歴1791年10月20日の早朝、タラント王国軍の動きが慌ただしくなっていると同時に軍使が現れた。どうやら戦死体を回収したいらしい。隼人は二つ返事で承諾するとともに、配下にはその手伝いとより一層の築城作業を命じる。タラント王国軍の監視は守備隊長に任せ、隼人も自らつるはしを振るう。指揮官が率先して作業に当たれば兵の不満も最小限になるだろう。もちろん人夫が1人増える効果もある。



 休憩時間に守備隊長に敵の動きを確認しに行く。向こうから報告に来なかったと言いうことは喫緊の脅威は存在しないのだろうが、敵の動きが激しいだけに気がかりだ。


 「守備隊長、敵の様子はどうだ?」


 「包囲網がずいぶん薄くなっております。まあ突破できるほど薄くはしてくれんようですが。包囲網を離れた敵は北上を始めました。おそらくはここより北の砦や城を狙うつもりでしょう」


 守備隊長が至近の距離にあるガリア王国側の小さな砦を指さす。そこからは煙が上がっていた。


 「どうやらそうらしいな。この砦は簡単には落ちないと踏んだらしい。あまりいい気分にはならないが」


 「今の我々では何の支援もできませんからな」


 レ・ソル砦は重要な位置に立地していることは確かだが、迂回できないわけではないのだ。要塞の類はよほど巧妙に配置しなければ迂回によりその価値を暴落させてしまうものなのだ。しかしこの点、街道を直接射界に納めるレ・ソル砦はその価値を残されていたようで、敵はいまだ攻略の構えを見せている。


 「では引き続き監視を頼む。私は築城作業に戻るよ」


 「了解です。しかし男爵閣下、いくらなんでも兵に混じって作業を行うことは外聞が悪いのでは?」


 「私は常に指揮官率先でありたいんだ。兵を率いるにはこれが1番だからな」


 「そうですか……。しかし指揮に悪影響がでるほど疲れないようにお願いしますよ」


 「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」


 守備隊長は変わった人だな、と思う。新貴族でも兵に混じって働くことはほとんどない。だが好ましい変わり者だ。指揮権をはく奪された自分ですら彼を尊敬し始めているし、頼りにしている。

 ……この戦い、適当に抗戦してほどほどのところで降伏かな、と思っていたが、案外救援が来るまで持ちこたえるかもしれない。

 守備隊長にとって隼人の存在は、はく奪者から希望の星へと変化していた。



 その日、結局レ・ソル砦への攻撃はなかった。だがそれはアンドラ高原の平穏を意味しない。レ・ソル砦へ向けられる刃が他の砦に向かったことを示すに過ぎない。砦の塔からはレ・ソル砦を迂回する馬車の隊列が望見できた。レ・ソル砦を囲む兵力から攻略を諦めていないことは分かるが、かといってレ・ソル砦にこだわって時間を無為にすることも嫌っているらしかった。




 翌21日は昨日とはうって変わって早朝から激しい攻撃にさらされた。敵は損害にかまわず次々と部隊を投入して攻め寄せる。

 激しい戦闘が続き、両軍に死傷者が拡大する。この日の午前中の戦いでパウルとアントニオが負傷した。タラント王国側も4人の男爵、1人の子爵が戦死し、貴族だけで10人以上の負傷者を出した。城壁の下や堀の底は死傷者であふれかえった。

 そして午後4時頃、とうとう馬出の柵が破られ、敵兵が馬出内部に侵入した。熊三郎の巧みな指揮ですぐに追い返され、柵も元の位置に戻されたが、そう何度も持たないだろう。隼人は早めに馬出に撤収を命じることにした。


 合図のラッパが吹き鳴らされる。熊三郎は手早く部隊を掌握して撤収する。隼人達も城門の上から激しい援護射撃を敵に浴びせる。熊三郎が最後に城門の中に入った時、馬出には1人の負傷者も残されていなかった。完全な成功である。

 城門が閉じられた瞬間、馬出の門が破られ、敵兵が馬出に殺到した。そして城門と塔から集中射撃を受けながら城門に到達する。


 戦いは日が落ち、辺りが暗くなるまで続いた。馬出陥落後は明らかに敵の死傷者が減ったが、城門は破られずに済んだ。さすがににわか作りではないのでしっかりしている。

 敵兵が撤収すると隼人は馬出の再占領を命じる。今度ははしごは遺棄されていなかったが、遺棄された死傷者の数がすごいことになっている。

 隼人達は食事のために休息をとり、馬出を最低限補修すると泥のように眠った。子守歌は負傷者のうめき声。手近な負傷者は回収されたが全てを回収できたわけではない。


 運良く回収された負傷者も必ず助かったわけではない。砦内部に設けられた野戦病院はことによると戦場よりも戦場らしかった。

 重傷者は応急処置だけで順番待ちのために放置され、その内いくらかは順番が来る前に息を引き取った。軽傷者は優先して治癒魔法を受けられた。彼らは簡単な処置ですぐに戦列に復帰できるからだ。野戦病院の究極の目的は戦力の維持であって救命ではないのだ。

 しかし彼らも治癒魔法を受けた後、傷の完治を待つことなく野戦病院を追い出される。あるいは彼らも地獄のような野戦病院から逃げ出したかったかもしれないが。ちなみに治癒魔法は自然治癒力を高めるものであって即効性は低い。治癒魔法を受けた者は安静が必要であったが、そのような贅沢はその日は許されなかった。

 野戦病院に配置された者で最初に眠ることが許された者が睡眠に着いた時、すでに日は登っていた。




 22日のタラント王国軍の軍議で昨日の死傷者、行方不明者の数が報告された。死者、行方不明者1257名、負傷者3871名。膨大な損失であった。


 ちなみに彼らはする由もないが、レ・ソル砦では184名が戦死し、542名が負傷していた。これまでの戦闘でほとんどの者が何らかの傷を受けたことになる。ただし、負傷者のほとんどは治癒魔法により即日戦線に復帰している。


 しかしポリーニ元帥にとって最も衝撃的だった事実は、それだけの損害を払ってでさえ城門を突破できず、簡易陣地の確保もできなかったことだった。


 「力攻めは、もう無理ですな……」


 司令部に詰める貴族が重苦しくうめく。攻撃の続行そのものは可能だ。治癒魔法があるので負傷者はすぐに復帰できるし、そもそもタラント王国軍の方が圧倒的に数が多い。しかし彼らの任務はレ・ソル砦の占領ではない。ガリア王国軍主力と決戦を行い、これに勝利してアンドラ高原から追い出すことだ。こんな場所で出してよい損害ではなかった。


 ポリーニ元帥はレ・ソル砦を睨みつける。敵はすでに矢を拾い、簡易陣地の補修を始めている。どう睨みつけても敵が弱る兆候はなかった。


 「……投石器が来るまでは持久戦だ。周辺の砦への攻撃を強化しろ。はしごも持っていけ。レ・ソル砦には軍使を出して我が方の死傷者を回収しろ」


 ポリーニ元帥は絞り出すような声で命じる。司令部にも無念の空気が流れる。

 ここにレ・ソル砦の戦いの第1段階が終わった。




 ポリーニ元帥が不本意な命令を出したころ、アストンには5万に及ぶ軍勢が集結していた。目的はタラント王国軍の迎撃。3日前に報告を受けたブリュネ元帥は周辺にいた軍勢をかき集めた。すでに警報は発していたが、それでも終結に3日もかかった。宿営地が分散していたからだ。


 「前進!」


 ブリュネ元帥の命令で5万の軍勢が南下を始める。決戦の時が近づいていた。




 レ・ソル砦は25日の昼までは平穏であった。25日の昼過ぎ、それまで何も変わったところのなかったレ・ソル砦の包囲陣に変化があった。投石器の組み立てが始まっていた。


 「投石器だ……」


 「連中、本気でこの砦に襲い掛かるつもりですな」


 緊張したようにつぶやく隼人に対して守備隊長の言葉は気楽だ。どうやら隼人の指揮能力を過信しているようだ。いくら隼人の指揮が巧みでも石の弾道を曲げることはできない。それを理解しているからこそ隼人は緊張している。正直なところ、こんな小さな砦に投石器を持ち出すとは考えていなかったのだ。対策は城壁が頑丈であることを祈るのみ。


 「伝令!熊三郎に最低限の兵を残して砦内に退避するように伝えろ!城門は閉じる!城壁の兵もできるだけ降ろせ!」


 隼人は被害を極限にするため見張りや補修要員を除いて兵を退避させる。すぐに梅子が戻ってきて隼人に報告する。


 「馬出の撤収完了。お爺様は馬出に残って指揮をとるそうだ」


 そう言って梅子は隼人の脇に立つ。


 「ご苦労。今日のところは攻撃はないだろうが、梅子も退避して休憩してくれ」


 「いや、拙者は隼人殿を補佐するようにお爺様から命じられた。隼人殿が動かぬなら拙者も動かんぞ」


 胸を張って動かないと主張する梅子に隼人は困った顔をする。その決意が固いことを見て取り、隼人は渋々それを認める。隼人も指揮官が率先して退避するわけにはいかないのでそのまま城門の上で見張りを続ける。



 26日の朝、投石器の射撃が始まった。射撃は城門と馬出周辺に集中する。どうやら敵は馬出を集中して狙っているようだ。城門にはその流れ弾が飛んでくる。馬出では柵や門が破壊される。にわか作りの馬出はすぐに廃墟になりそうだった。射撃が始まって1時間ほどで熊三郎に馬出の放棄を命じる。


 昼頃まで敵は念入りに馬出を攻撃した。どうやら相当馬出に脅威を感じていたらしい。午後からは城壁が狙われ始める。当初は意外なほどの頑丈さを見せつけていた城壁だが、夕方になると次第に崩れ始める。日没には隼人達は二の曲輪を放棄し、主郭に退避しなければならなくなっていた。


 日没とともに投石器の射撃は止み、隼人達は二の曲輪の被害を確認するが、もはや二の曲輪には敵を食い止める力はないように思われた。主郭での籠城しかない。隼人はそんな悲壮な決心の下、明日に備えた。



 翌26日、敵の動きが急に慌ただしくなった。しかしどうやら攻撃ではなさそうだ。投石器を分解している。隼人達はその理由がわからず、ただ眺めているだけであった。


 27日の朝、今度は軍勢そのものが引き上げ始めた。昼頃になって北から白地に青鷲の旗が近づいてくる。ガリア王国軍だ。隼人達は砦を守り切ったのだ。

 砦に歓声がこだまする。隼人は梅子に抱き着き、次いで守備隊長と抱擁を交わす。馬車からはワインが降ろされる。レ・ソル砦の700余名の守備隊は勝利を味わったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後の方の文章で 26日の朝、投石器の射撃が始まった。・・・ ・ ・ 翌26日、敵の動きが急に慌ただしくなった。・・・ ・ 27日の朝、今度は軍勢そのものが引き上げ始めた。・・・ …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ