第5話 再編成
あの戦いから10日のち、隼人たち5番隊残余はボルガスキー領タンポフに到着した。どうやらアーリア王国軍はここまで攻めてこなかったらしい。ここまで敗残兵を吸収しつつ後退してきたが、敗残兵の数は多くはない。逆に、道には裸に剥かれた死体が多数遺棄されていた。どうやら味方の被害は甚大らしかった。
ほうほうの体で帰ってきた我々に対してかけられた言葉はボルガスキーの罵声だった。
「騎士を全て死なせ、おめおめ逃げ帰ってくるとは何事か!5番隊は解体、1番隊に編入する。指揮官を代行したのは誰か」
「私です」
あまりの言い方に内心腹を立てながら、それを表に出さず申告する。
「貴様には新兵を与える。早急に5番隊を立て直すように」
そう言って豚…ボルガスキーは屋敷に戻って行った。
今日のところはすぐに眠って休息をとりたいところだったが、若いが品が無さそうな騎士に強制連行…案内され、新兵を紹介された。
そこにいたのは80人ほどの女達だった。どうやら先の戦いで失った兵力を男だけで埋め合わせる余力はないらしく、やむなく女を入隊させたらしい。それ自体は珍しくないのだが、“基本的に”外征は男がするもので、女は警備隊に入隊させていたらしい。もちろん例外は多数あるのだが、戦争は“名誉ある”男の仕事であるとの認識が大陸中で根強い。たまたまここではその意識が強く、女が外征軍に入ることはあまりなかったそうだ。
さらに言えば、平民が隊長になることは、ここではそれ以上に珍しいらしい。女ばかりの部隊自体異例だったのだが、そうであるがゆえに、せめて隊長だけは男にしようとした。一方で、そんな部隊の隊長になりたがる騎士がいなかった。そこへちょうど隼人が還って来たので、隊長に祭り上げられたらしかった。騎士は一通り説明を終えると、足早に安酒場へと去って行った。
隼人は目の前の女達の顔を見る。警備隊からの“志願者”が30人ほど、平民からの“志願者”が50人ほどであった。しかし警備隊からの内10人ほど、平民からの内半分ほどはうんざりした顔をしていた。どうやら強制徴募に遭遇した運のない女達のようだった。隼人は彼女達に向かって声を張りあげた。
「諸君!私が5番隊隊長に就任した中島隼人である!諸君は好むと好まざるとかかわらず、外地にて戦うことになる!戦闘では団結こそが最大の盾であり、剣である!諸君には今日からの訓練でそれを学んでもらう!訓練を怠るな!戦友を信頼しろ!石にかじりついてでも生き残れ!以上だ。これより隊を決める」
こういう時の挨拶は短い方がありがたがられる。それに、彼自身も疲れていたから、長々話す気は起らなかった。
挨拶のあと、隼人は彼女たちから、警備隊出身者をバラけさせ、10人前後の隊を8つ作った。そして警備隊出身者に槍、弩、盾の扱い方を平民出身者たちに訓練するように命じると、自身はその監督にあたり、明日からの訓練計画を練り始めた。ゲームデータの影響か、思いの外早く訓練計画が練りあがったし、それが効率的であることが確信できたことに自分でも驚いていた。訓練の後半では、自身の能力の確認のために彼自身も訓練に参加した。その結果、自身の能力はゲームデータを引き継いでおり、体や頭が自然と最適な動作や思考をするらしいことが理解できた。
その日、夕暮れに訓練を終えると部隊に解散を命じ、彼らは割り当てられた兵舎に向かった。5番隊用の兵舎は3棟あったが、普通騎士である隊長は持ち家で宿泊するらしく、隊長用の部屋はなかった。しかし彼はそんなことを気にする余裕もなく、すぐに一室で泥のように眠り始めた。
目が覚めた時、部下たちが気を利かせてくれたようで、部屋には1人だった。ただ単に男であるから避けられただけかもしれないが。
翌日からの訓練では隊列を組む訓練と行進の訓練を加えた。近代軍ではこれらは実戦的ではないが、この時代では密集することで火力の増大や白兵戦力の増大、騎兵の撃退を図るので重要だ。まずは少人数で隊列を組むことにならせ、最終的にはテルシオ隊形を組ませるのが目的だ。
テルシオとはスペイン語で城塞を意味し、槍によって文字通りの『城塞』を作り、槍という『城壁』で外周に配置される射撃部隊を保護する隊形である。このテルシオは機動力が無い一方で騎兵に対しては滅法強く、中世最強の戦法の一つだ。とはいえ長槍の支給もないので槍の長さもバラバラで、どこまで有効に機能するかは未知数だったが。
ちなみに、訓練場は大きくはなかったが、他隊は自主練習と思われる兵が少数いるだけで、実に広々と使えた。まだまだ兵の補充がおぼつかないのか、それとも単に訓練をやる気がないのかはわからなかった。1カ月たって、5番隊が120人増強された後も状況が変わらなかったあたり、後者なのかもしれなかった。
隼人はこの期間にひげを剃り、髪を整えた。今まではそのような精神的余裕はなかったのだが、隊長という役職と部下からの信頼、そして先の戦いでどうにか部下を生き残らせた自負心が、隼人の精神に余裕を取り戻させたのだ。隼人はこの1カ月、見違えるように生き生きしていた。
そんなある日の出来事だ。隼人達は夕暮れまで訓練するので、訓練終了時には隼人達のみとなっている。訓練解散を命じたが、15人ほどしか離れなかった。隼人は、さては訓練に何か不満を持ってくるのかと身構えた。そこへ1人の女性、1班班長ミコヤン・カテリーナが代表として歩みよって来た。彼女は確か警備隊出身だったか。何を言ってくるのかと身構えていると、彼女は予想もできない発言をした。
「お願いします!私たちの仮の恋人になってください!」
「……はぁ?」
彼女の説明を要約すると、このようになる。
まず、全世界的に都市部ではまともな男が少ない。特にこの街ではそれが酷く、男と言えば労働用の奴隷か、男娼、それに盗賊崩れの兵士に、思考が盗賊と変わらない騎士と貴族。これで男のほとんどが埋まる。このため素行の悪い兵士達に女性が暴行を受ける事件がかなり多い。そこで、珍しく真っ当な男である中島隼人の恋人(仮)になってしまえば、騎士や貴族が地位にものを言わせない限り安全になるのである。
隼人は悩んだ。彼は彼女いない歴=年齢の童貞である。それなのに初恋が最初から恋人(仮)と分かっているとか、健全な男子としては、確実に黒歴史に刻みこまれることになるだろう。正直に言って、友人よりも多い恋人(仮)とか、勘弁してもらいたい。しかし訓練で情も移っている彼女達を見捨てるのも忍びがたかった。
隼人に決意を固めさせたのはカテリーナだった。カテリーナは気が強く正義感が強い。訓練ではよく補佐をしてくれた才女でもある。歳は20歳で、少しくすんだ金髪を短く切り、頭の上で束ねている。 そんな彼女が上目遣いで、「どうか・・・よろしくお願いします」と頼んできたものだから、これで見捨てたら男ではないと隼人はおもった。隼人は決断した。
「よし、お前たちは今日から俺の恋人である。何かあったら頼れ」
女達から歓声が上がった。カテリーナが手をとって感謝を伝える。
「隊長、どうもありがとうございます。記念に酒場を1軒貸切にしていますので、どうぞ、案内します」
女に囲まれて飲むなんてことは経験がなかった(この男の場合、飲酒の法定年齢を守っていたので飲酒すら初めてだったが)ので、隼人は緊張していたが、楽しい時間を過ごすことができた。会計ではなぜか隼人の財布がだいぶん軽くなったが。
最初の1カ月の訓練を終えると、上の許可を得て、盗賊、脱走兵狩りを始めることにした。実戦は最良の訓練だ。盗賊相手ではさすがに機動力皆無なテルシオの出番はないだろうが、1カ月の集中訓練でどれだけ動けるようになったか、見ておく必要もあった。
結論でいえば盗賊討伐は最初、うまくいかなかった。こちらの人数が多すぎるので盗賊が逃げ散ってしまい、それを追う馬がなかったからだ。そのため二日目以降は隊を4つに分け、順番に盗賊退治を行った。これで中規模の盗賊団といくらか交戦することができた。馬がないため一度相手が逃げ始めると追撃は困難だったが、それなりの捕虜と戦利品を得、そして何よりも貴重な実戦経験を得ることができた。錬度に関しては、1カ月の速成訓練にしては上出来といってよかったし、警備隊出身者の中には、カテリーナを含めて数人、少なくとも小隊規模の部隊の指揮を任せることができる人材が発掘できた。