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第44話 交流と籠城

 帝国歴1791年10月中旬、隼人達はラノッテ子爵軍の捕虜とマイヨール男爵軍をアストンに護送していた。捕虜は戦場に連れまわすには少しばかり多すぎたし、マイヨール男爵軍は消耗して戦力として期待できない状態だからだ。マイヨール男爵軍にも捕虜にも治癒魔法を使える者がいないため、桜とエレナは大忙しだ。




 アストンへの道すがらのある夜、隼人は白ワインを片手にラノッテ子爵、マイヨール男爵とたき火を囲んでいた。


 「ラノッテ子爵の勇戦に乾杯」

 「「中島男爵の武勇に乾杯」」


 互いが相手を褒めたたえて杯をあおる。ちなみにラノッテ子爵とマイヨール男爵は赤ワインである。どちらも隼人の荷馬車に補給物資として積み込まれていたものだ。隼人は赤ワインの渋みをいまだ苦手としているため、自分だけ白だ。


 「しかしラノッテ子爵の勇戦に何かこたえたいのですが、そう言うわけにもいかず、残念な限りです」


 隼人はガリア王国の戦争を自分の戦争とは見なしていないので、ラノッテ子爵ほどの人物であれば拘束をすぐに解いて解放したいと考えていた。アンリ王やブリュネ元帥からすれば噴飯物の考え方であるが、この時代の貴族ではその考え方もそれほどおかしくはない。捕虜は捕縛した人間が自由に処遇を決められる。そのため戦争が終わるまで拘束するも、さっさと身代金に換えるも、首をはねるも、解放するのも自由である。この時代の戦争には貴族にとって1種のスポーツのような捉え方があった。

 隼人にとっては、ゲーム時代は貴族の好感度や敵の数(=身代金の源)の面で解放した方が利点が大きいため貴族は捕まえたはしから解放していたので、その時の感覚がいまだに残っているのである。いわゆるゲーム脳というやつだ。今回解放していない理由は、ブリュネ元帥が解放禁止令を出しているからにすぎない(ただしこれは一部貴族達の反発もあり、徹底されていない)。とはいえその態度は貴族にとっては好ましいものだ。隼人のこの態度にラノッテ子爵とマイヨール男爵は好感を抱いたようだ。


「いえいえ、そのお気持ちだけで十分です。まして、速やかに奴隷商に引き渡してもらえるとはありがたいことです。私も身代金のあてくらいはありますからな」


 「そう言っていただけると助かります」


 「こちらこそ、あなたのような貴族と知己を得られて幸運です」


 隼人とラノッテ子爵が互いに杯を交わし、語り合う。


 「私も、命の危機を中島男爵に救っていただき、さらにはラノッテ子爵と中島男爵との知己を得られた。これほど運が良いことはなかなかないでしょう。いつか中島男爵にはお返しをしたいものです」


 「味方なのですから、救援するのは当然のことです。しかしできれば私が窮地に陥ったときには救援をお願いしますよ」


 「それはもちろん、そのつもりです。とはいえ、まずは軍の再編成が先ですが…。それにしても中島男爵ほどの勇士が赤ワインを苦手としているとは。酒自体はそれなりにいけるようですが」


 マイヨール男爵が隼人に感謝しつつ赤ワインを飲めないことをいじる。隼人ともラノッテ子爵ともすっかり打ち解けている。昨日の敵は今日の友だ。もっとも、彼らの部下たちまでその感情が徹底しているわけではないが。


 「どうにもあの渋みが駄目でしてね。そのうち慣れるとは思うのですが」


 「それならば今から赤ワインの鍛錬でもしてみますかな?」


 ラノッテ子爵が赤ワインを勧めてくる。元は隼人の補給物資なのだが、そんなことはすっかり忘れている。


 「うう、少しだけ、いただきます」


 隼人も赤ワインがどうしても駄目なわけでもないので勧められるがままに口に含む。やはり、渋い。隼人の顔も渋くなったのを見てラノッテ子爵とマイヨール男爵が笑う。



 「それにしても羨ましいですな。ここが最前線とは思えないほど豪勢な夕食でしたな」


 マイヨール男爵がしみじみと言い、ラノッテ子爵が頷く。実際のところ、荷馬車による補給物資の豊富さと桜達調理班の活躍で、軍勢の食事としては平均を大きく上回る質と量を確保し、士気向上に役立っている。


 「さらに驚くべきは、貴族や騎士と同じものを兵も食していることですな」


 「指揮官と兵が別々のものを食べていては調理の手間がかかりますし、第一指揮官が良い物を食べる一方で兵が粗食をすすっていては士気にかかわりますから」


 マイヨール男爵の指摘に対する隼人の指摘にラノッテ子爵とマイヨール男爵は唸る。彼らにしてみれば貴族や騎士が良い物を食べることは当然のことであったのだが、隼人のやり方にものの見方が変わったようだ。


 「…中島男爵は兵の能力を最大限に引き出す努力をしているわけですな。これでは同数の兵を与えられても勝てる気がしませんな」


 「よく訓練された兵は大事な財産でもありますからね。それに、私は行商人上がりで商会も立ち上げたので資金には余力があるのですよ」


 ラノッテ子爵の絞り出すような声に隼人は照れくさそうに種を明かす。


 「そう言えば最近はやりの安全カミソリというもの、中島商会というのが牛耳っていると聞きましたが、ひょっとして?」


 マイヨール男爵が確認するように隼人に問う。


 「ええ、それはうちの商品です。他にも行商隊を別に編成して稼いでいますね」


 「これは驚いた!中島男爵は大した金持ちではないですか!」


 マイヨール男爵が驚いて声を上げる。


 「行商を別口にやっているのはすごいですな。しかし安全カミソリですか…。うちの国では聞いたことがありませんな。いったいどういうものですかな?」


 「これですよ。なかなか便利ですぞ」


 ラノッテ子爵の疑問にマイヨール男爵が実物を取り出して見せる。どうやら3カ月程度ではガリア王国内には広がっても敵国のタラント王国にはまだ広まっていないらしい。


 「ほう…、これはどう使うのですかな?」


 「こう使うのですよ。1人でも女子供でも安全に髭が剃れる画期的な発明ですよ」


 マイヨール男爵の実演にラノッテ子爵は目を見開く。一方の隼人は所詮前の世界での記憶とインターネット知識によるチートにしか過ぎないので恐縮している。ちなみに隼人とマイヨール男爵は安全カミソリで毎日髭を剃っている、もしくは剃ってもらっているが、ラノッテ子爵は無精髭を蓄えている。戦場でカミソリを使っている暇はないのだから、多くの場合ラノッテ子爵の方が普通だ。もっとも、高位の貴族や王族になると髭を剃らせる人員も同行させているが。


 「これは…!?アストンに着いたら奴隷商に通じて手に入れなければ」


 「ええ、ぜひそうしてください」


 感銘するラノッテ子爵にマイヨール男爵が購入を強く勧める。奴隷商に売られても正規の軍勢や騎士、貴族はちゃんと身代金と交換されるのが普通なので、この程度なら奴隷商も協力してくれる。

 敵味方に分かれていたとは思えない会話で夜は更けていくのであった。




 戦いから3日後、隼人達一行はアストンに帰着した。早速隼人とマイヨール男爵はブリュネ元帥に報告を行う。

 ブリュネ元帥からお褒めの言葉をいただいた後、すぐにラノッテ子爵達を奴隷商に引き渡す。ラノッテ子爵は名残惜しそうに隼人とマイヨール男爵と握手して奴隷商の宿舎へと向かっていった。身代金が払われれば彼らはすぐにコンキエスタ教皇領経由で故国に帰れるだろう。




 隼人隊は2日間の休暇を消費したのち、再び前線に向かうことになった。どうやらタラント王国軍との衝突が増えており、タラント王国軍の動向に十分注意するように通達された。隼人は会戦が近いのかも知れないな、などと他人事のように考えながら再び南下を始めた。



 アストンを出発して4日後、朝からの戦闘で300ほどの敵勢と小競り合いをしたのだが、敵は槍を交えてすぐに後退してしまった。敵のあまりの戦意不足に隼人はあっけにとられ、十分な追撃ができなかった。あまりのあっけなさに敵の罠を警戒したことも追撃の不徹底につながっている。


 昼前に追撃を終え、丘の上で休息をとっていると、斥候が駆け戻ってきた。


 「敵の大部隊を発見!数およそ6万!北上中!」


 敵の主力部隊らしい。斥候がかつてない敵の規模に動揺している。隼人は後退の準備を命じ、部隊を熊三郎に任せると、自身の目で敵を確認するべく斥候に案内させる。

 果たして報告の通りであった。戦闘員だけで6万を数えるであろう大軍勢だ。非戦闘員を加えれば10万にも達するであろう。街道周辺を埋め尽くすように北上してくる。さらに悪いことに、1000ほどの軍勢が分離してこちらに向かってくる。どうやら小競り合いをした敵部隊はこの敵主力の前衛であったようだ。おそらく増援を呼ぶために手早く撤収したのであろう。追撃を長時間行っていれば敵の主力にぶつかっていたかもしれない。

 隼人はこれを確認するとすぐに部隊に引き返した。すぐに手を打たねばならない。


 「アストンに伝令!敵主力を発見!敵戦力およそ6万!北上中!我々はこれよりレ・ソル砦に籠城する!急げ!」


 隼人の命にソレーヌという女兵士が北へ駆けだす。隼人達も後退して味方主力と合流すべきであったが、500ほどの軍勢となると動きが鈍い。アストンに到着するまでに間違いなく捕捉されるであろうし、味方主力が集結し、戦備を整えるまでの時間を稼ぐ必要があった。そのための籠城である。

 レ・ソル砦よりも近い砦もあったが、収容能力、防御力双方に問題があったために、籠城候補から除外され、より大規模な砦は距離が遠すぎた。

 隼人は周辺の砦にも警報の伝令を飛ばしつつレ・ソル砦に後退を開始した。隼人達が追っ手を振り切り、レ・ソル砦に入城したのはこの日の日没直前であった。時に帝国歴1791年10月18日、長いようで短い、厳しい籠城戦が今、始まった。

現在既存の話を読みやすく改稿中です。1章あらすじはもう少しお待ちください。

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