第43話 救援
戦場掃除を終えた隼人達は往きと同じ3日間をかけてアストンに戻った。途中偵察や哨戒はせずに済んだものの、戦利品が重く、捕虜達の歩みが遅かったため、往きと同じ時間がかかったのだ。その代わり戦勝と帰還の報告はすでに伝令を出している。
ちなみに、隼人の右腕の傷はもう完治している。桜とエレナという高度な治癒魔法の使い手がいるためだ。治癒魔法は自然治癒力を大幅に高める効果があるため、こんな短期間で回復したのだ。普通のファンタジーのようにすぐに回復するわけではないが、その分大抵の怪我や病気に効果がある。他の負傷者も多くが完治、または戦闘可能なまでに治癒している。一応は戦闘能力が回復しているのだが、捕虜と戦利品の処理のために一度アストンに戻る必要があった。
アストンに到着すると、まず隼人はブリュネ元帥に正式な報告を行う。
「……以上の戦闘により、カリエッロ男爵以下121名を討ち取り、113名を捕虜としました。こちらの損害は戦死が26名です」
「ご苦労、用兵はまだ未熟だが、兵は実戦に耐えるようだな。そなたの言葉は嘘ではなかったわけだ」
「兵についてはご理解いただき、感謝いたします。用兵については、深く反省しているところです」
ブリュネ元帥の言葉に隼人は頭を下げる。
「まあ指揮官も兵も戦力になるというのはありがたいことだ。新貴族でもたまに指揮官も兵も使い物にならない者もいるからな。今日明日明後日は十分休養をとり、それから任務に復帰するように。退出してよろしい」
「了解しました」
ブリュネ元帥の命に隼人は再び頭を下げて退出する。もう時間は昼過ぎだが、捕虜の奴隷商への引き渡しに(奴隷商は身代金仲介業者でもある)戦利品の売却、破損した武具の整備の発注となすべきことは色々あった。セオドアが居れば彼に任せられるのだが、セオドアはロリアンで商売に励んでもらっている。別に他の者に任せてもいいのだが、隼人の方が商談に長けているのでいまだ教育中という扱いにしている。地味にケチな話である。
3日後の朝、隼人達はアストンを再び出発する。今度はより敵中深くを哨戒することを命じられた。ここが正念場だろう。隼人達は緊張感をもって敵地に足を向けた。
アストンを出発して4日後、周囲に放っていた斥候が慌てて戻ってきた。
「前方でガリア王国軍とタラント王国軍が交戦中!敵戦力は400、味方は300!味方苦戦中!」
「ご苦労!俺も斥候に出る、案内してくれ!熊三郎、梅子、カテリーナ、アルフレッドは続け!隊の指揮は桜に一時預ける!他はここに待機!」
斥候の報告に隼人はすぐに自ら斥候に出ることを決める。百聞は一見に如かず、可能な限り指揮官は自らの目で敵情を確かめるべきだ。同時に部隊指揮官として有能な熊三郎、梅子、カテリーナ、アルフレッドも連れていく。部隊を分けるとき、その指揮官とも敵情や情勢認識について意見を一致させておくべきだからだ。
隼人達は斥候の案内で斜め前方の丘を馬で駆け上がる。
どうやら味方は小高い丘の上に陣取る敵に攻勢をかけているようだ。敵味方共に中央に歩兵、両翼に騎兵を置いている。しかし味方左翼騎兵は崩壊しつつあり、バラバラだ。遠からず半包囲されるだろう。
「あまり時間はないな…。よし、俺は騎兵を率いて敵右翼に一撃離脱をかける。熊三郎とアルフレッドはそれぞれ歩兵隊と海兵隊を率いて敵右翼にあたってくれ。騎兵は一撃離脱後、敵側背を襲撃する。何か質問は?」
隼人はすぐに方針を決定する。熊三郎達も異論はない様だ。今は時間が惜しい。
「では隊に戻る。続け!」
隼人は素早く丘を駆け下りていった。
「前方で味方が危機に陥っている!我らは敵右翼を全力で叩き、これを救援する!歩兵隊は熊三郎の指揮に、海兵隊はアルフレッドの指揮に入れ!騎兵は俺に続け!」
隼人は部隊に簡潔な指示を与えると騎兵隊の先頭に立って駆け出した。
マイヨール男爵は己の失敗を悟った。敵を発見し、急ぎ丘を駆け上ったはいいものの、丘を登り始めたところで敵に先手を打たれ、丘に陣取られてしまった。すでに射撃部隊の射程に入ってしまったために退くわけにもいかず、攻撃をかけた。
しかしいまや攻勢は頓挫しつつあり、特に左翼は崩壊しつつある。予備兵力を全て送り込んだが、自分でもどうにかなるとは考えられなかった。中央も数と地の利で押されつつある。どうにかして撤退しなければならないが、そのきっかけをつかめないし、機会を作るべき兵力もない。いまや進退窮まっていた。
隼人が騎兵を率いて戦場に到着した時、味方左翼はすでに壊乱しつつあり、中央もいまにも崩れてしまいそうだった。
「味方左翼を救うぞ!敵右翼に突入する!突撃準備!続け!」
隼人の命令で騎兵隊は横並びとなり、槍を構える。隼人と桜は弓を準備する。これを見た味方で歓声が上がり、敵は少なからず動揺する。
「突撃!」
隼人の下令で騎兵隊は一層その速度を増し、隼人と桜は矢を射て剣を抜く。
衝撃。あちこちで槍が敵兵に突き刺さる。敵右翼は一瞬でその半数を失った。隼人達はその速度と衝撃力をできる限り殺さずに敵右翼を駆け抜ける。敵右翼は大混乱に陥り、その戦闘能力を喪失した。
「整列しろ!次は敵中央を攻撃する!突撃!」
敵の背面に出た隼人隊は素早く陣形を整え、再び突撃を開始する。敵も残された予備兵力をかき集めて迎撃に出る。敵の迎撃部隊は射撃部隊を中心に、少数の騎兵と槍兵で構成されている。予備兵力の全てであったのだろうが、このような部隊では100にも及ぶ騎兵を止められるものではない。
その頃にはアルフレッドの海兵隊が敵右翼に攻撃をかけており、熊三郎の歩兵隊も戦闘に加入すべく走っていた。
「退却!」
敵の予備隊からそんな命令が下る。敵の左翼から中央の兵が一斉に南に向けて駆け出す。追撃の好機だが、味方にはその余力がないようで、自然と戦闘が終結していった。だが敵の予備隊と右翼は逃げ出さない。いや、敵の右翼はアルフレッドの攻撃で逃げ出せないのだ。
だが敵の予備隊は違う。彼らの指揮官はここにとどまり、味方の退却を援護するつもりなのだろう。
「押せ!押せ!敵はそれほど多くはないぞ!全て討ち果たして味方の退却を助けるのだ!」
敵の予備隊からそんな激が飛ぶ。実際には敵予備隊の方が少数なのだが、数だけ見ればそれほど差はないのも事実だ。しかし多くが射撃部隊である敵予備隊は騎兵に有効な武器の持ち合わせがない。必死に剣を振るうが、隼人隊の槍に次々と貫かれていく。
15分もしないうちに敵予備隊の半数が討ち取られた。それでも組織的戦闘を継続できていることは尊敬すべきだと言えた。そんな戦いの最中、叱咤激励している敵の指揮官と目が合った。敵の指揮官が決意を固める。
「我はタラント王国のラノッテ子爵!敵の指揮官とお見受けする!いざ勝負!」
敵の指揮官、ラノッテ子爵が槍を構えて駆け出す。敵軍の規模からいって敵の総指揮官だろう。そんな人物が殿を務めるとはあっぱれだ。その勇気に隼人も答える。
「我はガリア王国の中島男爵!その勝負、お引き受けする!」
隼人も剣を構えて駆け出した。互いの馬が交錯する。その瞬間、隼人の両手剣がラノッテ子爵の胴を捉え、落馬させる。周囲が一瞬、静寂に包まれる。そこに隼人が宣言する。
「ラノッテ子爵は討ち取った!これ以上の抗戦は無意味である!ラノッテ子爵軍は我らに投降せよ!」
この隼人の宣言をきっかけにラノッテ子爵軍は次々と武器を放棄する。戦闘はここに集結した。
「中島男爵ですね。助かりました。私はマイヨール男爵です」
隼人の手を身なりの良い30前の男がとる。どうやら彼が味方の指揮官だったようだ。
「初めまして、中島男爵です。ご無事で何よりでした」
「いやはや、あなたのおかげで助かりましたぞ」
「救援が間に合って何よりでした」
「ありがたいことです。ところで…ラノッテ子爵のことですが、何故殺さなかったのですか?あなたほどの腕前なら楽に殺せたでしょうに」
ラノッテ子爵は落馬により一時意識を失っていたが、今は意識もあり、ちゃんと生きている。現在は隼人隊の拘束下にある。
「…勇敢な男でしたので、つい殺すのが惜しくなりまして…」
隼人は恥じるように言う。有能な敵は討ち取った方が戦争には有利だ。もちろん、短期的には身代金が増えるということでプラスだが。
「はっはっはっ、違いありませんな。あれほど勇猛な男ならいなくなれば世の中寂しくなるものです」
マイヨール男爵はラノッテ子爵の処遇に納得してくれたようだ。
「そういえば戦利品と捕虜の配分ですが…半分ずつにラノッテ子爵は私が拘束する、といったところでどうでしょう?」
「それはこちらの取り過ぎです!こちらは助けられた側なのですから、3分の1でも多いくらいです。4分の1でも十分です」
隼人の戦利品の配分提案にマイヨール男爵は物わかりの良いこと言う。強欲な人間ではなくてなによりだ。
「ではこちらが4分の3、そちらが4分の1ということで」
「ありがとうございます。危うく捕虜になるところでしたからな。戦利品をいただけるのならありがたいことです」
そんな会話をしていると梅子が報告にやってきた。
「隼人殿、こちらの損害は戦死2名、負傷者が28名だ。捕虜は68名、戦死体は全部で163名で、内68名が味方のマイヨール男爵軍だ」
「ありがとう、梅子」
隼人の言葉に梅子は隼人とマイヨール男爵に礼をして戦場掃除に戻る。
「とういことはそちらの捕虜の割り当ては17名で、のこり51名がこちらの割り当てになりますね」
だがマイヨール男爵は隼人の言葉を聞いていない様にぼうっとしている。
「マイヨール男爵?」
「…ああ、すみません。あなたの部下はとても有能なようですね。そして可憐だ」
「……ええ、私の自慢の部下です。そして私の恋人でもありますから、手出しは無用に願います」
どうやらマイヨール男爵は梅子に見とれていたようで、隼人は釘をさしておく。
「おお、そうでしたか。それは羨ましいことですな。私は人のものには手出しはしませんから、大丈夫ですよ」
そう言いながらもマイヨール男爵は目線で梅子を追っている。
「…さすがに手を出されたら私も全力で手を打ちますよ」
隼人はマイヨール男爵を牽制しておく。
「おお、怖い怖い。それでは私は部隊の指揮に戻ります」
マイヨール男爵は苦笑いしながら自分の隊の指揮に戻っていった。