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第42話 小競り合い

 アストンから出陣して3日、ガリア王国とタラント王国、双方の勢力圏が錯綜する紛争地帯に隼人達はいた。

 ここ、アンドラ高原は東はアルプス山脈、西はピレネー山脈に挟まれた狭隘な丘陵地帯である。狭隘とはいえ、最も狭い場所でも東西は馬で1日かかるほど広く、ゆえに峡谷とは呼ばれていない地域だ。

 隼人は四方八方に斥候を送り、敵情を探る。タラント王国の砦や城には自ら偵察にでる。まだまだこの地域の築城は十分ではなく、適切な装備さえあれば隼人達のみでも攻略できそうな規模の砦ばかりだ。当然、攻城戦を開始すれば周辺から応援がやってきて蹴散らされるだけではあるが、単体の砦であれば、その程度の防備しか整えられていない。

 アンドラ高原ではそんな規模の砦を双方が競うように築城している。少しでも有利な地点を確保するためだ。そのため、双方の築城する人員とそれを守る巡回部隊がうようよしており、あちらこちらで小競り合いが行われている。




 昼過ぎ、隼人達も早速敵と接触した。それは前方に独立した小さく低い丘が見えた時だった。


 「報告!報告!」


 斥候に出ていた騎兵の1人が叫びながら隼人の下へ向かってくる。


 「斥候3班が敵斥候と接触、敗走中!」


 どうやら個人戦闘訓練を怠ったことで斥候隊は蹴散らされてしまったらしい。


 「君は斥候2班だったな。2班はどうしている?それから敵斥候の数は?」


 隼人は矢継ぎ早に帰ってきた斥候に尋ねる。


 「2班は敵主力を求めて偵察中!敵の斥候は3班と同数でした」


 「よろしい!よくやった!」


 適切な報告と適切な行動に隼人は気をよくする。


 「カテリーナ!10騎を率いて3班を救援せよ!君、疲れているだろうが、案内頼むぞ。残りの騎兵は俺に続いて前方の丘を奪取する!歩兵隊は熊三郎の指揮で続行せよ!荷馬車は現地点で待機!」


 隼人はすぐさま指示を出す。状況はいまだ不明であるが、戦術的要点は早めに押さえた方が良い。もちろんそれを餌に使う手もあるが、遭遇戦であるのでそこまで作戦を立てる余裕がない。要点は速やかに奪取して状況を有利に運ぶべきだ。隼人隊は3つに分かれて駆け出した。




 ソレーヌは今日は運が悪かった。

 ソレーヌはロリアン郊外のコダン村に農家の次女として生まれた。小さい頃は漠然と、このまま農民として生きていくのだろうと思っていたのだが、15になって外の世界に関心を持ち始めた。それから幾度か現れた隊商や軍の募兵に応募したが、女であることを理由に断られた。ロリアンの警備隊に応募することを勧められたが、何かが違う気がして行かなかった。



 悶々としているうちに16になった。このまま刺激のない故郷で自分は暮らしていくのだろうかと思い始めてきたときである。村にある集団が訪れた。話を聞いていると、軍の募兵らしかった。どうやら女でも構わないらしい。

 印象的だったのは、これまでは村長を通じて募兵の話が行き渡っていたのだが、今回は背の低い男が直接自分たちに演説していたことだった。その演説は村の人々を揺さぶった。もちろん自分も例外ではない。故郷を守るためだとか、文明を守るためだとかはよく分からない。でも、自分にもできることがある。そう訴えかけてきたことが心を打った。

 気づけばソレーヌは募兵担当者の前の列の先頭に立っていた。募兵官に村の外の世界を知りたい、自分の力を試したいと訴えた。歓迎された。嬉しくて涙が出た。ようやく夢がかなうのだ。

 説明によると武具は支給されるらしい。普通武具は自分で用意しなければならない。実際、ソレーヌより前に募兵された村人は鍬や鎌などの農具を武器として持って行った。それを考えると、中島男爵とやらは金持ちらしい。支度金もいくらか出るようだ。小銀貨を何枚か渡される。これで少しは親孝行になるだろうか?



 初めて見た外の世界は、地獄だった。特に中島男爵とその騎士である老人は地獄の悪魔か鬼に見えた。毎日訓練、訓練、訓練。ソレーヌは村で馬に乗っていたので騎兵に取り立てられた。毎日毎日馬を駆り、槍を持って突撃させられる。馬が疲れると、今度は槍兵として陣形を組まされ、行進させられる。自分たちは馬以下の存在なのだろうか?そんな疑問が浮かんではベッドに倒れこみ、泥のように眠る。

 そんな日々が1カ月以上続いた。命令があれば頭で考えるより先に体が動くようになった。速歩、襲歩、構え、突撃。テルシオ、前進、突撃。自分たちが何かの機械になったようだった。機械なんて村の風車と水車しか見たことはないが。いや、新しく弩も見たか。とにかく、体が命令通りに動くように改造されたのだ。

 そして9月5日の夜、突然明日から3日の休暇を言い渡された。あまりに唐突で、何を言われたのか分からなかった。中島男爵が何やら自分たちを褒めたたえ、礼を言っている。よく分からないが、自然と涙が出た。



 そして今、戦場にいる。ソレーヌ達3人は斥候3班として斥候に出ていた。隊長は男。悔しいが一度も訓練で勝てなかった男だ。命令は敵の捜索。敵の斥候と接触した場合、可能ならば撃退すること。そして情報は必ず生きて持ち帰ること。斥候は5班に分かれ、それぞれの方向に、お互いを視界に収めながら散っていった。



 ちいさな丘を過ぎたところで敵の斥候と接触した。数は3人、同数だ。隊長は交戦を決意したようだ。訓練で腕に自信があるのだろう。これはソレーヌも同じだ。


 「突撃!」


 命令が下ると、ソレーヌは槍を構え、突撃態勢をとる。相手も突撃態勢を作っている。急速に相対距離が縮まる。接触した瞬間、3つの血しぶきが上がる。2つは味方の、1つは敵の。ソレーヌは今や1人で2人を相手しなければならなくなった。さすがにこれは無理だ。ソレーヌは逃走を図る。情報は持ち帰らねばならない。そして、ソレーヌは自身が生き残りたいと感じた。


 どれだけ駆けたか分からない。永遠の時間に感じる。ソレーヌは涙を流しながら情けなくも駆け続けた。そこに目の前に1つの集団が現れた。旭日の紋章の入った盾。味方だ。ソレーヌは大声で叫びながら手を振った。




 カテリーナが斥候を見つけた時、斥候はただ1騎になっていた。2騎に追いかけられている。必死になってこちらに手を振り、何事かを叫んでいる。声ではなく、単なる叫びであった。女であるようだが、同じ女としてもあんな声が出せるとは思えない声だった。

 カテリーナ達を見て追撃していた敵は慌てて馬首を巡らせて逃げていった。斥候にこちらも手を振り、収容する。


 「大丈夫か!?よく生きて帰った!」


 カテリーナは斥候を抱きとめる。


 「あ、ありがとう、ありがとうございます」


 斥候はよほどの恐怖だったのか、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。


 「他の味方は?」


 カテリーナは斥候の背中をさすりながら問う。


 「わ、私以外は討ち取られました」


 斥候はいまだ息が整わないようで、まだ息が荒い。


 「そうか、よく生きて帰った。それで、敵はどこから来た?」


 「ええと、南です」


 「敵の本隊は見たか?」


 「いいえ、敵の斥候と接触してすぐに戦闘になり、他が討ち取られて必死で逃げたので…」


 カテリーナの問いに斥候は申し訳なさそうに答える。


 「よし、本隊と合流しよう。本隊は丘の上に向かっている。行くぞ!」


 カテリーナは斥候を部隊に加えて丘の頂上に駆け出した。




 隼人達騎兵隊が丘の頂上に達したとき、眼下に300ほどの敵兵が見えた。騎兵は100ほどで、歩兵は200程度だ。斥候からも同様の報告が届く。後続の歩兵隊を待てば隼人達の有利になるだろう。敵も隼人達に気づいたようで、戦闘態勢をとりつつ接近してくる。どうやら敵は隼人隊の全貌をつかんでいないようで、小勢に見える隼人隊を追い落とそうとしているようだ。騎兵隊が突出してくる。


 「聞け!歩兵隊が到着するまで時間を稼ぐ!これより敵に突撃するが、槍を合わせた後はゆっくり丘の上に後退する!突撃準備!」


 隼人はじっくりと突撃のタイミングを計る。狙うは騎兵隊と歩兵隊が十分分離された時。足が止まった時に歩兵に囲まれれば明日がないからだ。

 敵の騎兵隊が次第に速度を増し、歩兵隊との距離が開き始める。隼人は弓を準備し、期が熟するのを待つ。敵騎兵が槍を構えたとき、敵騎兵隊の突出は決定的なものとなっていた。


 「突撃!」


 隼人は突撃を下令し、矢をつがえる。120メートルほどの距離で発射、敵の先頭を矢が捉える。桜も矢を射て敵の騎士らしい人物を倒していた。梅子は槍を低く構えている。隼人達は敵の騎兵隊にぶつかっていった。

 あちこちで槍と馬が激突する。相手には重騎兵が含まれているため、こちらがやや劣勢か。

 そんな判断をしながら隼人は少しずつ後退していく。隼人達は熊三郎隊の早期来援を期待しつつ剣を振るった。




 隼人達が丘の頂上に達しようとする頃、ようやく待ちに待った熊三郎隊が到着した。具合がいいことにアルフレッドの軽歩兵隊も敵騎兵の側面を突くように展開している。


 「今だ!押せ!」


 隼人は味方の来援に気づき、混乱した敵騎兵に攻撃をかける。熊三郎とアルフレッドの隊も敵騎兵を囲むように攻撃を加える。弩兵は敵の歩兵隊を射程に収め、牽制の射撃を開始する。

 敵の騎兵は進退窮まった。前には進めず、後ろに下がることもできない。騎兵を支援すべき歩兵は弩兵の激しい射撃にさらされ、槍兵にも阻まれ、思うように前進できない。

 そんな中でも勇敢な敵の一部が隼人めがけて突撃をかけてきた。隼人を討ち取って一発逆転を狙っているのだろう。隼人は剣を振るい、それを何とか退ける。

その最後の攻撃が失敗に終わったとき、敵の大半は戦意を喪失していた。敵は雪崩を打って降伏、敗走し始めた。




 「敵はカリエッロ男爵だったそうだ。最初の矢で戦死して、息子の騎士が指揮を代わったらしい」

 捕虜からの尋問結果を梅子が報告する。捕虜は110ほどにも上った。70ほどが敗走し、残り120が戦死だ。ずいぶんと激しく戦ったものである。隼人隊の被害も大きく、戦死が騎兵を中心に26、負傷者は70を超えた。隼人も負傷者リストに名を連ねている。桜とエレナ達が治癒魔法で治療に務めているが、これ以上の戦闘行動は困難だ。


 「そうか。その息子とやらは?」


 「拙者が討ち取ったようだ」


 梅子が胸を張る。梅子ほど立派な胸部装甲を持っていると、胸を張るとなかなか見応えがある光景になる。


 「……そうか。しかしこちらもずいぶんやられたな」


 「…ああ、これは一旦アストンに帰還した方がいいだろう」


 梅子は隼人の視線に気づき、胸を隠すようにして隼人を睨みながら被害の大きさに嘆息する。


 「しかし隼人殿が無事でよかった。負傷したと聞いたから慌てたぞ」


 「すまない。軽傷だったんだが、桜が慌てて飛んできたよ。重傷者を優先するように言ったんだが聞かなくてな」


 今度は一転して気遣うように隼人の腕を見る梅子に隼人は苦笑する。隼人は右腕に負傷していた。敵の最後の攻撃で負った傷だ。


 「当たり前だ!恋人を優先して何が悪い。隼人殿も拙者達に何かあれば優先してくれるだろう?」


 「それはそうだが…。後で桜に礼を言わないとな」


 「そうしておけ」


 隼人の言い分に梅子は怒ったように抗議する。隼人自身も同じことをする自信があるので反論はできない。


 「しかし騎兵を突出させすぎたな。騎兵がしばらく戦闘不能だ」


 「そうだぞ。隼人殿は反省だな」


 つまるところ、今回の損害は隼人が丘を取ろうと焦ったことが原因だ。もっとゆっくりと歩兵と歩調を合わせるべきだったのだ。


 「久しぶりの戦とはいえ、これは酷い。後で熊三郎に絞られないと」


 隼人はうめくように言う。梅子はこの言葉にうなずいた。


久しぶりの戦闘回!と思ってたら用兵にに失敗してた…

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