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第40話 カチューシャの先取り誕生日

 隼人は男爵になってから忙しく働いている。隣近所の貴族への挨拶に紋章入りの旗や武具の発注、騎兵用の馬の確保、募兵に訓練と山積している。特に募兵は、訓練期間を1カ月は取りたいという隼人の要求のため、最優先だ。

 ここで幸いなことに、隊商の護衛をしていた兵から軍への志願を募集すると、高給になることもあり、おおよそ半分が軍に入ってくれた。残りは引き続き隊商の護衛として雇い、武具の整備と旗の用意が終わり次第再び隊商としてガリア王国を中心に交易を行わせる予定だ。

 一般からの募兵は、1カ月で400近く募集することは困難なため、男性だけでなく女性も積極的に採用するとともに、ロリアンとその近郊だけでなく、少し離れた村からも募兵することにした。

 ここで才能を発揮したのはパウルだ。元から吟遊詩人として生計を立てていただけに口が達者であったが、その能力を発揮して多くの兵を募集してくれた。募兵された兵も士気が高いことも高評価だ。難点があるとすれば、パウルは演説の名手として有名となり、募兵に応じる気もない者達がパウルの演説を聞くために近くに集まったことだろう。おかげで新兵に群衆整理の訓練が施せたが。




 帝国歴1791年8月に入るとこれらの仕事も一段落し、日々訓練に励むようになった。汗の1滴は血の1滴である。厳しい訓練こそが精強な兵を生み出し、生還率を上げるのだ。

 隼人は500余りの兵を、騎兵、弩兵、長槍兵、軽歩兵たるアルフレッドの海兵隊に分けた。それぞれおよそ120、100、250、50だ。特に騎兵と弩兵には金がかかるが、採用する弩の品質を下げ、馬も軍馬として調教されていない馬で我慢し、重騎兵は鼻から諦め、軽騎兵とすることで何とかしのいだ。交易で稼いだ金がかなり飛んでいく。その上屋敷と商会の護衛に20ほど雇う必要もあった。



 また、8月に入ったところで隊商が稼働できるようになり、早速ブリタニア地方に向かって出発せせた。隊商長には、ちょうど隼人などから部隊掌握を、セオドアから交易管理技能を学んだ女性兵士がいたので、彼女に任せることにした。

 さらに、安全カミソリの特許料が入ってきたので、それと隊商がもたらす利益の管理でセオドアのロリアン残留が決まり、アエミリアも屋敷と商会の護衛の責任者として残留することになった。また、屋敷の管理をナターシャ、カチューシャ姉妹が行うことになった。騎士が使用人として働くことはどうかという意見も出たものの、2人はもとより戦闘可能な使用人という立場であったので今更ということで了承された。さらにセレーヌがアンリ王の監視下にいた方が良いとの判断で残留となった。ついでに監視役の近衛騎士も8月に入ってようやく配属された。急な出来事で、機密性が高いことから人選に時間がかかったらしい。



 9月に入ったころには兵の動きもかなり様になってきた。パレードほどではないが、歩調もしっかりとれ、陣形も迅速に堅固なものが組めるようになった。騎兵も最低限まとまった突撃ができるようになっている。1カ月でここまでに至ったことは、熊三郎と隼人の訓練が優れていたことも理由にあるが、集団戦闘訓練に注力していたことが主因だろう。その反面、個人戦闘や行軍に若干の不安があるが、行軍は前線に到着するまでの間に訓練し、個人戦闘は若干の訓練と実戦で学んでもらうしかないだろう。不安はあるが実戦は最高の訓練であるし、敵の一般兵の練度も高くない。何とかなるだろう。




 休みない訓練の最中、アンリ王が隼人達を視察に来た。隼人の訓練方式をしきりに興味深そうに説明を聞いたり、見学していたりしていたが、個人戦闘の訓練が少ないことに不安も口にしていた。普通ならここで王の意を受けて訓練を変更するところだが、隼人は我を通した。これには周囲はヒヤリとしたが、逆にアンリ王には好感を持たれ、「実戦で成果を見せよ」との言葉をいただいた。

 また、この視察で隼人隊の練度は十分と判断され、9月9日をもってロリアンを出立することに決定された。隼人はこれを受けて6日から8日までを休暇とすることを部隊に伝達した。これに兵たちは慈雨のように喜んだ。




 「お兄ちゃん、あたしに誕生日プレゼント、ちょうだい」


 カチューシャが休暇の初日の朝におめかしして隼人に抱き着き、こんなことを言う。ナスロヴォ村を救えなかった最初の出会いの頃と比べれば、ずいぶんと仲良くなったものである。


 「誕生日ってお前…23日だから会えないのか」


 「そう。だから、今日にデートしてもらおうと思って」


 カチューシャがにんまりと笑顔で言う。


 「そう言われると断れないな。よし、行こうか」


 正直なところ、隼人も自身が率先して行った訓練による疲労がたまっていたのだが、カチューシャのこの頼みは断れない。隼人は二つ返事で了承する。


 「どこか行きたいところはあるか?」


 「とりあえず市場に行きたい!」


 元気よくカチューシャが返事をする。


 「よし、じゃあ支度をしてくるから待っていてくれ」


 隼人は小奇麗な服装に着替えるために屋敷の自室に戻った。




 「待たせたな。じゃあみんな、行ってきます」


 「行ってきます」


 「いってらっしゃい」


 隼人とカチューシャの挨拶にナターシャが返事を返す。みんな一度は2人でデートをしているため、嫉妬などはないようでありがたい。ちなみに複数人では都合のついた日にちょくちょく隼人と遊びに出ていたりする。だから実はカチューシャもデート自体は初めてではなかったりする。




 「お兄ちゃん、このフライドポテトおいしいね」


 「ああ、塩味がよくきいている」


 2人は仲の良い、年の離れた兄妹のように市場を歩く。一応身分は男爵と騎士なのだが、新貴族の男爵程度では気にもされない。子爵以下は半ば消耗品なくらいに戦が激しく、身分の変化が激しいからだ。

 ちなみにフライドポテトは隼人の感覚では少し割高な感じだ。油の生産量も流通量も不足気味だからだ。ゆえに小金持ちでないと地味に手がでなかったりする。




 2人は一通り市場を冷やかすと、ロー河に向かう。9月とはいえまだまだ暑く、河遊びをしている市民も多く見られた。


 「うーん、あたしも水着、用意しとけばよかったかな?今年は買ってないんだけど」


 カチューシャはもうすぐ15歳、まだまだ成長著しい時期だ。特に隼人と出会ってからは栄養状態がぐっと良くなり、背はすでにナターシャと並んでいる。ゆえにすぐに衣類のサイズが合わなくなる。


 「じゃあこれから買いに行くか?」


 水着と聞いて少し期待した隼人がカチューシャに提案する。


 「これから買ってももう遅いよ。もう9月だよ?」


 カチューシャがあきれるように返す。


 「…ひょっとしてあたしの水着、見たいの?」


 隼人の意図に少しして気づいてカチューシャはジト目で隼人を見る。


 「…見たくないと言ったら嘘になるな。今年は忙しくて泳げなかったからな。カチューシャ達の水着を見られなくて残念だ」


 「…お兄ちゃんのバカ」


 隼人の本音にカチューシャが顔を赤らめて膨らませる。

 その後2人はせめてもと舟遊びを昼過ぎまで楽しんだ。




 やや高級なガリア料理店で昼食を済ませた2人は宝飾品店へ向かう。ちなみに昼食はそれなりに美味しく、カチューシャは満足したのだが、隼人の好みには合わなかったという、少し残念な結果だった。

 2人は新貴族や中小商人向けの高級よりの宝飾品店に入る。カチューシャが前から目をつけ、何度も冷やかしに行った店だ。


 「どんなのがいいんだ?」


 指輪を見ながら隼人はカチューシャに問いかける。


 「せっかくだから宝石が付いたのがいいんだけど、あんまりゴテゴテしたのはやめとけってお姉ちゃんたちに言われたからなあ」


 そう言いながらカチューシャはガラス玉がふんだんにちりばめられた指輪を手にしては戻している。たぶんカチューシャのセンスには任せない方がよさそうだ。とはいえ、新興の小金持ちを相手にしている店なので派手な商品が多い。全般的に品がない感じだ。その中でも比較的おとなしめの指輪を手にとってはどうもいまいちピンとこずに棚に戻す作業を続ける。

 それでも石の中に玉はあるものだ。ふと隼人の足が止まった。隼人の目にとまったのは、やや大振りなルビーをあしらった金の指輪だった。ずいぶんと高価だが、不思議と引き込まれる魅力がある。隼人は思わず手に取っていた。しげしげと指輪を眺める。荒削りな感じはするが、どこか荒々しい魅力が感じられた。


 「それも悪くないわね」


 隣で大きなサファイアをあしらった指輪を手に取って確かめていたカチューシャがそう評価する。はっきり言ってカチューシャが持っている指輪は品がなく感じられる。

 隼人は何も言わずにカチューシャと指輪を見比べる。どうやら悪くなさそうだ。早速会計を済ませて指輪をカチューシャにはめる。


 「もう、お兄ちゃんったら、勝手に決めて。まあよさそうな指輪だからいいけど」


 カチューシャは口では文句を言いつつも、その日最高の笑顔を見せてくれた。


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