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第39話 安全カミソリ

 「荷馬車が10台ですね。かしこまりました。できるだけ早く納入いたします」


 隼人はロリアンの商業ギルドでギルド長と商談をしていた。


 「それから…、交易のために商会を作っておきたいのだが」


 「もちろん歓迎でございます。中島男爵様であれば商売の実績もありますし、お人柄も信用できます。我々商業ギルドは喜んで歓迎させていただきます。商会の建物もお安く貸し出させていただきます」


 隼人の提案にギルド長は本心で喜ぶ。この大陸では行商人が圧倒的に不足しているため、隼人が行商を続けてくれることは大歓迎だ。


 「ありがたい。ところで、お願いついでにカミソリ職人を紹介してもらえないだろうか」


 「カミソリ職人…ですか?」


 ギルド長が不思議そうに尋ねる。


 「ああ、新しいカミソリを思いついてな。その発明を実際に作ってもらいたいのだ」


 「はあ、発明ですか…」


 自慢げに話す隼人に対し、ギルド長は困り顔である。これだけの話では分からないのも当然だ。




 必要は発明の母、と言うが、隼人はカミソリについて少し悩みがあった。

 この時代、ヒゲソリなどという文明の利器はまだ存在しない。髭を剃ろうと思えば、現代日本では床屋が使うようなカミソリを使わなくてはならない。それも、鏡も高価であるから、しばしば鏡なしでだ。当然、熟練していないと顔を切ってしまうのである。

 顔に切り傷をつけている隼人に思うところがあったのか、ノースグラードを出た頃にナターシャがこう切り出してきたのだ。


 「兄さん、私が兄さんの髭を剃りましょうか?」


 正直なところ、人に髭を剃ってもらうのは恥ずかしかったのだが、あまりにカミソリの腕が悪く、顔を傷つける頻度が多すぎた。そこでやむなくお言葉に甘えることにしたのだが、ここからが問題だった。


 「さあ、ここに頭を置いてください」


 ナターシャは手ぬぐいを太ももにかけると、隼人にそこに頭を置くように笑顔で要求してきたのだ。隼人は戸惑ったが、一旦頼んだ以上引っ込みもつかず、やむなく膝枕をしてもらう。


 「それじゃあ始めますね」


そんな声とともにナターシャは真剣な顔つきになる。隼人は眼前の美人の真剣な顔とすぐ近くで視界に収まる形の良い胸に顔が赤くなる。後頭部の柔らかな感触もそれを後押しする。油断すれば息子が大興奮しそうな状態だった。ついでに隊商のみんなからは白い目で見られた。




 そんな日々も慣れれば日常になってしまっていた。慣れと言うのは恐ろしい。

 ところがこの状態にも変化が訪れる。


 「隼人さん、今日は私が隼人さんの髭を剃りますね」


 ナターシャの隣に桜が笑顔で立っていた。拒否するのも悪い気がしてお言葉に甘える。桜はすぐに正座をして太ももをポンポンと叩く。やっぱり膝枕らしい。桜の柔らかな太ももに後頭部を預ける。すると普段穏やかな桜の顔つきが真剣なものに変わる。かがむ体勢になったので、ピッチリ合わせられた巫女服の裾に隠された桜の大振りな胸が視界の一部を占める。さらには桜のいい匂いも鼻をくすぐる。しばらくは夜のおかずには困らないだろう。


 その次の日も変化があった。


 「隼人殿、今日は拙者の番だ」


 今度はカミソリを持った梅子がいい笑顔で正座していた。まさか断るわけにもいかず、後頭部を梅子の柔らかな太ももにのせる。凛々しい顔がほんの目と鼻の先にある。その顔を、桜と同じくらいのサイズがある梅子の胸が隠そうとする。ほんの少し汗の匂いがするのは、朝の鍛錬が終わってすぐだからだろう。隼人は顔を赤らめながら全神経を使ってその光景を脳裏に焼き付けた。


 その次の日はカテリーナが足を崩して待っていた。隼人は内心、新しい光景への期待と、これから先の変化に対する不安を抱きながらカテリーナに頭を預ける。勝気なカテリーナの顔つきが真剣なものになる。桜や梅子には劣るが、それでも平均よりは多少ある胸が隼人の頭に近づく。隼人はまたもや幸せな時間を堪能することになった。


 そのまた次の日はカチューシャが待っていた。隼人は半分の期待と半分の諦めを持って後頭部をカチューシャに託す。カチューシャは嬉しそうに、そして真剣な顔つきでカミソリを隼人の頬に当てる。カチューシャの発展途上な胸が隼人の視界の上部を占める。後頭部の感触は他の誰よりも弾力があ…


 「イタッ!」


 カチューシャは残念ながらカミソリを扱う腕が悪かった。結局その日は隼人が自分で剃るよりも多くの傷をもらったのだった。

 この日以降、隼人はナターシャ、桜、梅子、カテリーナに順番に髭を剃ってもらうようになった。




 そんな至福の時間を日々味わっていた隼人だが、さすがに羞恥の感情もあるし、貴族としての外聞も悪い。そこで現代日本で活躍しているようなヒゲソリ、つまりは安全カミソリを開発しようと考えたのだ。


 「どうか職人を手配してくれないだろうか?」


 隼人はギルド長に頭を下げる。


 「だ、男爵様が気軽に頭を下げるものではありませんよ!…手配するのは難しいですが、職人ギルドを紹介することなら可能です。話はそこで職人ギルド長とつけてください」


 ギルド長が紹介状をしたため始める。


 「ありがたい。恩に着る」


 隼人は再び頭を下げた。




 「新しいカミソリ…ねぇ。面白そうだが、実際に作ってみないと分からないな」


 職人ギルド長は髭面の初老の男性だった。職人気質な雰囲気がある。そのギルド長が髭を撫でながら隼人が描いた安全カミソリの絵を見て唸る。


 「刃を薄くしてカミソリを使い捨てにするというのは驚きのアイデアだが、鉄は高いし、薄くしようとするとコストもかかる。使い捨てにするには高価すぎるな。こっちの両刃で研ぎ代がある方が現実的だな」


 ギルド長は隼人一押しの使い捨て方式よりも、両刃式で、研ぎ代として厚みのある安全カミソリに興味を示した。


 「そうか、やはり専門家に相談してよかった。試作品は作ってもらえるか?」


 「そうだな…3日ほどくれ。何種類か用意するよ」


 「ありがたい。では頼む」




 3日後、職人ギルドにやってきた隼人は、髭を綺麗に剃ったギルド長の下へ案内された。


 「中島男爵!これはすごいぞ!女子供でも簡単に扱えるし、一人で髭を剃るのも楽だ。これは売れるぞ!」


 ギルド長は隼人の手を取って振る。テーブルの上にはいくつかの種類の安全カミソリが置かれていた。


 「それは良かった。それで、生産体制はどうなる?」


 隼人は生産体制が気がかりだった。需要を満たせなければせっかくの利益を貪れなくなる。


 「生産体制については手すきの職人を総動員する予定だ。それで、利益の折半なんだが…」


 「利益の1割を私にもらえないだろうか?」


隼人は少々強気に出る。


 「…1割は取り過ぎじゃないか?5分といったところが妥当じゃないか?」


 「…私も資金不足でね。それに試作はそちらに依頼したが、発明したのは私だ。…8分だ」


 「…だが作るのは職人だ。それに、これだとすぐに真似される。うちのギルドの力が及ぶのはガリア王国国内だけだ。すぐに国外との競争にさらされる。…6分5厘でどうか」


 しばらく沈黙が流れ、隼人は天井を眺める。


 「…ふう。いいだろう。6分5厘で合意だ」


 隼人の返事にギルド長はニッと笑う。どうやら双方満足すべき数字に落ち着いたようだ。


 「交渉成立だ。すぐに国中に周知させる。それから男爵様には今後、優先的に職人を回すようにするよ。これからも何かあればよろしく頼む」


 「それはありがたい」


 職人に伝手を得られたのはとてつもなく大きい。これには隼人は素直に感謝する。


 「ついでに、試作品でいいから10ほど製品をもらえないだろうか?」


 「別にかまわないが、何に使うんだ?」


 「大したことじゃない。自分用と、贈答用だ」


 「…女か?」


 「…まあ、そうだ。それと陛下にも献上した方がいいだろう」


 ギルド長の追及に隼人は目を逸らしながら答える。


 「陛下に献上するのは当然だな。しかし男爵様は色男だねえ。ま、この安全カミソリなら女でも安心だからな」


 隼人の言葉に納得するギルド長。すぐ配下に品物を準備させる。

 このギルド長と軽く雑談をしてから安全カミソリを受け取り、ギルドを後にした。




 屋敷に帰った隼人は早速、桜、梅子、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャ、そしてセレーヌに安全カミソリを渡した。


 「こ、これは!とても使いやすいです!ありがとうございます、隼人さん。これで隼人さんの髭剃りもはかどりますね」


 「これならあたしでもお兄ちゃんの髭を剃れそう!」


 桜達は大喜びするが、まだ隼人の髭を剃るつもりらしい。セレーヌは隼人の意図に気づいていたが、空気を読んで黙っている。隼人も桜達の喜びように1人で剃るとは言えなかった。


 「それなら、これはわし用かの」


 「あっ…」


 ついでに隼人が自分用に確保していた安全カミソリを熊三郎が持って行って逃げ場をなくす。結局、隼人の至福のひと時はこれからも続くのであった。




 この後、隼人はエーリカとマチルダにも安全カミソリを、自身がガリア王国男爵に叙任されたことを知らせる書状とともに送った。

 エーリカとマチルダも安全カミソリは気に入ったようで、丁寧に使用の感想を添えて返事を返してきた。男爵叙任に関してはエーリカは素直に祝福し、出世せよと尻を叩いてきたが、マチルダの方はガリア王国に行ってしまったことをしきりに残念がっていた。




 アンリ王には面会は叶わなかったものの、侍従官を通して安全カミソリが献上された。アンリ王もこれを気に入り、国として隼人の発明を保護すると明言した。この安全カミソリはガリア王国を中心に貴族、裕福な商人達の間で広まり、隼人に多くの富をもたらすことになった。


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