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第38話 忠誠

 帝国歴1791年7月11日、隼人の隊商とアンリ王の軍勢はロリアンに入城した。隼人は交易品の売買と宿の手配をセオドア達に任せ、1人アンリ王の軍勢とともに王城に入る。

 王城に入るとアンリ王に続いて玉座の間に通される。アンリ王が帰城してから間もないので誰も参集されておらず、中には使用人と近衛兵だけしかいない。


 「隼人、余の配下に任じるために剣を借りるぞ」


 アンリ王は隼人の両手剣を引き抜く。


 「ほう、見事な業物だな。では余の言葉を復唱するように」


 「はい」


 アンリ王は剣先を下に向けて、跪く隼人に両手で差し出すように隼人の剣を持つ。


 「私はアンリ王を主君と仰ぎます」

 「私はアンリ王を主君と仰ぎます」


 「私は臣下としていついかなる時も」

 「私は臣下としていついかなる時も」


 「生涯忠節を尽くします」

 「生涯忠節を尽くします」


 「長き時が経ち、アンリ王の子孫の代にも忠節を尽くします」

 「長き時が経ち、アンリ王の子孫の代にも忠節を尽くします」


 「私の子孫も末代までアンリ王の子孫に尽くします」

 「私の子孫も末代までアンリ王の子孫に尽くします」


 「以上のことを私はこの剣に誓います」

 「以上のことを私はこの剣に誓います」


 「ではこの剣を持て」


 アンリ王に言われて隼人は剣を受け取る。


 「余は中島隼人の忠節にこの剣とフルネル村とカマレ村を下賜するとともに男爵の位を授ける。これより末代まで余に尽くすように」


 「ははっ」


 アンリ王の威厳に隼人は自然と頭を垂れる。


 「まあ儀礼はこんなところじゃ。軍を整えるまでに2カ月を与えるから、それまでに兵と旗を準備し、アンドラ高原に出兵、ブリュネ元帥の指揮下に入るように。ロリアンの拠点として屋敷も与える。割り当てはルブラン宰相に聞くように」


 この2カ月の猶予期間は隼人が粘り強い交渉によってもぎ取ったものだ。その代わり男爵としては多い、500の兵を集めることを約束させられたが。

 足早に玉座の間を出ていくアンリ王に隼人は慌ててついていく。玉座の間を出ると侍女が控えており、隼人をルブラン宰相の下へ案内した。




 「『闘技場の殺し屋』もついにガリア王国男爵ですか…」


 ルブランはそんな声で隼人を出迎える。


 「今日から我々は同胞です。ともにガリア王国を盛り立てていきましょう」


 礼をする隼人にルブランは当たり障りのないこと言う。だが実のところ、同胞などとは思っていない。ルブランは何代も続く旧貴族の一員で、しかも旧貴族派閥の重鎮であるから、思考も旧貴族のそれだ。隼人や、他にアンリ王が取り立てた新貴族など、成り上がり者でどこの馬の骨とも知らぬ者という認識だ。それでも旧貴族派閥を自らの能力でまとめ上げた実力者であり、カリスマや人望に欠けても侮れない人物である。ちなみにガリア地方にそこそこ広い公爵領を有している。


 「あなたの屋敷は新市街のこの場所です。前の持ち主は最近戦死した新貴族の男爵でした。まああなたなら彼の二の舞にはならんでしょう。家具の類は接収されていますので、商人から買うといいでしょう。男爵なら庶民向けのものが懐に優しいですよ」


 ルブランの言葉には親切心というより嫌味の成分が多いように感じられた。この余計な心が人望のなさにつながっているのだろう。


 「ありがとうございます。それではこれで失礼します」


 隼人は礼をして退出する。


 「あなたも私も忙しいですからね。それではまた会いましょう」


 そう言ってルブランは椅子に体を投げ出したような体勢となり、コーヒーに口をつけた。隼人はルブランが不人気な理由の一端を見たような気がした。




 隼人は宿で幹部達を集めて割り当てられた屋敷に向かった。


 「これが中島男爵邸…」


 桜が感嘆してつぶやく。


 「隼人殿もこれで貴族か…」


 梅子も感慨深そうにつぶやく。


 「お姉ちゃん、お屋敷だ…」


 「そうね…」


 一方のナターシャ、カチューシャ姉妹は緊張している。


 「でも、よそに比べると少し手狭じゃないですか?」


 カテリーナは少し不満気だ。ここに来るまで公爵だの子爵だののお屋敷を見てきたのも原因だが、実際に旧貴族の男爵邸に比べると2回りは小ぶりだ。それでも新貴族の男爵邸としては標準だが。


 「まあ、とにかく中に入ろう」


 隼人を先頭に一行は屋敷に足を踏み入れる。

 中は家具が持ち去られており、ガランとしていたが、そのせいか広々としている。


 「やはり家具は全て自前か…」


 隼人は改めて突きつけられた事実に頭が痛い。


 「広間と応接間はそれなりの調度品が必要ですが、他はひとまず安物でそろえるべきですかね」


 財務担当のセオドアも頭を抱えている。


 「まあ、ここから売りに出された家具もあるじゃろうから、中古でもそれなりに様になるじゃろう」


 熊三郎が暗い空気を変えるために前向きな意見を言う。


 「しかしこれでは幹部にしぼっても全員収容できんな」


 隼人がまたもや不満を口にする。


 「幹部だけで14人…。でもこれは私達幹部の数が多いのが異常だと思いますけど」


 桜が隼人をなだめる。


 「ここには隼人の他、桜様、梅子、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャで住めば良かろう。まあ流石に女ばかりでは不安じゃからわしも住むか」


 熊三郎決定事項のように解決策を提示する。


 「ええっ!兄さんと一つ屋根の下ですか!?」


 ナターシャが顔を赤くして驚く。見れば他の4人も顔を赤らめている。


 「お主達は恋人なんじゃからそれくらいかまわんじゃろう。ま、暴走せんようにわしが目をつけておくがの」


 熊三郎がおどけてたしなめる。


 「となると、最低限必要なのは寝具が7つに応接間の家具、それに会議用の机と椅子ですか」


 「セオドア!まだ7人で住むと決まったわけでは…」


 「でも、否定しなかったじゃないですか」


 「……」


 隼人は話を進めようとするセオドアを止めに入るが、あえなく撃沈される。


 「あっでもわたくしもここに住む必要がありますわね。隼人が男爵になったのもわたくしが目をつけられたからですし」


 セレーヌが思い出したように言う。


 「そうでしたね。じゃあ寝具が8つですか。使用人を雇うことを考えると、部屋が足りませんね」


 「わ、私達姉妹は1部屋で十分です。家事もしますから使用人は要らないかと…」


 セオドアの悩みにナターシャが解決策を出す。カチューシャも屋敷に1部屋もらうのは恐れ多いのか、首を縦に振っている。


 「家事ならみんなでやりましょう。それなら使用人は要りませんね」


 桜も賛成のようだ。


 「しかし桜様、それでは外聞が悪いのでは?」


 「あら、それなら私達が使用人になればいいじゃないですか。メイド服も一度着てみたかったですし。身分の偽装にもなってちょうどいいではありませんか」


 「はあ…」


 梅子は抗議をかわされてため息をつく。ちなみにメイド服という単語に鼻の下が伸びた隼人は紳士であろう。




 そんな会話をしながら屋敷を確認した後一行は家具店に向かった。貴族向けの店で応接セットを、庶民向けの店で会議机と椅子、それからやや上等な寝具を購入した。寝具は寝心地を優先した、値段の割にいい品だったが、結構いい値段がしたため、セオドアが頭を抱えていた。寝具だけはこだわりたかった隼人が譲らなかったのだ。




 翌日の午後、隼人達は屋敷の会議室に集まっていた。議題は紋章のデザインである。ちなみに午前中は桜達とともに台所用品や食器、その他小物を買いに出かけていた。


 「とりあえず文様は鶏でどうだろうか」


 隼人がまず鶏の図案を提示する。勇敢な逃亡や命乞いに定評がある円卓の騎士が使っていたデザインだ。


 「まず、何を考えてその図案を考えたのか聞きたいのだが」


 梅子がやや青筋を立てて隼人に抗議する。美人だけに怒ると怖い。


 「い、いやこれはちょっとした冗談だ」


 そう言って隼人はまともなデザインを取り出す。とはいえ、真面目に考える気があったのか、それともデザインセンスが皆無だったのか、隼人の元の世界では既存のデザインだった。日の丸に旭日旗、旭日旗の四周を黄色で囲った日本陸軍連隊旗、鉄十字にハーケンクロイツにナチス時代のドイツ海軍旗に国家鷲章、さらには同時代のフィンランドの青いスワチスカにユニオンジャック、ソ連の鎌とハンマーの図案まである。実に隼人の趣味が反映されている。


 「白地に赤丸か、シンプルでいいな」


 「この旭日が昇る図案もいいですね」


 梅子は日の丸が、桜は旭日旗が気に入ったようだ。ただし、十字や鍵十字系は類似が多く視認性に劣るとの意見や、鷲はロマーニ帝国の国章だったので王家以外が使うのははばかりがあるとの意見が出た。


 「ところで、みんなはどんな図案を持ってきたんだ?」


 隼人がみんなに尋ねる。


 「わ、私はこれを…」


 桜が恥ずかしそうに一つ引両の紋章を取り出す。白丸に黒一引きである。


 「あっ、桜様ずるい!一つ引両は一条家の家紋ではないですか!」


 シンプルな割に重い意味を持った紋のようで、梅子が抗議する。


 「梅子、あなただって近衛家の三つ巴を持ってきているじゃない」


 「こ、これは…」


 梅子も同じことを考えていたようで、沈黙する。どうやら2人は紋章上、隼人を入り婿にしようと画策していたようだ。


 「…一つ引両も三つ巴も悪くないのだが、少し背負うには重いかな」


 「そうじゃな、隼人殿にはまだ早い」


 隼人の呟きに、熊三郎も少し違う意味で同意する。


 「まだ早いってどういう…まあいいや、他はどんな図案を持ってきたんだ?」


 隼人の問いにみんなが三色旗だのラウンデル(複数の円を重ねたもの)だの、十字に剣や槍の意匠を持ち出す。とはいえ視認性でもデザイン性の面でも旭日旗には勝てないようで、みんな旭日旗やその派生の日本陸軍連隊旗を推していた。そこで隼人は日本海軍とその後継者に謝りつつ旭日旗を採用することにした。




 早速セオドアとアエミリアが染物屋に注文を持っていくと、セオドアが戻るまでにみんなで雑談を始めた。


 「一段落したら兵を集めないとな。商会を立ち上げて交易も続けるから600は必要になる」


 「大将、馬車も要るぜ。今の15台じゃあ交易に回す分が足りないぜ」


 「商会用の建物も必要ですね」


 隼人の言葉にアルフレッドとアントニオが補足する。


 「…金がかかるな。領地でも抵当に入れるか」


 隼人がそんな冗談を飛ばす。


 「初期投資と思って諦めなさい。それから領地って、わたくし聞いてませんけど…」


 「ああ、アンリ王からフルネルとカマレの2つの村を下賜されたんだ。近くに見に行かないと」


 セレーヌの疑問に隼人は答える。


 「下賜…ですか。たぶんその村、存在しないか滅んでいますわよ。領地をもらえる時は『封じる』と言いますから。それに領地をもらえるのは慣習からして子爵からですし。だから代わりに金貨をもらうのでしょう?」


 セレーヌが無慈悲な事実を突きつける。


 「ええっ、そんな!……まあ初期投資が減るから悪いことばかりでもないか…」


 隼人も内政チートに少しは興味があったのでがっくりする。


 「ああ、それからアンリ王のことはこれからは陛下と呼びなさい。これからは主君なのですから。誰かが変な勘繰りをすると困りますからね」


 「そうだな。忠誠を誓ったんだから陛下と敬わないとな。ところで、セレーヌは陛下のこと、どう思っているんだ?」


 隼人は注意されたついでにセレーヌに尋ねてみる。


 「そうですわね…、含むところがないとは言いませんが、ルブランに嫁入りするよりはずっとましですわ。その点に関しては感謝していますわ。いつか意趣返しをしようとは思っていますけどね」


 「…手伝いはするが、やり過ぎないでくれよ」


 「分かっていますわ。小さい頃から立場はわきまえているつもりですから。迷惑はかけませんわ」


 「…そう言われると止めづらいな」


 「あら、元から止める気もないくせに」


 「ははは」


 「ふふふ」


 隼人とセレーヌは悪い笑みを浮かべる。


 「ちょっと隼人殿、桜様に危険が及ぶようなことは許しませんぞ」


 「冗談だよ、冗談。俺の夢はみんなで幸せになることだからな」


 「ちょ、ちょっと、それをみんなの前で言うな!」


 止めに入った梅子に隼人は冗談めかして惚気る。これに梅子は顔を赤くしてしまう。




 そんな話をしているとセオドアとアエミリアが戻ってきた。


 「じゃあ私達は夕飯の支度をしてきますね」


 桜とナターシャ、カチューシャ、エレナが席を立とうとする。


 「ちょっと待ってくれ。その前に全員揃ったところでみんなを俺の騎士にしておきたい」


 「いまさらか?」


 真剣な隼人の宣言に梅子が茶化す。


 「1日遅かったが、騎士の方が何かと都合がいいだろう?」


 「まあ、確かにそうだが、何だか照れくさいな」


 そう言って梅子は席を立ってその場に跪く。他のみんなもそれに続き、隼人も立ち上がる。


 「我ら一同、中島隼人に生涯の忠節を誓います」


 代表して梅子が隼人に誓いを立てる。


 「う、うむ。皆の忠誠に我は騎士の位を授ける」


 隼人も気おされながらもそれらしいこと言って答える。


 「これで騎士の忠誠の誓いは終わりだな。これからもよろしく頼むぞ、隼人殿」


 梅子は嬉しそうに隼人に微笑んだ。


鶏の紋章はモンティパイソンの「ホーリーグレイル」に登場する「勇敢な」ロビン卿が使用していました。

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