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第4話 徴兵

 「そこの男、こっちに来い」


 隼人は馬車を路肩に停め、街道をふさぐ軍勢の通過を待っていると、偉そうな馬上の男に急に声をかけられた。仕方なく馬車を降りて男の下へ行く。


 「何の御用でしょうか」


 「馬車を徴用する。積み荷は何だ。腰の剣は使えるのか」


 さすがに馬車をとられるのは困るので、品目を伝えてやんわりと断ることにする。


 「積み荷は鉄です。食糧や武器はあまり積んでいないのでお役には立たないと思いますよ」


 「役に立つかどうかは関係ない。とにかく馬車は接収する。もう一度聞くが腰の剣は使えるのか、それとも飾りなのか」


 思えばこの物言いにカチンときたのが良くなかったのだろう。隼人はこう言い返した。


 「このご時世に武器も使えずに一人で行商ができるわけがありません。それに、鉄など持っていても軍勢には何の役にも立たないでしょう。馬車の供出は拒否します」


 「お前!平民の分際で貴族に反抗するのか!」


 売り言葉に買い言葉でお互いに剣を抜く。


 「何の騒ぎだ!」


 そこへ豪華な衣装を着た豚が馬に乗ってやってきた。あれが領主なのだろう。


 「ボルガスキー様!この平民が馬車をよこさないのです。すぐに治めますのでしばしお待ちください」


 「なにぃ。そこの小僧、名前はなんだ」


 「中島隼人と申します。あいにくですが、馬車は差し上げられませんよ」


 「中島隼人ぅ。……どこかで聞いた名だな。そのひげ面、よもや『闘技場の殺し屋』か!」


 「その通りです。ここはお引き取り願います」


 「よしっ、気に入った!お前は5番隊所属だ。馬車は輜重隊で管理する」


 ボルガスキーは隼人の言葉も聞かずに去って行った。


 「良かったな、お前。ボルガスキー様に感謝するんだな。よもやまだ申し立てをするつもりではあるまいな?」


 気づけば周りを兵士たちに囲まれていた。馬車もすでに移動させられ始めており、抵抗の余地は失われていた。


 「……せめて装備だけは持たせて下さい」


 そう言って彼は剣を収めた。




 その軍勢は新兵と盗賊崩れを寄せ集めたような軍だった。行軍はだらしなく、そこそこ広い街道を規律なく占拠している。装備も槍こそはそれなりに揃えているが、材質、長さともにバラバラで、盾の有無もバラバラ、鎧にいたっては盗賊崩れらしき兵がボロボロの革鎧を身につけているくらいで、他は私服と言ってよかった。鎖帷子を装備しているのは、馬上の人間を除けば、行商の合間にあつらえた隼人くらいである。さすがに騎士らしき人物は板金鎧を持たせているようだが、それがかえって統一感をさらに無くしていた。ちなみに馬車に積んでいた交易品や一部の資金も没収されている。隼人はおのれの不運を嘆くしかなかった。



 「この軍勢はどこに何をしに向かっているんですか?」


 隼人はそれなりに歴戦の雰囲気をかもしている、盗賊崩れらしき兵士に尋ねた。


 「さあな。上の連中はそんなことは教えちゃくれねぇ。まあ大方出稼ぎじゃねえか?隣国の村を襲って食糧や金品を奪う。そんで俺たちはおこぼれを頂戴し、お楽しみをするわけだ」


 その男は下品な笑顔で教えた。


 「そうですか…。ありがとうございます」


 「いいってことよ!闘技場ではそれなりに活躍してたんだろ?いざという時は頼むぜ!」


 そういって男は笑いながら隼人の背中をたたいた。一方で隼人はすでに後悔し始めていた。




 この時代、軍隊の補給は現地調達が普通である。徴発という言い方もあるが、実際には略奪がほとんどである。馬車程度の積載力ではとてもではないが補給を維持できないからだ。この時代には存在しないが、鉄道も戦場が固定化しない限り行軍についていけない。

 地球でこの問題が解決したのは、トラックが大量投入できるようになってから、つまりWW2の米軍が初めてだ。この時代で後方から補給をまかなおうとすれば水運に頼るしかないが、あいにくこの周辺に大きな河はない。つまり、この軍勢は何らかの政治的要求のためではなく、軍隊の生存のために行動しているのだ。いや、もしかしたら略奪そのものが政治的要求なのかもしれない。




 事態が急変したのはそれから5日後、アーリア王国の勢力圏に入って3日後、山道を行軍している時だった。

 山道の出口付近で戦闘騒音が聞こえた。


 「先頭がアーリア王国軍と交戦!敵は退却中!」


 「ようし。そのまま追撃しろ!」


 一番隊隊長の報告に領主、ボルガスキーが命じる。遭遇戦はそのまま追撃戦となった。とはいえ後方の5番隊はまだ単についていくことしかできなかったが。



 山道を抜けた時、状況はまずいことになっていた。アーリア王国軍800が山道の出口を塞ぐように布陣していたからだ。隘路あいろを前方にした防御のお手本のような見事さだった。ボルガスキー軍1000には部隊を展開するのに十分な地積を与えられていない。どうやら我々は偽退却にはめられたらしい。それでも戦闘が始まった今、攻撃するよりほかは無い。5番隊は右翼に向かって展開し始めていた。



 隼人は弓で敵左翼と戦っていたが、戦闘は始めから不利な状況であった。どうやら錬度、装備、指揮能力でも我が方は劣勢らしい。このような場合、戦力が手薄になりやすい両翼の片側に主攻方面を向けるのが定石だが、ボルガスキーは敵の戦力が最も集中している正面を突破しようとしていた。ばらばらかつ緩慢に続く攻勢を、アーリア王国軍はよく統制された長槍で防ぎ、飛び道具でボルガスキー軍を討ち減らしていた。

 5番隊は右翼に配され、正面の敵の攻撃を命じられていたが、側面からも攻撃されていたため防戦一方だった。左翼に配された4番隊も同様のようだった。正面を攻撃する主隊にもいつしか動揺が広がり、攻勢の勢いが弱まりつつあった。最悪なのが、主隊と両翼の速度が一致せず、次第に間隙が広がり始めたことだ。これを敵の指揮官は見逃さなかった。



 「フリッツ!騎兵を率いて右翼から敵の間隙を突け!」


 「はっ!騎兵で右翼間隙に突入します!」


 エーリカの命にフリッツが復唱し、予備の騎兵隊のもとに駆ける。


 「今回はあっさりと片付きそうだな」


 彼女は満足そうにつぶやき、状況の変化を待った。



 5番隊は混乱していた。馬上の指揮官が流れ矢で戦死したため、指揮を執る者がいないのだ。5番隊は単なる烏合の衆と化していた。ふと左翼をみると、アーリア王国軍の騎兵が味方の間隙に突入していくのが見えた。「ああ、これで負けが確定したな」隼人はどこか他人事のように思った。

 そうやってぼんやり見ていると、味方中央で動きがあった。豚が脱柵した…いやボルガスキーが僅かな共を連れて逃走を図ったのだ。これで味方は総崩れとなった。戦闘の勝敗は決した。あとは自分が生き残るだけだ。しかしバラバラに逃げても騎兵の追撃の餌食になるだけだろう。何か手を考えなければならない。隼人の目の前には混乱し、脱走が始まった雑兵の群れがあった。彼らを使うしかない。



 「みんな聞けー!これより5番隊の指揮はこの『闘技場の殺し屋』、中島隼人が執る!」


 自分で『闘技場の殺し屋』などと名乗るのは恥ずかしかったが、権威づけに利用するため、大声で叫んだ。


 「整列しろ!隊列を組め!槍を構えろ!これより後退戦を開始する!」


 この時絶対に「退却」という言葉は使わない。「退却」という言葉は味方の士気を崩壊させるからだ。


 「知るか!俺は逃げるぞ!」


 1人の男が隊から離れ、逃走を図った。


 「逃げるな!」


 隼人は彼の背中を一刀にして斬り捨てる。これに動揺し、全員の動きが止まった。


 「逃げる奴はこの中島隼人が斬り捨てる!生き残りたければ戦え!隊列を乱すな!」


 5番隊は恐怖で統制を取り戻した。隊をまとめ上げた彼は北西方向の森に向かってゆっくりと部隊を後退させ始めた。



 「ふーむ?」


 エーリカは敵右翼の動きにちょこんと首をかしげた。その姿は戦場でさえなければ誰もが美しいと思うだろう。しかし今の彼女は指揮官だ。色気のあることなど欠片も考えていない。まあこの女の場合は普段から同じではあるが。

 エーリカは崩壊するはずだった、いやすでに崩壊しかけていた敵右翼が統制を取り戻し、整然と後退しつつあるのを疑問に思ったのだ。まだまだ雑然とはしているが、戦闘当初よりも統制がとれているようにも見えた。


 「左翼隊に伝令!敵右翼に対しては飛び道具をもって圧迫せよ!敵が崩壊するまで突撃は控えよ!」


 エーリカは雑兵をいくらか討ち減らすために、手塩にかけて育てた部下を犠牲にする価値を見いだせなかった。彼女は敗兵を統制している指揮官が気になり、望遠鏡を構えた。騎乗の者はすでに討たれていたが、徒歩で鎖帷子をしているのは隼人だけだったので、すぐに見つかった。


 「あのひげ面の男か…どこかで見た記憶があるな……。そうか『闘技場の殺し屋』中島隼人か!指揮官として才もあるようだな。これで心が生きていればぜひに我が軍に迎えたいところだが、どうだろうな?」


 彼女はすでに勝敗が決まった中央と右翼を無視し、左翼に注目し続けた。



 森にたどり着いた時、150ほどいた5番隊は半数ほどにまでに損耗していた。途中から白兵戦闘はなくなったが、そのかわり飛び道具による集中攻撃を受けたからだ。だが一旦森に入ってしまえば飛び道具の効果は落ち、数の有利も生かせなくなる。もうあとは逃げるだけだ。一応山道の敵追撃部隊を奇襲して味方の撤退支援は可能だったが、戦力がこころもとなく、そこまでする義理も感じられなかった。


 「みんな、御苦労だった。これより帰還する」


 そう言ってそのまま山を登り始める。山道では今だ戦闘が続いており、危険だからだ。


 「お頭、助かりましたぜ。あのままじゃ、今頃みんな死んでいやした。みんな感謝してやすぜ」


 そう1人の男に言われ、振り向いた。そこには信頼と尊敬の目をした男たちがいた。その目に隼人は心が救われた気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] どうしておとなしく徴兵されるんだよ、主人公の戦闘能力なら返り討ちにできるだろ。
2021/01/12 10:02 退会済み
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