第37話 急転
帝国歴1791年7月4日、ヴェルダンからサン・ローに向かって1週間たち、あと1日でサン・ローに到着するだろう地点に隼人達はいた。道はケルン、ヴェルダン間よりは状態が良かったが、森林地帯を抜けたり、途中の盗賊との交戦で少し遅れが出ていた。
その遅れを取り戻そうと急いでいた矢先の午前中、隼人は大規模な戦闘騒音を耳にした。矢が飛び交う音、金属と金属が激しくぶつかる音、果ては鉄砲の音まで聞こえる。近くで戦闘が起こっているらしい。
「梅子!カテリーナ!俺に続け!斥候に出る!他はその場で待機!」
国同士の戦闘なら巻き込まれないに越したことはないが、相手が盗賊なら共同して対処した方がいい。だがどうも様子が変だ。国同士の戦いにしては国境から遠すぎるし、盗賊にしては戦闘が大規模すぎる。そもそも一定以上の集団から鉄砲を撃ちかけられると、その音による威圧効果で逃げ散ってしまうのが盗賊だ。あまりにも奇妙であるため、情報収集を優先したのだ。
丘を登ると、500メートルほど先に戦場が見えた。どうやら200ほどの領主の軍に500ほどの盗賊が攻めかかっている。
「これは…盗賊の規模が大きいですね。隊長、すぐに救援しましょう。このままでは我々も危険です」
「本当に盗賊なのか…?盗賊にしてはいささか数が多すぎる。何を目的に、誰と誰が争っているのか分かるまで、少し様子見してもいいかもしれん」
積極介入の意志を示すカテリーナに、消極的な梅子。どちらも一理ある。
「そうだな…。どちらの意見ももっともだが、勝ち誇った盗賊が我々に襲ってくるのが最悪のシナリオだ。今のうちに合力した方が最終的に被害が少ないだろう」
隼人は消極的思考で介入することを決める。
「「了解」」
カテリーナはもちろん、梅子も文句を言わずに隼人に従う。指揮官は隼人だ。全ての権利と責任が隼人にはある。今回の場合、梅子も消極的であっただけで、介入の意志はあったのでなおさら文句は出ない。
隼人達は丘を駆け下りて部隊に合流すると、すぐに命令を発する。
「前方で盗賊団500が領主軍200を襲撃している!我々は急ぎこれを救援に向かう!歩兵隊の指揮は熊三郎が執れ!アルフレッド、アエミリア、カテリーナも熊三郎の指揮下に入れ!歩兵隊は荷馬車を護衛しつつ前進!前方の領主軍を救援、合流せよ!騎兵隊は俺に続け!敵側背面を打撃する!」
隼人達は速足で戦場に向かった。
前方では街道を中心に領主軍が南をむいて陣を構えている。盗賊団は南から半包囲しつつ攻撃を仕掛けており、両軍の間には多数の死傷者が横たわっている。隼人はこの光景にさらに疑問を深める。普通の盗賊団ではこれほどの死傷者に耐えられるものではない。とうの昔に士気が崩壊して逃げ散っているはずだ。
だが現実はそうではない。盗賊団は士気旺盛に領主軍を攻めたてている。果たしてその士気を維持せしめているのは希望か、恐怖か。何はともあれ、異常な光景というしかなかった。
東から接近する隼人直率の騎兵隊は敵後方南面に回り込む機動をする。機動で敵の士気を動揺せしめるのだ。それから、敵が恐怖によって士気を維持しているなら督戦隊がいるはずだ。隼人はこれの撃破を狙う。
「ビンゴ」
隼人は短くつぶやく。そこでは30ほどの騎士が分散して脱走兵を切り捨てていた。彼らの周囲ではあちこちに盗賊の死傷者が転がっている。まずはこれを撃破してしまおう。
「騎兵隊!前方の敵督戦隊を蹂躙する!相手は味方に剣を向けるような恥知らずだ!1騎残らず討ち果たせ!」
この隼人達の動きに督戦隊も気づいたようで、動揺しつつ集合しようとするものや、中央ではわずかな手勢を連れて逃げ出そうとしている者達もいる。
「梅子!騎兵隊の指揮を任す!このまま督戦隊を蹂躙した後盗賊の背後を突け!桜、セレーヌ、パウル、他3名は俺に続け!逃亡者を追い詰める!」
隼人はこの攻撃の指揮をとったのはあの者ではないかと予測した。生け捕りは無理でも逃がすわけにもいくまい。彼らは短慮にも南へ向かって敗走中だ。西に敗走されれば捕捉は困難を極めただろうに。
「桜!200まで近づいたら馬を狙うぞ。まずは全員落馬させろ。俺は先頭を狙う。桜は後ろから頼む」
「了解、200で後方の馬を射ます」
桜を呼び寄せて命令を伝えると、復唱が返ってくる。復唱は認識の一致に効果があるため、隼人隊では奨励している。
そのまま接近を続ける。標的はまだ遠いと考えているのか、隼人達が小勢と侮っているのか、一直線に逃げ続ける。が、距離が少しずつ縮まってゆく。そしてその距離が200に達したとき、隼人と桜の矢が放たれた。同時に命中。馬は驚き、騎兵を振り落とす。それを見た敵兵は敗走を停止し、防御態勢をとる。どうやら落馬したのは重要人物らしい。そのお供もそれなり以上の訓練を受けているようだ。
「桜、状況が変わった。次は騎兵を射てくれ」
「了解、騎兵を射ます」
「全軍突撃!」
隼人の合図で7騎の騎兵が突撃を開始する。
敵も無事な5騎が迎え撃とうとするが、隼人と桜の弓で3騎が討ち取られる。
7対2では勝負にならず、あっけなく敵は全滅する。それでも敵の意地か、セレーヌの兜が弾き飛ばされ、要修理となった。残った落馬した2人も激しく抵抗したため、捕虜にできずに殺すことになった。
「奪った馬に死体を乗せろ。こいつらはきっと何かある」
隼人は勘ではあったが、これがとんでもない厄介事の重要証拠であると確信したからである。
準備を手分けして手早く終えると、すぐに戦闘態勢を整える。
「よし、戦場に復帰するぞ。まだ戦闘中かもしれん」
「隼人、その前にわたくしに兜を貸してもらえませんか」
はやる隼人をセレーヌが呼び止める。
「理由は?」
「あの領主軍、レンヌ・アンリ、つまりガリア国王の軍勢ですわ」
「…だから顔を隠したいと?しかし俺のでは大き過ぎるのでは?」
「大きいほうが隠しやすいですわ。それに、あなたなら兜なしでも死にそうにありませんし」
「はは、酷い理由だ。まあよかろう。セレーヌの身分がばれるとまずいからな」
「お手数をおかけしますわ」
そう言ってセレーヌは兜を受け取る。
「よし、では急ぐぞ!俺に続け!」
隼人達は戦場に復帰すべく足早にその場を去った。
隼人が追撃を始めてすぐの頃、戦場では梅子指揮下の騎兵隊が盗賊の背面を襲撃していた。
「督戦隊は蹴散らしたぞ!打ちかかれ!」
梅子は督戦隊を蹴散らしたことを喧伝して盗賊の士気を奪いにかかるのも忘れない。
背面から襲撃を受けた衝撃と、梅子の喧伝で士気を喪失していき、すぐに逃げ出す者が続出し始めた。一度逃走に成功した者が現れると、我も我もと手がつけられない。前線にも督戦する者がいたようだが、今や逃げようとする盗賊たちと同士討ちを始めつつあった。
「逃げるな!アンリを討ち取れば勝てる!アンリを討ち取った者には褒美は思いのままだぞ!」
「こんなの勝てるか!俺は逃げるぞ!」
「おい待て!逃げる奴は俺が叩き切るぞ!」
「やれるもんならやってみろ!」
盗賊たちを叱咤激励する声も聞こえるが、もはや効果はないようだ。梅子は士気を喪失した連中を捨て置き、まだ戦意を残している集団に打ちかかった。
熊三郎達歩兵隊も戦場に到着しつつあった。その頃には敵集団後方はほぼ瓦解しており、前線がかろうじて生き残るために戦っている状態だった。そこに100人超の集団が迫れば士気が瓦解するのも無理はない。盗賊団右翼は熊三郎隊と接触する前に瓦解し始めた。
「わしに続け!敵右翼を突破して領主軍と合流する!カテリーナは右翼を、アエミリアは左翼を固めろ!アルフレッドはわしとともに先頭で打ちかかれ!」
熊三郎が下知を下す。熊三郎隊は雄たけびをあげて突撃を開始した。
隼人達が戦場に復帰したとき、すでに戦場は掃討戦に移っていた。領主軍(おそらくはアンリ王軍)も反攻を始めている。隼人達は逃げ惑う盗賊たちに攻め寄せた。
敵の掃討をあらかた終えると、隼人は督戦隊の隊長達の死体を連れて、友軍の隊長(おそらくはアンリ王)に挨拶に向かった。
はたして隼人が救った友軍はアンリ王の軍勢だった。
「お久しぶりでございます。私は隊商長をしております中島隼人と申します」
隼人は跪いて挨拶する。
「おお、隼人か。覚えているぞ。前にあったのは…去年の9月であったか。いや、今回は助けられた。面を上げよ。楽にせい」
隼人はアンリの許可を得て立ち上がる。
「して、後ろの馬にのせてある死体は何かな」
「はっ、盗賊団の督戦隊の隊長らしき人物が逃走を図りましたので、討ち取りました。今回の襲撃の調査に役に立てばと思い、死体を確保しました」
「ほう、さすがだな。大義である」
アンリ王は目を細めて喜び、隼人を褒める。そのまま死体を確認するが、アンリ王では分からなかったらしく、アンリ王の部下に引き取られていった。
後にこの隊長は、ルブラン派の男爵の手の者と、持ち物から判明し、男爵が処断、改易されることになる。
「どうだ、あれから。余に仕える気にはなったかな?」
アンリ王が親し気に隼人に尋ねる。
「…その件については今だ思案しているところでございます。今はまだ、ご猶予を」
「ほう、戦では果断なのに、人生には優柔不断なのだな。何事も早い方が良いぞ」
「申し訳ございません」
「よいよい、人生も人それぞれじゃ。だが今回の件でいつでもお前を男爵にすることができる。いつお前が余の下に参じようが、余は歓迎するぞ」
「ありがとうございます」
アンリ王が気のいいことを言う。戦勝と危機を脱した安堵で気が大きくなっているらしい。
「それにしても」
アンリ王が隼人の隊商を見やる。
「隊商の兵にしては見事なものよ。質も、数も…」
アンリ王は隼人の隊商を眺めていたが、ある一点に目が止まる。その視線の先には、予備の兜と隼人の兜を交換するセレーヌの姿があった。セレーヌはサイズ違いのあまりの不格好さに耐えかねて兜を交換していた。その時にセレーヌとアンリ王の目線が合ってしまった。セレーヌは慌てて兜をかぶるが、2人の間に緊張が走る。
「…隼人、あそこの女騎士の名前は何という」
アンリ王の言葉に隼人は振り返る。アンリ王の視線の先にはセレーヌがいた。隼人は冷や汗が流れる。
「……あの者は…最近入ってきた者で、まだ名前を憶えておりません」
「ほう…、ではあの者呼んで来い」
「いや…それは…、あの者は人見知りで…どうかご勘弁を」
「ガリア王の命が聞けぬか」
「……」
隼人はアンリ王の配下ではないから命令に従う義務はないが、ガリア王国で商売をする身としては断りづらい。隼人は沈黙してしまう。2人の間に不穏な空気が流れる。
その空気を察したのか、セレーヌがこちらに向かってくる。
「隊長、兜をお貸しいただきありがとうございました。陛下、私はセレナと申します。お見知りおきを」
セレーヌは兜を隼人に渡し、アンリ王にとっさに思いついた偽名を名乗って跪く。3人の間に沈黙と緊張が流れる。
「……よかろう。隼人にセレナ、向こうで少し話をしよう。アベル、マテュー共をせい!」
そう言ってアンリ王は馬上の人となる。隼人とセレーヌも慌てて馬に乗って後に続く。
しばらく行って、話し声が聞こえないだろうところでアンリ王は馬の足を止め、降りる。それに続いてアベル、マテュー、隼人、セレーヌも下馬する。
「久しぶりだな、セレーヌ。兜くらい脱いだらどうだ」
アンリ王の言葉に渋々といった体で兜を脱ぐセレーヌ。
「……ご無沙汰しております、叔父上」
「セレーヌ、何故こんなところにいる」
「…ルブランの家に行くのは嫌です。ですから隼人の隊商に押しかけました」
「隼人、セレーヌの言に相違ないか」
「……はい、間違いありません」
「ふむ…、そうか…」
アンリ王の嘆息に場に沈黙が流れる。
「…叔父上、わたくしが押しかけただけなのですから、隼人にはお咎めない様に。罰はわたくしが受けます」
「おい!セレーヌ!隊商への参加を認めたのは私です。私にも責任があります。ですから…」
「もうよい」
隼人の言葉をアンリ王が遮る。
「隼人、余に仕えよ。男爵にしてやる。セレーヌ、お前は公の場ではこれからセレナだ。隼人の騎士として励め。貴様らに拒否権はない」
「…もし断ったら…?」
「国中に王女誘拐の罪で指名手配だ」
「……」
隼人の質問にアンリ王が簡潔に答える。
「だから、貴様らには拒否権はないのだ」
場に沈黙が再び訪れる。隼人にとってこのような形で仕官するのは本意ではない。しかし、アンリ王の人柄は、セレーヌの手前言えないが、内心気に入っている。仕官するとしたら彼の下だろう。それにガリアで商売ができなくなるのは大きすぎる痛手だ。考える余地がない。
「その話、お受けいたします」
5分ほどの沈黙の後、隼人は結論を出す。
「ふむ、もう少し果断に判断してほしかったものだが、まあ良い。忠誠の誓いはロリアンで立ててもらう。話はこれで終わりだ」
そう言うとアンリ王は馬に跨りもと来た道を戻っていった。
「これでよかったのだろうか…」
「……」
隼人の呟きにセレーヌは言葉を返すことができない。
「まあ、セレーヌがルブランのところに嫁がずに済んだのは幸いだったな」
「ありがとう…、隼人」
「しかし『セレナ』なんてよく認められたな」
「叔父とルブランは対立し始めていましたから、わたくしは行方不明の方が都合がいいのでしょう。わたくしがルブランに嫁げばルブランが国を乗っ取ろうとしかねませんから。それから、わたくしがあちらこちら動き回るのも怖いですから、隼人を通じて監視しようとしているのでしょうね。すぐに監視役が来ると思いますわ」
「そんなものか…」
セレーヌの推測に隼人は納得する。
「さあ、男爵様、みんなのところに帰りましょう。このことを伝達しないと」
「そうだな」
2人は馬に乗り、隊商の下へ向かった。隊商の足跡に、予想外の終止符が打たれた瞬間だった。
これで1章は終わりです。次から2章に入ります。近日中に1章あらすじを投稿する予定です。




