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第35話 エーリカとのひと時

 夕食会の翌日の朝食の席、すでにエーリカはめかしこんでいた。上下ともに黒を基調とした、男物に近いいでたちで、昨日の服よりも心なしか上等な感じのする一波羅だ。男物に近いとはいえ、かなり大振りな女性の象徴を持っているエーリカの上着は余裕のあるつくりになっているが、それでも胸の部分が窮屈そうだ。隼人はそんなエーリカの姿(正確には胸)に目を奪われていると、どこかからか冷たい視線を感じたので、取り繕うように朝食に集中する。



 「さて、朝食も終わったことだし、出かけるか」


 エーリカも隼人も朝食前に身支度を整えていたので、朝食を終えるとすぐに街に繰り出すことにする。




 「ところで、朝食の席で俺の胸をじっと見ていたようだが、そんなに俺の胸が好きか?」


 城を出てしばらく歩いたところで、エーリカが少し恥ずかし気に隼人に聞いてくる。どうやらきっちりばれていたらしい。


 「えっ、いや、その、えっと…。うん、エーリカの大きな胸も好きだ」


 隼人も嘘をつくわけにもいかず、正直に言う。


 「も?」


 「エーリカの今日の服装も素敵だ。凛々しく、かっこよく、うつくしい。それに女性の価値は胸で決まるものじゃないから、小さい胸でも俺は好きだ。もちろんエーリカは素敵な女性だと思っている」


 隼人はエーリカを褒めるついでに変態なことも言い出す。


 「そ、そうか?そう言われると照れるな。でも知ってるぞ。お前が大きな胸の方が好きなのは。俺や桜や梅子の胸ばかり見てるじゃないか」


 それでもまんざらでもないあたり、エーリカも相当ずれている。


 「うっ、否定はできないな。でもエーリカはエーリカであるから好きなんだ。それは分かってほしい」


 「知っているさ。俺も隼人が隼人であるからこそ好きなんだ。もちろん、強いからというのも最低条件に入っているが」


 「ありがとう、エーリカ」


 隼人はそう言ってエーリカの手を握る。エーリカは一瞬驚くが、すぐにその手を握り返す。離れたところからついてきていた護衛達はその様を見聞きしてうんざりした気分になった。




 「ところで、隼人は何か新調したい武具はあるのか?」


 「そうだな…。現状特に困っているわけではないが、短剣とメイスと盾でも見ていこうかな」


 「メイス?コンキエスタの騎士団の真似事でもするのか?」


 「そう言うわけではないが、メイスの方が両手剣よりも相手を昏倒させやすいだろう?相手が生きていれば捕虜として連行できるという算段さ。それに、接近戦には小型の武器の方がいいしな」


 「なるほど、そういう考えもあるのか。じゃあメイスならあそこの店、短剣はあっち、盾はあそこの店が質がいい」


 エーリカの案内で武具店を見て回る。さすがエーリカが推すだけあってどれもいい品がそろっていた。しかし最近の出費で隼人の懐事情が芳しくなく、3つの武具店を何度も行き来し、長時間吟味することになった。




 「隼人、懐が厳しいなら俺が買ってやろうか?」


 煮え切らない隼人にとうとうエーリカがそんな提案をしてくる。


 「いや、それは悪いよ。以前もらった両手剣にもいまだお世話になっているしな。自分で買うよ」


 「あの両手剣、まだ使っていてくれたのか。さすが俺が見込んだ剣だけはある。しかし遠慮するな。指輪の礼だ」


 「あの両手剣より優れた業物はいまだに見かけていないよ。ありがとう。でも今回は自分で買わせてくれ」


 「俺は隼人に甘えるのも好きだが、隼人に甘えられるのも好きなんだ。俺に贈らせてくれ」


 「そこまで言ってくれるなら…」


 武具店でいちゃつくカップルも珍しいだろう。たまたま同じ店にいた客や店番がうんざりした顔をする。そんな視線にも気づかずに2人はこの盾は重過ぎるだの、このメイスは長すぎるだの、この短剣は軽すぎるだの、3つの武具店を見て回りながら肩を寄せ合って評論する。

 最終的に、エーリカがこれぞと思った短剣を隼人に買い与えたのは、昼もだいぶん過ぎた頃だった。




 「腹が減ったな。『ヴィーキング』にでも行くか」


 エーリカの案内で、昼の混雑が解消され、そろそろ茶やコーヒーを楽しむ人々がやってくる時間帯に隼人達は昼食をとりにエーリカの馴染みの店に向かう。


 「昼にしては時間が遅いから軽めにしておくか。隼人はどうする?」


 「俺もエーリカと同じでいいよ。あ、飲み物は紅茶で」


 「ここはコーヒーが美味いのに、もったいないな。まあいい。では軽めの食事とコーヒーに紅茶を頼む」


 「かしこまりました」


 これで注文が通るあたり、エーリカは相当な常連だ。


 「エーリカはここにはどれくらいの頻度で来るんだ?」


 「そうだな、街に出るときはいつもここを利用しているな」


 エーリカは軍勢を率いていないときは訓練か、武具店を見て回るかのどちらかだ。だから結構な頻度でここに足を運んでいることになる。ルドルフが頭を抱えてそうだ。

 そうして雑談をしていると、すぐに昼食が運ばれてきた。ソーセージとザワークラウトと豆のスープだけとシンプルすぎる食事だ。添えられた2つの白パンがかろうじて高級感を演出している。これが黒パンなら庶民の食事と大差ないだろう。もちろん実際には上等な食材を使った、手の込んだ料理なのだが。




 2人は昼食を食べた後、そのまま焼き菓子とコーヒーと紅茶を楽しむ。


 「隼人と一緒なら、こうしたゆっくりした時間も楽しいな。普段はどこへ行ってもルドルフやフリッツ、護衛の目に貴族の目があるからな。ちっとも体が休まらん」


 「それは大変だな。それならこの1週間、こうしてゆっくり過ごすか?」


 隼人としては休暇も盗賊狩りでは休養にならないので、さりげなく楽な方に誘導する。


 「いや、いつか一緒に盗賊狩りをしたいと思ってたんだ。野山を駆け回れるから気持ちいい。隼人は嫌いか?」


 「そうでないさ。今回ばかりはエーリカに付き合いたいしな」


 見事に隼人の目論見は外れるが、8カ月ぶりの再会でもあるのでエーリカに合わせたい気持ちの方が強かった。ただ、隼人の心にも戦いへの渇望が存在したのは事実だ。


 「そうか…、では隼人に甘えるか。だがこういう時間も悪くない。最終日は恋人の真似事をして街を散策するか。……さて、そろそろ出るか。フーゴの店に行こう。隼人は鉄砲、好きだろ?」


 「よくわかるな。俺は鉄砲がかなり好きだ。もっとも、まだまだ発展途上だがな」


 「わかるさ、前回の興奮ぶりを見ればな。俺も鉄砲には期待しているしな」




 2人は武器や戦の話となると話が弾む。隼人は業が深いと感じながらも、これは己の野心の表れの1つではないかとも考えていた。2人は楽しそうに、物騒な会話をしながらしばらく歩いていた。


 「よう、いらっしゃい」


 店に入った2人を店主のフーゴが出迎える。


 「エーリカの嬢ちゃんか。隣の男は…隼人か!久しぶりだな。嬢ちゃんとの噂は聞いてるぜ。ってもう指輪を贈ってんのか。気が早いことだ。ところで俺の短銃はどうだった?」


 フーゴが隼人とエーリカとのことを、まるで近所の子供のお祝いごとのように喜ぶ。エーリカはフーゴのこういうところも気に入っている。


 「エーリカとのことは公然秘密ってところにしてくれ。短銃は中々面白かったが、実戦がまだだ。戦い自体避けるようにしていたせいもあるが、いざとなっても使う機会がなくてな」


 隼人は申し訳なさそうにフーゴに答える。


 「そうか…、そいつは残念だ。どういう理由で使わなかったか聞いてもいいか?」


 「やはり短銃では遠距離戦に難があるな。それから連射性で弓にはまだ勝てんからつい弓を使ってしまう。接近戦でも剣を使うことが多いしな。せめて相手が重装甲ならこいつも役目があるのだが」


 隼人は懐にしまっていた短銃をいじりながら難点を上げる。


 「そうか…。まあそいつは趣味の塊みたいなものだからな。そういえばよその国の鉄砲はどうだった?」


 「それに関しても、どの国も大同小異だな。むしろ技量の面でフーゴの方が優れているくらいだ。まあ、1隊商長が相手では先進的な品物は見せてくれなかったのかもしれないがな。ああ、そう言えば肩当てのついた鉄砲は見たことがないな」


 「「肩当て?」」


 エーリカとフーゴが同時に反応する。


 「ああ、こんな風に鉄砲の後ろに銃床を伸ばして肩に当てることで射撃姿勢を安定させるんだ」


 隼人は持っていた日記の白いページを破いて、それに銃身より下に肩当てのある曲銃床の概要を書いて説明する。


 「これは面白いな。これまでは棒を地面に刺して、それに銃身をのせて安定させていたが、これならかなり持ち運びも射撃も楽になりそうだ」


 「確かにな…。いい思い付きだ。すぐに1挺改造してみよう」


 エーリカとフーゴが興味深そうに隼人の書いた紙を眺める。


 「では19日にまた来るから、それまでに頼めるか」


 「改造なら何とかなるな。悪いがすぐに作業にかかるよ」


 そう言ってフーゴは店の奥に消える。

 その後、2人はフーゴから代わった店番に許可を得て鉄砲を手に取ってじっくりと眺めて夕方まで過ごした。




 「前しーん!」


 朝の太陽にエーリカの声が響く。隣には隼人がおり、その後ろにはフリッツが控えている。さらにその後ろにはエーリカの騎兵40と歩兵20が控えていた。騎兵はエーリカ隊20と隼人隊20にきれいに分かれている。

 この日、6月14日から18日までの5日間、盗賊狩りを行うのだ。




 この時代の盗賊狩りは鷹狩やキツネ狩りのような、1種のスポーツとして考えられていた側面がある。盗賊はいくらでもいたし、盗賊のなり手も、敗残兵に脱走奴隷と事欠かない。さらには捕虜は奴隷として売りさばけるので、経済にも嬉しい。もちろん軍勢の訓練にもなる。盗賊狩りは趣味と実益を兼ねているのだ。


 初日は盗賊に遭遇せず、西に移動しただけだった。ケルン周辺ではエーリカが熱心に盗賊狩りを行っているため、1日の範囲では盗賊は滅多にでないのだ。


 2日目の昼前、隼人達は丘の上に陣取る、80人ばかりの盗賊団を発見した。向こうもほぼ同時に発見したようで、一瞬遅れて動きがあわただしくなる。


 「隼人!どちらが多くの盗賊を討ち取るか競争だ!逃がさないように捕捉するぞ!俺は左から攻める!」


 「あっ、ずるいぞ!一番なだらかな所から!じゃあ俺は正面突撃だな」


 盗賊団右翼は傾斜がなだらかだが、左翼は傾斜がきつい。エーリカは一番楽な右翼を先にとったわけだ。隼人とエーリカ以下42騎が速足で前進し、それにフリッツの歩兵隊が続く。

 盗賊団は方針を決めるのに手間取ったようで、しばらくしてからようやく迎撃の態勢を取り始める。だが、迎撃態勢が整おうとしたところで、すでに隼人の弓の射程に入っていた。


 「先ずは1矢」


 隼人は200メートルの遠距離から獲物を探す。盗賊の群れの中に1人、周囲にわめきたてている人物がいる。標的は彼だ。150メートルで弓を引き絞る。馬の動きに合わせて射る。命中。隊長らしき人物が頭から矢を生やして絶命する。それと同時に盗賊団が急に乱れだす。隼人はそれから素早く3矢放った。


 「突撃!」


 隼人は素早く弓をしまい、両手剣を抜く。その後ろで隼人に続く20騎が槍を構える。左を見れば、槍を構えたエーリカを先頭にエーリカ隊が突撃を開始している。

 盗賊団はこれを見て恐慌状態に陥り、背中を見せる者が現れ始める。しかし隼人とエーリカの牙はすぐそこまで迫っている。逃げられるものではないだろう。

 まずはエーリカの槍が盗賊の胴を貫き、隼人の両手剣が盗賊の首をはねる。続いて40騎の騎兵が突入した。この攻撃で一気に30人近い盗賊が命を失う。さらには幾人もの盗賊が馬に跳ね飛ばされ、踏みつぶされる。盗賊団は一気に瓦解し、戦闘は虐殺に変わった。




 「ふう、これで片付いたな。隼人!お前は何人やった?俺は14人やったぞ!」


 エーリカが槍を振って隼人に問いかける。


 「俺は12人だ!今回は俺の負けだな!」


 隼人も剣を掲げて答える。


 「そうか!俺の勝ちか!しかし隼人の弓は見事だったぞ」


 エーリカが馬を寄せてくる。健康的な汗が顔に髪を張り付かせて艶めかしい。


 「弓は俺の特技の1つだからな。しかし桜もこれくらいやるんだぞ」


 「ほう、あのお嬢様もあれで中々やるのか。しかし謙遜するな。隼人の弓の腕は素晴らしいぞ。獲物を狙う目もだ。1矢で盗賊団を瓦解させたじゃないか。それに、デート中に他の女の話をするものではないぞ」


 「あっ、すまん。エーリカにこうも褒められると何だか気恥ずかしくてな」


 エーリカは謙遜のだしとはいえ、他の女の話をされて嫉妬する。そんな自分に内心驚いている。


 「しかしエーリカは槍も上手いんだな。相手が盗賊なのが役不足だが」


 「貴族なら槍もたしなみみたいなものだ。隼人は槍はどうなのだ」


 「おれも槍は一応使えるが、弓を選ぶと槍を持ち運べなくてな。それで弓と剣を選んでる」


 「そうだったのか。じゃあ今度は槍で模擬戦をしてみるか」


 エーリカが新しい玩具を見つけた子供のような笑顔で言う。


 「…お手柔らかに頼む」




 隼人達は17日までに6つの盗賊団を撲滅した。討ち取った数は3勝2敗1分でエーリカが勝った。


 「今回は俺の勝ちだったな。また今度勝負しよう。次も勝つぞ」


 「ははは、次は俺が勝たしてもらうよ」


 エーリカと隼人は互いの健闘をたたえ、次の勝負を約束する。

 隼人達は往きと同様、帰路も1日かけてケルンに帰着した。




 「さて、今回は槍を合わせてみようか」


 エーリカが槍代わりの棒を持って隼人に言う。盗賊狩りから帰った翌19日の午前、2人は城の中庭で対峙していた。


 「さあ、始めようか」


 獰猛な笑みを浮かべたエーリカの声を合図に、2人は棒を構えて互いに牽制する。

 突き、切り払い、叩くなどの応酬が続く。エーリカは始め、隼人の我流ながら洗練された動きに戸惑ったが、次第に隼人の癖をつかみ、圧倒していく。隼人も焦るが、焦れば焦るほど動きが雑になっていく。剣と弓に注力していたために槍の訓練がおろそかになっていたツケだ。

 そしてとうとうエーリカの槍が隼人の手の甲をとらえ、打ち据える。隼人は思わず棒を取り落とし、勝負がついた。


 「俺の勝ちだな。しかし隼人、そこまでの腕がありながら、槍の鍛錬を怠っていただろう」


 「やっぱりわかるか。両手剣と弓に最近は注力していたからな。正直、槍を握るのは久しぶりだ」


 「何とももったいない話だ。そうだ、俺が稽古をつけてやる。多少はマシになるだろう」


 「えっ、でも今日はフーゴの店に行かないと…」


 突然のエーリカの宣告に隼人は驚く。


 「それは午後からでも大丈夫だろう。さあ、槍をとれ!打ちかかってこい!」


 エーリカの言い分にため息を漏らしつつ、隼人は棒を握り、全力で打ちかかっていった。




 昼前の城の中庭にエーリカが満足そうな顔でたたずんでいた。その傍には隼人が大の字で寝転んで息をあげている。


 「よし、今日はこれくらいにしておこう。隼人、水浴びをして来い。俺も体を拭う。昼食は城でとるぞ」


 そう言ってエーリカは隼人を助け起こす。


 「はあ…、はあ…、エーリカ、少しは手加減してくれ。体がもたん」


 「すまんすまん。隼人は鍛えがいがあるからつい熱中してしまった。わびに俺が体を拭ってやろうか?」


 エーリカがいたずらっぽく隼人に冗談を言う。


 「…ずいぶん魅力的な提案じゃないか。じゃあ俺はそのお礼にエーリカの水浴びを手伝うか」


 エーリカの冗談に隼人もセクハラまがいの冗談で返す。


 「な、何を言っている!まだそう言うのは早い!」


 エーリカが赤い顔で拒否をする。


 「ははは、冗談だよ、冗談。エーリカが変なことを言うから悪乗りしただけだ」


 「ま、全く、お前じゃなければ打ち首にしていたところだ。もう少し稽古で痛めつけた方が良かったか?」


 「い、いいや、もう十分」


 隼人は笑いながらその場から逃げ出した。




 隼人とエーリカの2人は昼食をとった後、フーゴの店を訪れていた。


 「よう、待ってたぜ。改造は3挺ほど終わっている。試してみるかい?思ったより具合がいいぞ」


 笑顔でフーゴが迎える。彼は店の奥へ行き、すぐに3挺の鉄砲を持ってくる。全て火打石式だ。2挺は色々と試行錯誤した後が見受けられるが、残り1挺はきれいな状態で、おそらくは2挺の結果の集大成なのだろう。


 「早速試射させてもらってもいいか?」


 エーリカがワクワクしながら催促する。


 「ああ、2人ともついて来てくれ。今までの鉄砲より簡単に狙いがつけやすくなっているぞ」


 フーゴも楽しげだ。


 「そうだ、比較のために従来型の鉄砲も試射させてくれないか?長く撃ってないもので、感覚を忘れてしまっているんだ」


 隼人が鉄砲を撃ったのはゲームの時が最後だから、もう2年以上前になる。だから感覚がよくわからなくなっているのだ。


 「確かにその方がわかりやすいな。よし、準備しよう」


 フーゴも快諾して適切妥当な銃を準備する。

 3人は4挺の銃を持って店の裏の射撃場に向かった。




 店の裏で何発もの轟音が響く。その度に的に正確に銃弾が吸い込まれる。


 「やはり肩当てがあるのとないのとでは段違いだな」


 2種類の銃を撃った隼人がつぶやく。


 「これはすごいぞ!これならとっさの時も狙いがつけられる。金属鎧を着用できないのは難点だが、まあ鉄砲の威力の前にはそんなもの無意味だろう。早速うちで採用するぞ。フーゴ、うちに納入する鉄砲は全部これにしてくれ。余裕があれば城にある分もこれに改造してくれ」


 エーリカがはしゃぎ気味にフーゴに注文する。


 「毎度あり。一応後でルドルフを通して契約してくれ」


 エーリカの喜びようにフーゴは苦笑して釘をさす。


 「ああ、これほどのものならすぐに快諾してくれるだろう。説得のために1挺貸せ」


 「あいよ。隼人もこのアイデアのお礼に1挺持って行ってくれ」


 フーゴは気前よく、きれいな方をエーリカに、試行錯誤した2挺のうち1挺を隼人に渡す。


 「いいのか?鉄砲は結構な値段がするだろう?」


 「なあに、お前のアイデアに比べれば安すぎるくらいだ。弾も火薬もつけてやるよ」


 「そいつは…、お言葉に甘えるか。ありがとう」


 気前のいいフーゴに隼人は申し訳ない気持ちになるが、フーゴにとっては大きな技術革新だ。


 「これからもアイデアを出してくれ。すぐに対応するぜ」


 「俺にも教えてくれよ」


 フーゴとエーリカが期待の目で見る。


 「あ、ああ、思いついたらメモしておくよ」


 隼人は内心早まったかなと思ったが、エーリカ御用達の店だからいいかと気持ちを切り替える。アイデアを小出しにして少しずつ現代の銃に近づければそれほど歴史に影響はないだろう。




 ひとしきり試射を楽しんだ後、2人はその足で『ヴィーキング』に向かった。

 店に着くと、すでに誰かが連絡を入れてくれていたのか、すぐにコーヒー、紅茶、焼き菓子が出てきた。それにさして疑問を覚える様子のないエーリカに、隼人はやはりエーリカも侯爵様なのだと感じた。




 「隼人は将来、どうするつもりなのだ?このまま行商を続けるのはお前の夢ではなかろう?」


 優雅なひと時を楽しんでいると、唐突にエーリカがそんなことを聞いてくる。


 「将来…か…」


 隼人は考える。隼人はこれまで流されるように生きてきた。幼稚園から大学まで周囲に合わせて流されるように進学した。幸い、頭は良かったので大した苦労はしてこなかった。この世界に来て行商をしているのも、生きるため、状況に流されて生きてきたようなものだ。そこに隼人の自主性はほとんどない。


 「…侯爵の伴侶になって終わり、というのもお前らしくないだろう?俺はそんなお前を認めないからな」


 一言つぶやいて黙り込んでしまった隼人に対して、エーリカが一番楽な選択肢をつぶしにかかる。


 「俺は……、エーリカ達を幸せにしたい。今俺にあるのはエーリカ達だけだ。だからエーリカ達を大切にしたい」


 「なっ、馬鹿!俺は告白が聞きたいんじゃない。隼人の夢が聞きたいんだ」


 隼人の言葉にエーリカが顔を赤くする。


 「夢は今のところ、エーリカ達と幸せに暮らしたい、といったところかな。その他は思い浮かばないんだ」


 「…どうやら本当らしいな。小さな夢だが、口で言うほど簡単ではないぞ?」


 エーリカは隼人の目を見て、冗談を言っているのではないと判断する。


 「分かってはいるさ。このままではそれも実現できないのも。だが、どこかに仕官するのも、どこか違う気もしてな」


 「確かに隼人は仕官して終わる玉ではないな。いっそ国でも建てるか?」


 エーリカが冗談っぽく言う。


 「それこそ無茶だ。俺は別に破滅願望があるわけではない」


 隼人は苦笑して言う。


 「ははは、だがもしそうするなら俺はついていくぞ。今より面白そうだからな」


 エーリカは今度も笑いながら、しかしどこか真剣に冗談を言う。


 「はは、もしそうすることがあったら大陸統一でも目指すかな」


 隼人はそれに完全に冗談で返す。


 「はは、それは愉快そうだ」


 今度はエーリカも冗談で破顔する。

 隼人とエーリカはきわどい冗談を交わしながら楽しいひと時を過ごすのだった。


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