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第34話 ケルン再訪

 「うう、頭が痛い」


 「全く、いくらなんでも羽目を外し過ぎだ」


 2日酔いに苦しむカテリーナを梅子があきれたようにたしなめていた。

 今ヴェルダン東門には隼人達の隊商、220余名が集結していた。これからウェル河をさかのぼり、ケルンに向かうのだ。ケルンには5日後の6月12日に到着する予定だ。


 「出発!」


 隼人を先頭にして15台の馬車と多くの駄馬による隊商が行軍する。その様は軍勢とさして変わらないほど統率がとれていた。




 ケルンまでの道中はほとんど何事もなかった。アーリア王国の勢力圏に入ると、それまでちらほら見かけた、慌てて逃げていく盗賊団すら見かけなくなった。さすがはエーリカの勢力圏なだけはあって、治安がゆきとどいている。




 ケルンの城門に近づくと、城門に共を従えた馬上の人が出迎えていた。あの美しい金髪は間違いなくエーリカであろう。こちらから手を振ると向こうも歩み寄ってきた。

 果たして正体はやはりエーリカであった。フリッツも傍に控えている。


 「隼人!久しぶりだな!」


 「エーリカ!久しぶり!」


 お互い気安い挨拶を交わす。あまりの気安さに事情を知らない者たちがざわめくが、熊三郎が説明してくれている。それに甘えて隼人はエーリカの傍に馬を駆け寄らせる。


 「もうかれこれ……8カ月ぶりか。ずいぶん待たせてくれたな。忘れられたかと思ったぞ」


 そう言ってエーリカは馬上で握手する。本来なら隼人は下馬をして礼をすべきだが、エーリカがそのようなことを好まないのは承知しているので、隼人も馬上のままだ。


 「忘れるわけがないさ。エーリカは俺の大切な人なんだから」


 隼人はすまなそうに、照れくさそうに言う。


 「い、言ってくれるな。だが俺にとっても隼人は大切な人だから、再会できて嬉しいぞ」


 エーリカが乙女のように顔を赤くして再会を喜ぶ。どうやら隼人と会わない間に恋い焦がれて恋煩いをこじらせたらしい。8カ月の間に隼人がこの世界にさらに順応して、この世界の男らしくなったことも要因だろう。女に自分の気持ちを素直に言えるようになったのも重大な変化だ。


 「それにしてもずいぶん人を増やしたものだな。ざっと…220人くらいか。遠くからでもすぐわかったぞ」


 「ああ、一度タラント王国軍やり合ったものだから、念のためにな」


 「ほう。そういえばタラント王国で隼人が指名手配されたと聞いたが、事実だったわけか。その戦いのこと、後で詳しく聞かせてもらおう」


 指名手配された原因ではなく、その後の戦闘に興味があるところがエーリカらしい。


 「みんな奮戦してくれたが、そこまで面白い話ではないさ。エーリカの方はどうなんだ?」


 「俺か?俺は盗賊狩りがほとんどだったな。後は2回ほどノルトラントに出兵して、雑魚を蹴散らしてきた」


 「それは結構なことだ。領地とか加増されたのか?」


 「いや、うちの国の出兵は大抵捕虜と略奪が目的だからな。とはいえ俺の軍では略奪は秩序の妨げになるから、基本的にしないな。だから領地はとらないし、ゆえに加増も稀だ」


 エーリカが自国の戦争事情を暴露する。


 「それはまた…変わった戦争目的だな。何のために戦っているか疑問には思わないのか?」


 「それはたまに思うな。盗賊まがいの戦争より、大陸統一くらいの大義を掲げた戦争をしたいものだ。とはいえ今の王は覇気がなくてな、そんなことは期待できんし、仮に始めてもついていく気が起こらん」


 「そ、それはいくらなんでも口が過ぎないか」


 「大丈夫だから覇気がないのだ。貴族たちはみな勝手に動いているよ。コンキエスタの聖戦に出て行ったり、ノルトラントに略奪に行ったり、まるで秩序がない。まあ先代の王からこんな感じだったらしいがな。先々代の王の拡張政策は上手くいっていたらしいが、統治が上手くいかなくてな。それで統治を諦めて略奪に専念するようになったらしいな。王家の家訓になっているらしい」


 「そんなのでよく王国の政治が動いているものだなぁ」


 「動いてなんかないさ。うちの国は貴族の連合体みたいな側面があるからな。貴族がしっかりしていれば何とかなるのさ」


 アーリア王国の政体は中々複雑のようだ。家宰のルドルフの苦労がしのばれる。


 「ま、政治の話など面白くもなんともない。宿は俺の兵舎で何とかなるから、城までゆっくり戦について語らい合おうじゃないか」


 「いや、交易品の売買があるのだが…」


 隼人がそう言いかけたところでセオドアとアエミリアが馬上のまま駆け寄る。


 「隼人隊長、商業ギルドには私とアエミリアが行きますよ」


 どうやら気をきかしてくれたらしい。


 「そうだな…。頼むよ。ケルンを出たらヴェルダン、サン・ローに向かうからそのつもりで。滞在日数は……」


 「7泊くらいしていけ。せっかく8カ月ぶりなんだから俺に付き合え」


 エーリカがくちばしを突っ込む。しかも拒否は許さないと目で言っている。


 「…まあいいか。7泊だから20日出立の予定で頼む」


 「わかりました。ではお先に商業ギルドに行ってきます」


 「頼む」


 セオドアとアエミリアが市内へ速足で進んでいく。それを見送りながら隼人とエーリカは城へと、雑談しながら進んだ。




 「さて隼人、積もる話はいくらでもある。早速土産話を聞かせてもらおうか」


 エーリカが早速隼人の客室に入り浸ろうとする。


 「エーリカ様、それよりも書類仕事が先です。エーリカ様の印をもらわなければならない書類が山とありますから」


 ルドルフがエーリカを制止する。ちなみに印鑑はロマーニ帝国時代に大陸中に広まっている。


 「ル、ルドルフ!きょ、今日くらいいいではないか」


 どうやらエーリカもルドルフには頭が上がらないらしい。


 「駄目です。領主が昼間から遊んでいていいわけがないでしょう」


 「くっ、仕方ない…。隼人!お前も付き合え」


 隼人にも流れ弾が飛んでくる。


 「えっ、でも俺は部下の部屋割りとかの仕事もあるし」


 「それは私と熊三郎殿でやろう」


 隼人の逃げはフリッツによってあっさり止められる。


 「で、でも、一介の隊商長が領主様が見るような機密性の高い文書を扱うのは問題がありませんか、ルドルフさん」


 「それも一理ありますが、エーリカ様の将来の伴侶となるならば多少の書類仕事は覚えていただけねば。それに、機密性が高い書類は私が扱いますし、あなたのことは信頼しています」


 「と、いうわけだ。さっさと仕事を終わらせて土産話を聞かせてもらうぞ」


 隼人は退路を塞がれた。ついでにさりげなくルドルフに外堀を埋められている。

 結局隼人とエーリカとルドルフは夕食の直前まで書類と格闘していた。それでも久々にたまっていた書類がなくなったとルドルフは大喜びだった。




 その日の夕食会では、隼人達がケルンを出て以降仲間になった幹部を紹介して始まった。エーリカが侯爵なのでみんな緊張している。しかしエーリカは気にすることなく何度か会話を交わす。


 「隼人、良い人々と出会えたな」


 「ああ、俺の自慢の部下だ」


 こう言われればみんな悪い気はしない。隼人はともかく、エーリカから褒められたことには恐縮しきりであったが。


 「ところで、桜、梅子、カテリーナが指輪をしているが、あれは何だ?」


 エーリカがとがめるような目で隼人に問う。


 「ああ、あれは恋人の証に、それぞれの誕生日に贈ったものだ。マチルダ子爵には受け取ってもらえなかったが、預かってはもらえた。もちろんナターシャとカチューシャにも贈る。それから…」


 隼人はおもむろに金の腕輪と金の指輪を手に取る。


 「エーリカにも、どうかこれを受け取ってほしい。同時に7人に告白するようなものだが、俺はエーリカのことが好きなんだ。もちろん桜達も」


 それを見たエーリカは目をぱちくりとさせる。隼人の言葉を飲み込むと、何度か頷き、隼人にその答えを返す。


 「ああ、喜んで受け取ろう。せっかくだから隼人の手ではめてくれ」


 エーリカの言葉に隼人は頷き、エーリカの右腕に腕輪を、左手薬指に指輪をはめる。

 エーリカは上機嫌に、特に指輪をしげしげと観察する。


 「嬉しいぞ、隼人。いつの日か必ず夫婦になろう。それまで死ぬんじゃないぞ」


 「ああ、もちろんだ。結婚はまだ先だが、必ずみんなと一緒に幸せにする。それまでは絶対に死なんよ」


 隼人の言葉にさらに上機嫌になったエーリカは、隣の席の隼人を引き寄せ、その唇を奪う。人前でのその大胆な行為に周囲が絶句する。隼人も突然のことに驚いたが、エーリカの背に手を回し、その唇を存分に堪能してからエーリカを引きはがす。


 「…エーリカ、さすがに人前ではどうかと思うぞ」


 「俺とお前の仲なんだからいいじゃないか。初めてでもないし」


 エーリカの言葉に桜達が目を険しくして説明を求める。


 「あっ、いや、以前ケルンに来て2人で酒を飲んだ時にキスをしたんだ。別にそれ以上のことはないぞ」


 「拙者が一番乗りではなかったか…」


 隼人のカミングアウトに梅子ががっかりする。




 「……はぁ、これは早急に隼人殿にはうちの国に仕官していただかなければ…」


 ひとしきり喧騒が収まった後、ルドルフが眉間を揉みながらつぶやく。


 「??別に隼人に仕官を強要することもなかろう。こいつはアーリア王国貴族の玉ではないぞ」


 エーリカがルドルフの呟きに疑問を投げかける。


 「しかしエーリカ様と結婚していただく以上はそれなりの爵位があった方がいいのは確かですぞ」


 「別に隊商長でも、他国の貴族でも構わないだろう。それがうちの国だろう?」


 「それは否定できませんが、他の貴族との関係もありますよ」


 「その辺は俺が黙らせるから心配するな」


 「はぁ…」


 エーリカの無茶な言い分にルドルフは頭を抱えて黙り込む。


 「しかし俺が言うのも何だが、本当にいいのか?」


 隼人が少し不安になってエーリカに質問する。


 「俺にふさわしい男が隼人だけなんだから仕方ないだろう。それに、さっきも言ったが、お前はアーリア王国貴族で終わる玉じゃない。もっと、もっと大きくなる」


 「俺にはとてもそうは思えないんだが…」


 「これは俺の勘だからな。だがうちで仕官するのは絶対にやめておけ。お前の能力が無駄になる」


 「そこまで言うか…」


 隼人はエーリカにここまで言わせるアーリア王国に疑問を覚える。


 「本当にうちの王は覇気がないからな。うちに仕官したって、せいぜい略奪くらいしかできん。隼人ならもっと覇気のある王に仕えるべきだな。…あるいは自らが王となるか」


 エーリカは最後の言葉は飲み込むように小声で発したため、隣の隼人にすら聞こえていない。


 「とにかく、俺はちんけな隼人より大きな隼人の方がいいんだ。これだけは誰にも譲らない」


 エーリカが自らの決意を語って話を締める。エーリカがここまで言い出したら誰にも止められない。それを知っているエーリカの配下の者達はもう反対しなかった。

 その後は隼人の土産話を肴に、和やかに夕食会が続いた。




 「隼人、せっかく久しぶりに会えたんだから、ケルンにいる間は俺に付き合え」


 「もちろんそのつもりでいるさ。俺もエーリカに会うのは楽しみだったからな」


 夕食も終わり、そのまま飲み会に移行した場でのエーリカの要求を隼人は快諾する。当然これは桜達にすでに根回ししているからだ。ケルンを出るとしばらくは会えなくなるため、マチルダの時同様、できるだけ傍にいたいのだ。


 「よし、それじゃあ明日は武具店巡りで、明後日からは訓練と盗賊狩りだ。兵はこちらから出す」


 エーリカが年頃の乙女としてはおかしなことを言い出す。


 「えっと、そんなんでいいのか?もっと街を散策したり、服や宝飾品を見に行ったりは…」


 「そんなもの、俺の性に合わないのは知っているだろう?不満か?」


 「うん、まあ、そうだが…。まあ、エーリカがそれでいいなら別にいいか」


 隼人もあっさりそれを受け入れる。エーリカとの時間は甘いひと時にも、休養にもなりそうになかった。


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