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第30話 マリブール再訪

 桜とのデートの翌日の朝食の席、桜は指輪を自慢げに見せびらかしていた。カテリーナ、ナターシャ、カチューシャばかりか、自分が贈られたものよりも上等であることに気づいた梅子まで羨望のまなざしで見ている。


 「桜様、これは本当に隼人殿が選んだのですか?」


 「梅子、自分の恋人に失礼ですよ。店は私が選んだようなものでしたが、隼人さんにも一定の審美眼はありますよ。梅子、あなたが贈られた指輪もシンプルでよく似合ったいるではありませんか。値段は違っても、隼人さんの真剣さには変わりはないですよ」


 「そんなつもりではなかったのですが、やはり高貴な女性らしい品には憧れてしまうのですよ」


 カテリーナ達も梅子の発言にウンウンと頷く。


 「でも、やっぱりこんな上等な指輪は桜さんにしか似合わないでしょうね。私は兄さんには安めの指輪をねだろうかな」


 「私もそうした方がよさそうだな」


 ナターシャとカテリーナが自分の指輪に思いをはせる。カチューシャは納得していないようだが、そういうものかとこの場では収める。


 そんな恋人たちの会話に口を突っ込むのをはばかられた隼人は、朝食を手早く終えて席を立って逃げる。

 「隼人さん、出かけるならみんなで付き合いますよ」


 桜に目ざとく見つかってしまったようだ。


 「い、いや。今日は1人で動くよ。すまないな」


 「いえ…、ひょっとしてエーリカ様とマチルダ様の?」


 「うん、まぁそうだ。だから1人で行くよ」


 「そうですか。ではお気をつけて」


 「ありがとう」


 隼人は礼を言って宿をでる。本当にできた恋人達だ。一生大事にすることを隼人は改めて誓う。




 とりあえず、前日桜の指輪を買った宝飾品店で、隼人は悩んでいた。桜かセオドアあたりについてきてもらって協力してもらえばよかったと後悔するが、それはそれで『隼人自身が選んだ』という点に瑕疵が入りかねない。他の同価格帯の宝飾品店にも足を運んだが、ピンと来るものがなく、最初の店で結局ウンウン唸っていた。隼人には美術センスはないのだ。

 それでもエーリカとマチルダのために昼を大分過ぎたころまでウンウン唸り続けた隼人は、エーリカには装飾はシンプルだが上品な金の指輪を、マチルダにはサファイアの銀の指輪を購入した。隼人のポケットマネーの大半がすっ飛んでいったが、満足のいく買い物ができた。




 その後隼人は安価な大衆食堂での軽食で昼食を済ませた。ポケットマネーが厳しかったからだが、その判断に隼人は後悔した。中世レベルの文明で流通も滞っている世界での大衆食堂の安飯の味など、期待できるものではない。特に桜達によって舌が肥えさせられている隼人にとっては、これは食事ではなくエネルギーの補充だと考えなければ、一歩間違えれば苦痛と変わりなかった。改めて桜達の偉大さを痛感する。




 宿に戻った隼人は隊商の準備状況の確認と訓練の進捗状況を確認すると、熊三郎が教官をしている訓練に向かった。遊んでばかりはいられないし、桜達もそれぞれ仕事に向かっていたからだ。




 翌日の朝食の席で今後の行動指針が話し合われた。まず、タラント王国でお尋ね者となっているので商売はできない。コンキエスタ教皇領でもアントニオとエレナのことがあるので行きづらいし、そもそも税が高くてうまみが少ない。ノルトラント帝国でも暴れたので、マチルダの領地であるマリブール以外では商売しづらい。バクー王国やタイハン国では騎乗の賊が多く、隊商の安全に不安がある。

 以上の認識を共有した結果、当分はガリア王国とアーリア王国、そしてマリブールで交易することに決める。マリブールは地理的にも商売的にも優良ではないのだが、隼人がマチルダ子爵と懇意であることから押し切った。

 ロリアンの次の交易先だが、マチルダにもエーリカにもしばらく顔を合わせていないので、隼人のわがままでマリブールとケルンに向かうことにする。特にマチルダには半年以上顔を出していないので、まずはマリブールに向かうことにする。しかしロリアンから直接湿地帯を縦断して進むルートは、春の雪解けで泥濘化しているであろうとの推測で、サン・ロー、ヴェルダンを経由し、セダンをかすめてマリブールに向かうことに決定する。セダンに入場しないのは、さすがに領主を族滅させた件がどうなっているかわからないからだ。そんなわけでマリブールには約1カ月後に到着する予定だ。




 ロリアンでの短い休養を終えると、早速サン・ローを経由し、ヴェルダンに向かう。ヴェルダンではセダンに対する情報収集に努めた。酒場をはじめとする様々な店の店主や街の人々の話を総合すると、隼人達がセダンを去ったあとの動きは以下のようになる。

 まず、ガリア王国軍より先に入城を果たしたノルトラント帝国軍は城を占領し、秩序を回復させた。城には裸に向かれた遺体が散乱しており、金目のものは全て持ち去られていた。兵士たちも市民に殺されるか逃げ散るかしており、完全な無政府状態であった。

 ノルトラント帝国軍は自警団を解散させ、遺体の片づけ、残された書類の整理を行った。これによりエジョフ家の盗賊とのつながりと市民に対する拉致暴行が明らかにされ、エジョフ家は正式に改易、セダンは帝国の直轄地となった。

 次に犯人探し始まったが、これは難航した。エジョフ家を嫌っていた市民が捜査に非協力的だったからだ。隼人達が助けた被害者たちも口を割らなかったらしい。拷問を実施しようにも、何かきっかけがあれば市民が暴動を起こす気配があり、実施できなかった。

 結局、犯人はエジョフ家とつながりがあった盗賊団の仕業と結論付けられた。この盗賊団はノルトラント帝国軍のセダン入城と同時に行われた、周辺地域の賊討伐作戦で壊滅しており、一応の結論が出たところで決着となった。

 しかし市民やノルトラント帝国軍の間では真犯人は別にいるとの観測が幅を利かせており、市民は英雄として感謝しているものの、ノルトラント帝国軍はきっかけがあれば真犯人を見つけ出そうと機会をうかがっているそうだ。




 以上の情報が得られ、隼人達は協議した結果、セダンへ行くことは危険との判断を下し、このまま森林と湿地帯に沿ってマリブールを目指すことに決定した。




 ヴェルダンからマリブールへの途上、ノルトラント帝国軍との接触を警戒したが、セダンを占領した部隊の多くは帰還しているようで、道中出会うどころか、その痕跡すらなかった。むしろ隼人達を見つけた盗賊が必死に逃げている光景が見られ、その一部を騎兵隊が拘束したくらいだ。どうやらノルトラント帝国軍はガリア王国との境界付近を警戒するほどの能力はないらしかった。




 帝国歴1791年の5月中旬、隼人達は実に9カ月ぶりにマリブールに到着した。幹部たちの中にはマリブール来たことのない者も多い。アントニオはマリブールやブレストにロマーニ帝国時代の廃墟が多数残されていると聞き、パウルはマチルダが美人だと聞き、大変興奮していた。パウルは熊三郎と、嫉妬した隼人に絞められたが。


 マリブール市内に入城した隼人達は早速宿の手配と交易を行う。前回は城の兵舎を貸し出してもらったが、今回もというのは虫が良すぎるし、第一前回より数が多い。


 商業ギルドでセオドアらとともにギルド長との交渉が終わったところで、その場にいた隼人に来客があった。入室を促すと、案のごとく来客はマチルダであった。


 「久しぶりだな、隼人殿!もうかれこれ…9カ月ほどか。よく来てくれた。しかし水臭いぞ。私とお前の仲なのに9カ月も放置した挙句に私を放っておいて商業ギルドに行くとは。まずは私に挨拶くらいするべきだろう」


 マチルダは隼人の手を取りまくしたてる。


 「すみません。私も隊商長なのでまずは部下たちの宿を手配せねばならず…」


 「宿くらい私が貸すではないか。本当に水臭いぞ」


 「いえ、220人ほどいますので、それはなかなか…」


 「何?そんなにいるのか?確かに多いな…。しかし隊商なのになんでそんなに大規模になったんだ?」


 「それが、訳あってタラント王国軍とやりあいまして…。それで数を増やしていたらこのようなことに」


 「なかなか大変なことがあったんだな。これは土産話が楽しみだ。隼人、お前は私の城に泊まるといい。もちろん桜達も一緒に」


 「ありがとうございます。お世話になります」


 マチルダのありがたい申し出に隼人が礼を言う。


 「わしらは遠慮しておこうかの。馬に蹴られたくないからの」


 熊三郎達は遠慮してくれるようだ。その代わりにパウルが潜り込もうとしたが、熊三郎に腿を抓られて言い出せなかった。




 その日の夕食はマチルダに隼人達幹部全員が招かれる形で夕食会となった。隼人がマチルダが知らない幹部を紹介していく。


 「なかなか多彩な人材を集めたようだな。羨ましいことだ」


 「ええ、私の自慢の部下たちです」


 マチルダが褒め、隼人が部下たちを誇る。

 夕食は隼人達の土産話で盛り上がる。


 「ところで、セダンのエジョフ家の件だが、隼人達か?」


 やはりというかなんというか、マチルダがセダンの事件を話題にふる。


 「いえ、それは……」


 「大丈夫だ。ここには信頼できる者達しかおらん。私も隼人達がセダンに向かってすぐの話だから察している。遠慮なく聞かせてくれ。私のエジョフ嫌いくらい知っているだろう」


 「そうですか…。いえ、やったのは確かに私たちなんですが、ある商会の主に頼まれたからというかなんというか…」


 隼人はマチルダにせがまれてセダンでのいきさつについて話し出す。マチルダはその話を楽しそうに聞いていたが、最後に金を持っていった話を聞いて、どっと疲れたような表情をする。


 「お前たち、締まりがないな。だいたいそれはセダン市民の金だろう。まあセダンの連中も連中だが」


 「面目ありません…」


 「まあしかしエジョフを排除してくれたことは私も感謝している。おかげで最近はずいぶん楽だ」


 「ありがとうございます」


 さらに隼人達の土産話や、ブレストでの煮干しと昆布の生産の話で夕食は盛り上がる。煮干しと昆布は生産こそ軌道に乗ったが、需要を発掘している最中だそうだ。

 そんな夕食会も終わろうかという頃、隼人がおもむろにダイヤモンドをあしらった銀の腕輪を取り出したのを見て、マチルダは少し緊張する。実は昼間から桜達がしている腕輪と指輪が気になって仕方がなかったのだ。マチルダが気にしていることは隼人以外にはまるわかりだったが。


 「マチルダ殿、どうかこれを受け取っていただけないだろうか」


 隼人はマチルダに腕輪を差し出す。


 「えっ、いいのか?ありがとう…」


 マチルダは嬉しそうに腕輪を受け取る。


 「そうだ。こんなものを受け取ってしまったからには、マチルダ殿なんていう他人行儀な呼び方は止めてくれ。そうだな…マチルダさんくらいの呼び方にしてくれ」


 「えっ、でも領主様に隊商長がそんな呼び方をするのは…」


 「それはマチルダ殿でも変わらないだろう。それにエーリカ殿とやらには私的な場では呼び捨てにしあっているそうではないか。私も隼人のことはこれから呼び捨てにするぞ」


 「うっ、わかりましたよ、マチルダさん」


 腕輪に続いてさん付けを勝ち取ったマチルダは実に幸せそうな顔をする。



 「…ところで、桜と梅子が指輪をしているのだが、結婚か婚約でもしたのか?」


 マチルダは少し間をあけて気になっていたことを問う。


 「いえ、これは…。恋人の証として誕生日プレゼントに贈ったものでして…。カテリーナとナターシャとカチューシャとも恋人になったのですが」


 「そ、そうなのか」


 隼人の答えに複雑な表情をするマチルダ。それを見て隼人はサファイアをあしらった銀の指輪を取り出す。


 「その、できればマチルダさんにも私の恋人になってくれませんか?恋人の証としてこの指輪を贈りたいのですが」


 「!?指輪!?けっ、結婚や婚約ではないのか!?」


 「けっ、結婚はもう少し自分の人生を見据えて、腰を落ち着けてからにしようかと。エーリカとのこともありますし…」


 動揺して結婚を要求するマチルダに、隼人も動揺して返す。


 「そ、そうか。そうだよな…。ところで、隼人は私のどこに惚れたんだ?」


 マチルダが真剣な目をして問う。


 「そうですね…。やはりまっすぐな性格でしょうか。以前も親しくしてくれましたし、民衆思いの方ですし、なんだか親近感がわきます。おまけに美人ですし。桜達もそうですが、マチルダさんほど魅力的な女性はそうそういませんよ」


 隼人の言葉にマチルダと桜達が顔をほころばせる。


 「そうか…、私が魅力的か…。…そうだな、うん。隼人、この指輪は預からせてもらおう」


 そう言ってマチルダは隼人の手から指輪をとる。


 「え、預かる?」


 「ああ、そうだ。いずれ隼人が身を固めるつもりになったら隼人自身の手で私の指にはめてくれ。そう遠くないうちにそんな日が来ると信じているからな」


 そう言ったマチルダの顔は朗らかだった。


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