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第29話 今度は桜と

 梅子とのデートを終えた翌朝の朝食の席で早速指輪のことがばれた。


 「梅子?その左手の指輪は?」


 「ああ、桜様。これは隼人殿から誕生日プレゼントにもらったものですよ」


 梅子が桜達に指輪を見せびらかすようにして話す。


 「隼人さん?これはどうゆうことでしょう?」


 「兄さん、私も興味があります」


 「あたしも」


 「隊長、説明を」


 桜達が隼人に詰め寄る。その勢いに気おされながらも隼人は意を決して口を開く。


 「梅子に指輪を贈ったのは、まぁ、そういうことだ。だが、桜、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャにもそれぞれ誕生日に指輪を贈りたい。…えっと、つまりだな、俺は桜、梅子、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャのことが好きなんだ。多くの女性を同時に好きになるなど、浮気者としか言いようがないことは自覚しているが、みんなのことを愛しているんだ。だから梅子に指輪を贈った。桜、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャにも指輪を贈ることをどうか許してほしい。それから、エーリカ様とマチルダ様にも指輪を贈りたいと考えている。一度に7人もの女性に恋していることになるが、どうか俺の恋人になってほしい」


 そう言って隼人は頭を下げた。桜達はその言葉をかみしめる。最初に隼人に答えたのは梅子だった。


 「…隼人殿。気持ちは嬉しいが、昨日は恋人なんて話はなかったぞ」


 どうやら梅子は隼人の告白が1日遅れたのが不満らしい。


 「あっ、すまん。ついうっかりしていた。梅子、桜達にも頼むことになるが、俺の恋人になってくれ」


 そう言って隼人は梅子に対して再び頭を下げる。


 「こちらこそ、よろしくお願いする。昨日言ってくれればより嬉しかったのだが、拙者が隼人殿の恋人第一号になれて嬉しいよ」


 そう言って梅子が顔をほころばせる。


 「あっ、隊長!私も隊長の恋人になります!私は隊長の仮の恋人でしたから、私が恋人一号ですよね!?」


 そこへカテリーナが古いことを持ち出してくちばしを突っ込んでくる。


 「…隼人殿、仮の恋人とはどういうことだ?」


 梅子の問いに隼人がタンポフでの恋人(仮)の経緯を話す。


 「…なるほど、恋人は方便か。やはり恋人第一号は拙者だな」


 「いいえ!私です!」


 梅子とカテリーナがにらみ合う。


 「はいはい、そこまでそこまで」


 桜が2人の仲裁に入る。


 「隼人さん、恋人の件、お受けいたします。ふつつかものですが、よろしくお願いします。梅子もカテリーナさんもくだらないことで喧嘩してはいけませんよ。結局は隼人さんの正室になるのは私なのですから。なにせ私は敷島の第一王女なのですよ」


 桜が仲裁と称して爆弾を投下する。


 「あっ、桜さんずるい!あたしもお兄ちゃんの恋人になってお嫁さんになるんだから!」


 そこへさらにカチューシャが参戦する。


 「桜さん、隊長との付き合いは私が一番長いのですよ!私が正室になるべきです!」


 「桜様、こんな時に地位を使うなんて感心しませんぞ。この中で一番強いのは拙者なのですから、拙者が正室になるべきです」


 カテリーナと梅子も反論する。そのまま4人は言い合いになるが、まさか当事者の隼人が口を突っ込むわけにもいかず、おろおろするばかり。完全に収集がつかなくなる。

 そこへ当事者にも関わらずいまだ一言も発していないナターシャにセレーヌが気づく。


 「ナターシャ、あなたまだ隼人にも返事をしていないけど、あなたはどうなのよ」


 「わたし?もちろん兄さんの恋人になることは喜んで承知しますよ。でも、正室には興味はありませんね。私はしょせん農民の子ですから。ですが…」


 ナターシャは静かに席を立ち、隼人の隣に移動し、その腕をとる。


 「側室が一番の寵愛を受けてはいけない、という決まりはないでしょう?」


 ナターシャの宣戦布告だった。この発言に言い争っていた4人も凍り付く。しばらく乙女たちが目線で激しく火花を散らす。



 その激しい静寂の中、熊三郎がせき込んで場を支配する。


 「ところで、肝心の隼人殿だが、一体誰が一番好きなのじゃ」


 「…順番ができていればみんなに告白などしていない。みんな同じくらい愛している。これが嘘偽りのない心境だ」


 「ふむ…あまりいい気はしないが、嘘ではないようじゃからいいじゃろう。まぁ正室のことは結婚する時にまでに考えればよい。ところで、いつ頃結婚するつもりなのじゃ?」


 熊三郎が「早くひ孫の顔が見たい」と顔に書いて真剣な目で聞いてくる。


 「ええと…、結婚はもう少し腰を落ち着けてからにしようかと…」


 隼人は顔を赤らめて答える。


 「ということは、エーリカ様かマチルダ様の下で落ち着く、ということかの?」


 「いや、それは性急過ぎるというかなんというか…、まだ俺の人生、どうするか決めていないし、恋人気分も長く味わいたいし…」


 真剣な熊三郎に対して、何とも歯切れの悪い答えを返す隼人。


 「ふぅ…、それではまだまだ梅子も桜様も預けられんの」


 心底残念そうに言う熊三郎。


 「お爺様!そこは拙者たちがお支えいたします!ですから拙者達のことを認めてください」


 「熊三郎、私からもお願いします」


 「俺は不甲斐ない男だが、絶対にみんなを不幸にしないことを誓う。だから付き合うことを許してほしい」


 梅子、桜、隼人が頭を下げる。その姿をしばらく見ていた熊三郎だが、1つため息をつくと、しぶしぶといったふぜいで、「まあよかろう」と、交際を認めた。ただし、この日以後、熊三郎の隼人への訓練が厳しくなったが。




 その後、マザメ滞在中、隼人は桜達を連れて各種店舗を冷やかしたり、様々な料理店で食事を楽しんだり、武具店での武具の補充、馬屋での乗用馬の補充を行って、仕事とデートを兼ねた楽しい時間を過ごした。

 マザメはコンキエスタへの中継都市であるだけに兵士や傭兵が多く、他の都市と比べて多いので、男達から嫉妬の視線を浴び、幾度か絡まれたが、その度に隼人、梅子、カテリーナによって排除されていた。このため、マザメでの休暇が終わるころには隼人達は要注意人物としてちょっとした有名人になっていた。



 十分な休養を終えてマザメを出立すると、隼人達は一路北西のロリアンに向かった。ロリアンはガリア王国首都であるだけに規模が大きく、うまみが大きいのだ。懸念事項はセレーヌの身分露見だが、セレーヌが髪型を変えていること、セレーヌ自身の顔があまり売れていないことから、セレーヌは目立つ行動を避けると同時に、知らぬ存ぜぬで押し通すことにしたのだ。


 道中の村々で募兵をしながら隼人達は進んだ。ロリアン到着時には人員の数は220と、隊商としては異例なほどの人数となっていたため、盗賊の襲撃はなかった。そのかわり小規模な隊商がいくつか、盗賊除けの効果を狙って隼人達の後をついてきたが、隼人達がとくに護衛料などを要求しなかったのでトラブルはなかった。ただし、隼人達が堂々とイチャつくようになったので、その点だけは辟易されたが。




 ロリアンには帝国歴1791年4月8日に到着した。桜の誕生日の前日だ。街に着く直前には誰しもウキウキするものだが、特に桜は嬉しそうにしている。桜は普段おとなしいのだが、この時ばかりは誰から見ても舞い上がっていた。




 翌9日、朝食を終えて一度部屋に戻った桜が宿の前で待つ隼人の前に姿を現す。


 「お待たせしました」


 桜は一見普段と変わらない装いだが、その巫女装束のような服装は汚れ一つない綺麗な状態だ。汚れが目立ちそうな色合いだけに、大変だったろうことがしのばれる。髪もいつにもまして艶やかで、隼人も道行く人々も目を奪われた。


 「…綺麗だな」


 思わずといった風に隼人がつぶやく。


 「あら、ありがとうございます。髪は昨日念入りに手入れしましたから」


 桜も心底嬉しそうに言葉を返す。


 「さあ、隼人さん。宿の前では邪魔になりますから早く行きましょうか」


 桜は隼人の手を取り、街の中心部に足を向ける。隼人も少し惚けながらも気を取り直して桜とともに歩む。

 ロリアンはマザメと違って歴史ある建物が多く、観光名所が多いのだが、桜はそれよりも早く指輪が欲しいようで、足を宝飾品店へ向ける。




 いくつかの宝飾品店を見て回ったが、上の下あたりの、やや高級な宝飾品店で選ぶことにする。隊商長である隼人はそれなりに金持ちなのだ。もちろん手痛い出費ではあるが、桜に贈る指輪となると手は抜けない。

 桜も年頃の女の子らしく、指輪の他にも様々な宝飾品を手に取っては嬉しそうに確かめる。さらには王女らしく、これは値段の割に質が良くない、これは見事な出来栄えだと品評する。隼人にはさっぱりではあるが、そういうものかとウンウン頷いている。

 一通り宝飾品店を楽しんだ後、本命の指輪選びに入る。桜は何も言わない。全てを隼人に任せるつもりのようだ。隼人としても桜に手とり足とり選ばされても恰好がつかないので、自分で真剣に選ぶ。



 さんざん迷った末、銀の台座に小ぶりなルビーをあしらった指輪を選ぶ。並べられている指輪の中ではかなり高価な部類に入るが、隼人は気に入ったし、何より桜に似合うと思った。当の桜は品質に対して値段が高いと思っていた品だが、物自体はいいものであるし、隼人が真剣に選んでくれたものであるから喜んでいた。

 会計を済ますと、桜は嬉し気に指輪をはめ、隼人に見せびらかす。その姿を見て隼人はほっとしていた。なまじ桜の審美眼がすごいので、少し心配していたのだ。だが隼人の懸念をいい意味で裏切り、その指輪は桜に実に似合っていて、華やかであった。




 その後、隼人達はやや上等なガリア料理店に入ったが、美味しいのは美味しいのだが、いまいち2人の舌には合わなかった。

 昼からは河辺で涼んで語らいあい、大聖堂や王城を眺めて過ごした。


 「敷島の木造の社もいいものですが、こちらの石造りの建物も立派なものですね」


 「ああ、そうだな。そういえば……結婚する時はどうすればいいのだろうな?場所とか宗教とか」


 「そ、そういえば…。私達、宗教バラバラですよね。一応私は神仏教の結婚式をできるのですが、花嫁が進行するは変ですよね」


 「…けっこう難しい問題だな」


 2人は赤い顔をして下をむく。結婚のことを考えると、やはり気恥ずかしいのだ。


 「で、でも、案ずるより産むが安し、何とかなりますよ」


 「そ、そうだな」


 先走った話題に、少し気まずい沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは桜の方だった。


 「そういえば、隼人さんは私のどこに惚れたのですか?」


 「えっ、それはもう美人だし気立てもいいし料理も上手いし、それに、なんというか、一緒にいて落ち着く感じで…。気づいたら桜のことが好きになっていたな。桜は俺なんかのどこに惚れたんだ?」


 「んー、やはり頼れるところでしょうか?一緒に長く居て、これほどまで心を預けられるのは、梅子と熊三郎を除けば隼人さんだけですよ。好きになったきっかけはわかりませんが、殿方の中では一番大事な人ですよ」


 そう言って赤い顔で隼人を見上げる桜。そのいじらしい姿に隼人は思わず桜の唇を奪う。

 しばらくそうしていたが、どちらからともなく唇を離す。


 「もう、まだ日は高いですよ。それに私、初めてだったのに…」


 「あーなんというか、すまん。桜があんまり可愛かったから、つい」


 「もう、これはお仕置きです」


 今度は桜の方から唇を重ねる。その目立つ姿に道行く人々はうんざりした顔を向ける。そんな視線にも2人は気づかずに夕方までイチャイチャして過ごした。




 夕食は2人でロマーニ料理店に入った。ロマーニ地方に近いマザメに比べるといくぶん劣るものの、なかなかに美味しい料理を堪能した。酒は桜が熊三郎からまだ早いと止められているため、2人とも飲んではいない。




 日が落ちた後、2人は宿へ帰る道すがら、少し河辺へ寄り道をした。道から死角になる木陰で2人して木にもたれかかる。


 「桜、今日はありがとうな。楽しかった」


 「いえいえ、私の方こそ、ありがとうございます。おかげで最高の誕生日になりました」


 2人どちらからともなく抱き合う。


 「俺、実はけっこう執念深く、嫉妬深いんだ。桜のこと、一生離さないからな」


 「ふふ、実は私もなんです。隼人さんに一生ついていきますからね」


 そう言って桜はキスをねだる仕草をする。それに答えて隼人は唇を重ねる。そこへ、桜が舌を突き出してきたので、隼人は驚いて目を見開く。桜は上目遣いで物欲しそうな顔をしている。隼人はたまらず舌で舌をからめとる。

 しばらくそうしていたが、名残り惜しそうに2人は唇を離す。


 「こ、こんなキスは初めてだぞ」


 真っ赤な顔で隼人は混乱気味に言う。


 「私も、キス自体今日が初めてなんですよ。ふふ、これで梅子に勝ちましたね」


 どうやら桜はけっこう負けず嫌いらしい。


 「ところで、隼人さんの初めてのキスのお相手は誰なんですか?」


 「ええと、確かエーリカ様だ。前回ケルンに行った時のことだ」


 「そうなんですか。エーリカ様も本気のようですね。これは負けないようにしなければ」


 隼人は桜の知らなかった一面を見たが、それが自分を思ってくれているが故であるため、むしろ嬉しく思った。


 「さあ、桜。夜盗が出ないうちに帰ろう。みんな待ってるぞ」


 「そうですね」


 そう言って桜は隼人と腕を組み、2人して宿への帰りを急いだ。


 2話続けてリア充話とか……砂糖吐きそう。とりあえず主人公は爆発すべき。



 ところで、前回の時点でストックが切れました。更新は鋭意続けていくつもりではありますが、分量が少なくなるかもしれません。その点、ご了承いただけたらありがたく思います。これからもよろしくお願いします。

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