第28話 梅子と初デート
マザメはコンキエスタから3日の距離にある。大陸北東部の人間がコンキエスタ教皇領の唱える聖戦に参加する旅の、コンキエスタへの最後の中継都市だ。そのため聖戦に参加する兵士たちなどのおかげでかなり潤っている。
また、コンキエスタ教皇領、アーリア王国と国境を接しているため、マザメに駐屯する兵士たちも多い。これらの理由でマザメは辺境都市としてはかなりの人口と経済力を持った都市となっている。
そんなマザメで隼人達は10日間の休暇をとることにする。約1カ月にわたるタラント王国脱出戦の垢を落とすためだ。隼人達幹部は手分けして宿の手配、交易、物資、武具の補充の交渉を済ませる。それらを終えた隼人達は宿の食堂で卓を囲んでいた。今日はいつもより豪勢だ。
「マザメへの到着を祝って」
隼人が杯を掲げる。
「「「マザメへの到着を祝って」」」
仲間たちが杯を掲げる。
「そして梅子の誕生日に」
隼人は梅子に向かって再び杯を掲げて杯に口をつける。
「「「誕生日おめでとう」」」
そう言って梅子以外の仲間たちも杯に口をつける。梅子は自分の誕生日であることを失念していたようで、一瞬遅れて「ありがとう」と言って気恥ずかし気に杯をあおる。その後皆で「いただきます」を唱和し、食事を始める。
「おいしい…。やはり新鮮な食材だと美味しいですね」
桜が温かい料理に舌鼓を打ちつつ言う。
「そうだな…。しかし桜が居なければ行軍中の食事はもっと酷いことになっていた。ありがとう」
「いえいえ、梅子達も手伝ってくれましたし、私一人の手柄ではありませんよ」
「そうだな。梅子達もありがとう。みんな、大変な行軍をよく頑張ってくれた。ありがとう」
隼人は梅子達に頭を下げる。
「隼人殿の指揮も良かったぞ。食事も重要じゃが指揮官が駄目ではどうにもならん」
熊三郎がそう言って隼人の杯に酒を注ぐ。
「いやいや、みんなの団結のおかげさ」
「その団結を作ったのは隼人殿ではないか。謙遜もよいが、これは誇れることじゃぞ」
熊三郎はウンウンと頷いて隼人を褒める。内心、桜と梅子を任せられる人間になったと喜んでいるが、そこまでは口に出さない。孫の梅子と、主君ではあるが孫のような存在でもある桜の幸せを望んではいるが、だからと言って隼人に任せるのは寂しい気持ちがするのだ。
「そうだ、梅子。せっかくの誕生日なのにプレゼントがなかったな。今日は忙しくて準備できなかったが、明日用意しよう。何か欲しい物はあるか?」
隼人はふと思い出したように梅子に問いかける。
「いや、今日祝ってもらっただけで十分だ。それに拙者も十分大人だ。そんな歳でもない」
「いやいや、梅子はまだ17になったところじゃないか。成人しているとはいえ、まだまだ若い。この祝いはマザメ到着の祝いを兼ねているし、こちらの気持ちもある。遠慮せずに言ってくれ」
「そうは言ってもだな、特に欲しい物は……」
梅子はしばらく考えていたが、ふと何かを思いついたようで、少し顔を赤らめながら思いついたことを言う。
「その…特に思いつかないから、隼人殿と二人で色々と店を見て回ってもいいか?」
「おお、かまわないぞ。明日一日開けておこう」
梅子の希望に隼人は安請負をする。
「ああ!梅子、ずるい!隼人さんとデートなんて!」
それに桜が真っ先に抗議の声を上げる。
「いいではありませんか、桜様。拙者の誕生日なんですから。隼人殿も承知してくれましたし」
そう言って梅子はしてやったりと、紅潮した顔で隼人に目線を向ける。
「あ、ああ。梅子がそれでいいなら俺はかまわない」
隼人も桜の指摘でデートになることに初めて気づくが、相手は梅子であるし、梅子の誕生日であるので、そのまま押し通す。
「いいなぁ。兄さん、私の誕生日プレゼントもそれでお願いしますね」
便乗してナターシャがそんなことを言い始める。なかなかしたたかである。
「お姉ちゃんずるい、あたしもー」
「隊長、私の誕生日でもお願いします」
「ああ!もう、みんなして!隼人さん、私の誕生日もお願いしますね」
さらにカチューシャ、カテリーナ、そして梅子を非難していた桜まで便乗し始める。
「わ、わかった。みんなの誕生日には一日付き合う」
隼人もその勢いにすぐにそれを承認する。
「ふふん、隼人殿の初デートは拙者がいただきですな」
梅子は勝ち誇ったような笑みを浮かべるが、赤い顔から梅子も恥ずかしがっているのがわかる。桜達はその顔を悔しそうに、羨ましそうに見やる。隼人は梅子の「初デート」との言葉に緊張し始めていた。それは紛れもない事実だからだ。初めて同士のデートに不安でいっぱいいっぱいだった。その様子を熊三郎は嬉しいような、寂しいような、複雑な表情で眺め、アエミリアはセオドアに対して同じことをしようと決意するのであった。
翌朝、みんなで朝食を終えると、身支度を整えて宿の1階で梅子を待つ。しばらくすると梅子が階段を下りてきた。服装自体は普段と変わらないが、普段よりも小奇麗な感じである。髪にはかんざしが挿してある。
「ま、待たせたか?」
梅子が隼人に聞いてくる。
「いや、そうでもない。いいかんざしだな。似合ってる」
隼人が梅子に答えると梅子は嬉しそうにはにかんで微笑む。
「そ、そうか?以前母からもらったのだが、拙者には似合わないと思ってこれまで挿したことがなかったのだが」
「そうか。じゃあ今日はそのかんざしのお披露目になるわけか」
「そうなるな。真っ先に隼人殿に披露できたのは嬉しいが、少し気恥ずかしいな」
「じゃああまりじろじろ見られないうちに行くか」
「えっ?」
梅子が振り返って隼人の視線の先を見ると、桜や熊三郎たちが様子をうかがっていた。これには梅子も顔を真っ赤にして、隼人にコクコクと頷き、足早に宿を出るしかなかった。
「さて、宿を出たはいいが、どこか行きたいところはあるか?」
宿からしばらく離れたところで隼人が梅子に問いかける。
「えっ?そういえば考えてなかったな…」
梅子は隼人とのデートということでいっぱいいっぱいで、服装と身だしなみ以外は考える余裕がなかった。
「そうか。昼食と夕食はおすすめを宿の人から聞いておいたんだが、観光名所は聞いていなかったからなぁ」
隼人が申し訳なさそうに頭を掻く。
「とはいえ、マザメはコンキエスタとの中継都市でしかないから、特に観光名所もないだろうがな。宝飾品店でも冷やかすかな?」
「そうだな。隼人殿にまかせるよ」
二人は足早にマザメ中心部の商店街に向かった。
「やはりソラシス教関係の宝飾品が多いな」
隼人は入店した店の宝飾品の品揃えを見てつぶやく。
「コンキエスタの衛星都市みたいなものだから仕方がないだろう。しかし拙者はソラシス教徒ではないしな…。こんなものを買って桜様や爺様に変な目で見られるのは嫌だな」
そう言って梅子は太陽を意匠化したソラシス教のネックレスを売り場に戻す。
「そう言えば梅子はどんな宗教を信仰しているんだ?」
隼人が梅子に興味本位で聞く。
「???拙者は敷島の出だから神仏教だが?隼人殿もそうではないのか?」
梅子は不思議そうに問い返す。
「あ、ああ。その通りだ。一応確認にな」
隼人はまさか自分が異世界から来たとも言えず、答えをはぐらかす。実際の隼人は『無宗教』という名の神道に近い信仰を持っている、一般的な日本人だ。
ちなみに神仏教とは、敷島在来の多神教に、各地で宗教を吸収して神の数が巨大化した、ロマーニ帝国在来の多神教が合流した、神の数が非常に多い宗教だ。神の数を正確に把握している者は神官の中にもいないと言われている。
「ふーん、そうか。まぁ敷島でもソラシス教徒は増えていたからな」
梅子は隼人の内心の焦りに気づかずに宝飾品を眺め続ける。一見興味はなさそうだが、無宗教な指輪にしばしば目を奪われているのに隼人は気づく。
「指輪…か」
そう言って隼人は梅子が何度も見ていた指輪を凝視する。
「い、いや、別に欲しいわけではないぞ!」
梅子は慌てて否定する。
「でも、この指輪ばかり見てたじゃないか」
「うっ」
隼人の言葉に梅子は図星で否定できない。
「…買って欲しいと言ったら、買ってくれるか?」
梅子は顔を真っ赤にして小さな声で隼人に聞く。
「そ、それは…」
隼人は即答できなかった。梅子になら指輪を贈ってもいいと考える自分がいる一方で、桜達に申し訳ないと考える自分もいたからだ。
「…冗談だ。桜様達に抜け駆けはできないさ」
そう言って梅子は隼人をからかって微笑む。だがどこかその笑顔は寂しそうだった。隼人はその笑顔を見て決意し、指輪を手に取る。
「…梅子、非常に申し訳ないが、桜達にも指輪を贈ることを許してくれないだろうか?」
「桜様達にも?」
「ああ、俺は梅子に指輪を贈りたい。だが桜、ナターシャ、カチューシャ、カテリーナ、エーリカ、マチルダにも指輪を贈りたいんだ。とんだ浮気者だが、許してくれるか?」
「…桜様達はともかく、エーリカ様とマチルダ様には地位があるぞ?」
急に真剣な目をした隼人に梅子は驚き、照れ隠しに隼人を冷やかす。
「それでも、みんなを愛している…んだと思う」
「……」
急な隼人の告白に、梅子も黙り込んでしまう。それでも数回深呼吸し、言葉を発する。
「…隼人殿はとんだ浮気者だな。でも、拙者はそんな隼人殿が好きだ。だが女を片っ端からもてあそぶような奴を好きになった覚えはないからな?」
「ああ、本気で好きになった相手しか愛さないことは誓う」
「ふっ、この浮気者め」
梅子は今度は嬉しそうに微笑んだ。
隼人達は昼食を宿で勧められたイベリア料理店でとり、雑貨店、武具店、馬屋などを見て回った。梅子の左手薬指には銀のシンプルな指輪がはめられている。特に何を買ったわけではないが、夕方までいろんな店を冷やかして楽しんだ。
夕食はロマーニ料理店で楽しみ。二人で酒を飲み交わした。楽しい1日は終わり、今は宿へ戻る道をたどっている。
「隼人殿、ちょっと…」
梅子が隼人の手を引いて裏路地へ誘う。隼人は何も考えずについていき、唇を柔らかいものでふさがれる。梅子の唇だ。
しばらくして唇が離れ、梅子は表通りに戻る。
「今日のお礼だ」
そういう梅子の笑顔は、これまでで見た中で一番の笑顔だった。
リア充は柱に吊るされるのがお似合いだ!




