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第26話 タラントの粛清

 カタンツァーノを出発した隼人達は一路、ロマーニ半島西岸を北上する。目指すはタラント王国発祥の地、タラントだ。タラントまでは2週間の道のりだが、途中の村や町でも交易と休養を行うので、多少時間がかかる予定だ。

 タラントは、ロマーニ半島とイベリア半島に挟まれたイベリア海の湾の北岸に位置し、アルプス山脈からイベリア海に注ぐアグリ河の河口部の西岸にある都市だ。タラントは北ロマーニ地方を代表する工業都市で、国境が近いことから特に武具の生産が盛んだ。その歴史的経緯と重要性からタラント王国の直轄地として王太子領となっており、ロマーニから代官が派遣されている。

 隼人もタラントで予備の武具の確保や、鉄兜や鎖帷子などの上等な防具を部下に支給しようと計画している。それだけの予算の余裕ができるほど儲かっているのだ。

 その計画を聞いたアントニオが異議を申し立てる。武具の整備能力不足する可能性があるというのだ。現状ではアントニオを中心として鍛冶経験者が日常の武具の修繕を行い、派手に損傷したものは交換し、次の街で予備を仕入れていた。しかしこれ以上装備を増やすと一度の戦闘で破損する武具を修繕しきれなくなり、経費がかさむとのことだ。セオドアからも憂慮する声が上がり、計画を再考する。

 幸い、アントニオが、イベリア地方の主都、セビーリャで職人の当てがあるらしいので、往路ではタラントは交易と休養だけとし、セビーリャで職人を確保してから復路においてタラントで武具を調達することに決定する。聞けばアントニオはセビーリャ出身で、エレナとはコンキエスタに出てきてから知り合ったそうだ。セビーリャには知り合いの学士や職人がいるそうで彼らに声をかけて回るらしい。




 2週間と少しかけて隼人達はタラントに到着した。ここで南ロマーニ産の農産物や工芸品を卸し、今度は金属製品や海産物の干物を購入する。タラントにはその売買と休養のため3日間滞在することとした。

 その初日に酒場でいつものメンバーと情報収集(飲み会)をしていると、男が声をかけてきた。


 「よぉ、大将。若いのに羽振りがいいねぇ。べっぴんさんも引き連れて羨ましいもんだ。俺もあやかりたいね。店主!この若大将にジンをストレート…、いや流石に止めとくか、水割りで1杯」


 唐突に金髪碧眼の男が酒をおごってきた。髪は短く切りそろえてあるが、別にイケメンでも不細工でもない、普通の男だ。ただ愛嬌のある顔がどこか憎めない。そんな男だ。


 「ひょっとして大将、今日入ってきた隊商の人かい?」


 「ええ、そうですよ。隊商長の中島隼人です。あなたは?」


 「へぇ、若いのに隊商長とは、たまげたもんだ。俺はフィッシャー・アルフレッド。このタラントでガレー船の艦長をやってる。んっ…、中島隼人?もしかして『闘技場の殺し屋』の中島隼人かい?」


 「ええ、まあその通りです」


 隼人にとっては『闘技場の殺し屋』は黒歴史の象徴なので少し居心地が悪い。


 「へぇ、こいつはたまげた。闘技大会が一昨日だったのが惜しいね。ぜひ腕比べしてみたかったのに。しかし俺より若いのがこんなに出世しているとはなぁ」


 「あなたもガレーの艦長ならそれなりのものでしょう?」


 「まあな。でもガレーとはいえマスト1本、櫂は一段の小型船だ。出世は早いが大将ほどじゃねぇよ」


 金髪の青年は気恥ずかしそうに言う。


 「それでも1国1城の主ではないですか」


 「ありがとよ、でも給料も予算も安くてよぉ、大砲を積みたいんだが、いつになることやら」


 「この街、物価が高いですからね。税金がずいぶん高いように思います」


 「それもいけ好かない代官が来てからの話だ。予算縮減に増税。おかげで警備隊の盗賊討伐回数は減り、盗賊が元気になって隊商の被害が拡大。収益が減ったのでその分増税で補っている、といったところか。嘆かわしいね。大将みたいな大規模隊商には期待されているんだぞ?」


 「ははは、まあ儲けさせていただきますよ」


 そう言って隼人はジンをあおり、むせる。地味に蒸留酒は初めてだったのだ。


 「おいおい、大将、大丈夫かい?ジンやラムは船乗りの友だが度数が高いから気をつけろよ?」


 「そんな酒を若造に勧めないでくださいよ!」


 隼人がそんな悲鳴を上げた。




 アルフレッドとは3日間の滞在の間、ずっと同じ酒場で遭遇し、すっかり飲み友達になった。彼には夢があった。巨大な帆船にずらりと大砲を並べた軍艦の艦長となり、海賊を蹴散らすという。

 現在の海軍はどこもガレアスなどのガレー船が主力であり、帆船は商船ばかり。大砲も高価なためにあまり使用されていない。今の海戦は、艦首喫水線下に突き出した衝角による攻撃と、白兵戦による戦いが主流で、大砲などの火力はあまり生かされていない。アルフレッドはそれを変えたいのだと言う。

 同時に、彼はその名前からわかるようにブリタニア系であり、タラント王国での出世に限界があることも承知していた。そんな愚痴や、タラント王国や世界の情勢について情報交換しながら楽しく飲み明かした。




 タラントを出発すると、隼人達はイベリア半島内陸部にあるイベリア地方の中心都市、セビーリャに向かう。アントニオの伝手で技師を獲得するためだ。セビーリャまでは10日間の予定だ。

 セビーリャは元々蛮族の都市だったものを、ロマーニ帝国が共和国だった時代に征服、入植した都市だ。歴史ある都市であるのだが、古代は蛮族の反乱から近年の戦争の影響でそれほど歴史的建造物の多くが損壊、または機能停止している。その一方で古代から鉱物資源の採掘が盛んであり、このために何度か壊滅の危機に瀕しても不死鳥のようによみがえってきた。

 また、イベリア地方の住人は独立独歩の気風が強く、タラント王国に対しても何度も騒乱を起こしている。景気は悪くないのだが、そういう気風だからこそ、隊商に参加したがる技師もいるだろうとは、アントニオの弁だ。ちなみにエレナもこの地方の南部出身で、アントニオと同時期にともに学問を志してコンキエスタに上ったそうだ。移動の際に同じ隊商に参加していたころからの仲らしい。




 セビーリャに到着し、交易品や宿の手配などの手続きを終えると、すぐさまアントニオ、エレナとともに勧誘に駆け回る。3日間の滞在の間、いろいろと掛け合った結果、若手を中心に10人の技師を得ることができた。職能も鍛冶、木工、皮革といった具合に上手くそろえられた。経験が少ないのは不安だが、武具の整備くらいはできそうだ。




 セビーリャを出立すると東へ引き返す。タラントを経由してアルプス山脈東端をかすめてガリア王国に戻る予定だ。タラントでは武具の調達のために1週間滞在する。交易品はセビーリャ産の金属を卸し、再び金属製品を中心に仕入れる。

 1日商売と武具発注に駆け回り、恒例の情報収集(飲み会)を行っていると、またもやアルフレッドと遭遇した。今度は彼の艦の兵員を引き連れて宴会していた。どうやら新入りの歓迎会らしい。隼人達もアルフレッドの厚意で宴会に参加し、飲み騒ぐ。パウルが歌い、熊三郎も故郷の歌を歌う。セオドアが大陸各地の風俗を語り、アルフレッド達が海賊相手の武勇伝を語る。タラントを出たらもう2度と会うことはないかもしれない。それでも彼らは10年来の親友のように語らいあった。しかし縁とは奇妙なもので、彼らも後に隼人の隊商に参加することになる。




 そうなったきっかけはタラント滞在最終日の宴会であった。前回の宴会の終わりにこの日に隼人達の送別会を開くことになっていた。さあ飲み始めようというときに無粋な乱入者が現れた。


 「セネカ・アエミリアだな。お前を逮捕する」


 酒場に数人の警備隊が踏み込んできた。


 「おい!一体どういうことだ!何の理由でアエミリアを逮捕する気だ!」


 隼人が警備隊に抗議する。


 「職務放棄と逃亡だ。城に来てもらおう」


 「アエミリアさんはカタンツァーノのから追放されたんですよ!それに詰所ではなく城に連行とはどういう意味です!」


 アエミリアの腕をつかんだ警備隊の手を振りほどきながらセオドアが抗議する。周囲からも「そうだそうだ」と声が上がる。20人ほどいるアルフレッドの海兵たちも事情を聞いているので抗議している。これに困った隊長らしき男が増援を呼ぶように部下に命じる。

 酒場では「「帰れ、帰れ!」」の大合唱だ。それでも隊長は命令を受けているため帰るわけにはいかず、隼人も部下を見捨てるなど夢にも思っていない。



 「まいったな…、あいつ、妙なところで潔癖だから賄賂が効かないぞ」


 アルフレッドがぼやく。


 「しかしアエミリアを見捨てるわけにもいかん」


 「…そうだな!」


 隼人達と警備隊でにらみ合いが続く。その間にも警備隊は次々に増援を受け、辺りは物々しい雰囲気に包まれる。この情勢にアエミリアは顔を青くし、それをセオドアが手を握りながら励ましている。


 「……もういい、これ以上迷惑はかけられない」


 アエミリアは青い顔でそう言ってセオドアの手を振りほどいて警備隊の方へ向かう。


 「おい!アエミリア!何があるかわからんぞ!」


 隼人は焦った声で引き留める。


 「…もういいんです。これも運命でしょう。これ以上恩人に迷惑はかけたくありませんから」


 事実、警備隊の隊長は武器による制圧を視野に入れ始めていた。人数も警備隊が優位に立ち、装備に至っては警備隊が完全武装なのに対して隼人達は護身用の剣があるだけだ。流血を伴えば悲惨なことになっただろう。



 「剣は没収する。ついて来い!」


 隊長はそう言って部下に引き上げを命じる。

 その場には呆然とする隼人達が残された。




 「…どうする?」


 アルフレッドが隼人に問う。


 「できれば助けたいのだが…」


 隼人は渋い顔で言う。城に連行されたとなるとなかなかに厳しい。セダンのときとは違い、相手の練度はそれなりにある。勝算はなかなか見込めない。


 「隼人隊長、どうかアエミリアさんを助けてあげてください」


 セオドアがそう言って頭を下げる。


 「上手くいく手立てがあれば何とかするんだがなぁ…」


 隼人の言葉も歯切れが悪い。


 「…タラント王国を敵に回す覚悟があるなら手がないわけでもないぞ」


 ビールを飲み干したアルフレッドがいくぶんか座った目で言う。


 「方法があるのか!」


 隼人達、特に隼人とセオドアが色めき立つ。


 「おいおい、タラント王国を敵に回す覚悟があるなら、と言ったんだぞ」


 「喧嘩を売ってきたのは向こうだ。今更の話だよ」


 「ははは、商人の言葉じゃねぇな。やっぱりあんた傭兵か何かをやるべきだよ。まあいい、気に入った。この俺が手を貸してやろうじゃないか。野郎ども!この街に未練がある奴は帰れ!商売を辞める気があるなら俺に手を貸せ!」


 アルフレッドの言葉に彼の部下たちが興奮気味に肯定の声を上げる。酒場の空気も最高潮だ。




 「それで、どうするんだ?」


 隼人はアルフレッドに策を問う。


 「俺は城の裏口を知ってるし、鍵もある。そこから侵入して救出すればいい。ただし、条件がある。いけ好かない代官を殺すのを手伝ってほしい。あいつ、羽振りがずいぶんいいんだ。あれはたぶん着服してるな。その証拠も探さなきゃならん。それにな、あいつ、今度は艦隊を縮減するつもりなんだ。その首切り候補筆頭が俺たちなのさ」


 どうやらアルフレッド達も私恨があるようだ。


 「その話、乗った!熊三郎、攻撃が終わったらすぐにこの街を出なきゃならん。悪いが全員緊急招集して…そうだな、東門に集結させて指揮を執ってくれ」


 タラントからガリアへ向かうルートは3種類ある。まず北側の、古代から幾度か使われたアルプス山脈を越えるルート、西側の、アルプス山脈と、イベリア地方とブリタニア地方を分断するピレネー山脈に挟まれた、起伏の多いアンドラ高原を通過するルート、そして当初予定の東側ルートだ。

 タラント王国の追撃をかわすには短いルートが望ましい。しかしアルプス越えは過去の歴史を見ても多大な損害を被っていたし、何より馬車の通行が不可能だ。アンドラ高原もよろしくない。あそこは激戦区で多くの兵力が集中しており、敵中突破は困難だ。よしんば突破できても今度はガリア王国に隊商を接収される恐れがある。

 結局、時間はかかるが、当初の予定を微修正して途中の街を無視するルートをとるしかなかった。これを隼人は数舜で決心した。


 「東門なら賄賂が通じるから荒事は止めてくれよ。それから俺たちも大将の隊商に入れてくれ。俺らの居場所もなくなるんでね。それから、準備ができたら精鋭だけで北門付近の広場に集結してくれ。そこで合流しよう」


 「わかった。すぐに準備する。それでは後で」


 「ああ、後でな」


 隼人達は別れを交わすと急いで武具の用意などに取り掛かった。




 「思ったより早かったな。それに装備もいい。しかし女が多いな」


 日が暮れてすぐの頃に隼人達は合流した。隼人達の装備を見てアルフレッドが言う。隼人隊は隼人以下、桜、梅子、カテリーナ、セレーヌ、セオドア、パウル他6名の13名だ。アルフレッド隊は12名で、他は隼人の隊商に参加するため、熊三郎の下へ行かしたらしい。


 「男の腕利きは貴重だからな。女でもすごい奴はすごいぞ」


 アルフレッドの言葉に隼人が返す。


 「いや、他意はなかったんだが、なるほど、道理だ。じゃあ早速天誅を下しに行くか」



 アルフレッドの案内で25名が夜道を裏口に向かう。折しも新月で闇は深い。


 「門番は…1人だけだな。大将、頼めるか」


 「任せろ」


 隼人は弓をつがえ、1矢で首に命中させる。


 「すげぇな、大将。じゃあ行くか。牢屋はすぐ近くだったはずだ」


 アルフレッドを先頭に隼人達は城内に侵入する。とはいえ、アルフレッドも城内に入った経験はほとんどないらしく、少し迷いながら進んでいく。牢屋に着く前に兵舎にたどり着いてしまったので、アルフレッドが外から錠前をかけてしまう。ついでに城門も制圧し、内側からかんぬきをかけてしまう。城壁の上の見張りも隼人と桜が弓で始末した。

 こうして安全を確保してから中庭にある地下牢入り口に突入する。突入すると看守が完全武装の集団に度肝を抜かれる。騒がれるとまずいので、その驚きがなくならないうちに看守の首をはねる。

 牢屋の鍵束をセオドアが確保すると地下牢内部に突入する。看守は1人だったようで、中には囚人しかいない。アエミリアの姿はほどなく見つかった。


 「アエミリアさん!今開けます!」


 「セオドア…、それに隼人隊長まで…。なんで…」


 「仲間や部下を見捨てるのは俺の主義じゃないからな」


 手間取っていたセオドアが鍵を開けると、アエミリアはセオドアに思わずといった風に抱き着く。


 「セオドア…、セオドアぁ…。ありがとう、ありがとう」


 アエミリアは涙を流してセオドアをきつく抱きしめ、セオドアがアエミリアの背をさすって慰める。




 「悪いが感傷に浸っている暇はあまりないぞ。もう1仕事あるからな。アエミリア、お前の剣だ」


 アエミリアがはっと気づいてセオドアから離れ、赤い顔で剣を受け取る。


 「お見苦しいところをお見せしました。それで、もう1仕事とは?」


 「代官を始末して汚職の証拠を見つける。手早くやるぞ。ついて来い」


 隼人達は城内への門を目指して駆け出した。




 「外が騒がしい気がしますな」


 城内で酒を飲んでいる中年男2人の内1人がもう1人に声をかける。


 「喧嘩でしょう。最近多いですからね」


 3段腹の男、タラントの代官が何でもないように告げる。


 「それにしては妙な気配ですな」


 もう1人の鍛えた男、カタンツァーノからきた騎士が己の直感から異常を感じる。


 「大丈夫ですよ。警備はしっかりしてますし。ささ、もう1杯」


 「あ、ああ」


 「それにしてもセネカという娘、たいそう美人だという話ではないですか。どうです、どうせ闇に葬るなら、我々で味見してみるというのは?」


 「それはだめだ。きれいな身体で連れ帰るように命じられている」


 「それは残念ですな。では遊女でも呼びますか」


 「いや、先にこの騒ぎを確認してからの方がいいだろう」


 「戦場の勘、というやつですか?」


 「そうだ」


 「ふむ、あなたがそうおっしゃるのなら。誰か!外の様子を見てこい!」


 代官が部下に命じる。ここにいる部下たちはロマーニから連れてきた者達で、高給を出しているので信頼できる。部下の1人が門へ駆けていく。それを見た代官は満足気に話を続ける。


 「しかし最近は景気が悪うございましてな。せっかくタラントの代官になったはいいものの、宮廷工作の費用回収にも事欠いております。とりあえず税を前の任地と同じ程度に上げてはみたのですが……」


 ここで代官の言葉が途切れる。複数の絶叫が上がったからだ。思わず騎士の方を見つめる。騎士は蝋燭を吹き消し、剣を抜く。


 「どうやら侵入者のようですな」


 「ま、まさか!城には兵が多くいますし、警備は万全のはずです!」


 代官は気が動転している。


 「人間、探せば隙はあるものだ。私は下へ向かう」


 そう言って騎士は部屋を飛び出した。




 隼人達が城内への門に突入しようとしたところで門が内側から開いた。どうやら感ずかれたらしい。隼人は先頭に立って突撃し、出てきた兵を1刀のもと切り伏せる。そのまま隼人達は城内に突撃する。中にはそれなりの数の兵がいたが、奇襲の効果と数の圧力で瞬く間に制圧する。

 そこへ上の階からがっしりとした男が現れた。それなりの腕利きらしいことが雰囲気からわかる。下手に数に任せると被害が出るだろう。


 「…ここは俺に任せてくれ。アルフレッド、お前は他の者を連れて代官と資料の捜索を頼む」


 隼人はそう言って1人突撃していった。



 「ちっ」


 騎士は舌打ちをする。隼人の実力は自分を上回り、他の者を足止めする余力などないことが1太刀交わしただけでわかってしまったからだ。それでも兵が集まれば数の暴力で圧殺できるだろう。自分の役割はそれまでの時間稼ぎだ。

 数度剣を交わし、少し距離を取ったところで相手の若武者に問いかける。


 「私はカタンツァーノ騎士、バルトリ・ルチアーノだ。貴殿は何者か」


 隼人は名乗るべきか迷うが、相手の覚悟を雰囲気で察し、本名を名乗ることにする。


 「…中島隼人。代官の不正を誅しに来た」


 「そうか…、あの代官には私も思うところはあるが、賊は切り伏せねばならん。『闘技場の殺し屋』と戦えるのはむしろ本望」


 そう言って騎士は再び隼人に切りかかる。隼人はそれを受け流し、そのまま切りかかるも回避される。その隙に騎士が切りかかるも隼人は距離を詰めて無力化する。


 「ずいぶん人を切った剣だ。さすが『闘技場の殺し屋』と言われるだけのことはある」


 「…その2つ名は嫌いだ」


 再びどちらからともなく距離を開ける。隼人は下段に構え、騎士は上段に構える。2人はじりじりとにじり寄る。1閃、隼人の剣が振り上げられ、騎士の剣が振り下ろされる。宙を舞ったのは騎士の剣と手首。隼人はそのまま騎士に剣を突きつける。


 「…お見事」


 騎士が隼人を褒める。


 「貴殿は敵に回すのは惜しい人だ」


 隼人も騎士を褒める。


 「今更言っても詮無き事。介錯してくだされ」


 「さすれば、御免」


 隼人は騎士の首を1突きし、騎士を苦しませずにあの世に送った。




 その頃アルフレッドは事務室に突入していた。途中の兵は全て切り伏せている。事務員は全員帰宅していたようで、事務室に人影はなかった。


 「おい、10人はここで裏帳簿なんかの証拠を探せ。残りは俺に続け。代官を捕まえるぞ!」


 アルフレッド達はさらに上階を目指す。代官の部屋は事務室のすぐ上の階だった。




 アルフレッド達は1部屋ずつ扉を破り、中を確認する。3部屋目が目的の部屋だった。


 「だっ、誰だ!」


 代官がおびえた声で誰何する。


 「お前が首にしようとしていた男さ」


 そう言ってアルフレッドは無造作に代官に歩み寄る。代官は抜剣するが、戦闘の心得などない。アルフレッドの歩みに合わせて後退するだけだ。ついに代官の背中が壁に付く。恐怖に負けた代官が考えなしに剣を振りかざしてアルフレッドに向かって駆け出す。アルフレッドは剣を弾き飛ばし、代官の足を払って転倒させる。


 「さて、俺たちの給料と増税分の金、どこに隠したか吐いてもらおうか」


 そう言ってアルフレッドはにじり寄る。


 「し、知らない!そんなもの私は知らん!」


 「そんなことはないだろう。支出を減らして収入を増やしたんだ。その金はどこへ行った!それともここで今死ぬか?」


 「わ、わかった。お前も仲間に入れてやる。金もいくらでもやろう。だから命だけは!」


 「じゃあ裏帳簿のありかと隠し金庫のありかに案内しろ」




 アルフレッド達は従順になった代官から裏帳簿のありかと隠し金庫まで案内された。そこにはかなりの額の現金が蓄えられていた。


 「…これを何に使うつもりだったんだ?」


 「…宮廷工作だ。出世にはこれが1番早い」


 「お前みたいな奴がいるから我々は弱体化するんだ!」


 アルフレッドが代官の回答に怒鳴りつける。怒鳴られた代官は沈黙する。


 「お前のような奴は存在自体が害悪だ。よって死んでもらう」


 「そ、そんな!約束が違っ…!ぐはっ…」


 代官はアルフレッドに腹を切り裂かれ、断末魔のうめきを上げる。アルフレッドがさらにとどめを刺し、うめき声が止まる。

 そんな代官を見ていると、隼人の仲間たちがさも当然のように隠し金庫に入っていく。


 「?…何をするつもりだ?」


 「何って、戦利品を頂戴するのは当然でしょう?」


 アルフレッドの問いにカテリーナが不思議そうに答える。


 「馬鹿!これはタラントの財産だ!勝手に持っていくな!」


 「そうですよ。これはタラントのみんなの財産です」


 アルフレッドとアエミリアが略奪を止める。


 「しかし報酬くらいはないと…」


 カテリーナが物欲しそうに言う。


 「…わかったよ。小金貨20枚だけだ。後で山分けだ」


 アルフレッドの言葉に歓声が上がる。どこまでも締まりのない連中だ。



 アルフレッド達は隼人と合流すると、裏帳簿を持って素早く裏口から脱出する。そして東門に向かってできるだけ急ぐ。



 隼人達が東門に着くと、熊三郎はすでに馬車を門外に移動させていた。アルフレッドは門番の隊長に話があると駆けて行く。アルフレッドは隊長に裏帳簿と裏口の鍵を託す。


 「アルフレッドさん、これは?」


 「代官の野郎の横領の証拠だ。すぐに警備隊長に持っていけ。出世間違いなしだぞ」


 「えっ、そんなものを!?しかしこれはあなたが待っていくべきでは?」


 「俺はこの街に居られなくなるんでね。お前が頼りだ」


 アルフレッドの言葉にきな臭い物を感じる門番の隊長。しかし代官に不満があるのは彼も同じだ。


 「…わかりました。それではお元気で」


 「お前もな。上手くやれよ」


 そう言ってアルフレッドはタラントを後にした。




 「隼人隊長、今回はありがとうございました」


 アエミリアが改めて隼人に頭を下げる。


 「気にするな。仲間や部下を見捨てるのは俺の主義じゃないからな」


 隼人はそう言ってアエミリアの肩を叩く。この件はこれで終わりだ。


 「大将、これから世話になるぜ」


 今度はアルフレッドが挨拶する。


 「ああ、歴戦の勇士なら大歓迎だ。これからよろしく頼む」


 「こちらこそ」


 そう言って握手を交わす。その間も隊商は東へ向けてひたすらに進む。タラントからいつ追撃隊が出るかわからないし、他のタラント王国軍から攻撃を受ける可能性もあった。今は時間が何よりも貴重だ。

 隼人達はこれから小さな村には立ち寄るが、町にはほとんど寄らずにタラント王国を抜け、コンキエスタ教皇領からガリア地方へ抜ける予定だ。コンキエスタ教皇領でもコンキエスタには立ち寄らない予定だ。時に帝国歴1791年2月半ば、タラントを出立した隼人達は試練に直面しようとしていた。


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