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第24話 ロマーニでの勧誘

 カルリーノを出立して10日ほど、隼人達はタラント王国首都、ロマーニに到着した。

 ロマーニは旧ロマーニ帝国の首都であり、発祥の地でもある。その過日の栄華を象徴するような巨大建造物が、クローチェ河沿い、その7つの丘の周辺にそびえたっている。

 特に目を引くのは、巨大な公衆浴場、闘技場、そして戦車競技場である。戦車競技場が現在でも稼働しているのは大陸広しといえどもここロマーニだけだ。もっとも、チャリオットによる競争だけでなく、乗馬による競馬や、輓馬による輓曳競馬も人気を集めており、純粋な戦車競技場ではなくなっている。



 隼人達はいつも通り商業ギルドで交易品の売買と宿の手配を終える。ロマーニには5日間滞在する予定だ。


 「闘技大会は明後日のようだな。間に合ってよかった。さっさと登録を済まそう。明日は戦車競走があるらしいからな」


 隼人が闘技大会出場予定の梅子とカテリーナに話しかける。


 「そうだな。しかし隼人殿、明日は12月8日、お前の誕生日ではないか」


 「そうですよ。私も隼人さんのために宿の厨房をお借りして1品作りますよ!」


 梅子と桜が、特に桜が気合を入れて答える。


 「ああ、そう言えばそうだな。明日でもう20か…」


 「隊長!まだまだ若いんですからそんな年寄りじみた言い方をしないでください!」


 「そうじゃ、その言い方はわしくらいの歳でないと似合わんぞ」


 しみじみと言う隼人にカテリーナと熊三郎が小言を言う。


 「いや、もう10代も終わりかと思うと感慨ぶかくてな」


 隼人はそう言いながら故郷の日本と家族を思い浮かべる。もう日本に戻ることは半ばあきらめているが、この世界で10代を終えるとなると心に来るものがある。しかしせっかく祝ってくれるのだ。その思いは胸にしまい込んで笑顔を浮かべる。その笑顔に面々は思うところはあったが、故郷を離れて寂しいのだろうと、特に踏み込まなかった。




 翌日、隼人達は早速戦車競技場に向かう。みんな戦車競走は初めてだから胸を躍らせている。隼人達以外にも、部下達の姿がちらほら見える。隼人は名作映画『ベ○・ハー』で戦車競走を見たことはあったが、生は初めてなので余計に期待する。

 競技場はいささか古びていたが、それでも観客は大入り満員だった。地元の者に聞けば、競技者の不足で、戦車競技は珍しいのだという。普段は競馬や馬上槍試合に使われているらしい。明日は闘技大会と並行して貴族の馬上槍試合が行われるらしい。


 「戦車競技なんて、実物を見るのは初めてだ」


 「隊長!私、興奮してきました!」


 「カテリーナ、興奮しすぎてスルなよ」


 隼人は興奮するカテリーナにギャンブルはほどほどにと注意する。


 「敷島では闘技大会の他は流鏑馬くらいでしたから楽しみですね」


 「そうですね、桜様。拙者も迫力があると聞いて今から期待しております」


 「梅子、カテリーナみたいに賭けはするんじゃないぞ」


 「大丈夫ですよ、お爺様。拙者もノースグラードで懲りましたから」


 隣では敷島3人組が談笑している。


 「戦車競走ねぇ、わたくしには縁がないものと思っていましたが、人生わからないものですわ」


 「私も、一生村から出ないものと思っていましたから、こんなものが見られるなんて、幸せです」


 「お姉ちゃん!あたし、ワクワクしてきた!」


 敷島組の向こうではセレーヌとナターシャ、カチューシャが談笑している。彼女達の出自を考えれば、こんなところで親しげに談笑しているなど、奇跡と言っていいかもしれない。


 「セオドアさん、私、興奮してきました!戦車競走なんて、いい詩の題材になりますよ!」


 「私も、以前来た時は競馬でしたから、戦車競走は初めてなんですよ」


 少し離れたところではパウルとセオドアが興奮を露わにしている。


 「アントニオ、活気があっていいですわね」


 「ああ、それにこの巨大な競技場、まさにロマーニ帝国の技術の結晶だ。競走も、競技場も見ていて飽きるものではなさそうだ」


 「ふふ、あなたらしいわね」


 向こうではアントニオとエレナがいい雰囲気でいる。もげてしまえ。…いや、ブーメランになるからやめておこう。



 そうこうしているうちに、5台の4頭立て戦車が入場してくる。ギリシャ式の刃物の付いた車輪は使用していないようだ。ただでさえ危ないのに、そんなことをすれば競技者がさらに減るから当たり前か。

 5台の戦車が競技場を埋める姿は圧巻だ。レースは10周で順位を決めるようだ。特等席でタラント王が何やら開会のあいさつをしている。正直、早く始めて欲しいのだが、タラント王は長々とあいさつを続けている。周囲を見ていると、それに対する不満こそ口にする者はいないが、大半の人間が雑談に興じている。タラント王が北ロマーニ人であるせいか、あまりロマーニ市民の尊敬を勝ち得ていないようだ。



 長いタラント王の演説が終わると、大きな布を持った人間が競技場の中央に現れた。彼の合図でレースが始まるのだろう。観客も雑談を止め、彼の一挙手一投足を注視している。戦車隊の前に着いた彼は布を振り上げる。彼は周囲を見渡し、特等席のタラント王がうなずくのを確認すると、布を振り下ろした。

 それを合図に5台の戦車が一斉に走り始める。その瞬間、競技場は熱気に包まれる。競走は始まったばかりだというのに、もう興奮して立ちあがっている観客もいる。戦車が抜きつ抜かれつする姿は興奮ものだが、圧巻はやはりコーナーを曲がるところだろう。器用に小さく回る戦車もいれば、タイミングをはずして大回りする戦車もある。1台につき4頭の馬が引いているのだから、それが1度に回る雄姿は壮観としか言いようがない。

 2つ目のコーナーを回り、スタート地点に先頭の戦車が戻ってきたところで係員が、イルカを模した真鍮の飾りを下に引き下げ、1週目が終わったことを知らせる。先頭は赤い帽子の戦車だ。隼人の隣でカテリーナが異様に興奮している。どうやら赤い帽子の戦車に賭けていたらしい。赤い帽子の戦車は戦車も赤色で、黒馬4頭が引いておりなかなか格好がいい。

 2番手はほとんど差がなく白い帽子の戦車。こちらの戦車も帽子に合わせて白色であり、馬も白馬でかためている。3番手は少し間をおいて緑の帽子と戦車で、鹿毛色の馬の戦車。4番手は3番手にほとんど遅れずにいる黄色の帽子の戦車。もちろん戦車も黄色で、こちらは葦毛の馬に引かせている。5番手は少し遅れをとっている黒色の戦車だ。帽子も黒で、馬は栗毛だ。



 事故が起きたのは5週目の第1コーナーだった。3番手の緑の戦車に4番手の黄色の戦車が接触したのだ。黄色の戦車の内側の車輪が外れ、御者が投げ出される。観客からは悲鳴が上がる。5番手の戦車が通り過ぎたところで馬と御者が回収される。

 後で聞いた話では、御者は奇跡的に命を失わずに済んだらしい。戦車競走の事故は死亡率が高いので本当に良かったと酒場で酔っ払いから聞いた。



 事故の後、緑と黒の戦車が追い上げてくる。赤と白が逃げるが、その距離は着実に縮まっていく。


 「逃げろー!赤、逃げろー!」


 隣ではカテリーナが立ちあがって叫んでいる。美人なのに残念な行動である。



 最後のイルカの飾りが下ろされ、最後の1周が始まった。いまだ順位は変わらないが、緑と白の追い上げが激しい。首位争いも激しく、白は何度か赤を抜いては抜かれ、その度にカテリーナが悲鳴と歓喜の声を上げていた。

 最終コーナー、内側に赤、すぐ外側に白、そして赤のすぐ後ろに緑、少し距離を置いて黒が続く。赤と白がそのまま並び、一進一退の攻防を繰り広げる。赤が勝つか、白が勝つか。その興奮が隼人を知らず知らずのうちに立ちあがらせていた。周囲もほとんどの観客が立ちあがり、腕を振って応援している。

 赤も白も最後の力を振り絞る。2台の戦車がゴールに到達した時、馬の首の分、わずかに白が先にゴールした。観衆から歓喜の声と悲鳴が上がる。それとともに惜しみない拍手も打ち鳴らされた。ちなみに隣のカテリーナはうなだれていた。




 「戦車競走、思ったよりも迫力があったな」


 「私、戦車なんて初めて見ました!」


 「戦車とは、あんなに立派なものなのですなぁ」


 全ての戦車競走が終わった夕暮れ、隼人と桜、梅子が興奮気味に話していた。

 その後ろでがっくりと肩を落としたカテリーナがため息をつく。


 「じゃから隼人殿に賭け事はほどほどにせいと言われたじゃろう」


 「はぁ、あの熱気に当てられて、つい…」


 どうやらカテリーナは大分スッたらしい。

 さらに後ろではパウルが興奮気味に何事かを諳んじている。どうやら戦車競走で創作意欲が刺激されたらしい。詩作に夢中になって人にぶつかりそうになったり、道をはずしそうになる度にセオドアがパウルを引っ張っている。御苦労様だ。




 宿に戻るとさっそく桜を筆頭に、梅子、ナターシャ、カチューシャら有志達が厨房を借りに向かう。それを見て隼人は今日が自分の誕生日であったことを思い出す。どうやら隼人も戦車競走の興奮にすっかり呑まれていたようだ。



 隼人達の待機組が談笑に興じていると、桜達料理組が戻ってきた。


 「おおっ…、おおっ!」


 運ばれてきた料理は隼人にとっては久しぶりに目にした料理だった。


 「これは…肉じゃがに味噌汁、それに米か!」


 「やっぱり隼人さんはわかってくれた!私たちが大事にしていた味噌と醤油、それにブレスト産の出汁を使ったんです。お米は…ごめんなさい。ジャポニカ米がなかったので宿の人にインディカ米を炊いてもらいました」


 桜が嬉しそうに解説し、米に関する部分で申し訳なさそうにする。


 「いやいや、十分だよ。最高の誕生日プレゼントだ。ありがとう」


 隼人が満面の笑みで桜達に感謝の意を述べる。

 改めて料理を眺める。確かに米が長細い。味噌汁にはワカメは入っているが豆腐がなく、代わりに玉ねぎやニンジンが入っている。いささか物足りない思いはするが、その分苦労が伝わってくる。その気持ちが隼人にとっては嬉しかった。


 「この肉じゃが、水分が少ないんだな」


 肉じゃがが、隼人の世界で言う、海軍式肉じゃがだったので、桜に尋ねる。


 「はい。水を入れなくてもお肉を焼いている時に出る水分で十分煮込めるんです。最初にお肉だけを焼いて水分を出し、それからお砂糖と醤油の順番で味を染み込ませるのが要点なんですよ。玉ねぎを最後に入れて食感を残すのもポイントです。…あっ、もしかして汁気の多いほうが隼人さんの好みでしたか…?」


 「いやいや、実は俺もこっちの方が好みなんだ」


 「それは良かった!最近では汁気が多い肉じゃがが流行りだったのですが、私たちはこのやり方で習ったので…。ともかく気に入ってくれて嬉しいです!」


 笑顔を浮かべながら桜達が席に着く。それを合図に「いただきます」を唱和して食事を始める。



 「和食は久しぶりだから美味いな。あれっ、目から汗が…」


 「そこまで喜んでいただければ、作った甲斐があったというものです」


 隼人の喜びの声に答える桜もよく見れば目じりに汗をためている。梅子と熊三郎も同様だった。


 「秘蔵の醤油と味噌を開けた甲斐があったな…」


 そう梅子がポツリと言う。


 「さすがに隼人殿の誕生日となると気合の入りようが違うのう」


 熊三郎が孫をいじる。


 「まあ、否定はしませんよ」


 梅子も今日ばかりは素直に答える。


 「醤油や味噌は隠し味に使うものだと聞いていたけど、ふんだんに使うとこんな味になるのね」


 「私も初めての味でしたが、何とか調理の邪魔にならずに済んだようです。ちゃんと美味しくて安心しました」


 「あたしもちゃんと手伝ったよ!あたしもこの味、気に入ったわ」


 初めての味にセレーヌ、ナターシャ、カチューシャがその出来栄えを評価する。

 カテリーナはさっそく酒を開け、隼人のグラスに注いでいる。

 セオドア以下の面々も楽し気に食事を進める。




 「明日は闘技大会だな。カテリーナ、梅子、互いに頑張ろうな」


 「はい!今度こそ隊長に勝ちますよ」


 「拙者が優勝するからな。隼人殿も決勝まで必ず来てくれよ」


 隼人とカテリーナと梅子が健闘を誓う。


 「そういえば私もまだ隼人隊長の試合を見てませんでしたねぇ。『技場の殺し屋』と『異国の剣士』の試合かぁ。これも詩作がはかどりそうだ」


 パウルも生き生きしている。


 「カテリーナ、明日は賭け禁止じゃぞ。また隼人殿に賭けたらさっきのセリフが台無しじゃ」


 「うっ」


 熊三郎がカテリーナに禁令をだす。このようにして、隼人のこれまでの人生で最も明るい誕生日は過ぎていった。




 翌朝、隼人達は連れたって闘技場に向かう。


 「これは、ロマーニ帝国中期の大闘技場ですね。なかなかよく整備されている。美しい…。やはりロマーニの本物はいいですねぇ」


 アントニオがそんなこと言う。


 「よその街よりずっと大きいな。ここで戦えるのは名誉なことだ」


 「ああ、拙者も武者震いがしてきた」


 「あらためて見ると、大きいなぁ…」


 「兄さん、梅子さん、カテリーナさん、怪我はしないでくださいよ」


 出場する3人組にナターシャが注意を呼びかける。


 「心配するな。無傷で優勝してくるさ」


 隼人はそう言ってナターシャの肩をたたく。


 「何を言うか。優勝するのは拙者だぞ」


 「おう、決勝戦で待ってるぞ」


 「ああ、決勝戦で」


 隼人と梅子はこぶしを合わせて互いの健闘を誓い、出場者用の入り口に入っていく。カテリーナも少し遅れてそれに続く。ほかの者達はそれを見送ると、アントニオの闘技場についての解説を聞きながら観客席に向かった。




 終わってみれば結果は隼人が優勝、梅子が準優勝、カテリーナはベスト16だった。カテリーナは運悪く、最初の個人戦で、準決勝で隼人に敗れた貴族の選手に当たったようだ。ベスト4から16までは貴族と平民が6:4。別に作為があったわけではないだろう。貴族も平民もそれ相応の実力があった。決勝では、隼人の木剣が壊れかけ、梅子が油断したところで隼人が体術で梅子を倒した。熊三郎はこれを見咎め、今夜は梅子の反省会にするらしい。


 「隼人さん。おめでとうございます」


 桜が選手待機室まで降りてきて隼人をねぎらう。


 「ああ、ありがとう」


 「今回は明日のお城での祝勝記念会に4位の方まで招かれるそうですよ。カルリーノの新調した晴れ着が早速役に立ちますね。さあ、晴れ着に負けないように作法の復習をしましょうか」


 桜がにこにこと隼人に宣告する。今日は梅子ともども、長い1日になりそうだった。




 翌日の夕方、少し遅い時間に起きた隼人と梅子は桜から礼儀作法の復習を受け、そろい立ってロマーニの城に向かう。城までは普段着で、場内で礼服に着替えることになっている。市内を巡回している乗り合い馬車に乗り込む隼人達を一同が見送り、特に桜が隼人を心配そうに見ている。


 「じゃあ、行ってくる。あまり遅くならないようにするよ」


 「変な貴族に気を付けるのじゃぞ」


 「くれぐれも粗相のないようにお願いしますね」


 隼人の言葉に熊三郎と桜が注意を呼びかける。それに隼人は手を振って答え、梅子が御者に出発を求める。その馬車を桜が心配そうに、カテリーナとパウルは羨ましそうに、他は特に感慨もなく見送った。




 「皆の者!今日はよくぞ集まってくれた!今日は我がタラント王国の興隆と神の恩恵に感謝し、王国のさらなる繁栄を誓おうぞ。ロマーニ帝国とロマーニ市民の正統後継者たる我々は、神の恩恵と先人の遺産により今日の地位を築くことができているのである。…」


 祝勝記念会の主催者であるタラント王マルティーノの長い演説が続いている。どうやら昨日の闘技場でも長い演説をしていたらしい。選手は待機所にいたから聞いていないが、観戦組によると、一昨日の戦車競技場同様、うんざりするほど長々としていたらしい。今回もその人を退屈させる能力をいかんなく発揮している。

 タラント・マルティーノ王は50代前半、タラント王国が周辺国を糾合してから数えて5代目にあたる。本人は努力しているようだが、内政では結果が出ず、ここ最近はガリア王国との戦争も上手くいっていない。

 外交でも孤立気味で、逆にコンキエスタ教皇領の主導する聖戦に貴族をそそのかされている情勢である。本来この場にいるべき貴族の何名かも聖戦に独自に参加しているため、姿を見せていない。王自身のカリスマもないので国内の統制すらままならない現状だ。そのストレスのためか、毛根が後退している。口の悪い者は陰で『デコ王』とすら呼んでいる。



 マルティーノ王の長々とした演説が終わり、主賓である隼人達が紹介される。隼人は白の礼服で、梅子は淡い青のドレスだ。主賓者4人の簡単な挨拶が終わり、ようやく宴が始まる。腹をすかせた隼人は早速料理に向かう。梅子は隼人に付き従う。梅子は今回、隼人の部下として振る舞うつもりのようだ。他の2人は貴族なので、挨拶回りがあるのだろう、貴族の輪の中に入っていった。

 隼人も梅子とともに多少腹を満足させると、闘技大会で見知った貴族に挨拶していく。ちょうど貴族同士の挨拶が終わり始めたところに上手く入り込めた。

 挨拶として互いに闘技大会での健闘を称えあうのだが、やたらと梅子の容姿を褒め、口説いてくる。さらには異国の優れた容貌や所作の美しさ故か、手を取るなどのボディタッチが多い。梅子は上手くかわすのだが、たまにしつこい者もいて、たびたび隼人が助け船を出して他の貴族への挨拶や飲食に少し強引に連れまわす。

 まったく初見の貴族にも挨拶していくのだが、だんだん性質が悪くなってきて、梅子の豊満な胸部や臀部に触れそうになる者までいる始末だ。その度に隼人は梅子かばったり引き寄せたりしなければならないのでタラント貴族への苛立ちがつのる。1度などは梅子を抱き寄せる形になってしまい、2人して顔を赤らめるといったこともあった。




 一通り挨拶が終わり、隼人と梅子は飲み物片手に部屋の端で一息つく。


 「お疲れさん。大変だったな」


 「隼人殿、今回はいろいろと感謝する。さすがに敷島にはあんな手合いはいなかったから助けられた。一応隼人殿を補佐するつもりだったのだがな」


 「気にするな。俺とお前の仲だ。しかしお前の尻を触った奴、ぶん殴ってやりたいな」


 「気持ちだけで十分だ。本当にやらないでくれよ?」


 「ああ、わかっているよ。しかし腹が立つものは腹が立つんだ」


 「…ありがとう」


 そんな会話をしながら隼人は梅子を見やる。酒を飲んでいるせいか顔が少々赤い。

 隼人はそんな梅子を見ながら自分の怒りの感情を考察する。これは義憤によるものだろうか?いや、義憤によるものならここまでどす黒い感情にはならないだろう。ということは嫉妬なのだろうか?

 梅子をほかの部下たちの女性に置き換えてみる。桜、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャだと、間違いなく梅子の時同様、嫉妬するだろう。エーリカやマチルダが被害者でも同じ感情を抱きそうだ。セレーヌの場合はよくわからない。

 ではエレナや他の部下たちの場合は?おそらく純粋な義憤と、守らねばならないという使命感だけだろう。こんなどす黒い感情にはならないはずだ。

 ということは自分は梅子達複数の女性を好いているということなのだろうか?そうだとすれば7股をかけるろくでなしの男ということになる。いや、そもそも女性との付き合いがこの世界に来るまでなかったのだ。これが男女関係での好きなのかはわからない。



 そんなこと考えていると給仕から声をかけられた。どうやらマルティーノ王に呼ばれているらしい。自分の感情についての考察をひとまず棚上げし、目先の問題に対処する。おそらく勧誘されるのだろうが、この国の貴族たちと上手くやっていける気がしないし、マルティーノ王個人の資質も、ガリア王アンリに比べると見劣りする。これはもう断るしかないな、と隼人は思い。マルティーノ王の下に向かった。




 「面を上げよ」


 マルティーノ王の言葉に隼人と梅子が顔を上げる。


 「中島隼人、この度の闘技大会での戦い、まことに見事であった。よって、賞金を与える。さらに、そなたの隊商を我が騎士団として迎え入れたい。そなたにはその騎士団の団長として、我がタラント王国を支えてもらいたい」


 「非才の身に御厚恩、感謝の極み。賞金はありがたくいただきます。しかしながら私は行商人として生きていきたくございます。せっかくのお言葉ですが、騎士団長の職は辞退させていただきたく思います」


 「そうか、それは残念だな。では今後も隊商長として我が国を支えてもらいたい」


 「ありがたきお言葉」


 マルティーノ王はそれほど残念そうでなく辞退を受け入れる。流通が壊滅しているこの大陸では隊商を存続させることも利益が大きい。そのためマルティーノ王はあっさり辞退を受け入れたのだ。



 ここでマルティーノ王は梅子に向き直る。


 「近衛梅子、そなたもよく健闘した。よって賞金を与える。さらにそなたを余の近衛騎士として迎えたい」


 マルティーノ王の目つきがよろしくない。あれは絶対に梅子の体目当てだ。隼人の心にどす黒いものが渦巻く。


 「お言葉、ありがたく思います。賞金はありがたく頂戴いたします。されど拙者には既に仕えるべき主がおります故、近衛騎士のお誘いは辞退いたしたく思います」


 「そなたが望むなら近衛騎士団副団長補佐にまですることはできるが、どうじゃ?」


 梅子の辞退にマルティーノ王が食い下がる。


 「恐れながら、今の主君を変える気はございません。近衛騎士の件、何卒ご容赦を」


 「そうか…それは残念じゃ」


 マルティーノ王は、今度は残念そうに言った。


 「2人とも、下がってよろしい」


 マルティーノ王はわずかに不機嫌な口調で2人を下がらせた。これがこの王の資質の限界なのだろう。




 その後も宴は続き、梅子をセクハラから守る作業が続いた。しかしこの後は貴族令嬢や夫人が梅子に話しかけるようになったため、ずいぶんと楽になっていた。女性達も梅子へのセクハラには義憤を感じていたらしく、梅子を守るように動いてくれたのがありがたかった。




 宴は遅くまで続いたが、夜も更けて散会となった。もう市内の乗り合い馬車は終わっている時間だ。隼人と梅子は夜道を歩いて宿に帰る。


 「隼人殿、今日は本当に世話になった。ありがとう」


 梅子がうつむきがちに、恥ずかしそうに言う。


 「まあ、気にするな。俺とお前の仲だしな」


 隼人の返事に梅子がうなずいて会話が途切れる。



 しばらく歩くと、梅子が思い切ったように隼人の手を握る。いわゆる恋人つなぎというやつでだ。


 「う、梅子…?」


 「気にするな。拙者と隼人殿の仲ではないか」


 「そ、それはそうだが…」


 隼人は困惑し、赤面するが、梅子も顔が赤い。


 「そ、それから、これは今日の礼だ」


 そういって梅子は隼人の頬に口づけする。これには隼人も思考停止し、歩みが止まる。梅子もそれに合わせて歩みを止める。


 「そ、その、迷惑…だったか?」


 梅子が不安そうに隼人の顔を覗き込む。


 「い、いや、そんなことはない。むしろ嬉しいくらいだ」


 2人の視線が交差する。しばらく間をおいて、どちらからともなく2人の唇が重なった。


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