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第2話 初めての「人殺し」

 カーディフでの救出劇の翌日、隼人は商業ギルドにいた。戦利品の内不要なものはすでにギルドに売却していたが、今日は行商用の品物を買いに来ていた。


 「とりあえずロリアン方面に行商に出たいのだが、なにか良い品はないだろうか?」


 「ロリアン方面なら魚の塩漬けは途中の街や村でもよく売れますね。あとはカーディフ特産の石炭、それに鉄あたりでしょうか」


 「…そうだな。傭兵を募りながら行くから、魚を馬車に一台分頼む」


 「かしこまりました。昼までにご用意いたします」




 隼人は昼までに酒場を巡り、傭兵を探す。今回は盗賊狩りではなく行商の護衛なので、腕の良い傭兵の必要性は低い。むしろ安い傭兵で数を揃え、襲撃は割に合わないと思わせる抑止力にするのが目的だ。そもそも、序盤の賊は一人で戦っても割と何とかなるのがこのゲームだ。



 結局、隼人はちょうど良い傭兵を雇うことはできなかった。カーディフにいる傭兵のほとんどは国や貴族に雇われている連中や、盗賊狩りを行う連中ばかりで、給金が高かったからだ。むしろ傭兵団への加入を求めてくる始末だった。プレイヤーの傭兵団加入はバニラでは存在せず、今回は使用していないはずのMODでの機能であるため、これには隼人はひどく困惑した。だがそれでも隼人はバグであるとの認識であった。




 隼人は魚の塩漬けを満載した荷馬車に乗り、カーディフを出発する。護衛がいないため、まずは最も近い村を目指し、南東に向かう。村で新兵を雇い、物々交換で食糧を充実させるのが目的だ。道中何事もなく、3時間ほどでハーモンという村に到着した。


 「村長、魚の塩漬けを持ってきたから交易がしたい。それと行商の護衛にいくらか兵を雇いたい」


 「魚の塩漬けに兵ですか…。兵の方は一応村の者に声をかけてみますが、あまり期待をしないでください。交易は何をお望みですか?」


 「そうだな…、とりあえず穀物やパン、野菜に果物、それから干し肉や酒があればうれしいな。兵の雇用費の一部も、できれば魚で支払いたい」


 「そうですか…、では麦と野菜でどうでしょう。他は少し厳しいですな。この村はカーディフから近いので魚にはそれほど困っていませんので」


 「そうか。それではそれで頼む。金はそれなりにあるから兵は希望者全員を雇いたい」


 結局、魚の塩漬け1樽と麦、野菜を交換し、兵は一人頭100デナリの支度金で5人雇うことになった。給金はひとまず週に10デナリで働きに応じて昇給だ。出発前に簡単な自己紹介を行ったが、面倒だったので隼人はNPC名前自動生成MODを削除することを心に決めた。


 

 ハーモンで1時間ほど滞在したのち、隼人達は東へ向い、3時間ほどで新たな村に到着した。日が暮れ始めているので、交易と募兵の他、宿を求めた。今回の交易では果物とパン、それに僅かながら麦酒を得ることができた。募兵についても、ハーモンと同じ条件で8人が集まった。宿は空き家を拝借した。もう少し募兵したら荷馬車を追加するべきかもしれないな、と隼人は思案した。




 翌朝、隼人はさらに募兵すべく東の村々を目指す。異変が起きたのは村から出て2時間ほど、平原でのことだった。

 隼人は前方に人馬の群れを確認する。


 「前方に盗賊団、距離1キロ、数およそ20!」


 動揺する部下に彼は叫んだ。


 「馬車の前に整列!防御態勢!槍を構えろ!俺は御者台から援護する!」


 そう命じながらも周囲を観察し、他の盗賊団や別働隊がいないことを確認する。


 「さて、やっこさんはどう出るかな?逃げてくれれば御の字だが…初陣でもまあ悪くは無いか」


 隼人がそうぼやいているうちに前方の集団が列を乱しながら早足でこちらに向かってくる。装備も上等ではないから盗賊に間違いないだろう。彼は御者台に立ち、弓に矢をつがえる。狙うは馬だ。とにかく落馬させ、機動力を奪うのだ。


 距離500、…400、…300、…200、…150。弓を引き絞る。発射。命中を確認せずにすぐに次の矢をつがえる。騎兵は全部で5騎、いや今1騎減って4騎になった。残る4騎にも次々と矢が導かれた。隼人はすぐに呆けていた部下に指示を出す。


 「何をぼんやりしている!突撃!落馬した奴にとどめを刺せ!殺したら防御を固めろ!」


 部下たちははっと我に返って突撃する。


 「敵はあと……17人だな。弓で削ればどうにかなるか」彼はそうつぶやき、再び矢をつがえた。距離100メートルから50メートルに接近できた盗賊は10人だった。一気に半分を失ったことで勢いが鈍っている。これは好機だ。


 「敵はひるんだ!突撃!敵を押し包め!」


 隼人の命に部下たちは戸惑いつつも突撃していった。その間も隼人の支援射撃は続く。




 悲劇が起こったのは盗賊と部下が接触する直前だった。悲劇と言ってもそれは単純なことだった。隼人が放った最後の矢の射線に、一人の女部下が侵入してきただけだ。だがこれによって味方の勢いが削がれてしまった。これで後は数と錬度だけの勝負となった。盗賊は7人まで討ち減らされているから、負けることはないだろ。だがこちらは新兵ばかり。大きな損害を受けかねない。

 「くそっ」隼人は射線を邪魔した女部下に心の中で罵詈雑言を浴びせつつメイスを取り出し、突撃した。彼の頭の中は、こんなくだらない戦いで“駒”をどれだけ温存するか、ということしかなかった。




 部下たちは3人を殺し、1人を気絶させ、隼人は1人を殺し、2人を気絶させていた。味方の損害は、隼人に頭を射抜かれた女を含めて4人が死亡していた。仲間の死に涙する部下を放置し、隼人はメイスで殴って盗賊が死んだ“バグ”に悪態を吐きつつ、死体から金品や装備を回収していた。ゲームが正常に稼働していれば、メイスで殴り倒しても相手は気絶扱いになり、戦闘後に捕虜にできる。捕虜は奴隷商に売るとそれなりの値段で売れる。戦利品の売却とともに生計を立てる基本だ。カーディフの盗賊狩りもそうして生計を立てている。



 剥ぎ取りが終わると、隼人は部下に声をかけた。


 「何をしている。出発するぞ。このままだと次の村に日没まで間に合わん」


 すると部下の一人が涙ながら訴えた。


 「エミリーが……、サミーが、ジェイソンが、ジョージが死んだんですよ!」


 隼人は冷淡に答えた。


 「死体なんか放っておけば消えるだろう。放っておけ。それより村へ急ぐぞ。まだ兵も足りないんだから」


 「……せめて埋めさせてください。埋めるまでここを動きません」


 「……勝手にしろ!」


 隼人は御者台に寝転び、果物をかじり始めた。隼人は部下に生まれた憎悪の念を気づこうともしなかった。




 その日の野営は険悪な雰囲気だった。日没までに村にたどり着けなかったことに隼人は腹を立てていた。一方で部下たちは仲間を失った悲しみを、死者を敬わない雇い主への憎悪に転嫁させていた。


 「見張りは3交代だ。朝方の警戒は俺がやるから、お前たちは先の2回をやれ。」


 「了解」


 双方事務的な、冷やかな対応だった。




 隼人が寝息を立て始めたころ、兵たちは小声で密談を始めた。


 「あんな雇い主に従っていたらそのうち使いつぶされっちまう」


 「その通りだ。それにエミリーは……、エミリーはあいつに殺されたんだ」


 「ジョン、エミリーはお前の幼馴染だったな…」


 「ああ、あいつはお転婆で、でもドジなところがあって、見てられなかったから一緒についてきたんだ。それなのにあいつは…、あいつは…!」


 「気持はわかるが落ち着け、奴が起きる」


 「ああ、すまない。でもおれはあいつを絶対に許せない…」


 「…そこで提案がある。このままあいつに雇われることはできない。いつか絶対に殺されるからな。だが、脱走して村に帰るのも面白くない。ここには奴の積荷があるし、奴は寝ている。どうだ、あいつを殺して俺達で行商をやらないか?俺はこう見えて村に来る行商人からいろいろ教わってきたから、それなりに行けると思うぞ?」


 「でも、今日のあいつを見たろ。噂じゃ人攫いを50人ばかりを1人で殺しつくしたとか聞いたぞ」


 「でも今は奴は寝ている。俺はエミリーの仇を討たないなんて絶対に我慢できない」


 「「……」」


 「話はまとまったな。奴を殺して行商をやる。これでいいな」


 「「おう」」



 隼人は不意に殺気を感じて目が覚めた。すぐに地面を転がり、剣を抜く。


 「エミリーの仇だ!死ねぇ!」


 素人同然の剣筋を受ける。


 「何だ!一体何なんだ!」


 「お前には愛想が尽きたんだよ!ここで死ねぇ!」


 言葉とともに背中から迫ってきた剣を直感だけで避ける。


 「反乱!?そんなMODを入れた覚えはないぞ!」


 「わけのわからないことを言ってないでさっさと死ね!」


 横から突き出された槍を引っ掴み、引き寄せて反乱者の首筋に剣を這わせて絶命させる。隼人はこの状況を理解できなかった。いや、頭が理解を拒んだ。しかしこれだけは理解できた。殺ねば殺れる。

 そこからはがむしゃらだった。不用意な太刀筋を紙一重で避け、カウンターで首を突く。避けた槍を引っ掴んで相手を引き寄せ、剣を小脇にがむしゃらに突っ込んできた奴に対する盾にする。背中から袈裟切りに斬りかかってきた太刀筋を避け、その勢いで相手の首筋に一閃、首をはねる。そのままの勢いで、突きかかってきた槍の穂先を切断する。そしてそのまま踏み込み、槍持ちの首を突く。剣を抜かずにそのまま方向転換し、斬りかかってきた3人に対する盾にする。そして、味方を殺した衝撃から立ち直った奴の斬りかかりを受け、その腹に蹴りを一発、そして首筋に斬り裂く。

 残りの3人は完全に隼人の気迫に呑まれているが、意を決して斬りかかってくる。1人は手首を斬り落とし、もう1人はすれ違いざまに頸動脈に剣を這わせた。だが最後の1人の剣はようやく避けられただけだった。そのままお互いに体と体がぶつかりあい、ともに地面に叩きつけられた。しばらく揉み合いが続いたが、ついに隼人が上にのしかかり、剣を突き付けた。そこで隼人ははじめて相手の顔を見た。


 隼人が見た顔は、恐怖に歪んだ女の顔だった。その瞳は恐怖に染まっていたが、間違いなく生気があった。ここで隼人は初めて理解した。目の前にいる女はNPCではなく人間であるということを。

 隼人は一瞬、どうしてこの人間と殺し合いをしているのか分からなくなった。どうして自分はこの女と殺し合いをしなきゃいけないんだろう。ああ、そうだ。この女が反乱を起こし、自分を殺そうとしたからだ。どうして反乱がおきた?いや、今はそんなことを考えている場合ではない。殺ねば、殺れる。隼人は女の胸に剣を深く刺し込んだ。


 胸から血が吹き出る。女の顔が苦悶に歪む。隼人の手に女の心臓の鼓動が、剣を介して伝達される。血が流れるとともに女の顔は青ざめてゆく。力ない手が、まるで救いでも求めるように、震えながら隼人の肩に触れる。「この女の名前は何といったかな」隼人はそんな得体のないことを考えていた。適当に自己紹介を終えたため、全く覚えていない。そんなことを考えていると、女の瞳から生気が失われていき、肩に触れていた手もドスンと落ちる。女の瞳が最期に映していたのは果たして恐怖だったか、怒りだったか。ともかく、女は隼人の剣でゆっくりと絶命した。隼人は“初めて”人を殺した。その衝撃は一介の大学生でしかない隼人には大きすぎるものだった。


 しばらく茫然とした後、隼人は立ち上がる。手を切られた男がいまだに転げまわっていた。ゆっくりと下を見る。さっき殺した女は逆手に剣を持っていた。おそらく、あのままぼんやりしていたら自分が刺殺されていたのだろう。急に吐き気がこみ上げてくる。だが、まだ終わりではない。もう1人、始末しなければならない。彼は青い顔で男に近づき、その頸動脈を絶った。それからこみ上げてくるものを全て吐いた。夕食を全て戻してもまだ吐いた。隼人はそのままうずくまり続けた。




 隼人は考えた。どうしてこんなことになった。味方を殺したから?死体を粗末に扱ったから?ゲームではそんなこと、まず問題にならない。ゲーム?そうだ、これはゲームだ。これは単なる不具合に過ぎないんだ。メインメニューに戻り、ゲームを終了して、不具合を直せばいいんだ。


 「メインメニュー……。あれ、『ネットにつなぐ』しかないぞ?とにかくゲーム終了……。あれ?ゲーム終了!強制終了!タスクマネージャー起動!」


 どれも反応することは無かった。インターネットだけは動いたので、解決方法を探したが、結局わかったのは、メール、チャットなども含めて書き込みができないこと、ゲームを始めた時点でインターネットの更新が止まっていることだけだった。


 「ここは、まさかゲームの世界なのか…?」


 隼人の絶望した声が静寂な夜空に響き渡った。


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