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第19話 戦女神の街

 帝国歴1790年も10月に入った頃、隼人達はアーリア王国の前線都市、ケルンに向かっていた。隼人達の隊商は、途中兵の徴募も行っていたので、今や荷馬車13台、駄馬10頭、騎兵42騎、歩兵100余名の大所帯となっている。おかげで小さな街や村では宿をとるのに苦労し、一部は宿に入りきれずに野営を余儀なくされることも度々あった。




 前線都市ケルンはウェル河の河口部、大陸海の沿岸に位置している大都市だ。ケルン領は西はガリア王国領、北はノルトランド帝国領と接する、アーリア王国領の張り出しを形成している。現在アーリア王国はノルトランド帝国と交戦中であるため、多くの軍勢やその輸送部隊が行き来している。

 ケルンはアーリア王国の西の玄関口として交易が発達しているばかりでなく、付近の鉄鉱山から鉄鉱石も採れるので、鉄を特産品としている。そのためケルンは堅固な城塞都市としての側面だけでなく、商業都市、工業都市としての側面も有している。



 隼人達がケルンの城塞を視界に納められるようになった頃、ケルンの方角から軍勢が近づいてきた。隼人は隊商に道を空けるように指示する。軍勢の指揮官は大抵貴族だから、こういうときは道を譲ってトラブルを起こさないようにするのに限る。隼人はふと軍勢の旗印を確認する。赤地に黒槍が2本交差している。どこかで見覚えがある旗だ。


 軍勢の様子が次第にはっきりしてきた。数は200ほどだ。先頭には長い金髪をなびかせた美しい女性が進んでいる。隼人の記憶がよみがえる。ノルトランド軍にいた時、2度にわたって隼人達を打ち破った人物、バイエルライン・フォン・エーリカだ。

 お互いの目が見えるようになった時、隼人は下馬して頭を下げる。そこへエーリカが馬を速めて近づいてきた。


 「おお、誰かと思えば隼人ではないか。もうかれこれ半年振りか。待ちわびたぞ。ようやく我がもとに来てくれたのだな。歓迎しよう。俺のもとで手柄を立てれば婚約者にしてやる約束だったな。そう思えば少し気恥ずかしいな」


 そう言って握手を求めてくる。あの時は確か愛人に、という話だったと思うが、半年の間に勝手に婚約者にされていたようだ。この人は美人で戦上手なのは確かだが、今一つ分からない人だ。後ろでは隼人の隊商とエーリカの軍勢が「聞いてない」とざわめいている。少なくとも隼人は仲間達に話していなかったが。


 「い、いえ。今は隊商をしながら身の振り方を考えているところでございます。少なくとも今はまだバイエルライン様の下に参じるつもりはないのです」


 隼人は慌てて断る。


 「なんだ、せっかく期待していたのに。まあお前が納得していないのに無理やり婿にとっても良くないな。しかし、バイエルラインなどと、他人行儀な言い方は無しだ。エーリカと呼んでくれ。少なくともお前はこの俺が認めた人物なのだからな。ところで隊商ということはこれからケルンか?」


 エーリカはよくわからない女性だが、少なくとも話はわかる人物なようだ。


 「はい、その通りです、エーリカ様」


 「その様付けもやめて欲しいところなんだがな。まあ、婚約者でもない人間にそう呼ばせるのは問題があるか。まあいい、俺はこれから盗賊狩りに行くつもりだったんだがやめだ。ケルンまで連れて行ってやる。ケルンは俺の街だからな。行くぞ」


 そう言ってエーリカは軍勢を回れ右させ、隼人を連れて先頭に立った。道中、隼人の半年間の話や、エーリカが敵や盗賊を蹴散らした話をして楽しく過ごす。この2人、意外と馬が合うようだ。




 そんな隼人達の様子を見て、いつものメンバーが額を寄せる。


 「ちょっと、何なの、あれ」


 セレーヌが問いかける。


 「あれは…確かバイエルライン侯爵だったと思いますが…」


 セオドアが幾分かずれた返答を返す。


 「そういう意味じゃないわよ。桜達はどうなの?何か知らない?」


 「私もわかりません。私達が隼人さんと合流したのは4、5カ月前のことなので、半年前ということは私達が出会う前のことですね」


 そう言って桜と梅子がカテリーナとナターシャ、カチューシャに視線を送る。


 「私も会ったことがありません」


 ナターシャが力なく答える。


 「…私は、見たことがある」


 カテリーナの言葉に全員が注目する。


 「私が隊長の部下としてノルトランド軍に所属していた時の、最初で最後の戦いでのことだ。ノルトランド軍は負けたが、我々隼人隊はまだ持ちこたえていた。そこにあのバイエルライン侯爵が隊長に一騎打ちを申し込んできたんだ。そして隊長は勝った。その後隊長と親しげに話していたが、内容は聞いていない」


 「…これは戦人として惚れたついでに女としても惚れた、ということですかな。やれやれ、変わったお人もいたものじゃ。まっ、隼人殿は優良物件じゃからの」


 カテリーナの言葉に、熊三郎がそう結論付ける。先頭を見れば、隼人とエーリカが楽しげに談笑に興じている。


 「これは、隼人殿の容姿が平凡なことを除けば、似合いの2人かもしれんの」


 そう言って熊三郎は桜と梅子を意味ありげに見やる。


 「お爺様!」


 梅子が顔を赤くして抗議する。桜も顔が赤い。


 「おやおや、別に桜様や梅子のことを言っているのではないぞ」


 そう言って熊三郎はさらに挑発する。


 「!?」


 梅子はさらに顔を赤らめた。




 そこへ件のエーリカが隼人と、中年の男性を連れて近づいてきた。


 「隼人、お前の仲間を紹介してくれ。みな、ここにいるのは俺の側近で剣の師でもある、パイパー・フリッツだ。ん、顔が赤いが、風邪でもひいているのか?」


 「い、いえ。なんでもありません。拙者はいたって健康です。拙者は近衛梅子と申します」


 梅子が手をブンブン振りながら自己紹介する。梅子に続いて他の仲間達も自己紹介していく。


 「うむ、良い部下を持っているようだな。さすがは俺の隼人だ。隼人を婿に迎えた時はよろしく頼むぞ」


 「エーリカ様、その話は保留ということにしたはずでは!?」


 隼人が顔を赤くして抗議する。


 「拒否しない時点で、いずれそうなると決まったようなものだ。俺の勘だがな。俺の勘はなかなかよく当たるんだぞ」


 そう自慢げに言うエーリカも、恥ずかしいことを言っている自覚があるのか、ほんのり顔が赤い。


 「それはそうと、ケルンに寄るんだったら、俺を頼ってくれ。兵舎くらいなら貸すぞ?それから、隼人との協議で1週間滞在してもらうことに決まった。その間、俺に付き合ってもらうぞ。特に近衛梅子、お前とは一度正々堂々勝負してもらいたい。賞品は…そうだな、隼人のファーストキスなんてどうだ」


 依頼する形をとっているが、事実上命令だ。


 「ちょ、ちょっと待って下さい!乙女のキスならともかく、なんで私のキスが賞品になるんですか!?」


 あまりの賞品に隼人が抗議する。


 「ふーん。でもここにいる奴らは欲しそうだぞ?」


 エーリカの言葉に女性陣が一斉に目をそらす。


 「…隼人隊長って、モテるんですね」


 セオドアがつぶやく。


 「ま、まさかそんなことはないだろう。こんな男がモテるわけがない。そうだよな!?」


 隼人はいまだにそんなことを言うが、周囲の雰囲気にさすがに動揺する。とはいえ、男女関係の経験がなく、その方面ではヘタレな隼人にそれ以上を期待するのは無理だった。


 「まあ、キスの件は無しにしておくか。だが隼人に梅子、勝負だけはしてもらうぞ。腕試しがしたい」


 エーリカは基本、花より戦闘な戦闘狂なのであった。




 ケルンの城門が目の前に迫って来た。古い城壁だが、ところどころ真新しい部分が見て取れる。


 「そうとう堅固な都市のようですね」


 「さすが隼人。よくわかってくれた。私の代になってから何度か修築しているんだ。めったな攻撃では落ちない自信があるぞ。まあ、詳しくは言えないがな」


 エーリカが得意げに語る。城門の左右には塔が張り出しており、塔の上にはバリスタだけでなく大砲も備えられているようだ。


 「そういえばいつから領主をやっているのですか?」


 「そうだな、かれこれ5年くらいか。5年前の戦いで親兄弟がそろって討ち死にしてな。それ以来俺が領主をしている。まあ、俺がやっているのは城の修築と戦だけだがな。政治は家宰のレーダー・ルドルフに任せている。しきりに縁談を勧めてくるのが難点だがな」


 エーリカは縁談の話を思い出して渋い顔をする。

 隼人は、領主なのに統治を部下に丸投げするのはどうなんだろうと思わないでもなかったが、これが適材適所と言う奴なのだろう。言動からして、エーリカが政治をやるなんて想像もできない。自分ができないことをできる人物にやらせるのもそれはそれで才能と言うべきなのだろう。


 ケルンの城門を過ぎると、エーリカが隼人に声をかける。


 「隼人、すぐに模擬戦をしよう。盗賊狩りを止めにしたから腕がうずいて仕方ないんだ」


 「ちょ、ちょっと待って下さい。宿の手配はお任せしますが、宿の割り当てはする必要がありますし、それに交易品売買もしなくてはなりません」


 「宿の割り当てくらいすぐだろう?それに交易品なら私が買い取ってやろう。それでいいだろう?」


 「確かに宿の割り当てはすぐですが、先にやってしまわないと。それに、交易品は商業ギルドで卸すのが決まりになっていますので、勝手にエーリカ様に売るわけにはいかないのです」


 「むっ、そういうものか。じゃあ早く済ませてきてくれ。こっちはお前に会えただけで嬉しくてたまらないんだ」


 「はあ、ありがとうございます。では先に商業ギルドに行ってまいります。宿は割り当てていただける兵舎を熊三郎に伝えてください。兵の割り当ては彼に任せますから」


 そう言って隼人は早足で商業ギルドを目指した。




 「遅いぞ!」


 エーリカが城の中庭で隼人に叫ぶ。エーリカは梅子ともども埃に汚れている。すでに模擬戦をしていたのだろう。


 「すみません!」


 隼人は交易品の売買だけでなく、荷馬車2台に新調も発注していたので、少し遅くなってしまのだ。日はすでに西に傾いている。


 「さっさと剣を振って体を暖めろ!日が沈む前に1戦交えるぞ!」


 エーリカがそんなことを言って隼人に木剣を投げ渡してくる。隼人はその木剣を受け取り、素振りを始める。


 「梅子との模擬戦は、どうでしたか?」


 「5戦4勝だ。さすが闘技場で異名を取るだけあって、なかなか強かったぞ」


 エーリカが心地良さそうな疲れを見せながら答える。一方で梅子は満身創痍、とまではいかないまでも、かなり疲労している様子で、桜から水を受け取っている。汗のしたたる着物姿が艶めかしいと思ってしまったのは、胸の奥底に隠す。

 体がだんだんと暖まってきた頃にエーリカが声をかけてくる。


 「そろそろだな。始めるか。今回は勝たしてもらうぞ」


 その言葉を合図に、双方が剣を構え、距離を詰める。



 結果は2勝2敗だった。双方全力を出し切り、疲労している。ふとエーリカを見ると、その端整な顔立ちと美しい金髪が汗に濡れて艶めかしく、ふと見惚れてしまった。エーリカはそれに気づかず、こちらに向かって手を差し伸べてくる。


 「腕は鈍ってないようだな。ここまで楽しい模擬戦は久しぶりだ」


 その笑顔は太陽のように眩しい。純粋な喜びの感情が伝わってくる。


 「こちらも良い鍛錬になりました。ありがとうございます」


 「1週間あるんだ、機を見てまたやろうではないか」


 「そうですね。熊三郎に一緒に稽古をつけてもらうのもいいですね」


 「熊三郎も強いのか!?強者だろうとは思っていたが、お前が稽古を受けるような人物とは。ぜひ一度手合わせしたいな」


 思わず熊三郎のことをしゃべってしまい、熊三郎を巻き込んでしまった。まあ普段の稽古にエーリカが加わる形に収まるだろうが。


 「それはともかく、汗をかいたな。夕食はお前達の分も用意しているから、女は一緒に風呂に入ろう。そうだ、隼人も一緒にどうだ?」


 エーリカがいたずらっぽく言う。


 「い、いえ!結構です!私は熊三郎とセオドアと一緒に入りますから!」


 隼人が慌てて拒否する。それを見てエーリカが愉快そうに笑う。どうやらこっち方面ではいじられキャラになってしまったようだ。




 女性陣は大浴場の湯船でくつろいでいた。この大陸ではロマーニ帝国時代か、地域によってはそれ以前から風呂の文化が発達している。上流階級の豪華な風呂はもちろん、庶民向けの銭湯も十分行き届いている。

 湯船の中で、エーリカが伸びをしながら尋ねる。この中では最も豊満な胸部が無造作に湯に浮いている。


 「みなは隼人のこと、どう思っているんだ?」


 「…そう言うエーリカ様はどうなんですか?」


 梅子が逆に聞き返す。


 「俺か?そうだな、良い奴だし、面白い奴だ。今のところはそんなところだな。だが俺の勘ではあいつ以外を夫にするなんて考えられないとも思っている。自慢じゃないが、俺の勘は良く当たるから、それを信用することにしているんだ。それにな、もっとも重要なことは、俺の背中を預けるに値する男は隼人だけだ、ということだ。形はどうあれ、隼人は絶対に我がものとしたいと考えている。次はお前達の番だぞ?」


 エーリカの実直な言葉にしばし沈黙が訪れる。


 「…私にとって兄さんは第2の家族です。女として惹かれることはないとは言いませんが、今は兄さんと妹として付き合っていきたいと思っています」


 「あたしも!お兄ちゃんは自慢のお兄ちゃんで、家族。だから変な女の人に近づいて欲しくない」


 ナターシャが先陣をきり、カチューシャがそれに続く。


 「私は、隊長は隊長として尊敬しています。だから隊長には幸せになって欲しい。私は年増だから、隊長の側にさえいれれば、それでいいと思います」


 「意外と年増好きかも知れないぞ?もしそうだったらどうする?」


 「……」


 カテリーナの言葉にエーリカが返すと、カテリーナは黙り込んでしまった。それが現時点の答えなのだろう。


 「わたくしはよくわからないわね。確かに信用できる男だけど、会って間もないから、男女としてどうかと聞かれても困りますわ」


 とはセレーヌの弁。


 「拙者は、隼人殿はとてもよい殿方だと思います。特に、若い男性を見る時、隼人殿を基準にしてしまうくらいには。これまで意識してこなかった、いえ、意識しようとしてこなかったのですが、拙者としても男女の仲として惹かれるものがあるのかもしれません」


 梅子が絞り出すように思いを吐露する。


 「…私は、そういう旅の終わり方もいいかな、と考えることもあります。どういう終わり方だって?その、隼人さんと結婚して、行商か何かをしながら静かに暮らす。そんな終わり方が。もちろん梅子やみなさんが望むならみんなで一緒に暮らしていきたいと思います。でも、隼人さんのことですから、静かな生き方ができるとは限りませんが」


 桜が苦笑しながら話す。


 「違いないな。俺の勘も、あいつが何か大きなことをすると言っている。それに俺の力が役に立つとも。俺は、それをあいつの隣で見てみたいとも思う」


 エーリカがそう締めて終わった。みんな顔を赤くしているが、風呂で血行が良くなったからだけではあるまい。


 「しかし今脈があるのは俺を含めて4人か。何、スペンサー・マチルダ子爵も婿に欲しいと言ってきた?そいつがどんな奴かは知らんが、隼人はとんだ伊達男だな。どうだ、この1週間でどれだけ仲良くなれるか競争しないか?」


 エーリカがそんな提案をしてくる。


 「それでは、エーリカ殿が不利なのでは?拙者達はいつも一緒にいるわけですし」


 「そうでもしないと面白くないじゃないか。ぐずぐずしてるとそれこそ変な女に隼人がとられてしまうぞ」


 エーリカが冗談めかして言う。この言葉に一同はやる気になるのだった。




 「ところで桜に梅子にセレーヌ、お前達、俺に何か隠してないか?」


 場が静まったところでエーリカが急にこんなことを言う。


 「えっ、隼人さんとのことについては全て話したつもりなのですが」


 桜が顔を赤くして言う。


 「そうじゃない。もしそれがあるなら聞きたいが、そういう意味じゃなく、だ。何か隠し事があるだろう?ここには俺たち以外誰もいない。話してくれても俺の胸の奥にしまっておくこともできる」


 エーリカが大きな胸をドンと叩いて胸を張る。その様子に、歳相応の胸しかないセレーヌとカチューシャが恨めしげに眺める。桜や梅子が特に反応を示さないのは持てる者だからだろう。


 「…そうですね。エーリカさんなら良いでしょう」


 「姫様!?」


 桜の言葉に梅子が動転する。


 「ほう、姫様とはどういうことだ?」


 エーリカはそれを聞き逃さなかった。


 「エーリカさんに不審感を持たれるのはいやですからね。いいですね、梅子。私は敷島国第1王女、一条桜です。近衛梅子は私の乳母姉妹。私達はクーデターで国を追われて逃げている途中に隼人さんと出会ったんです」


 「…わたくしはガリア王国の王女で、本来は女王になるはずだったレンヌ・セレーヌですわ。親兄弟の仇と結婚させられそうになって、隼人の隊商に潜り込んで逃げてきたの」


 桜とセレーヌが自身の身分を明らかにする。


 「早速王女2人に侯爵1人、それに子爵を1人引っかけたか。さすが隼人だな。これは平穏とはいかなさそうだ」


 エーリカが愉快そうに笑う。


 「エーリカさん?今の話は内密にお願いしますよ」


 「わかっているわかっている。しかし隼人のことだ。いずれ、身分を明かす日が来るぞ」


 エーリカが真顔になって言う。その言葉を否定できる者はいなかった。




 「気持ちいいですねぇ」


 「ああ、行商の間はこんな大きな風呂につかるなんてそうそうできないからな」


 男湯では隼人と熊三郎とセオドアが大きな風呂場を占拠していた。


 「しかし隼人殿も2人の女領主から求婚されるとは、なかなかやるのう。それも今回は戦女神と名高いバイエルライン侯爵と来たか。やれやれ、姫様も梅子も、なかなかの強敵をもったものじゃ」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はまだ結婚する気はないぞ!?」


 「お主、今いくつじゃ」


 「19だが」


 「なら身を固めてもおかしくない歳だ。せっかく好いてくれる女がいるのだから、無下にするのは関心せんぞ」


 「歳のことならセオドアの方が先じゃないか!」


 「私ですか?私は隊商に参加したばかりですし、もう少し立場を固めないと」


 「ほら、セオドアもそうじゃないか。俺だってもっとちゃんと立場を固めないと」


 「えっ、隊商長ほどの立場なら十分じゃないですか?それに、今なら侯爵家に婿入りできるわけですし」


 「セオドアよ!お前もか!」


 「まあ、焦る必要はないがの。じゃが真剣に向き合わねば失礼じゃて」


 「…俺は、この世界で、この大陸で、何がしたいのかよくわからないんだ。行商は生きる手段として始めたが、本当にこのまま行商を続けたいのか、それとも傭兵でもやってこの戦乱に身を投じたいのか。今の旅はその答えを見つける旅でもあるんだ。だから、方向性が定まるまで、身を固めるなんてできない」


 「…そうか。じゃが身を固めることで方向性が見えてくることもある。難しく考えることじゃない。なるようになる。じゃが好意を持ってくれる女は大事にせんといかんぞ」


 「…努力する」


 そう言って隼人は湯に沈み込む。


 「そう言えばセオドアはいくつだったかの?」


 「もう24になりますね」


 「女はいないのか?」


 「前の隊商では仲の良い女友達はいましたが、それだけですね。今は新しい隊商に入ったばかりなので、まだそういう段階ではないですね」


 「そんなことを言っていると婚期を逃すぞ?」


 熊三郎が今度はセオドアをいじり始める。こうして夕食までの時間は過ぎていくのであった。


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