第18話 隊商の生き残り
ロリアンを出て1週間後、隼人達はロリアンとヴェルダンの中間地点にある都市、サン・ローに到着した。サン・ローは西はロリアン、東はヴェルダン、北はマリブールへの湿地帯、南はコンキエスタ教皇領への街道が交わる、交通の要衝である。それだけに人の往来も多く、同時にそれを狙う盗賊も多い。
そんな街で隼人達は2日の休暇をとり、宿の1階の酒場兼食堂で夕食をとっていた。
「庶民の食事って味気ないのね」
「セレーヌ、あまり身分がばれるような言い方はするな」
「っと、そうだったわね。気をつけるわ」
「でも、商業ギルドで勧められた通り、いいお店ですね。行軍中はどうしても保存食を使いますから、限界があります。だから新鮮な食材を使った料理はいいものです」
「桜、それでもお前が来てくれてから食事がずいぶん良くなったんだぞ。感謝している」
「あら、ありがとうございます」
「そうだ、カチューシャ、もうすぐ誕生日じゃない。何か欲しい物はある?」
「うーん…、お姉ちゃんがくれるものなら何でもいい!」
温かい食事に会話の花が咲く。
食事を終えると、桜、ナターシャ、カチューシャ、セレーヌは宿の部屋に戻り、隼人、梅子、カテリーナ、熊三郎は残って飲み会…情報収集だ。
ひとしきり店主から情報を聞いた後、隼人達は周囲の会話に耳を澄ませながらも自由に酒を飲み始める。隼人は日本ではまだ飲酒不可なのだが、最近はカテリーナや熊三郎に鍛えられて結構飲めるようになってきている。
そんな折、1人の若い男が声をかけてきた。
「ご相席してもよろしいですか?」
先ほどからいろんなテーブルを回っている男だ。
「あなたは?」
「私はスミス・セオドアと申します。行商人でした。今は…無職です」
そう言うと、勝手にこちらが了解したものととり、丸テーブルのカテリーナの隣に座る。カテリーナはそんなセオドアに胡乱な目線を送る。とはいえ、怪しい動きをしているわけでもないし、酒は注文と同時に支払いをしているから、たかり目的でもなさそうだ。なので追い出さず、話だけ聞くことにする。
「行商人だったとは?」
「私の所属していた隊商がこの近くで全滅したんです」
そう言ってセオドアは自身の生い立ちを話し始めた。
セオドアはブリタニアで中規模な行商人の息子として生まれたらしい。彼の親はブリタニア地方を中心に行商をしており、彼も小さい時からそれを手伝っていた。しかしいつごろからか、代わり映えしない行商ルートに退屈さを覚え始めた。そこで思い立って、大陸各地を巡る中規模な隊商に、親兄弟の反対を押し切って参加したのだ。
そこで彼はイベリアの鉱石やタラントのワイン、あるいは金の絹織物に敷島の陶磁器、そしてバクーの香辛料などなど、様々な品物を商ったそうだ。そしてタイハンやバクーの騎馬盗賊に襲われて逃げ回ったり、あるいはノルトランドの盗賊の夜襲を返り討ちにしたり、危ない橋も何度か渡ったそうだ。そんな中で商いに頭角を現し、ギルドとの交渉の一部を任せられたりもしたらしい。
そんな彼の人生を打ち砕いたのが一昨日の盗賊の奇襲だった。倍近い盗賊の奇襲に対して隊商も果敢に戦ったが、最初の攻撃で多くの人員を失って防戦一方になった。彼も乗馬して必死に戦ったが、戦闘は得意ではなく、いつも己の命を保つのが精いっぱいだったらしい。そして今回は味方に勝機はなかった。ふと気がついてみれば隊商は全滅状態であり、リーダーも戦死していた。味方の中には逃げようとして背中を斬られた仲間もいた。
彼も恐怖に駆られ、必死に逃げた。その途中、背中に何度か軽い切り傷を負わせられたそうだ。そしてようやくのこと、ここサン・ローに逃げのびてきたということだった。なので隊商が全滅してちりぢりになってしまった今、無職になってしまったのだ。彼は酒場を回り、酒を飲みながら再就職先を探しているのだが、傭兵団には背中の傷と拙い戦技で断られ、隊商にも、自身が所属した隊商を見捨てたことから就職を断られたそうだ。
だが、隼人はセオドアの誠実な人柄に興味を持った。決して自分を飾っていない。そして大陸各地を回った知識と経験、そして経済知識には一部、隼人をしのぐものがあった。自然と人を引き込む話術もある。現に隼人達は自然にセオドアの話に聞き入っている。その反面、人の良さからか、逆に押しに弱い面もあり、熊三郎に盛んに酒を勧められては断り切れず、赤い顔をして飲んでいる。
「ところで、みなさんは腕の立つお方だと拝見しますが、何をなさっているのですか?」
「行商だよ。100人規模だけどな。これからアーリア王国やタラント王国を回ろうと思っている」
「と、言うことは、大陸中を回るおつもりですか?」
「アーリア王国より東に向かうつもりはないが、まあそうなるな」
するとセオドアはいきなり土下座してきた。
「ぜひ私を雇ってください!」
これにはカテリーナと梅子がドン引きである。
「うちの隊商に、ねぇ…」
隼人はあらためてセオドアを値踏みする。確かに戦闘要員としては不要な人間なのだろう。それは本人の口からも明らかである。だが彼の経済知識と経験は歳に似合わず、相当のものだ。逃げるのは良くないが、隊商にはぜひ欲しい人材である。
「…裏切ったり、逃げたりしないのなら、雑務担当の幹部として雇おう。給料分の働きはしてもらうぞ」
「はい、ありがとうございます!どんな神にも誓います!これからよろしくお願いします!」
「まあ、うちの隊商は強いからな。逃げ出す必要もないだろう。これからよろしく頼むぞ。記念に一杯おごろう。すいません!このテーブルにビールを5つ!」
「はい!ありがたく頂きます!これで世界を回る夢が続けられます。ああ、ありがとうございます」
そう言ってセオドアは隼人の手を強く握った。ちなみに運ばれてきたビールをセオドアは一気にあおって倒れた。いろんなテーブルを回って飲みすぎたのだろう。桜を呼んでひとまず命に別条はないことを確認すると、セオドアを彼の部屋へ運んだ。ちょうどこの宿だったらしい。こうして隼人達に新しい仲間が加わった。
翌朝、みなにセオドアを紹介する。彼の経歴に一抹の不安は持たれたものの、おおむね好意的に受け入れられた。
「ところでセオドア。お前の前の隊商が襲撃を受けたのはどの地点だ?」
「ええと、ここから東のアーリア王国方面へ行く街道を徒歩で3日の地点です」
「敵の人数はどのくらいだった?」
「うーん、夜だったのであまりよくわからなかったのですが、5、60人はいたかと」
「ふーむ。じゃあ隊を分けて仇討ちにでも行くか」
「え、よろしいのですか?」
「隊商ということは荷馬車を持っていたのだろう?今その荷馬車は盗賊が持っている。ただで荷馬車を手に入れる好機だ」
「た、確かに」
「隼人殿、作戦はどうする?」
梅子が隼人に作戦案を尋ねる。
「問題はそこだな。敵の詳しい位置がわからんから少々困る。5台ほどの荷馬車と護衛30人で盗賊をおびき出しながら、騎兵隊で周囲を捜索するしかないな。熊三郎、護衛隊の指揮をとってくれるか?」
「精鋭をあと10人ほど欲しいところですな。それならば引き受けましょうぞ」
「じゃあ頼む。では全騎兵36は俺とともに先行だな。ナターシャ、カチューシャ、残りの30人と荷馬車を街でまとめておいてくれ」
「わかりました」
「作戦期間は1週間だ。これから商業ギルドとの調整と、志願者の選抜だな。ボーナスを出せばすぐ集まるだろう。熊三郎、人員の選別を頼む。俺は商業ギルドへ行く」
そうこうして準備が終わったのは昼前のことだった。
「出発!」
隼人の合図で2つの部隊が出発する。人員は隼人隊37人に熊三郎隊45人だ。ボーナスを出すと言うと、予想以上に志願してくれたためだ。ちなみに荷馬車の中身は食糧などの必要物資のみである。
2日後、先発した隼人隊は襲撃現場に到着した。
「これは酷いな…」
そこには裸の腐乱死体が散乱していた。荷馬車だった焼け跡も1台ある。その輓馬も処分されたようで、肉を切り取られた馬の腐乱死体も2体転がっていた。たき火のあるあたり、馬肉で宴会でもしたのだろう。他の荷馬車はどうしたのかと周囲を調べると、幾条かの轍の後があった。これを追っていけば盗賊団のもとにたどり着くだろう。
「あの、隼人隊長。仲間を、埋めてやってもよろしいでしょうか」
セオドアが頼んでくる。
「ああ、そうだな。このまま放っておくわけにもいかんか」
その日は終日埋葬作業に追われた。
翌朝、隼人隊は急いで轍の後を追う。できるだけ早くしないと荷馬車が処分されてしまうかもしれないし、なにより盗賊の巣窟がどの程度の距離かわからないからだ。隼人達は幾条もの轍の上を急ぎに急いだ。
「あれだな」
丸1日早足で急いだのち、隼人達はそこそこの規模の森林地帯を発見した。轍はその中に続いている。隼人達はすぐに攻撃に移ることにした。兵は拙速を尊ぶ。迅速な攻撃で敵に対応する暇を与えないようにするのだ。
「突撃!」
隼人を先頭にカテリーナ、梅子、セオドア、桜、セレーヌ以下36人が続く。早足で森の近縁まで進むと、慌てて森の奥へと駆けだす人影が見えた。隼人は弓をつがえる。騎射は難易度が高いが、ゲームで鍛えられた隼人にとってはそれほど難しくない攻撃方法だ。一矢で標的の背中をとらえる。隼人達は人影が進もうとした方向へ馬を駆けさせていった。
馬を進めると小さな小屋を発見した。その周囲には3台の荷馬車が木に繋がれている。数人の盗賊がたき火の火の番をしたり、馬の世話をしていた。逃げ出そうとする盗賊達を槍で突き殺す。小屋の中からも数人の盗賊達が慌てて出てきた。中には半裸の者までいる。そんな盗賊達を隼人達は容赦なく突き殺し、斬り殺した。
盗賊達が全滅した後、隼人は小屋の中を確認した。中には7人の、隊商の生き残りで生け捕りにされていた者達がいた。そのうち3人は女性で、全裸だった。どうやら先ほどまで乱暴されていたらしい。桜が駆け寄り、治療を施す。隼人は女性陣に手当てを任せ、その場を立ち去ろうとした。
その時、剣を抜く音が複数、連続で聞こえた。
「駄目!」
桜の悲鳴が上がる。隼人は剣を抜いて慌てて振り返った。振り返ると、自身ののどに短剣を突きさした3人の女が今まさに倒れようとしていた。セオドアも血相を変えて駆け寄る。
「桜…」
「…こうなっては治療の施しようがありません。気をつけていたつもりでしたが…残念です」
女から自身の懐刀を取り返しながら、無念そうに桜が言う。
「お前のせいじゃない。悪いのは盗賊だ。俺も不注意だった」
「はい…。わかっています。ですが、残念です」
「せめて、埋めてやろう」
隼人の言葉に全員がうなずく。セオドアは仲間の悲惨な最期に泣き崩れていた。
隼人は斥候をいくらか出すと、遺体の埋葬と荷馬車の確認を始めた。あまりにも盗賊の数が少なすぎたからだ。大半はどこかに襲撃に出ていると考えるべきだった。
荷馬車の確認が終わった。荷馬車には交易品の他、いくらかの戦利品が詰め込めれているようだった。生け捕りにされていた捕虜達については、全員が隼人達の隊商に志願してくれた。彼らを暫定的に荷馬車の御者に任じ、斥候の帰りを待つ。
西に出した斥候が真っ先に帰って来た。
「熊三郎隊が盗賊団の襲撃を受けています!敵の数はおよそ60!」
隼人は報告を受けると、すぐに出発することにした。残りの斥候への連絡のため、3人を置いて行く。
「前進!」
隼人達は早足で進む。荷馬車が遅れがちだが、この際無視だ。遅れて続行させる。
隼人達が戦場に到着したころ、戦闘はほとんど終わろうとしていた。もちろん熊三郎隊の勝利だ。盗賊達は逃げ出し始めている。
「突撃!」
隼人達は逃げる敵を追って駆け始めた。
「損害は何人だ?」
隼人が熊三郎に問う。
「戦死が2人、負傷者が23人といったところですかな。少し敵を見くびりすぎましたな。まあ、桜様のおかげでずいぶんと死人が減りましたが」
「そうだな。死んだ者には申し訳ないことをした。せめて手厚く葬ろう。ああ、こっちは荷馬車3台を確保した。損害はなし。捕虜3人を救出し、全員が我々に加わることになった。後で斥候に出ていた人員も集結する手はずになっている」
「それは結構なことですな。作戦目的は達成されたわけです。戦場掃除が終われば帰還しましょうか。臨時ボーナスが楽しみですな」
戦死者の話よりボーナスの方に話題が向くあたり、実に人命が安い。大陸中が戦争中だから戦国時代のようなものだからだろうか。それでも隼人は、人命の安全よりも荷馬車の確保を優先した責任を感じざるを得なかった。
戦死体の埋葬と戦利品の回収をその日1日かけて行い、3日かけてサン・ローに帰還する。サン・ローでボーナスの支給と1日の休暇をとり、サン・ローを出発した。ここから東へ向かい、ヴェルダンを越えてアーリア王国領へ向うのだ。そこで隼人は懐かしい人物に再会することになる。




