第16話 セダンの殺陣
時代劇風です。お好きなBGMでお楽しみください。
マリブールを発って5日後の夕方、隼人達はセダンの街に到着した。早速商業ギルドに向かい、交易品を取引する。
「マリブールからの品は取引できない!?」
「ええ、これまでは制限付きで取引が認められていたのですが、領主さまの命で一切の取引を禁ずると。我々としてはぜひ取引していただきたいところなのですが」
エジョフはまだあきらめていないようだった。むしろ経済封鎖が酷くなっている。
「宿の手配くらいはできますか?」
「それなら大丈夫です。これも、領主さまの命で少し割高になってしまいますが」
商業ギルドの受付嬢が申し訳なさそうに言う。
「そうですか……。では1泊手配をお願いします」
隼人は2、3日休暇を与えたかったが、割高になると聞いて、1泊だけ休暇を与えることにする。
「わかりました。すぐに手配いたします。宿が決まり次第お伝えします」
セダンはマリ河の上流に位置する都市だ。湿地帯の東端に位置しており、ノルトランドとガリアの境界として何度も奪い合いが行われてきた、地理的に重要な地点で、現在はノルトランド領である。現状、ノルトランド帝国はタイハン国とアーリア王国と、ガリア王国は南のタラント王国と交戦中で、両者と不戦条約を結んでいるため、セダンの街は平穏である。とはいえ、先の戦争でガリア王国からノルトランド帝国に支配者が変わった影響が残されており、ところどころ廃墟が残されている。
エジョフ家はその時に他の領地から移って来た領主だ。今の当主は領地の繁栄よりも自身の栄達に関心があるらしく、ガリア王国時代よりも税が上がり、しかもそれが都市に還元されていないようだった。
隼人はそんな話を酒場の店主から聞いていた。隼人もカテリーナや熊三郎に鍛えられ、それなりに飲めるようになってきている。
そんな折だった。中年男性に声をかけられたのは。
「あの、あなたは隊商の方ですか?」
「ああ、そうですが、なにか?」
「ああ、よかった。どうか助けてください!」
「助けるって、いったい何があったんですか?」
「詳しいことはここでは……どうか私の家に来てもらえませんか?私はオーリック・マティスといいます。どうか一緒に」
そう言ってマティスが袖を引っ張る。
「わかりました、わかりました。とにかく、話は聞きますから離してください」
「よかった、よかった。どうぞこちらへ」
案内されたのはそこそこの規模の商会だった。
「おい、今戻ったぞ」
マティスが扉を開ける。すると血の臭いが漂ってきた。マティスが顔を青ざめる。
「おい、いったい何があった!誰か!誰かいないのか!マリー!」
マティスが中に駆けこんでいく。隼人も抜剣してそれに続く。
そこには酷い光景が広がっていた。そこいらじゅうに従業員と思われる斬殺体が転がっていた。一人ひとり確認するが、全員絶命していた。
「マリー!」
マティスの悲鳴にも似た声を聞いて、先を急ぐ。そこには息も絶え絶えで血を流している少女がいた。
「マリー!しっかりしろ!死んじゃだめだ!」
「お父さん…よかった。エジョフ家の奴らが押し入ってきて…」
「もういい!しゃべるな!すぐに医者を呼ぶからな!」
「お父さん、もういいの。あなたは?」
マリーが隼人を見て問う。
「…中島隼人だ。行商人だ」
「そうですか…。どうか、どうか仇を討ってくれませんか?地下水路から城の中庭に行けます。私はそこから脱出してきました。夜なら警戒は薄いはずです。どうか、どうかみなの仇を…」
「マリー!マリー!死ぬな!死んじゃだめだ!マリー!」
マリーは穏やかな顔で息を引き取った。
「マリーは、盗賊にさらわれていたんです」
しばらく悲嘆にくれていたマティスは、隼人に話し始めた。
「奴隷商にかけあって必死に身代金を払おうとしました。でも、ようやくわかったのは、マリーが領主さまに買われたという事実だったんです。盗賊は最初から領主さまのためにマリーをさらったのでしょう」
マティスは店の中を、隼人についてくるように言って、歩き始める。
「それを知った時、私は絶望しました。でもね、昨日の夜、マリーが逃げ帰ってきてくれたんです。あの時は嬉しかった。なんたってマリーは亡き妻の忘れ形見ですから。乱暴されていたようですが、帰ってきてくれただけでもうれしかったんです。でもここにいては領主さまに狙われます。ですからどこか隊商に預けて安全な街で暮らしてもらうつもりだったんです。…だめか、金庫も破られている。私からもお願いします。どうか娘の仇を討って下さい。お礼は隠し金庫に…」
「そこまでにしてもらおうか」
マティスの言葉を何者かが遮った。振り返ってみれば5人の男達がこちらに向かって来ていた。
「マティス、あんたがいなかったから探しに出てみりゃ、戻ってきていたとはねぇ。しかし隠し金庫ねぇ。そこまで案内してくれれば楽に殺してやるぜ。そこのあんたもここまで聞いた以上、生きて帰ってもらうわけにはいかねぇ」
男達が剣を抜く。
「お前達が!お前達がマリーを!」
マティスが短剣を抜いて男達に躍りかかる。
「待て!マティス!」
隼人の叫びもむなしくマティスは無策に男達に駆け寄り、背中まで剣を突き刺された。
「あんたには簡単には死んでもらわねぇ。隠し金庫のありかを教えてもらわなきゃならねえからな。さて、次はあんただ」
男達が無造作に近づいてくる。隼人をただの商人と思って油断しているらしい。隼人は抜剣し、対峙する。
「死ねえ!」
男達が一斉に躍りかかって来た。隼人はその剣を弾き、先頭の男の小手先を両断する。次の男の剣をかわし、胴を一閃。それに動揺した男を逆袈裟に斬り伏せ、そのままもう一人の男を袈裟切りに斬り捨てる。
「な、な、な。うわぁー!」
今更ながら実力差に気づき、怯えながら突っ込んでくる男の剣を弾き飛ばし、返す刀で首をはねる。そして最初に両腕を斬り飛ばした男のもとへ歩み寄る。
「貴様ら、エジョフ家の手の者で相違ないか」
「そうだよ。それがどうした。俺達を敵に回すってことはエジョフ家を敵に回すってことだぞ。貴様も破滅だ」
そんな負け惜しみを言う男に、隼人は答えを返さず無言で首をはねた。それから剣を一度振り切り、剣に付いた血を払う。
「おい、マティス!マティス!」
隼人は侵入者全員の死亡を確認すると、マティスのもとに駆け寄った。
「隼人さん、どうか私達の仇を討ってください。隠し金庫は地下の酒棚の反対側にあります。これが鍵です。そのお金でどうか、どうか仇を…」
それだけ言うと、マティスは息を引き取った。隼人は鍵を受け取り、地下に向かった。
隠し金庫の中には小金貨が7枚、大銀貨が14枚入っていた。その金を袋に詰め、隼人はマティスの商会を出る。隼人一人で動くわけにはいかない。仲間たちと相談する必要があった。
「そんなことが…」
桜が絞り出すようにして声をだす。梅子も悲劇の顛末に絶句している。ナターシャとカチューシャはその瞳を怒りに燃やしているようだ。
「…私も酒場で領主の悪評は聞いた。何でも何人もの女が城に捕らわれ、乱暴されているらしい」
「わしも似たような話を聞いた。マチルダ嬢は縁談を断って正解じゃったな。あと、盗賊を雇いいれているとも聞いたぞ」
「どうする?やるなら今夜しかない。明日には出ていく予定だし、あまり長居すると目をつけられるかもしれん。ここには美人どころがそろっているからな」
隼人の言葉に女性陣が顔を赤らめる。その中で一人、カチューシャが強い意志を持って言う。
「あたしは、仇を討ってあげたい。そして、捕まっている人がいるなら助けてあげたい」
この言葉に隼人は、どうする、と目線でみなに問いかける。答えは肯定。その決意は固かった。
「じゃあ決まりだな。しかしどうする?相手は城の中だぞ」
「そのマリーと言う女性が逃げてきたという地下水路を使うしかないでしょうね」
「大人数では逆に駄目だ。少人数、ここにいるメンバーでいいだろう。ナターシャとカチューシャはマティスの商会に火をかけてくれないか?火事が起きれば警備も薄くなるだろう」
桜の無難な提案に、梅子がやや外道な作戦を提示してくる。
「隊長、捕らわれている女性は私に任せてください」
「わしは桜様の護衛だから、桜様について行くぞ。桜様は弓が上手いから中庭での警戒がよいじゃろう」
とんとん拍子で作戦らしきものが組みあがる。
「決まったな。時間がない。すぐに動くぞ」
隼人の言葉に全員がうなずき、7人は闇へ消えていった。
「提案したのは私ですけど、臭いですね」
隼人達は地下水路を進んでいた。どうやら下水道らしいが、長く整備されていないようで、素人目に見ても危険な個所がいくつもある。
「隼人殿、本当にこの方向でいいのか?拙者は自信がなくなって来たのだが…」
「大丈夫だ。目測では、もうすぐのはずだ」
隼人はここだというところで曲がる。はしごらしきものがある。上の喧騒に耳を澄ますに、どうやら当たりらしい。ナターシャ達は上手くやっているようで、上はあわただしい。
隼人は振り返り、目線で続けと命じ、はしごを登っていった。
登りきると、そこは排水口のようだった。兵舎から兵士たちが城外へ走って行くのが見える。それが途切れるのを待って隼人達は城の中庭に侵入した。辺りを見渡すと、城壁の上に5人、それと兵舎の前に1人、城内への門の前に2人の兵士がいた。
「桜、下を片づけたら上の兵士を弓で頼む。カテリーナは兵舎の前の奴を、梅子は俺と2人組みをやるぞ。熊三郎は城門の鍵をかけてから桜の援護だ」
闇の中、梅子と目線で合図し、門の前の2人に襲いかかる。敵兵は声を上げる暇もなく倒された。
カテリーナもうまくやったようで、兵舎の前の兵士を倒し、目立たない位置に引きこんでいる。桜は音もなく弓を放ち続けており、一人につき1矢で城壁上の敵を倒していた。熊三郎は城門に走っている。
「まずは兵舎の中を確認するぞ」
全員が為すべきことを為し、集合したところで隼人はそう言い、兵舎の中に踏み込む。
兵舎の中には数人の盗賊風の男達がおり、女の嬌声が響いていた。その光景に激昂した梅子とカテリーナが突撃し、隼人も慌てて続く。奇襲を受けた盗賊達は為すすべなく殺戮された。
「桜は彼女達の手当てを頼む。熊三郎は見張っててくれ」
「はい」
「了解じゃ」
隼人は二人を残し、梅子、カテリーナを連れて城内へ侵入する。
「遅いからどうせ楽しんでいるのだろうと思っていたが、付け火までやるとは、あの新参には教育が必要なようだな」
エジョフが不機嫌そうに言う。彼はまさに強姦の真っ最中だったのだが、火事の報告にそれの中断をよぎなくされていた。ちなみに彼の息子と娘達はそれぞれに“お楽しみ”の最中であり、報告を受けようともしない。
「いっそ、付け火犯として処分しますか?」
家宰が意見する。
「それがいいだろう。民衆にも多少のガス抜きは必要だからな」
そんな時、下が騒がしくなってきた。
「また盗賊どもが喧嘩しているのか。おい、お前、ちょっと様子を見てこい」
家宰に命じると、自室に帰ろうとする。
「いや、喧嘩とは少し様子が違いそうだ。ヴァシリー、お前も見てこい」
用心棒として雇われていた男、クリメントが弟子、ヴァシリーが言う。
「勝手にしてくれ。俺は女の鳴き声しか興味がないからな。野郎の喧嘩はさっさと静めてこい」
「ああ、そうする」
家宰と用心棒ヴァシリーは連れ立って下に向かった。
隼人達が城内へ突入すると、その広間には酔っぱらった盗賊風の男達がたむろしていた。
「領主の城とは思えんな。さっさと終わらせるぞ!」
隼人達は盗賊達に襲いかかる。奇襲の衝撃と酔いから盗賊や兵士は次々と討たれてゆく。
「カテリーナ、地下の様子を見てきてくれ。捕まっている人間がいるとしたら地下だろう。救出したら桜のところへ連れて行ってくれ。梅子は俺と一緒に上に行くぞ」
「了解!」
カテリーナが返事をし、地下へ駆けてゆく。
広間を制圧したころ、上から二人の男が現れた。
「侵入者か、ずいぶん派手にやってくれたな。おい、お前は領主さまや師匠に増援を頼んでこい」
ひげ面の男が傍らの家宰に言う。家宰は人形のようにコクコクとうなずくと、来た道を引き返して行った。
「曲者だー!者ども!出会え!出会え!」
家宰はそんなことを叫んでいる。それは領主の台詞なんじゃないかと隼人は思ったが、そうこうしている間に15人ほどの兵士が集まって来た。
「隼人殿、あの強そうなのは拙者に相手させてくれ。隼人殿は雑魚を頼む」
「大丈夫か?」
「拙者の実力はよく知っているだろう?心配ない」
「よしわかった。雑魚を片づけたら先に上に行く」
隼人達は雄たけびをあげて敵に躍りかかった。
隼人は順調に敵を斬り伏せていった。敵は広間での殺戮を見て及び腰になっているようだった。一斉に向かってくるわけではなく、一人ずつ向かってくる。及び腰の剣を弾き、袈裟切りに、あるいは逆袈裟に、あるいは胴を一閃して屍を築き上げていく。隼人の太刀筋を見極められた兵士はいなかった。剣を倒した兵士の服で拭うと、梅子の方を見る。いまだに強敵と対峙していた。とはいえ、実力は梅子の方が上であろうと推測できた。
「梅子!先に行くぞ!」
隼人は上に続く階段を上り始めた。
「追わなくてもいいのか?」
梅子が目の前の敵に問う。
「上には師匠がいるからな。お前こそ、急いだ方がいいんじゃないか?」
「馬鹿言え、隼人殿は私より強い」
「ほう、これほどの上玉だといい男もいるもんだな。さっさと片づけて領主や師匠が手を出す前に味見してやるかな。俺はヴァシリー、お前をこれから犯す男だ。お前の名は?」
「下郎に名乗る言葉などない!」
梅子が怒りを込めて刀を振る。ヴァシリーはそれを受け流し、それをあわよくば刀を弾き飛ばそうとしたが、梅子はそれを察し、刀を滑らかに返す。
この時、ヴァシリーは己との実力差を実感した。師匠の手助けを得なければこの小娘を倒すことはできない。ヴァシリーは防勢をとることした。
「あの男の前で犯したらあいつ、どんな顔をするかな」
ヴァシリーが挑発し、梅子が余計な真似をしないように引き付ける。
「だまれ!外道!」
梅子は挑発と知りながら、その心をコントロールしきれなくなってきた。怒りにまかせて、しかし鋭い一閃を加える。ヴァシリーはそれを紙一重で回避する。
「逃げてばかりでは勝てんぞ!」
思わず梅子が叫ぶ。
「勝つもりが失せたんでね」
そう軽く返し、剣を返す。梅子はその一撃を回避し、首筋を狙う。ヴァシリーはかろうじて避けたが、その黒い髪が何本か宙を舞った。
(こいつは、殺されるかもしれねえな。まあいい、最期の一戦くらい、華々しく散るか)
急にヴァシリーの雰囲気が変わる。
これは、死兵だ。梅子は若干の恐怖を感じる。梅子は死兵とは恐ろしい物だと聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった。
お互いに距離をとり、身構える。じりじりと近づき、決め手を探っていた。
最初に動いたのはヴァシリーだった。面を狙った、鋭く、重い一撃。それを梅子が受け流し、そのままの勢いで首筋に刀を当て、一気に引く。
ヴァシリーは大量の血を流し、血の海に沈んでいった。
「ずいぶんと時間をかけてしまったな」
簡単に安い挑発に乗ってしまった自分を思い、恥じる。
「さて、隼人殿…は大丈夫だろう。カテリーナの手助けでもするか」
梅子は駆けだした。
地下に向かったカテリーナは楽だった。さほど警備が厳重ではなく、警備兵の中には捕まった女を犯している者までいたのだから、容赦なく斬り捨てた。
一般用の牢獄と性奴隷用の牢獄は分けられているようだった。性奴隷用の牢獄では警備兵が男女問わず、哀れな囚人を犯していた。カテリーナは怒りに任せて惨殺する。
カテリーナは地下の警備兵を撲滅した後、哀れな犠牲者を解放した。
しかし一部の者は落ちている剣やナイフで自殺し始めた。あまりの仕打ちに耐えかねていたのだろう。
「せっかく私が助けたんだから自殺するな!あなた達は必ず我々が救う!だから信じて欲しい!」
カテリーナは必死で説得する。これで何人かは自殺を思いとどまってくれたが、さらに何人か自殺者がでた。
カテリーナはようやく説得を終えると、兵舎に待つ桜のもとへ向かった。囚人たちは兵舎を見て自らが受けた仕打ちを思い出し、顔を青ざめさせたが、桜とカテリーナの献身的な看護で少しづつ人間らしさを取り戻していった。
隼人は家宰の姿を追って走る。途中で、おっとり刀で駆けつける兵士を斬り捨てながら家宰に迫る。家宰が突然こける。隼人はそれに追いつき、家宰に剣を突き付ける。
「領主はどこだ?被害者はどこに隠した?」
冷たい声で隼人は問う。
「ひっ、領主さま一族はこの先の3階の広間です。女達は地下の牢獄の他は領主さま一族や兵士達に犯されているはずです。私はそれに関与していません。止められなかったんです。だから、だから命だけは!」
「ここにいるだけで罪だ」
隼人はみっともなく命乞いをする家宰の首をはねた。
「急に静かになったな」
エジョフが言う。ここにはエジョフ家の一同が、剣で武装こそしているものの、バスローブなどの軽装で集まっている。
「これはまずいな。相手はかなりの手錬だ。ひょっとするとヴァシリーも死んだかもしれん」
「だ、大丈夫なのか?」
「そのために俺は雇われた。そうだろう?」
クリメントは獰猛な笑みを浮かべて言う。クリメントは久々の強敵を前に、心躍るものを感じていた。
隼人は3階の広間の扉の前へ到達した。一呼吸おいて、扉をノックする。
「家宰か?入れ」
中なら中年男性の怯えた声がする。
「失礼します」
隼人は礼儀正しく入室した。中には肥え太った中年男が1人、同じく肥え太った若い男女が5人、これがエジョフ家の一族だろう。それに抜剣した、用心棒らしき男がいた。
「本日は領主さまをお諌めに参りました」
「なにぃ!?」
「領主にもかかわらず、娘をさらい犯し、領民の財産を奪い、あまつさえ盗賊とも手を結ぶ。決して許されることではありますまい。責任をとって、神妙に御自害めされよ」
「平民の分際でわしに死ねと申すか!クリメント!こ奴を斬り捨てい!」
この言葉にクリメントが駆けだす。剣が交錯し、つばぜり合いとなる。
「さすがは俺の弟子を片づけただけのことはあるな」
「残念ながらそいつを斬ったのは俺の部下だ」
「ほう、ならお前の実力、見せてもらおう」
どちらともなく距離をとる。クリメントが上段に構える。隼人は正眼で距離を詰める。
どちらからともなく勝負を仕掛ける。一閃、隼人の服が斬り裂かれた。クリメントは浅く袈裟切りに斬られている。隼人がさらにたたみかける。クリメントが渾身の力で振りおろした剣を受け流し、そのまま胴を一閃する。クリメントは倒れた。しかし隼人は油断なくクリメントに近づく。するとクリメントは残された最後の力を振り絞り、反撃してきた。隼人はそれを避け、袈裟切りに斬り捨てる。今度こそ絶命したようだ。
「領主さま、もう逃れられませんぞ。御自害めされよ」
隼人はエジョフに最後通牒をする。
「認めん!こんなこと認めん!わしは領主だ!なぜわしが死なねばならん!死ぬのはお前のほうだ!」
エジョフは息子達とともに白刃を振りかざして突撃してくる。だがその動きは素人以下だ。あっという間に隼人に斬り捨てられる。
「娘さんがたにも責任はある。死んでもらいましょうか」
「いやよ!悪いのは父上!そう!父上よ!私はそのおこぼれにあずかっただけ。だからお願い、助けて」
見苦しく命乞いをする娘達に近づく。彼女らも目撃した以上、生きていてもらうわけにはいかない。隼人は醜い娘達を斬り捨てた。
隼人はその後、それぞれの寝室で監禁され、強姦されていた若い男女を解放する。
「下の広間か中庭に俺の仲間がいる。傷をいやしてくれるはずだ。さあ、行け」
男女は感謝の言葉を発する気力すら残っていないようで、黙って下に降りてゆく。
隼人は領主を斬り捨てた広間に戻る。領主一族の剣を確認したが、派手なだけで実用性はないようだった。クリメントの両手剣はなかなかの名剣で、予備の剣としていただいておく。
そうしていると、ふと酒棚が目に入った。1杯飲みたい気分だった。白ワインのボトルを開け、グラスに注いでそれを飲み干す。なにか気分が晴れた気がした。白ワインは美味しかったので、土産に4本ほどいただいて行くことにした。
隼人が下に戻ると、梅子とカテリーナがホクホク顔で楽しそうに談笑していた。どうやら合流してから部屋をしらみつぶしに探索していたらしい。隼人が知らない死体が行きより増えていた。
「おい、梅子、カテリーナ、終わったのか?」
「あ、隊長。被害者は全員桜さんのもとで治療を受けています。ところで、この用心棒の剣、私が貰っていいですか?梅子さんはいらないそうなので、私の剣も上等なのにしたいんですが」
「あ、ああ構わんぞ。それよりずいぶん楽しそうだが、何かあったのか?」
「ああ、隼人殿、ここの金庫を見つけたんだ。結構入っていたぞ。できるだけいい金貨を持てるだけ持ってきたから、後で山分けだ」
梅子がうれしそうに言う。もういろいろと台なしである。
「そ、そうか。まあ早いところ脱出しよう」
「隊長、熊三郎さんが城門を確保しています。早く帰りましょう」
そう言うカテリーナの声も弾んでおり、瞳には金と書いてある。
宿に帰ったあと、略奪した資金は荷馬車の増勢と武具の新調に使うことに決め、残りは予備費とし、最初にマティスから預かった金のみを報酬として参加者で山分けした。
次の日は朝から騒がしかった。無理もない。商会が一軒燃え、領主一族が全滅したのだから。今更ながら、無事に出発できるか不安になって来た。
そこでなにくわぬ顔で宿の女将に何があったのかを聞く。
「あんた聞いてないのかい!オーリック商会が燃えたと思ったら領主一族がみんな死んでたんだよ。それに捕らわれていた女や男も逃げだしてきて、もう大騒ぎさ。兵士の奴らはみんなグルだからみんなで吊るしてやったよ。いまなら領主の館が略奪しほうだい。みんな目の色をかえて領主の館に殺到してるよ。これまで散々税を絞られていたからね。私もほら、こんないい宝石をとって来たしね」
女将が自慢げに自分の戦利品を見せびらかす。どうやらこの街の住民はかなりたくましいようだ。
外に出てみると、街路樹に兵士達がぶら下がっていた。そうとう街の住民に恨まれていたらしい。とはいえこれは好機だ。さっさと街を出ないと犯人がばれる。隼人はすぐに隊商をまとめて出発することにした。
とはいうものの、出発できたのはその日の昼ごろだった。略奪に行っていた部下が意外と多かったからだ。隼人達は逃げるように南へ、ガリア王国を目指した。