第15話 休暇
マリブール到着後、マチルダに依頼して休暇をとらせてもらうことなった。マチルダに依頼したのは空き兵舎の使用期限延長だ。
考えてみればナスロヴォ村の出来事から行商を始めておよそ3カ月、交易で立ち寄った街での短い休暇をとらしただけで、大きな休暇はとらせていない。今はまだ大丈夫だが、そのうち兵達から不満の声が出てくるのは、そう遠くはないだろう。
マチルダは滞在を歓迎してくれた。これまで隼人達の隊商が個人で貯め込んだ金をマリブールに落としてくれるなら、兵舎を貸すことくらいなんでもない。ついでに隊商の規模拡大のため募兵を行いたい旨を伝えると、盗賊を狩る盗賊狩りとブレスト村以外からならばと許可してくれた。
ブレスト村はマリブール領で塩と海産物を生産する、金の卵だ。そこの労働力が減ることはマリブール領経済の衰退に直結しかねない。特に最近のエジョフ家の経済封鎖により景気の悪化の影響がかなり大きく、そこへマリブールを救った名声をもって募兵されると、どれだけの労働力が流出するか、想像がつかなかった。
そこで募兵はマリブール市内とマリブールから東側の村々で行うことにした。ただし、仲間達やマチルダから働き過ぎだと心配されており、休暇の前半は観光などにあてることになった。隼人としてはいまだにゲームの感覚が残っており、遊びと仕事の区別が曖昧であったからいつも忙しく働いていたのだが、これからは少し休むことを心がけることを約束させられた。
初日はブレスト村を観光に向かった。海を見るのはカーディフ以来だ。
今回は敷島国3人組がついてきた。海産物、特にこの辺りでは市場に出回らない海藻類がお目当てらしい。心なしか3人とも目が血走っているような気がする。かく言う隼人も日本人であり、鰹節や煮干しは無理でも、昆布のだしくらいは欲しい。かくして食欲に突き動かされた4人がブレスト村に向かうのだった。
4人とも騎乗のため、ブレスト村には太陽が天頂に達するにはかなり早い時間に到着できた。
「ここも遺跡が多いな」
隼人が年代物の廃墟を眺めてつぶやく。
「マチルダさんも言ってましたね。ここはかつてロマーニ帝国の海軍基地だったとか」
「それがいまや廃墟となり、建材として破壊される。無常ですな」
桜の解説に梅子が人の儚さを感じる。
「しかし波は穏やかで水深も深い。港湾としては理想的ですな」
「確かにかつての繁栄を取り戻す潜在的な力はあるな。まあ、平和であることが大前提だが」
「そんなことより海です。せめて昆布や煮干しくらいは手に入れないと。昼食は新鮮で美味しい魚介類ですよ」
熊三郎と隼人がそんな分析をしているのをさておき、桜が当初の目的に目をぎらつかせた。
「姉ちゃん達、こんなのが欲しいのか?」
地元の漁師が疑問を発する。
「ええ、乾燥させて出汁をとるととってもおいしいんです。醤油があれば他の使い方もできるんですけどね」
楽しそうに桜が答える。
「醤油ねぇ。聞いたことねぇな。ま、捨てるもんだし、好きなだけ持って行ってくれ。小魚の方は代金をもらうぞ」
「じゃあ天日干しの場所を貸してもらえますか?代金は支払いますから」
「天日干しだけならべつにかまわねぇよ。どんな味になるか味見させてもらえるならありがたいんだが」
「もちろんです。では明後日に伺いますので、それまで天日干しをお願いします。小魚の方は先に塩ゆでするので少し待って下さいね」
桜はいやに気合が入っている。隼人達3人も期待という点では同様だ。
桜達は海水で小魚を手早く煮て、それも天日干しにしていく。その作業を昼まで続けた。
昼食は魚の塩焼きだ。あたりにいいにおいが広がる。
「これは醤油とご飯が欲しくなるな」
隼人がポツリとこぼす。
「敷島は遠いからな」
それに梅子がさびしそうにもらす。
「せめて金までいけば手に入ると思うのですが……」
桜が無念そうに言う。金は大陸の東端の地域で、島国である敷島の対岸に位置する。
「敷島にしろ、金にしろ、途中のタイハン国とバクー王国が課題となる。あのあたりの盗賊は厄介だ」
「我々もタイハン国を越える時、ずいぶん苦労したものだ」
隼人の言葉に梅子がしみじみと自分達の過去を思い起こす。
「苦労したんだな…。でもこうして出会えて良かったよ」
「ええ。でも今は塩焼きです。そんな湿っぽい話はなしにしましょう」
渋い話になりかけた話題を桜が修正する。
4人はいただきますと唱和して塩焼きをはしでつつく。
「美味いな。さすがに新鮮な魚は違う」
「いままで魚といえば塩漬けばかりでしたからね」
「しかしこれは酒が進みそうですな」
「お爺様!まだ昼間です!」
「冗談、冗談じゃよ」
そんなふうに4人仲良く塩焼きを堪能する。
4人ほぼ同時に食べ終わり、ごちそうさまを唱和する。
その後、周辺を散策していると、梅子があるものを見つけた。
「あれは……、砂浜?」
「砂浜、ですね」
「姫様!ちょっと水深を測ってきます!」
そう言って梅子は駆けだした。
「あ、ずるい!私も行きます!」
桜も遅れて駆けだす。
「元気ですなぁ」
熊三郎がいとおしそうにつぶやく。
砂浜に到達した2人は草履を脱いで海に足を浸らせて駆けている。
「ほら、隼人殿も若いんだから行ってきなされ」
隼人は熊三郎に背中を押されて2人のもとに向かう。
「隼人殿ー!気持ちいいぞー!」
梅子がはしゃいで声をあげる。
その声に導かれ、隼人も靴を脱いで足を浸す。
「おおー。確かに気持ちいいな」
季節は8月の初め。そろそろ暑さがたまらなくなってくる季節だ。それに対して足元の海水は冷たい。
「そうだ!明後日はみんなを連れて海水浴にしましょう。隼人さん、明日、水着を買いに出ますから、お付き合いお願いしますね」
にっこりと桜がこんな依頼をしてくる。まぶしいくらいの笑顔だ。その笑顔に何も考えずに隼人は承諾する。もっとも、隼人も水着など持っていないので買う必要があったが。
その日の夕食時、海水浴の話をすると、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャだけでなく、母や義母達に背中を押され、マチルダも息抜きに参加することになった。マチルダは母や義母達とともに政務をこなしているが、エジョフ家のおかげで仕事量が増え、過労気味になっていたらしい。
そんなわけで明日、すでに水着を持っているマチルダ以外が水着を買いにでることになった。
翌日、隼人は店の中の椅子に座り、買い物に付き合うと決めたことを少し後悔していた。自分用の水着はすぐに決まり購入したのだが、女性陣はそう簡単にはいかない。男とは美の探求に対する心がけが違うのだが、生まれてこのかた彼女ができたためしがない隼人にとっては、それを垣間見る初めての機会だった。
何度も水着をとっかえひっかえしてはたまに隼人に意見を求めてくる。隼人も真剣になってそれに付き合っているのだが、ファッションセンスという言葉からほど遠い生き方をしていた隼人にとっては、ひどく気疲れする思考だった。
ちなみに、新品の水着を買いに来ているので、水着の値段はかなり高い。この時代、海水浴は気軽に楽しめるものではないから需要が小さく、値段が高い。さらに、服もまだまだ高価な時代なので、平民の服は基本的に古着だ。新品はかなりの値段になる。彼女達は今回の水着に今までの給料の大半を費やすつもりらしく、これもまた、彼女達が水着選びに時間をかける一因となっている。
「この水着、色違いはないかしら?」
「この水着はかわいいが、サイズが合わないな…」
「この水着は少し大胆すぎるかな?」
彼女達は真剣に、かつ楽しそうに水着を選んでいる。とても水を差すような無粋な真似はできない。隼人は一人、その様子を眺めるしかない。そんな隼人に気を利かせた店員が紅茶を持ってきてくれた。新品を扱う高級店らしく、上品な味だった。
ちなみに今回は熊三郎は来ていない。「水着など、褌で十分」などと男前なことを言って、マリブール市内の観光に繰り出している。あるいは、この状況を予測し、単に逃げただけなのかもしれなかった。
彼女達が水着を選び終わったのは、昼食にはいささか遅い時間帯になってからのことだった。どんな水着を選んだのか聞いてみたが、「明日のお楽しみ」、とはぐらかされた。
一行は遅い昼食をとりに街へ繰り出す。少し上品な喫茶店でお茶会じみた昼食となった。支払いは隼人がもつ空気だ。空気を読める日本人として、隼人はこの空気に逆らう気は起きなかった。実際のところ、今手持ちの小遣いが最も多いのは隼人であるのだが。
昼食が運ばれてくる間、女性陣は気ままに話に花を咲かせる。隼人はそれを眺めながら、女性を5人も連れて歩くなんて、考えてみればとんだリア充だな、と自嘲した。隼人はもともとリア充ではなかったし、嫌っていた。
昼食は軽めにサンドイッチだ。別にブリタニアらしい、きゅうりが挟んであるだけのものではなく、ちゃんとハムやたまご、レタスなどが挟んである。隼人は少し奮発してカツサンドだ。
ちなみに、食が文化レベルに対して豊かなのは、隼人が入れた料理MODの影響である。ただし、文化ごとに出される食事は決まっており、和食が食べたければ敷島へ、中華が食べたければ金へ足を運ばなければならない。もっとも、現実には文化だけでなく流通の面でもそう制限されざるを得ないのだが。
「隊長、この後はどうされますか?」
「そうだな。特に予定はないし、夕食まで市内散策かな」
そんな会話をカテリーナと交わしていると、桜が口を挟んできた。
「あっ、私、紙を買っておきたいので、ついて来てもらっていいですか」
「別にかまわないぞ。予定もないし。ところで紙を何に使うんだ?」
「私、日記を書いているんです。そろそろその紙がなくなってきて…。そうだ、隼人さんも日記を書きませんか?」
桜がそんな提案をしてくる。隼人は、日記を敵に奪われたら敵に情報が漏れるな、などとずれたことを考えたが、どうせ盗賊くらいとしか戦わないし、構わないかと考え、桜の提案に乗る。
「そうだな。やってみるか」
「隊長、交換日記でもやるんですか」
「馬鹿言え。そんな恥ずかしいことできるか」
カテリーナが茶々をいれてくるのをあしらう。
「梅子もこの機会に日記を書き始めたらどうですか?あなただって書けるでしょう?」
「拙者は日記はあまり得意ではないのですが…。でも隼人殿が始めるなら拙者も少しやってみましょうかな」
「みなさんもどうですか?字がかけないならこれを機に私が教えますよ?」
桜の勧誘に、結局全員が日記を書き始めることになる。彼らの日記は後に重要な歴史史料となり、特に桜の日記は国語の教材としても使われることになるのだが、この時の彼らには知る由もなかった。
翌朝、マチルダを迎えた一行は荷馬車2台を用立ててブレスト村近郊の砂浜に向かった。荷馬車に枠を立て、そこに布をかけてそこで着替えるつもりだ。
道中何事もなく到着すると、着替え場を作り、荷馬車で着替える。一番に着替え終わったのは、着物を脱ぐだけの熊三郎だ。その体躯は老年の域に達しながらも、それを感じさせない引きしまった体をしている。次はもちろん隼人だ。隼人は元の世界では太ってこそいなかったが、どちらかと言うとだらしない体をしていた。しかしこの世界に来てすでに1年が経過しようとしている今、筋肉質な引きしまった体をしていた。
それからしばらく後、女性陣がぞろぞろと荷馬車から姿を現した。その光景を見て、隼人は水着MODを導入した1年前の自分に感謝し、水着選びに退屈していた昨日の自分を罵った。
まず桜は、白いワンピース型の水着を着ていた。黒髪との対比が美しい。彼女の清楚な感じを引きたてると同時に、女性的な魅力にあふれる彼女の体を強調していた。白く、シミのないほっそりとした足から腰へのラインも艶めかしい。
梅子は桜と同じく白い水着だが、こちらはビキニタイプだ。彼女の活発で健康的な美を引きたてるとともに、桜には負けるが、十分に大きい2つの果実の魅力をありありと知らしめていた。鍛えられた足腰に安産型の大きなお尻にも目を奪われる。
次にマチルダは黒い競泳水着型の水着を着用していた。黒の水着が彼女の大人の魅力を引き立てると同時に、その銀髪とのコントラストが美しかった。競泳水着からあふれださんばかりの胸の谷間も隼人の目を引きつけて離さない。そのスラリとした手足も魅力的だ。
カテリーナの水着はビキニタイプの赤い水着だった。胸は他のメンバーに比べると見劣りするが、世間では十分普通くらいに膨らんでいる。その胸を覆い隠す水着が彼女の闊達な雰囲気とよく合っている。その足は少々筋肉がつきすぎているが、逆にそれが男好みの太さとなっていた。
ナターシャの水着はワンピースタイプの青い水着だった。その青が彼女のもつ清楚で儚げな雰囲気を強調しており、保護欲をそそられる。それだけでなく、カチューシャの手を引く姿は母性を感じさせた。胸はまだまだ成長途上といったところだが、将来が楽しみになる可能性を秘めている。こちらも足が太めだが、その大きなお尻とのバランスがいい。
カチューシャの水着は、かわいらしさを全面に押し出した、赤いワンピースタイプだ。彼女はまだまだ子供だが、その子供らしさを強調した水着がじつにいい。
隼人は彼女達の水着姿を目に焼き付けようと、思わず彼女達を凝視していた。
「もう、隼人さん、隼人さん。私達の水着、似合っていますか?」
桜がそう聞いてくる。
「あ、ああ。とてもよく似合っている。とても美しく、かわいらしい」
隼人はそれぞれの水着姿をほめる。もちろん変態的な評価は言わずにほめる。それでもいやらしい視線に気づいたのか、マチルダと梅子はやや警戒気味だ。それでも水遊びを始めるとその警戒も吹き飛び、泳いだり海水に浸ったりと思い思いに時間を過ごした。
正午をしばらく過ぎたころ、熊三郎が声をかける。
「おーい。そろそろ帰り仕度をはじめないと、夕食に間に合わんぞー」
熊三郎の言葉にみなが海から上がる。みんな日ごろの疲れを忘れてすがすがしい顔をしている。
「たまにはこういうのもいいものだな」
隼人が声をかける。
「隼人殿、よもや拙者達の水着姿が目的ではなかろうな?」
梅子が冗談めかして隼人に視線を送る。
「ば、馬鹿をいうな!純粋に海水浴が楽しかっただけだ!」
「そうか?そのわりには私達の水着姿を凝視していたようだが」
マチルダが隼人いじりに参戦する。
「ち、違う!単に見惚れていただけだ!」
隼人が必死に抗弁する。それがおかしかったのか、みんなで笑いだした。楽しい時間はあっという間過ぎていった。
「あっ、そうだ!昆布と煮干しをブレスト村のみなさんに干してもらっていたんでした」
さあ帰ろうかという段になって、桜が唐突に思い出す。
「ああ、そうだったな。出汁は大事だ。帰りにとりに行くか」
「はい!」
桜が満面の笑みで応じる。梅子や熊三郎もどこかうずうずしている。
「昆布?海藻を干してどうするのだ?」
マチルダが興味深そうに聞いてくる。
「昆布と小魚の煮干しは敷島では出汁をとるのに使うんです。本当は鰹節も欲しいのですが、時間がなくて。漁師のみなさんにお出汁を振舞うんで、その時に一緒にどうぞ」
「そうか、美味ければ特産になるかも知れないな。うまくいけば褒美を出すぞ」
「本当ですか!それは嬉しいです」
桜は褒美より、ブレストで特産になるかもしれない、という点に期待しているようだった。
ブレスト村では純粋に出汁だけで楽しんでもらったが、なかなか好評だった。スープ系の出汁に今後使われることになるかもしれない、ということになり、ブレスト村で生産を開始することになった。
休暇4日目からは隼人は募兵に精を出すことにした。お供にはカテリーナがついてきた。今後の荷馬車の増勢を考慮して、人員は100ほど欲しい。まずはマリブール市内で募兵する。すると、ロストフとの行商で名が売れていたせいか、予想外にも30人弱が集まった。その日は武具店にも立ち寄り、新兵用に武具も発注しておいた。
次の日からは新兵の行軍の訓練を兼ねて、彼らを連れて周辺の村々を回る。2日かけて目標の人員に達する。残りの休暇期間は新兵の訓練だ。主に行軍と隊列を組む訓練を行う。
「カテリーナ、お前も休暇を楽しんできてよかったんだぞ?」
「いえ、隊長が休暇を返上なさるのですから、私も付き合います。私に休暇をとらせたいなら隊長も休んでください」
最終日になって、今更ながらカテリーナに言うと、こんな答えが返ってきて返答に窮する。人員はこれ以上増やす予定は今のところないので、次の休暇は大丈夫だろうが、悪いことをしてしまった気になる。とはいえ、新兵を訓練せずに戦いで死なせてしまっても寝覚めが悪いので、仕方ない。
1週間の休暇が終わり、出発の朝がやってくる。まずはロストフに向かうスペンサー家の隊商を見送る。今回はマチルダは参加しない。マリブールでの政務が滞りがちになっているためだ。それに、これまでの戦いで大きな盗賊団があらかた壊滅したため、山脈地帯の治安が急激に改善された。このため、マチルダ自身が率いる理由が薄れたのも理由の1つである。
隼人達の勢力は今や荷馬車7台、駄馬10頭、人員100余名の大規模キャラバンになっていた。隼人達は南の湿地帯を迂回して一旦東へ向かい、そこから南にむかってガリア王国に向かうことにする。エジョフ領のセダンを通過することになるのが懸念事項だが、湿地帯の街道が荒れ果てており、荷馬車の通行に適さないため、いたしかたなかった。
「元気でな。今回のことでずいぶんと借りができた。私でよければいつでも力になる。また顔を見せてくれ」
マチルダが名残惜しそうに握手する。
「ええ、いつになるかはわかりませんが、必ずまた会いましょう。それでは」
隼人は挨拶を返し、馬上の人となる。マチルダはその隊商が小さくなるまで見守っていた。
次回は5月30日月曜日に投稿します。以降、毎週月曜日と木曜日の朝7時に投稿する予定です。
これからもよろしくお願いします。