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第14話 襲撃

 ロストフでの休息と荷馬車の追加を行った一行は、再びマリブールへ向けて出発した。今回も気楽な旅になる。誰もがそう思っていた。


 「隼人殿、今回の報酬として、マリブールで荷馬車2台を譲ろうと思う。それから向こうで積む交易品の代金もこちらで出そう」


 マチルダがこんな提案をしてくる。


 「それはありがたいのですが、良いのですか?荷馬車はマリブールで必要なはずでは?」


 「確かにそうだが、今回の件で経済も大方落ち着いてきた。現状なら荷馬車2台譲っても何とかなる。それにお前はマリブールに多大な貢献をしてくれた。相応の対価を受け取るべきだ」


 「そこまでおっしゃられるのなら、ありがたくいただきます」


 「まあそれも、マリブールに着いてからの話だがな。最後に一波乱あるかもしれぬぞ」


 「それは遠慮したいですね」


 二人して馬上で笑う。彼らに危機感はなかった。




 最初に異変に気付いたのは、カテリーナ達以下数人と斥候に出ていた隼人だった。


 「止まれ」


 峠道にさしかかった隼人は、右手を上げて部隊を止める。何か視線や、殺気のようなものを感じる。隼人は辺りをじっくりと見渡した。


 「抜剣!」


 隼人は鋭く命じ、自分は弓を取り出し、矢をつがえ、待ち伏せに好適な地点に向ける。これは脅しだ。実際には待ち伏せに気づいていなくとも、戦闘態勢をとることで待ち伏せ側が露見したと誤認し、過早に襲撃をかけてくることがある。これで何事もなければ矢を一本打ち込み、様子を見るつもりだった。

 しかしその必要はなかった。こちらが抜剣したことで、待ち伏せが見破られたと誤認した盗賊達が襲撃してきた。同時に峠の山上から丸太が転がり落ちてくる。


 「本隊に戻れ!」


 隼人は牽制で矢を放つと、素早く撤収を命じた。敵は見えるだけで50は超えており、斥候だけで対処できる数ではなかった。


 

 「敵襲!敵襲!敵は少なくとも50以上!道は丸太で塞がれた!」


 隼人はマチルダ隊に大声で報告し、自分の隊も戦闘に参加させるため、急ぎ自隊に戻る。


 「歩兵隊前へ!防御態勢!」


 隼人の報告にマチルダは急ぎ防御態勢を整える。

 隼人が後方へ去ると、盗賊達が見えた。数はおよそ70といったところか。中には騎乗している者もいる。


 「射撃用意!……放て!」


 マチルダの合図で弩からボルトが飛び出す。隼人達の試練が始まった。



 「半分を残し、残りは熊三郎の指揮ですぐにマチルダ隊に合流しろ。10人は俺に続け。徒歩で敵後方に迂回する」


 隼人は手早く指示を出し、自分は山を登り始める。隼人につき従うのはカテリーナ、梅子、他8人だ。

 ある程度登ると、眼下に交戦するマチルダ隊と盗賊団が見えた。数人の盗賊が山上からマチルダ隊に矢を射下ろしている。弓兵を手早く排除し、丸太の罠が仕掛けてあった地点へ向かう。そこにはまだ4人の盗賊が残っていたのでこれも処理する。他に罠がないことを確認すると山を滑り下り、マチルダ隊の増援に向かった。


 

 そのころには盗賊との戦いはあらかた決着がつき、生き残りの盗賊が逃亡を始めていた。そこを隼人達が挟み撃ちにし、混乱に拍車をかけた。盗賊達は数人の捕虜を残して壊滅した。




 「ここまで周到なのは初めてだな」


 マチルダが丸太の除去作業を見つめながらつぶやく。


 「何か、妙な感じです。勘ですが」


 隼人が自身も除去作業に参加しながら返す。


 「警戒を厳重にしておいた方がいいか」


 「その方がいいでしょう。移動経路も、変更した方がいいでしょうな」


 「そうだな。また罠を仕掛けられたらかなわん。隼人殿、斥候を頼めるか」


 「ええ、任せてください」


 丸太の除去がある程度済むと、部隊の指揮を熊三郎に任せ、自身はカテリーナ以下数人を伴って先頭に立った。




 「ルイコフの野郎が抜け駆けをしたぁ!?」


 戦闘地点から1日先の待ち伏せ地点で盗賊団の頭目達がいきり立っていた。


 「しょせん俺たちは盗賊だからな。そういう奴もいるだろうさ。もっとも、貴族連中も大して変わらないらしいが」


 その中でも比較的インテリそうな頭目が冷静に批評する。


 「だがこれで警戒されるかもしれんぞ。待ち伏せがうまくいかなかったらどうする?」


 「その時はその時、強襲するだけさ。なんたって俺達の方が数が多い」


 盗賊団達は寄せ集めではあったが、400を少し超えるほどになっていた。隼人達の約2倍だ。


 「しかし損害が大きくなるぞ」


 「そんなこと知ったことじゃねぇ」


 そんなことを言い合いながらも、彼らは誰に損害を押しつけるか、あるいはどれだけの金を確保するか、それだけしか考えていなかった。




 「止まれ」


 夕刻、隼人達は少し予定より遅れて行軍していた。ルートを変更したためだ。部隊はすでに小高い丘の上に円陣を組んで野営に入っている。隼人達はその周辺に斥候に出ていた。


 「隊長、どうしました」


 カテリーナが不思議そうに問う。


 「あれを見ろ」


 隼人の指差した先には幾条もの煙が立ち上っていた。


 「あれは……炊事の煙でしょうか。ずいぶん多いですね」


 「ああ。あれは少なくとも300人はいそうだ。それに……あそこは我々が通るはずだった道の近くだ」


 「!?待ち伏せ!?」


 「わからん。隊商か、どこかの軍勢である可能性もある」


 「しかし、隊商にしては数が多すぎますし、こんな所を軍勢が通るとも思えませんが…」


 「その通りだ。しかし盗賊にしては数が多すぎる」


 「ではあれは…」


 「わからん。ただ近づくべきではないだろう。君子危うきに近寄らずだ」


 隼人はマチルダとの協議のために野営地に戻った。




 「おい、どうする。連中、進路を変えてるぞ」


 「ルイコフの野郎のせいで警戒されたかな」


 「…こうなったら、夜襲しかないだろう」


 「罠が無駄になったからな。夜を利用するしかないな」


 「誰が殺ったかわからない分は水増し請求だな」


 最後の頭目の言葉に笑いが起こる。当然、最初からそのつもりだったが、夜戦となれば状況が錯綜する分、さらに酷いことになるだろう。

 盗賊達は方針を決めると、自らの盗賊団の指揮に向かった。

 今日は満月で、その明るさは夜道の助けになるだろう。




 「…少し、騒がしくないか」


 「うむ、確かに騒がしいのう」


 隼人と熊三郎がお互いの認識を確認しあう。


 「今回はわしが斥候に出よう。梅子とカテリーナを連れていくぞ」


 「ああ、頼む。俺はマチルダ殿と協議してくる」


 「私は隼人さんにお供します」


 桜は隼人について行くようだ。



 「おう、隼人殿か、待っていたぞ。話はあれのことだな」


 マチルダが騒がしさの音源を指差す。よく見れば山林の木々がかすかに揺れている。


 「ええ。いま熊三郎達を斥候に出しました。すぐに知らせが来るでしょうが、準備を整えておくべきです。火も消しておきましょう」


 「そうだな…。あれが敵だと仮定すると、左翼の地積が狭い。お前達には左翼を固めてもらっていいか」


 「それが妥当でしょう」


 「それから…隼人殿にはうちの指揮所に詰めてもらいたい。私は戦の経験も才能もあまりなくてな、お前の助言が必要だ」


 「できれば前線で戦いたいのですが…」


 「そこを曲げて頼む。相手が不明な以上、情けないことに不安なんだ。お前がいれば安心して指揮がとれる。できれば指揮権そのものを委譲したいところだが、それでは混乱が生じるからな」


 「…わかりました。熊三郎が戻り次第彼に部隊を預けます」


 「ありがたい」


 マチルダは隼人の手をとって感謝する。


 「私はどうしましょう?医術もそうですが、弓術にも覚えがあります」


 桜が聞いてくる。彼女もやる気満々のようだ。


 「医術の腕は弓術以上に何物にも代えがたい。ここに詰めておいてくれ」


 「わかりました」


 「マチルダ殿。騎兵の精鋭と歩兵の精鋭をそれぞれ10と20、ここに集めてください。予備兵力とします」


 「わかった。手配する陣形はどうする?」


 「何が起きるかわかりません。とりあえずオーソドックスに、中央に歩兵、両翼に騎兵で良いでしょう」


 そこへ熊三郎達が戻って来た。


 「相手は盗賊じゃ、数は400くらいじゃった」


 「だが足並みは乱れているようだったな。普通では考えられないが、盗賊団が手を組んだものと思っていいだろう」


 熊三郎の報告に、梅子が推測を述べる。


 「盗賊団が野合するなんてありえるのか?」


 「普通はないが、絶対とも言い切れません。拙者の目で見る限り、それしか考えられません」


 「ではなぜ?」


 梅子の報告にマチルダが考え込む。


 「マチルダ殿、考えるのは後にすべきです。今は盗賊団の撃退に集中しなければなりません」


 「むっ、そうだったな」


 隼人の注意にマチルダの思考が引きもどされる。


 「熊三郎。左翼にいる部隊の指揮を預ける。俺はここでマチルダ殿の補佐をする」


 「…そのほうがいいじゃろうな。よし、引き受けた。任せてくれ」


 熊三郎達は隼人に命に従って左翼の指揮に向かった。決戦の足音はすぐそばまで迫っていた。




 「おい、ばれているんじゃないか?連中、戦闘態勢をとっているぞ」


 頭目達が敵を目前に額を合わせていた。


 「とはいえこのままおめおめ逃げ帰るわけにもいかんだろう」


 「幸い、敵が少ないのはありがたいな。勝てないこともないだろう」


 「だが、どうやって攻める?」


 この言葉に頭目達が沈黙する。盗賊達はまともな軍事訓練は受けていない。正面攻撃以外にとるべき道はない。その損害を思うと思わず背筋が寒くなった。部下達の命自体にはそれほど関心はない。いずれまた盗賊に身をやつす者が出てくるのだから、それを勧誘すればいい。だが、それまでの影響力の低下は看過できるものではない。だからと言って撤退はいまさら論外だ。舐められれば自身が寝首を掻かれる。

 頭目達は自身の損害を最小限に食い止めるべく、お互いに牽制する。無駄な時間ばかりが過ぎてゆく。


 「…同時に攻撃を仕掛ける。これしかねぇな」


 頭目の一人が絞り出した声に、他の頭目達が不承不承うなずく。


 「これ以上部下も待たせられん。連中も痺れをきらしている。今すぐ出るぞ」


 鬨の声が上がったのはそのしばらく後のことだった。




 「…ついに来たか。射撃用意!タイミングは隼人殿に任せる」


 マチルダが号令を出し、弩や弓が構えられる。


 「放て!」


 有効射程に入ったところで隼人が号令を出すと、ボルトや矢が放たれ、突撃してくる盗賊達がバタバタと倒れる。夜なので相手の顔は見えないが、満月なので敵のシルエットははっきり見えるから命中率はなかなか高い。


 「弓は各個に自由射撃!弩は装填しろ!」


 距離があるので、もう一撃くらいできそうだった。


 「放て!」


 弩が再び一斉射撃を加える。


 「射撃部隊は下がれ!槍隊前へ!」


 隼人の号令で槍衾が形成される。


 「マチルダ殿、両翼の騎兵に突撃命令を」


 時間に余裕ができたので、ここで指揮権をマチルダに返す。あくまで指揮官はマチルダだ。


 「あ、ああ。騎兵隊!両翼から敵を包囲攻撃せよ!突撃!」


 ほとんど見学状態だったマチルダが慌てて号令を出す。

 盗賊達はすでに混乱状態に陥っていたが、数が多いだけにこちらの攻撃も決定打とはなり得ない。そうこうしているうちに、両者で死傷者が加速度的に増加していった。

 戦況を眺めていると、隼人隊の左翼とマチルダ隊の中央の隙間が開いてきた。やはり俄か作りの連合軍だと調整が難しい。


 「予備の歩兵隊を左翼と中央の結節点に投入しましょう。このままでは分断される恐れがあります」


 隼人がマチルダに進言する。


 「そうか。予備歩兵隊!左翼と中央の間に前進せよ!」


 マチルダはためらうことなく命令を発する。これで危険な間隙は閉塞された。

 敵は正面の歩兵と、両翼の騎兵に挟まれて半包囲状態に陥っている。あとは数だけの問題だ。


 「…予備騎兵に右翼を迂回させて敵後方を突かせましょうか。勝負の見えた戦い、さっさと終わらせましょう」


 「そうだな。隼人殿、ここはもういいから予備騎兵を連れて攻撃に参加してくれ」


 「よいのですか?」


 「もうここまでくれば私一人でも十分だ。どうやら敵の数の多さに怖気づいていたらしい」


 マチルダがそう言って苦笑する。


 「では行ってまいります。予備騎兵!我に続け!」


 隼人は駆けだした。



 「くそ!どうにもならねぇ!」


 盗賊達の攻撃は最初から消極的だった。奇襲の思惑が外れ、損害の大きい強襲にならざるを得なかった。損害は他の盗賊団に押し付けようと、どの頭目も考えた。そのツケとして敵の戦列を突破できず、むやみに犠牲を重ねているのだから、どうしようもない。さらには前後左右、あらゆる盗賊団に所属している盗賊達がひしめき合っていて、頭目達も自分の部下達を掌握できていない。これでは統率のとりようもなかった。

 そうこうしているうちに後方から悲鳴が上がった。剣戟の音も聞こえる。


 「畜生!包囲されたぞ!しかたねぇ。野郎ども!撤退だ!」


 頭目の一人が大声で指示を下す。しかしこれが破滅を呼んだ。すでに混乱の極地に達していた盗賊達の勇気を完全に打ち砕いたのだ。


 「に、逃げろ!」


 そんな声があちこちで上がる。雑然とした攻撃が潰走へと変わり、戦闘が狩猟へと変わった。あとは一方的な追撃戦だった。




 追撃戦は朝まで続いた。日が昇る頃には300以上の盗賊の死体が横たわり、58人が捕虜として捕らわれていた。見かけは脅威だったが、終わってみれば実にあっけないものだった。マチルダ隊の死者は10人、隼人隊は6人。負傷者はその3倍にも達したが、桜のおかげでその4分の3が即日復帰できた。



 朝からは仕事でいっぱいだった。戦利品の収集、戦死体の埋葬、盗賊達が仕掛けていた罠の除去、矢やボルトなどの消耗品の補充。その日は一日戦場掃除に掛かりきりになりそうだった。




 そんな時、梅子が話しかけてきた。


 「隼人殿、少し妙だ」


 「何がだ?盗賊が多すぎることか?」


 「いや、それもあるが、そうじゃない。盗賊の所持金、特に頭目らしき盗賊の所持金が多すぎる」


 「大規模な盗賊団なんだから、貯め込んでいて当然じゃないのか?」


 「いや、それにしても多すぎる。中銀貨を軒並み20枚以上持っていた。これは盗賊が持っているような額ではないと思う。おそらく誰かが雇ったか…。そうであれば盗賊達が野合した説明もつく」


 「雇う?…エジョフ家か!」


 「ああ、拙者もそう思う。マチルダ殿にも報告しておくべきだ」


 「そうだな、憶測の域を出ないが、それが一番可能性が高そうだ」


 隼人は梅子を連れたって、大量の戦利品にホクホク顔のマチルダのもとへ行った。




 「そうか…エジョフ家か…。よもや同輩に盗賊をけしかける奴がいるとは思いもしなかったが、エジョフならやりかねんか」


 「しかし盗賊団は壊滅しましたし、いくらかエジョフ家の財力は削げたでしょう。何か別の手は考えてくるでしょうが、隊商そのものには再び手を出すことはできなくなったはずです」


 うなるマチルダに、梅子が自身の推測を述べる。


 「だが他の手段には警戒が必要か。とはいえ今回の件、エジョフが関わっている証拠もないし、手が打てん。ロストフとの結びつきを強化し、地道にやっていくしかないか」


 すっかり渋い顔になるマチルダ。


 「マチルダ殿自身の誘拐も考慮に入れておくべきでしょう。もちろん、親族もです」


 梅子がさらに警告する。


 「参ったな。これは婿でも貰わないとおさまりがつかんかもしれんぞ。どうだ、隼人殿、婿に来ないか?」


 マチルダが八方ふさがりに参ってそんな冗談を飛ばしてくる。


 「い、いや、そんなことを急に言われても困りますよ」


 「それに、相手に婿がいるからとあきらめる人物とは限りません」


 困惑する隼人に対して、梅子の方は少しムキになって反論する。


 「冗談だよ。しかし、ますますお前達が欲しくなってきたぞ。隼人殿も婿としてもらうのに申し分ない人物だしな」


 「ははは、光栄です。しかし私はもう少し行商を続けたいんです。仕官の話はやはりお断りします。ですがこのまま去るのも後味が悪いので、できることなら協力させていただきますよ」


 「それはありがたい。とはいえ現状で何か結論を出せるわけでもないし、今は無事にマリブールに到着することを考えねばな」


 マチルダの言葉に2人ともうなずく。




 結局、以後は襲撃もなく、一行は3日ほどの遅れでマリブールに到着したのであった。


しょせんは盗賊連合。思ったほど強敵にならなかった……。

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