第126話 腐った建物は触りたくもなかったけど、仕方なく蹴ったら案の定ブーツが抜けなくなった件について
大遅刻しました。今回はかなり短め。執筆にかなり苦労しました……。
帝国歴1800年3月15日、隼人は主力部隊と親衛第11師団、親衛第13師団と特設東方連隊、及び降伏した属国軍総計8万余名を引き連れてザーバトヌイ・ハン国の接収に向かった。属国軍は全員が恭順の意を表明しており、接収は簡単に終わると皆が信じていた。
4月からザーバトヌイ・ハン国の領土接収が始まったのであるが、隼人と梅子はだんだん不安と後悔の念が浮かび上がってきた。
当時はタイハン国が後継者争いでいくつもの国に分割され、それぞれの国が自分こそが正統後継者だと内戦を始めていた。そして彼らの手足となり、重税と軍役に喘いでいたのが騎馬民族に征服、降伏された都市国家や小国からなる属国諸国である。そんな国々が騎馬民族を打ち破った寛大な帝国の存在を知ったら?
その答えはザーバトヌイ・ハン国の領土の3分の2を接収した5月頭に表れた。隣接勢力であるタイアル・ハン国配下の属国諸国が恭順を申し入れてきたのである。申し入れを断れば第2ロマーニ帝国の威信が落ちるし、受け入れればタイアル・ハン国との対立につながる。アーリア王国内戦への介入を控えている今、この決断は難しいものだった。
だが、事態は隼人の制御を簡単に外れてしまった。5月末にはザーバトヌイ・ハン国の属国諸国だけでなく、隣接勢力の属国のいくつかが第2ロマーニ帝国への恭順を宣言してしまったのである。もはや拒否できる情勢ではなかった。拒否すれば見捨てる事になり、そして見捨てられた国はまず滅ぼされる。受け入れを拒否できるはずがなかった。政治とは厄介なものである。
6月6日になると隣接する騎馬民族、タイアル・ハン国の代表が交渉に訪れた。彼らも主戦力である属国諸国の失陥は死活問題だ。もちろん武力で属国諸国を解放して解決する方法もある。しかしそうなれば属国の寝返りの連鎖で介入戦争が続き、タイハン国全てを征服せざるを得なくなる。そんな国力、軍事力は第2ロマーニ帝国には無い。
となれば交渉しかないわけだが、交渉が長引くとそれだけ属国諸国の反乱が増える。反乱が増えると第2ロマーニ帝国が抱える領土は国力以上に増大し、かつタイハン国の覇権を狙う諸国との関係が悪化、和平が困難になる。難しい交渉を短期間で終わらせる必要があった。
隼人は交渉の難易度からノースグラードから親衛第12師団を急遽呼び寄せた。交渉がまとまったとしても問題が発生する事は目に見えていたからだ。
6月までにザーバトヌイ・ハン国の領土を全て接収したが、問題は隣になるタイアル・ハン国の属国諸国だ。すでにかなりの都市が恭順を申し入れてきていた。
その一方で、旧ザーバトヌイ・ハン国騎馬民族支配地域は接収後も不安定であった。彼らは過去の自分達の属国への仕打ちと指導者と国を喪失した事による現状の立場の悪さを知っている。そしてそもそも牧草地を求める移動型民族だ。反抗的であるし、牧草地を求める移動でトラブルの種には事欠かなかった。
交渉の妥協点は恭順を申し入れた属国諸国と騎馬民族居住地域の交換であろうが、属国諸国の恭順の期日をいつに設定するかで揉める事になるだろう。
案の定、交換についてはすんなりと合意できたが、属国諸国の恭順の基準日が問題になった。第2ロマーニ帝国側は交渉終了日に恭順の使者を送った地域を主張し、タイアル・ハン国側は、第2ロマーニ帝国による接収が始まった4月1日に恭順の使者が到着した地域のみと主張した。
双方の隔たりは大きく、またタイアル・ハン国の指導者が別の地域で戦争中であり、使者団の意思決定が遅れた結果、交渉はズルズルと長引いた。その間にも恭順の使者は到着し続け、中にはタイアル・ハン国に都市を破壊されて難民として保護を求める集団もあった。牧草地の利用で騎馬民族と属国都市が衝突する事件も出ていた。そして厄介な事に、第2ロマーニ帝国へつなぎを取らずに恭順宣言を行う都市の数が拡大傾向であった。
7月半ばになって親衛第12師団が到着し、ようやくタイアル・ハン国側の使者も軟化し始めた。それでも交渉は長引き、その間に独立宣言、帰属宣言と支援要請、そしてこれらを鎮圧するタイアル・ハン国軍に鎮圧の過程で発生した大量の難民と、双方にとって状況は加速度的に悪化しつつあった。合意を焦る理由は双方にあったものの、それ故互いの足元を見続けたのだ。結局、最終合意に至ったのは帝国歴1800年8月8日の事であった。
「では我々は8月末日までに騎馬民族支配地域を遅滞なく引き渡す」
「我々は6月6日の交渉開始日に第2ロマーニ帝国へ恭順の使者を到着せしめた地域、及び帰属を宣言した地域を割譲します。難民も貴国にお任せします」
隼人と使節団の代表が文書で合意を交わす。だが交換地域の正確な確定はまだであり、平和条約の細部の交渉はモーズリー中将に任せ、親衛第11~13師団と特設東方連隊を残置し、隼人達と主力部隊は一旦マリブールに帰還、休養する事になった。
だが、これは苦労の始まりに過ぎなかった。騎馬民族支配地域から牧草地を求めて第2ロマーニ帝国側地域に侵入して小競り合いを起こす者達は後を絶たなかった。タイアル・ハン国でも第2ロマーニ帝国に割譲される地域以外からも第2ロマーニ帝国への亡命、都市丸ごとの難民、恭順の申し入れ、独立支援要請と頭の痛い問題が続いた。
当然双方が抗議を行い、小さな小競り合いは至る所で発生した。この時期に灰塵と帰した都市は多く、滅亡した騎馬民族の氏族も多い。第2ロマーニ帝国は国境警備に親衛第11~13師団、及び現地で新設した第14師団の4個師団もの兵力を張り付ける必要に迫られたし、タイアル・ハン国もそれなりの兵力で国境を警備しつつ、主力で反乱都市の鎮圧を行わなければならなかった。
この問題は第2ロマーニ帝国による東方遠征まで解決せず、後に歴史はこの地域のこの時代を「泥濘の時代」と呼称することになる。ここの部隊は後に東部軍として改編されるが、この部隊の司令部要員は皆老けて任期を終えたと伝えられている。
「はぁ……、北部に4個師団(親衛第3,11,12,13師団。第14師団の設立は帝国歴1801年2月1日)も張り付ける事になるとは……。占領地は広がったが兵力に余裕ができないな」
隼人はマリブールへの帰路、8月の日差しに馬を進めながらぼやく。
「仕方ないさ。東が不穏に過ぎる。これ以上の厄介事を防いだと思うしかないだろう」
「それに残置してきた4個師団は消耗が激しい。補充と再訓練が終わるまで使い物にならん。その分、補給と補充は優先せねばならんが」
梅子とエーリカがフォローする。どうせ治安が回復するまである程度の兵力の張り付けは必要だ。しばらくは運用できない師団を張り付けるならまだマシというものである。
「1年以上留守にしていた家に帰れるのですから文句は無しにしましょうよ。みんなも子供達もずっと待っていたのですから」
桜は隼人を家に連れ帰る事ができると上機嫌だ。事実、待ちきれずについて来た桜は手が空くと隼人にものすごく甘えてきた。昼間は隼人に張り付いて仕事の補佐をしながら甘え、夜は隼人の記憶以上に甘え、乱れた。1年以上待たせた恋女房達を思えば甘やかせたい思いもある傍ら、少し夜が怖くもある。
怖いと言えば子供達もそうだ。ちゃんと父親の顔を覚えているだろうか?顔を見た途端泣きだしたりはしないだろうかと不安になる。だが子供達に再会する事はすごく楽しみではある。8人の妻と15人の子供。隼人の最も大事な宝だ。長男の義人が7つで末の息子のゲオルギーが2歳までもう少し。妻子を思えば気分が弾んでくる隼人であった。
今月中に第127話を上げる事が作者の目標です。