第13話 誕生日
今回は短め
今回も旅は順調だった。前回の旅で無謀な盗賊団がいくつか壊滅したため、今回は前回よりも襲撃が少なかった。一行はロストフに到着後、2日間の休息の後出発する。マチルダ隊はロストフでも荷馬車を2台追加し、マチルダ隊14台、隼人隊5台の計19台となる。ちなみに、隼人もそろそろ荷馬車の追加をすべきかと考えていたが、マチルダへの遠慮もあり、発注していない。もっとも、マチルダの予約でいっぱいなので、どのみち手に入らなかったが。
そんな旅の途中の6月26日、小休止の間、隼人はぼんやりと部隊を巡回していると、カチューシャがナターシャのもとに駆け寄っていた。手には何か小袋をぶら下げている。
「お姉ちゃん!誕生日おめでとう!」
そう言ってカチューシャは手に持った小袋を渡す。
「ありがとう、カチューシャ。これは何かしら?」
「髪留め!結構お金たまったから銀のを買って来たんだ」
「まあ、ありがとう。大事にするわ。これはカチューシャのお誕生日も頑張らないといけないわね」
「うん。期待してる」
そんな楽しげな姉妹の会話が聞こえた。見るとカテリーナや桜、梅子も何かプレゼントを持ちより、楽しげに会話に花を咲かせている。
隼人はナターシャとカチューシャを家族だと言っておきながら、誕生日を把握していなかったことに今更ながら気づいた。大失態である。
「ナターシャ、お前今日誕生日だったんだな。いくつになったんだ?」
「もうっ、兄さん。いくら兄さんでも女性に歳を聞くのは失礼ですよ。…16歳になりましたけど。ところで兄さんはおいくつでしたっけ?そういえば聞いていなかったですよね」
「俺か?俺は12月8日が誕生日で19歳だ」
「あたしは9月23日!今は13歳よ」
流れで誕生日をみんなが教えてくれる。
「私は4月9日で16歳です」
と桜。
「拙者は3月12日で同じく16歳だ」
これは梅子。
「私は6月6日だ。歳は言わないとだめか?…21だ」
「カテリーナ、お前つい最近じゃないか」
「まあ、その日はマチルダさんに高い酒をたらふくおごってもらったから、それで十分ですよ」
「お前、そんな理由つけてあんなに飲んでいたのか」
そんなふうに楽しく談笑していると、マチルダが近づいてきた。
「楽しそうだな。何かの密談か?」
「マチルダさん、隼人さんが私達の誕生日を知らなかったものですから、みんなで教えているんです」
「おいおい隼人殿、こんな綺麗どころをはべらしておいて誕生日も知らなかったのか」
「いや、面目ない。しかしこいつらとは男女の仲というわけではありませんよ。あくまで部下です」
「そのわりには特別扱いしているではないか。まあいい、楽しそうだから私もまぜてもらおう。私の誕生日は12月14日だ。…なに、歳も言うのか。…18だ」
「なにまだまだ若いではありませんか。ちなみにわしの誕生日は10月10日で57歳になる。しかしカテリーナ、お主は少し考えた方がいいんじゃないかね」
いつの間にか熊三郎も混じっていた。
「隊長以外ろくな男を見たことがありませんでしたから興味ないんです!」
「そのわりには歳を気にしていたようじゃが。隼人殿がとられてしまうぞ?」
「ほっといて下さい!」
「隼人殿はモテるのか?」
とマチルダ。熊三郎のカテリーナいじりが地味に隼人にも飛び火する。
「いや、偽装恋人はやりましたけど、女性との付き合いはこれまでないです」
隼人はそんな灰色の人生を口にする。
「ふーん。それじゃあ私がもらってやろうか?」
マチルダがさらにいじってくる。
「お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんだからだめー」
そう言ってカチューシャが抱きついてくる。
「おやおや、これは嫉妬されたな。私が正室でカチューシャが側室でもいいんだぞ?」
「だ、だめー!」
カチューシャが顔を真っ赤にして抗議する。マチルダもからかっている内心、それもいいな、と考えてしまい、顔がほんのり赤い。周囲を見渡せば、女性陣、みな同じような顔をしている。
「隼人殿、モテモテじゃのう」
「またまた、そんなこと、天地がひっくりかえってもありえんよ。上官として慕われているだけだ。上官冥利に尽きるってもんだ」
「むぅ、これは難儀だのう」
その日の夕食は保存食が大半でありながら、桜が腕によりをかけていつもより豪勢なものとなった。
そんなこんなでマリブールへの旅は順調であった。今回も2日間の休みと2台の荷馬車の追加を行ってロストフに向かう。今回はマチルダ隊の兵も180人にまで増員されている。
「この調子ならあと一往復で経済が安定しそうだ。多少コストはかかるがな。そうなると隼人殿との契約も終わりとなる。さびしくなるな」
馬上のマチルダが隣に馬を並べる隼人に言う。
「そうですね。みなも仲良くなってきたところですし」
「…なあ、私の部下にならないか?これからも当分は隊商を出し続けなければならない。その指揮官候補は連れてきているが、お前がなってくれた方が心強い。後ろ盾としては私は弱いかもしれないが、できる限り厚遇するぞ?」
「…せっかくのお誘いですが、遠慮させていただきます。私は個人的にノルトランド帝国とはわだかまりがありますし、なによりもうしばらくは行商を続けたいんです」
「そうか…それは残念だ。でもたまには顔を見せてくれよ。私とお前は友人だ。たまには友人の顔を見たい」
「それは必ず」
マチルダは、隼人の日ごろの言動から、仕官の話は断られるとわかっていたが、勧誘せずにはいられなかった。そこに利があるのは確かだが、勧誘したい感情にも、断られた時の残念に思う感情にも、利以外の何か別の感情があることを自覚したが、それがどんな感情か、まだこの時にはわからなかった。
「で、ここいらでも指折りの盗賊団を集めて何をさせようってんだ?」
ここは山脈地帯の谷間にひっそり存在する廃屋。そこに幾人かの男達が集まっていた。
「簡単な話だ。君達にはある隊商を襲撃してほしい」
ボロをまとっているが、どこか周りの男達に比べて上品な男が言う。
「まさか、女領主が直接護衛しているっていう隊商じゃないでしょうね」
盗賊の一人が冗談めかして言う。
「そのまさかだ」
一瞬、場がどよめく。
「冗談じゃねぇ!あんな連中、襲えるか!200人近くいるんだぞ!略奪どころか撲滅されかねないだろ!」
「まあ待て、なにも隊商を壊滅させろとは言わん。いや、隊商を全滅させて女領主を生け捕りにすればいくらでも恩賞は払うが」
「ただ襲うだけじゃ、何の利益にもならんぞ。俺達も一種の“商人”なんだ」
一人の盗賊の言葉に他の盗賊達がうなずく。これくらいの認識がなければ大きな盗賊団の頭目は務まらない。
「一人殺すごとに中銀貨1枚を出す」
上品な男の声に場が静まる。
やがて一人の盗賊が口を開く。
「…俺達も一枚岩じゃねぇ。隊商を襲うだけでなく、盗賊団同士争っている。相手は手強い。俺達総出であたる必要がある。それにはそれなりの“紐帯”が必要だ」
「…わかった。倍の中銀貨2枚を払う。それから前金にそれぞれ大銀貨3枚だ」
「いや、大銀貨は使いづらい。中銀貨か小銀貨にしてくれ」
「わかった。すぐに手配する」
「じゃ、契約成立だ」
男達は握手を交わすと再会を約し、夜の帳に散って行った。隼人達に大きな脅威が迫ろうとしていた。




