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第122話 ノースグラード 四銭を超えて 前編

 大変長らくお待たせしました。ようやく復活です。でも今回は主人公の隼人君は出番なし。次話もたぶん出番なしです。次話は来週中に完成次第投稿します。


 ちなみに、死線を超える、という意味で昔は5銭玉のお賽銭が人気だったそうです(無駄知識)。

 帝国歴1800年1月7日、ザーバトヌイ・ハン国の国王、スゴタイ・ハンは、ノースグラード防衛陣地外縁から10キロ離れた陣幕の外でノースグラードの北側陣地を睨みつけていた。


 今までにない戦い。これまでの攻囲戦術が通用しない。

 攻城兵器で崩した城壁に大量の兵を流し込む。そして数と練度で押し切る。シンプルではあるが、城攻めは小細工の余地は少ない。だからこそ、大量の兵と攻城兵器をかき集めて攻め込んだ。

 だが、北側に集中した攻城兵器は敵の大砲に正確に打ち砕かれた。兵も爆発する砲弾に粉微塵にされ、壊乱し、士気も地に落ちた。精鋭の騎馬民族兵は大丈夫だが、属国軍はしばしの休養が必要だ。


 それにしても腹立たしいのは技術力の差だ。わざわざ第2ロマーニ帝国から武器を買ったというのに、半分は使いこなせず、さらにその半分は運用方法すら分からなかった。それも、技術力の高い属国軍であってさえもだ。

 そしてそれら兵器は、混乱の中ほぼ全てが失われた。戦場跡を見ると、敵がその兵器を回収している。阻止したいが、攻城戦初日の火の暴風に属国軍は怯え切り、精鋭の騎馬民族兵をそのような任務に投入するには割が合わない。いつまた敵の大砲の猛威にさらされるか分からないからだ。黙って見ているしかない。


 持久戦に持ち込まれたという事実も気に食わない。騎馬民族の真髄は機動戦だ。攻城戦での包囲は得意ではない。

 それ以上に、今回の戦争はスピード勝負だ。第2ロマーニ帝国軍主力が到着するまでにノルトラント地方を席巻し、実効支配して譲歩を迫り、力を蓄えてタイハン国を再統一する。その戦略が瓦解したのだ。当面は兵糧攻めの方針だが、悠長な攻め方はしていられない。スゴタイ・ハンはすでに力攻めへの切り替えを決心していた。問題は配下の兵、特に属国軍に攻勢ができるだけの士気が残っているかだ。


 「おい、視察に出るぞ」


 スゴタイ・ハンは側近を従えて部隊を視察、激励に動き始めた。彼の行動の成果が出たのは1週間後の事であった。




 ノースグラードも楽であったわけではない。兵も、武器も、弾薬も、食糧さえ不足していた。昼間は敵が遺棄した武器の回収と志願兵の訓練、そして夜は砲弾の尽きた砲の引き上げと木製のダミーとの交換。砲弾の無い砲など無意味であるし、丸材のダミーでも案山子程度には役に立つ。


 それでもモーズリー中将の悩みは尽きない。再計算したところ、食糧の残りは2ヶ月半。砲兵の残弾は事実上無し。小銃の弾薬は、ノースグラードが集積地だったため余裕があるが、敵が波状攻撃を仕掛けてきたら怪しい。士気も、初戦の勝利の後は徐々に下がりつつある。

 だが、好材料がないわけではない。マリブールからと、中島隼人皇帝の主力の援軍が来るとの知らせだ。これにより、士気は比較的高い状態を維持している。治安も急激に改善し、共通の敵と戦う事により、北方支隊と住民に一体感が生まれ、将兵と住民の軋轢がなくなった。憲兵隊が急に暇になり、各部署(特に輜重部隊)に増援として引き抜かれるくらいだ。


 だが、両陣営ともにこれが激しく長い戦いの序章である事を認識していなかった。




 帝国歴1800年1月16日。ザーバトヌイ・ハン国の陣幕で軍議が開かれていた。スゴタイ・ハンの側近の騎馬民族は士気高く、属国軍の将軍も士気を回復している。

 スゴタイ・ハンは開口一番、方針を告げる。


 「今夜、ノースグラード北側に夜襲をかける。我らタイハン軍が先鋒だ。同盟諸国軍も我々に続け」


 この言葉に騎馬民族出身の将軍は奮い立ち、属国軍の将軍もいよいよか、と覚悟を決める。スゴタイ・ハンは部隊の配置、進撃手順などを子細に命じていく。この時、帝国歴1800年1月16~19日が長い長い日々になる事が決まった。




 「ようやくゆっくりできるな」


 2重の防衛線の先に新設された応急の城壁、前哨防衛線で夜の警戒に当たる第3歩兵師団のヘインズ上等兵は部下で志願兵の民兵ダニロフに話しかける。


 「昨日まで大砲の撤去、陣地の拡張、武器の回収と忙しかったですからね」


 「ああ、それも今日で一段落だ。後は援軍を待つだけだよ」


 応急とはいえ、今日完成したばかりの木製の城壁に囲まれた前哨陣地を満足そうに見たヘインズ上等兵は、煙草とマッチを取り出す。


 「あの、上等兵殿、夜間の歩哨は煙草厳禁なのでは?」


 「ヘインズでいいよ。どうせ連中は攻めてこんさ。こんな立派な陣地ができたんだ。連中、今頃これからどうするか頭抱えてるだろうさ。ダニロフ、お前もどうだ?将校用の上物だぞ」


 無論、この煙草は正規のルートで手に入れたものではない。ヘインズ上等兵は何かを入手する事にかけては天才であった。その代わり、処罰を何度か受け、下士官には昇進できずにいた。


 「はぁ。ヘインズさんがそう言うならいただきます」


 ダニロフは愛煙家であった。将校用の上物と聞けば、我慢は出来なかった。

 2人はかがんで1本のマッチで2本の煙草に火をつける。2人して煙を味わう。上品な味に贅沢な気分になる。


 「知ってるか?これ1本で野戦食のおかず1式か甘味と交換できるんだ。まあ俺は甘味よりもこいつが好きだが。今なら黒パン1斤と交換できるんじゃあないかな」


 「???」


 「ふふっ、上の連中は知らんだろうが、兵隊には兵隊の商売があるのさ」


 よく分からないまでも、どエライ事だと、驚きと困惑を混ぜた表情のダニロフにヘインズは笑って言う。


 「ま、歩哨は時間通りやらなきゃならん。そろそろ行くか」


 「そうですね」


 1/4ほど煙草を味わって2人は歩哨任務を再開する。ヘインズはややおっくうそうに、ダニロフは満足気に元気に立ち上がる。

 この何でもない差が2人の運命を分けた。先に立ち上がったダニロフの手を借りてヘインズが立ち上がろうとすると、急にダニロフの手から力が抜けた。ヘインズは思わず尻もちをつき、ダニロフを見上げる。目の前には満足気に煙草をしっかりくわえ、頭から矢を生やして城壁の回廊から転落しようとするダニロフの姿があった。


 「っ……、クソッ。敵襲!敵襲!」


 ヘインズは煙草を吐き出して靴で火を消し、予想外の敵襲への怒り2割、ダニロフを失った怒り3割、上物の煙草が吸えなくなった怒り5割の表情で叫ぶ。待機中、就寝中の将兵が装備を整えながら待機所から吐き出される。それとともに敵の方向から銅鑼の音が聞こえる。


 「相方が弓でやられた!方向不明!」


 ヘインズは指揮官に叫んで銃を構え、目を凝らす。城壁裏側の明かりと先ほどのマッチの明かりに慣れた目では、新月に近い闇の中にうごめく敵の群れを認識するのにしばらくの時間を必要とした。

 目を凝らす事十数秒、ようやくおぼろげながら人影が浮かんでくる。眼前一杯に広がる人影。間違いない。敵の大攻勢だ。


 「全方位に敵襲!距離80!……チクショウ」


 長い長い戦いが始まった。




 「バカモン」


 若き弓の名手の頭に、先ほどまで弓をつがえていた壮年の騎馬民族兵がげんこつを落とす。若者が焦ったせいで2人の歩哨のうち片方しか始末できなかったからだ。これで奇襲は出来なくなった。

 なお、騎馬民族兵とはいえ、今は全員下馬している。騎馬民族にとって馬は生活の一部でしかない。他国のように乗馬が社会ステータスを表すものではないからだ。だから彼らは必要とあらば下馬をためらわない。今日は馬の代わりに梯子などの攻城用の装備を携えている。

 壮年の騎馬民族兵は後ろの指揮官に目線を移す。指揮官も状況を理解しており、隣の通信兵にうなずく。通信兵もうなずき返し、銅鑼を掲げ、連打する。強襲の合図だ。奇襲であれば1打ちであったが、奇襲が失敗した事が明白であれば速やかに強襲に切り替えるしかない。銅鑼の音に一斉に防御陣地に迫っていた兵が立ち上がる。一番近い部隊で指揮官の後方70メートル。先鋒は士気の高い騎馬民族部隊だ。彼らが突破口をこじ開けた後で数の多い属国軍を流し込む。指揮官と射手は歩哨排除のために前方に出張っていた。

 部隊が彼らに追いついた頃、前方の敵陣地では人の喧騒が聞こえ、人影が次々現れる。指揮官は射撃開始を命じ、銅鑼の音が短い間隔から長い間隔に変わる。矢が次々と放たれ、陣地の人影が低くなる。すぐに弩による応射が来たが、こちらに被害はない。徴収兵が勝手応射したのであろう。激戦を予想しつつ、指揮官も防御陣地への突撃に立ち上がった。




 敵からの矢の嵐に、命令を待たずに弩を発射し、再装填に立ち上がった志願兵が矢を受けて倒れる。指揮官が「撃ち方待て!」と叫ぶ。だが狂乱した志願兵の統制はとれない。勝手に城壁に取りついては弩を発射する。ヘインズの隣に来た若い女もそうだ。彼女は弩を再装填しようとする。

 ヘインズは片手でその女の頭を押さえる。その手の上を矢が通過していった。


 「おい、射撃命令はまだ出てないぜ。それから、再装填するなら城壁の背の高い部分に隠れてやるんだ。そう教えられただろ?」


 女は驚いた顔をしていたが、少し間をおいてヘインズの言葉を理解すると、何度もうなずいた。


 「緊張するな。訓練通りだ。そうすれば生き残れる。まずは深呼吸だ」


 ヘインズはそう言って女の肩を叩いて、目線を敵に向けて銃の照準をつける。隣に必死に深呼吸する女の息が聞こえる。ヘインズも落ち着いて深呼吸する。自分も敵襲に焦っているな、と感じる。決して女が思っていたよりも若く、美少女だったせいではないはずだ。


 「撃ち方用意!……ッテ!」


 白煙が城壁全体から立ち上る。城壁から30メートルほどの所でいくらかの敵が倒れ伏す。だが勢いは止まらない。やや急ぎ気味の再度の射撃命令の後、すぐに着剣と自由射撃、白兵戦用意の命令が出た。同時に敵の梯子が城壁にかかる。

 ヘインズは目の前にかけられた梯子を銃床で叩き返す。そこかしこで同じような光景が繰り広げられ、剣術に自信のある志願兵が抜剣して待機する。その間も矢の嵐は続き、練度の高い歩兵第3師団からも戦死者が出始める。

 ヘインズは時間も忘れて城壁の向こう側の人影を撃ち、城壁に登り上がった見慣れぬ鎧の兵士を銃で殴り続けた。ヘインズが時間を思い出すのは、複数の曲輪からなる前哨陣地の最後から3番目の曲輪でようやく敵を食い止め、敵の攻勢が止まった時であった。太陽はとっくに登り切り、天頂から西へ動き始めていた。ヘインズはようやく空腹を意識し、その場にうずくまった。疲労で眠りそうになる。


 ヘインズがしばらくうつらうつらしていると、肩をゆすられる。正直なところ、うっとおしい。無理やり温かいお湯の入ったコップを口にくっつけられて、ようやく意識を引きずりだす。目の前にはさっきの……いや、昨夜の美少女がいた。


 「兵隊さん、兵隊さん。交代だそうですよ。私達は奥の陣地に配置換えです。そこでお昼ご飯ですよ」


 「あ、ああ。そうか。ありがとう」


 耳に意識を向ければ、自分の部隊が第1陣地に移動する命令が怒鳴りたてられていた。ヘインズはひとまず口に流し込まれるお湯で気持ちを落ち着ける。飲み終えたところで自分がいまだ両手で銃をつかんでいる事に気づく。美少女が飲ませてくれていたらしい。気恥ずかしくなり、立ち上がろうするとふらつく。思わず差し出された美少女の手を取ってしまう。


 「お疲れ様でした。それから、今日はありがとうございました。おかげで生き延びました」


 「そいつは良かった。幸運だな。よく頑張った」


 「ありがとうございます。でも、兵隊さんは私を何度も守ってくれました。あの……お名前を聞いてもいいですか?」


 ヘインズはそんな事もあったかな、と頭をかく。夜中からの激戦で記憶が曖昧だ。


 「……ヘインズだ。ヘインズ上等兵。歩兵第3連隊第2大隊第4中隊第2小隊第2分隊1班」


 「?……歩兵第……?」


 「まあ、すぐには覚えられんよな。3242のヘインズとでも覚えてくれ」


 ヘインズは苦笑して美少女の頭をポンポンと叩く。


 「3242のヘインズさん?3242……。あ、私はサマリン・レナータです。アクロフ食堂で働いています。レナータと呼んでください」


 美少女の笑みにヘインズは胸が高鳴った。妹くらいの年齢の美少女に好意を抱かれたらしい。勘違いかもしれないが……。

 ヘインズは照れ隠しに煙草を探す。将校用の上物のやつだ。確か5本ほど残っていたはずだ。だが、出てきたのは1本だけだった。どうやら自分でも気づかぬうちに吸っていたらしい。その1本を美少女……レナータに押し付ける。レナータは困惑気味だ。


 「あの……、私は煙草は吸わないのですけど……」


 「気にするな。昼飯を配っている奴に渡せば飯の量が増える。その煙草の価値を知っている奴だったら菓子が増えるかもしれんぞ」


 「は、はぁ……?」


 移動しながらの会話だが、微妙に対話が成立していない。レナータが困惑顔で、ヘインズが疲労と満足感を混ぜた表情で並んで第1陣地まで歩いた。


 第1陣地に到着すると、小隊の先任下士官がヘインズに怒鳴って呼んでいる。先任下士官は真面目な奴だが、融通が利くので少し安心するとともに、安堵と疲労を混ぜた顔に嫌な予感もする。ともかく、すぐに行かねばならない。


 「じゃあな、レナータ。また生きて会おうや」


 ヘインズはそう言い残して疲労で言う事を聞かない足に鞭打って走り出した。先任下士官に聞かされた事実は、自分は第1分隊と第2分隊を混成した集成第1分隊の指揮官になる事、その部隊では自分が最先任である事、そして生真面目で将来が有望だった小隊長が戦死した事だった。




 取り残されたレナータは少し元気をなくして昼食の配給所に向かったが、菓子の配給所でヘインズからもらった煙草を渡すと、本当に菓子が増えてヘインズへの尊敬の念を強くするのだった。

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