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第120話 バクー王国との和平と大火

 帝国歴1799年11月18日、戦場掃除に2万の兵力を残し、8万弱の捕虜の集団を連れて隼人達は一足先にコンキエスタに凱旋した。そしてその日の内に、バクー王国軍総大将、サラーフ王太子と面談する。

 面談とはいえ、立場が立場なので、サラーフ王太子1人に対して、隼人、エーリカ、梅子、そして近衛歩兵師団から警備兵を数人連れて、サラーフ王太子を囲むように面談する。サラーフ王太子は42年間生きてきた中で最大の屈辱と恐怖を味わっていた。


 「さて、楽にして欲しい」


 そう言って隼人は気軽に飲み物を口にする。そうは言ってもサラーフ王太子にしてみれば公開処刑か、目の前の飲み物による毒殺を画策しているのではないかと気が気でない。


 「私としてはバクー王国との和平を望んでいる。ただし、いくつか条件がある」


 隼人の言葉にサラーフ王太子は緊張する。これほどの大敗を喫したのだ。どんな要求を突きつけられるか分かったものではない。


 「まずルブランとオラス王子、そしてその一派全員を引き渡してもらいたい。彼らがコンキエスタに到着次第、あなたを解放する」


 サラーフ王太子は、隼人達が自分を殺す気がない事を知り、少し安堵する。とはいえ、騙している可能性もあるため、緊張は解けない。


 「それから捕虜についてだが、身代金が到着次第、武装は解除させてもらうが、解放するつもりだ。これが身代金の見積額だ」


 そう言って隼人はサラーフ王太子に請求書を差し出す。サラーフ王太子はどれほど高額な請求が来るかと戦慄したが、それは相場よりも激安と言っていい。その金額に困惑する。


 「安いだろう?特別価格だ。その代わり、和平の証として第2ロマーニ帝国とバクー王国との間の貿易の関税の撤廃を要求する。受け入れない場合は慣例通り捕虜は奴隷商人に引き渡す」


 「……これは私1人では決められない」


 サラーフ王太子はようやく声を絞り出す。事実、関税の撤廃の権限は父である国王にある。


 「最低限、あなたの賛同が必要だ。さもなくばあなたの待遇を変更する必要がある」


 隼人は怒気を込めて恫喝する。周囲の空気も剣呑なものとなる。このような事は初めてであり、とてもサラーフ王太子には耐えられなかった。


 「わ、わかった、賛同する」


 サラーフ王太子は隼人達の恫喝に屈服するしかなかった。


 「ではこの2つの同意文書に署名していただきたい」


 隼人はこれらの要求をまとめた文書をサラーフ王太子に差し出す。そこにはすでに隼人の署名があり、あとはサラーフ王太子の署名だけで完成するものだった。

 サラーフ王太子は最低限同意文書に目を通すと、震える手を励ましながら署名する。隼人は署名された文書を確認して満足すると、サラーフ王太子にこれからの処遇を通達する。


 「大変結構!ではあなたはルブラン達の到着までこの城の1室に監禁させていただきます。客間ですからそれほど不愉快な思いはせずに済むでしょう。この同意文書は1通は私が預かり、もう1通は我が方の使者と捕虜の1人に首都バクーまで運ばせます。なに、あなたの身柄はルブラン達と交換ですから、すぐに解放されるでしょう。では王太子殿下を部屋にご案内しろ」


 隼人の指示に、完全武装の警備兵2人がサラーフ王太子を追い立てるように部屋に案内する。


 「さて、今後の交渉はともかく、これでバクー王国はおとなしくなる。あとは……」


 「アーリア王国、だな」


 隼人の言葉をエーリカが引き継ぐ。


 「……すまないな。祖国を滅ぼす算段を立てる事になって」


 「かまわんさ。遅いか早いかの違いだ。寂しくないと言ったら嘘になるが、民も自然も街も残る。むしろ今は内戦中だ。これでは民は疲弊するばかり。早く解放して楽にしてやって欲しいくらいだ」


 「……もし内戦中でなかったら?」


 「わくわくするだろうな。何せアーリア王国軍は精強だからな」


 どうやらエーリカは祖国への未練は薄いようだ。どちらかと言うと、精強なアーリア王国軍と戦えない事を未練に感じているらしい。




 「それにしても、関税の撤廃とは、思い切ったな」


 「まあな。これでうちでは香辛料が安く手に入り、向こうではこっちの安価な織物がさらに安く手に入るわけだ」


 「向こうの織物職人が餓死しないといいですね」


 話題を変えて、梅子と隼人が黒い笑みを浮かべる。関税分は法人税で補えるはずだ。バクー王国の特産品は東方からの香辛料の中継ぎ貿易と南方からの香辛料、そして綿織物だ。そこに第2ロマーニ帝国産の安い織物が流入したら?

 早晩織物産業は斜陽を迎え、輸出品は織物から安い綿に変わっていくだろう。


 「ま、それは向こうが条件を受け入れるかどうかだ。断って来てもこちらは通常の身代金を得て、タラント王国とコンキエスタ教皇領がなくなったおかげで今までよりも安く織物を売れる。どちらにしても損はないわけだ」


 「美味いはなしだ。問題があるとすれば、サラーフ王太子に恨まれないか、だが」


 「まあ恨まれないわけはないが、これだけの大敗だ。王位継承問題が勃発する可能性もあるし、よしんば復讐を試みても、兵を訓練し、武具を調達するだけでも数年かかるさ。それに対してうちは統治体制が固まり次第いつでも攻め込める。それ以前でも防衛戦はいつでも可能だ」


 「そして関税撤廃を約束して破るようだと、こっちはバクー王国の領土を荒らせばいい、と。まさに勝者の余裕だな」


 「全くだ。驕って高転びせんように気を付けねばな」


 隼人達は慢心していた。何せ残る敵は分裂したアーリア王国のみ。マリブールを出立した6月から数えて1年以内には凱旋できるだろう。そして忙しくも楽しい内政が始まるだろう。それを邪魔するものはしばらくはいまい。

 だがそれもバクー王国との交渉次第だ。バクー王国での議論次第では2~3カ月返答を待たねばならないだろう。それまで将兵にはゆっくり羽を伸ばしてもらおう。




 帝国歴1799年12月23日、予想は良い方向に裏切られる。こちらが送った使者とともに、バクー王国の将軍がルブラン一派とともに、多くの金銀財宝を持って訪れたからだ。将軍によると、こちらの条件を丸呑みするらしい。ただ、急な事ゆえ、身代金の一部は美術品などで代替させて欲しいとのことだった。

 問題解決は早いに越した事はないので隼人は快諾する。将軍はルブラン一派と身代金を置いて、サラーフ王太子を連れて慌ただしくコンキエスタを出立していく。1泊もしていかなかった。


 「……何をそんなに急いでいるのか?」


 「わからん。1兵でも多く兵が欲しいのだろうが……」


 「……俺たちも気を付けておいた方がいいかもな」


 あまりのバクー王国側の慌ただしさに梅子、隼人、エーリカが頭を寄せる。だが結論は出ず、明朝、ルブラン達を銃殺刑にする事だけが決まった。




 22日朝、柱に縛られたルブラン達に隼人が罪刑と処刑を宣告する。なお、オラス王子にはすでに猿轡をし、頭から布をかぶせている。オラス王子はまだ子供なので、本人が状況を理解しないうちに処刑する算段だ。


 「諸君らはガリア王国国王をはじめとする王族を弑逆し、国を簒奪した。そしてガリア王国を昇華させた我が国に対して何度も戦争をけしかけた。よって、国家反逆罪により銃殺刑とする」


 隼人の宣告に、ルブランに従っていた貴族達はうなだれる。バクー王国に売られた時点で彼らの心はすでに折れていた。だがルブランだけは隼人を睨みつけている。


 「銃殺隊構え!オラス王子の心臓を狙え。絶対に即死させろ。帝国の名誉にかけて苦しませるな」


 銃殺隊は心を押し殺してオラス王子の心臓に照準を合わせる。


 「撃て!」


 隼人の号令に多少ばらつきながらも射撃がオラス王子に集中する。オラス王子はそのまま動かなくなった。享年8歳。権力者に振り回され、何も分からぬまま処刑対象にまでなってしまった、哀れな人生であった。せめて来世では平穏な人生が送れるようにと、隼人は願った。無理に立ち会った梅子とエーリカも涙して祈りを捧げている。


 その後、貴族達に最後の望みを聞いてから銃殺していったが、貴族達はすでに心が折れているようで、特に何も言わずに銃殺刑を受け入れていった。


 「ルブラン、最後となったが、言い残す事はあるか?」


 「……最期にワインを1杯もらいたい」


 ルブランの拘束を一時解き、ワインとグラスを用意させる。ルブランは1杯一息に飲み干すと、隼人を睨みつけて言った。


 「王位を簒奪したのはお前も同じだ。そして大虐殺したのもお前だ。私は地獄へ行くだろう。だがお前も地獄行きだ。地獄で決着をつけてやる」


 そう言うとも1杯、ワインを、今度は味わって飲み、ワインとグラスを突き返した。その間、暴言に近衛兵が剣に手をかけたが、隼人はそれを手で制していた。

 そして再び拘束されると、頭からの布を拒否し、「いつでも来い!」と叫んだ。

 隼人はその声に手早く銃殺隊の準備をさせると、発砲させた。ルブランは痛みと生命の終わりに耐え、数秒にわたって獰猛な笑みを浮かべて息絶えた。これが謀略に生きた男の最期だった。

 彼らはその日のうちに火葬され、埋葬された。




 3日後の25日、コンキエスタに5000の兵を残してマザメを経由して時計回りにケルンに向かうため、6万の軍勢で行軍を開始した。6万にまで減ってしまったが、士気は高い。ケルンで睨み合っているクルトの軍勢3万を加えれば十分な兵力だ。物資もマリブールの兵器廠から送られてきている。何も不安はない。そう。ないはずだ。

 だが先日のバクー王国の慌てぶり、それが気にかかる。貴族達の反乱か、それとも外敵への対処なのか……。隼人だけでなく、梅子も、エーリカも同じ疑問を持っていたが、顔には出さない。兵は指揮官の顔をよく見ている。ただの推測で不安げな顔をしていれば無用に士気が下がる。




 だが、その不安も、28日にマザメに到着し、29日朝に出立しようという段になって消え失せる。より大きな危機となって。


 それは1通の電信だった。


 『タイハン国、ノースグラードを10万で包囲。歩兵第3師団と独立野戦重砲連隊は籠城、戦闘中』


 タイハン国の不可侵条約の破棄、攻撃であった。おそらく、バクー王国も攻撃を受け、早急に将兵をかき集めたかったのだろう。

 とにかく、急いで救援しなければならない。すぐに行軍計画を見直す。冬季ゆえに攻囲も難しいだろうが、降雪により行軍も難しくなる。救援には2カ月以上かかるだろう。

 行軍計画を練っているとさらに電信が届く。


 『マリブールより近衛熊三郎が新兵3万を率いて救援に出撃』


 マリブールでも相当な危機感があったようだ。それも当然ではあるが。隼人はこれにすぐに返信する。


 『近衛熊三郎は敵軍を牽制しつつ陣地を構築し、防御、遅滞戦闘に務めよ。主力到着まで無理はするな』


 熊三郎もそれくらい分かっているだろうが、無理はしないように釘を刺さずにはいられない。

 ノースグラードにも、通信が届くかどうかは別にして、激励の電信を発する。


 『皇帝自ら主力を率い、ノースグラードを救援する。ノースグラード守備部隊は救援到着まで義務を果たす事を期待する』


 行軍計画の見直しは1日かかり、翌30日になってようやく出撃となった。マザメ付近から水運を使い、一路ヴェルダンへ、そこから北北東へ真一文字に行軍する。

 本来なら大陸海まで出てノースグラードへ行きたいのだが、大陸海の制海権が怪しい。よって、陸路を長距離行軍する事になる。途中の街で休息を挟みつつになるが、相当難しい行軍になるだろう。

 だがノースグラードは救わねばならない。ケルンにもアーリア王国への対処が遅れる事を連絡し、ひた進む。到着は2カ月後の予定。水運に頼れない以上、あまり早いと脱落する兵も出る。2カ月が精一杯だ。それまでノースグラードと熊三郎が持ちこたえてくれることを祈るしかなかった。

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