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第119話 シェティニエ会戦

 皆さま、約2カ月ぶりです。長らくお待たせしました。本調子にはまだ遠いですが、これからもコツコツと執筆していくので、よろしくお願いします。


 今回は執筆が完了次第投稿させていただきましたので、変則的な曜日、時間の投稿となりました。次回以降は定期投稿に戻れるように努力します。

 帝国歴1799年11月14日。およそ1カ月弱をかけて築かれたシェティニエ近郊の丘上の野戦陣地の前に、ようやくバクー王国軍16万が現れた。中央に歩兵、両翼に騎兵を置き、等間隔に砲兵陣地を準備している。この配置は第2ロマーニ帝国軍もほぼ同じだ。違いは砲兵陣地が要所に集中している事と、陣地の準備ができている事か。


 「想定よりも数が多いな……。だが装備が貧弱なところを見ると、聖戦でも呼びかけて近隣住民を徴兵した、といったところか?」


 「そうだろうな。農具を武器にしているところから、そうとしか判断できない。……バクー王国まで諜報の手を伸ばせなかったから推測でしかないが……」


 隼人のぼやきに情報担当の梅子が申し訳なさそうに答える。


 「仕方ないさ。我が国は新興国、それに民族も違うし、何より遠い。バクー王国の諜報まではいささか酷だ」


 「そう言ってもらえるとありがたい。しかし、どでかい大砲だな。他の大砲も我が軍よりも大きいな」


 梅子の望遠鏡の先には5門の、直径43センチ、砲身5メートルはあろうかという巨砲が据え付け中である。他の砲も15~20センチほどの大きさで、第2ロマーニ帝国軍の野砲の主力が5センチ、最近になって7.5センチ砲が生産開始されたところからするとずいぶん大きい。ちなみに独立野戦重砲連隊の装備は10センチ砲と12センチ砲だ。


 「ただやみくもに砲を大きくしてもいい事ばかりではないのだがな。機動性は落ちるし、砲弾が重いから射程を伸ばす事も簡単ではない。それに砲自体の信頼性や耐久性の問題も出てくる。その証拠に、敵軍は全て我が砲兵の射程内。一部は歩兵の射程内にすらある。我が軍にとっては見掛け倒しもいいところだ」


 梅子の感嘆する言葉に隼人が解説を入れる。実際には格差はこればかりではなく、バクー王国軍が実体弾、要するにただの金属の塊や岩のみが砲弾であるのに対して、第2ロマーニ帝国軍は数でこそ実体弾が多いが、少数の曳火榴弾や榴弾を保有し、しかもバクー王国軍と違ってライフル砲だ。端的に言えば、射程、威力、機動性、信頼性など、全ての面で第2ロマーニ帝国軍が優っている。


 「とはいえ隼人、悠長に敵の戦闘準備を待ってやる義理もない。もう攻撃を始めても構わんだろう」


 エーリカが隼人を急かす。大軍相手に気分が高揚しているようだ。


 「それもそうだな。よし、砲兵は射撃準備。第1目標は敵砲兵、第2目標は敵騎兵。敵本陣への攻撃は禁止する。射撃は俺の指示を待て。全門で斉射する」


 隼人は通信兵に命令を下令する。通信兵は野戦電話を回して各砲兵陣地に命令を伝達する。


 「本陣は撃たないのか?本陣を吹き飛ばせば今まで通り統制をとれない敵を相手に楽に勝てるが」


 エーリカが隼人の命令に疑問を呈する。


 「普段ならそうするところだが、今回は敵の本陣と交渉せねばならん。今回の戦いの政治目標はバクー王国との講和だ。それも迅速にだ。ここで本陣を壊滅させてしまうと交渉相手がいなくなる。我々はこの後もアーリア王国内戦への介入に占領地の統治の安定と、やるべきことは山積みだ。バクー王国相手にあまり時間はかけられない」


 「そうか……。政治が理由なら仕方ないか……」


 エーリカは不承不承、本陣攻撃案を取り下げる。エーリカも戦争が政治の1手段である事は、隼人とのこれまでの軍事研究で理解はしていた。だが彼女の本質は武人だ。戦いに制約が生まれる事は気に食わないという感情は捨てられないのだ。


 隼人も戦争に制約を課す事は自軍の損害に直結する事は理解しているが、今回はバクー王国首都、バクーまで進撃する余力はない。故にどうしてもここで決着をつける必要があった。




 「砲兵隊各隊、射撃準備完成!」


 砲兵参謀が報告する。


 「よし、撃ち方始め」


 隼人の命令が野戦電話で関係部署に伝わり、ほぼ同時に全ての野砲が発砲する。第2ロマーニ帝国軍の野戦陣地が白煙に包まれる。

 そして数秒後にバクー王国軍の陣営各所で爆発が起こる。人馬が吹き飛び、設置作業中の大砲がひっくり返る。そして数十秒後に再び発砲音。爆発。今度は43センチの巨砲が崩れ落ち、あるいは直撃弾で破砕される。バクー王国軍は戦場に到着してほどなく大混乱に陥るのだった。




 5分ほど砲兵射撃続けたところで隼人が新たな命令を発する。


 「歩兵隊は前進!任意の距離で射撃を開始せよ!両翼騎兵は歩兵隊を側面援護!砲兵は味方が接敵後、射撃中止!」


 隼人の命令に再び野戦電話が騒がしくなる。

 その間に隼人は、出撃はまだかとソワソワしているエーリカに向かい、もう1つの命令を出す。


 「エーリカ、予備の騎兵を率いて適切な時期に右翼から迂回して敵本陣を襲撃、敵将を捕虜としてくれ。難しいと思うが、敵司令部要員はできるだけ殺さずに捕虜にしてくれ」


 「また難しい事を……。とはいえ、こんな任務、俺か隼人にしか不可能か。よし、やってくる」


 一瞬嫌な顔をしたエーリカだが、すぐに精悍な顔つきとなって予備騎兵隊の下へ向かう。


 「予備歩兵隊も出撃だ!左翼騎兵と共同して敵右翼に圧力をかけろ!盛大に陽動をしてやれ!」


 予備歩兵隊の指揮官も命令を復唱して部隊の下へ駆けて行く。


 「……ここが正念場だな。短期決戦にはこれしかない。上手くやってくれよ……」


 隼人は自軍の勝利を疑っていない。だが戦術的勝利を戦略的勝利に変える自信はなかった。しかしここで戦略的勝利を得られねば、何より貴重な時間を失う事になる。その戦略的勝利とは、敵将を捕らえ、講和案を飲ませる事にあった。




 エーリカは丘の背後に隠してあった予備騎兵隊を率いて、丘と友軍の陰に隠れて右翼に進出する。味方右翼騎兵の近くの丘の背後まで進出したところで部隊を止め、下馬して数人の将校を連れて稜線に伏せる。

 味方歩兵は、統率のとれた行進をする敵歩兵を、射撃でバタバタと倒している。どうやら徴兵された農民兵は射撃の恐怖ですでに逃げ散っているようで、敵は正規兵ばかりだ。大損害を出しながらも規律を保って自軍の射程まで行進しようとする様子から、高い士気と高度な規律を感じさせ、感心する。

 騎兵の方へ目を向けると、こちらはすでに敵味方入り乱れた騎兵戦に移行している。砲兵の射撃と歩兵の射撃で敵は撃ち減らされているため、味方の方が優勢のようだ。


 中央と左翼に目を向けると、中央でも敵歩兵が味方を射程に収めようと、味方歩兵の銃撃にさらされながら行進を続けており、時折砲撃で隊列に大きな穴が開く。

 左翼では騎兵と予備歩兵が敵騎兵を打ち破りつつあり、間もなく敵歩兵右翼に突撃を仕掛けようかといった情勢だった。敵本陣に目をやると、予備兵力と思われる部隊が味方左翼部隊の進撃を止めるために機動している。敵の予備兵力が枯渇し、友軍左翼と拮抗した頃が攻撃時期になるだろう。エーリカはその時までじっと黙って観察を続ける。その横顔は凛々しく、美しい。規律正しい女性将校でも見惚れるほどだった。エーリカは視線を感じて、自分の意図を察していないと勘違いし、敵陣に目を向けながら言う。


 「今隼人が敵右翼を派手に攻撃して敵兵力を集めている。現に敵は本陣から予備兵力を抽出している。つまり敵の本陣が手薄になりつつある。我々の目的は敵将の拉致だ。一撃で本陣を粉砕し、敵将を捕らえたらすぐに離脱せねばならん。今は敵本陣の兵力が枯渇するまで待たねばならん。焦るなよ」


 エーリカの言葉に、エーリカの横顔に見惚れていた男女の将校が慌てて敵陣に目を向ける。確かに敵本陣の人数が目に見えて減っていた。


 「本陣襲撃後は敵の背面を攻撃しないのですか?」


 元来予備騎兵隊の指揮官に任じられていた将校が問う。


 「うーむ。我々の命令は敵司令部要員のできる限りの拉致だからな……。まあ護送は俺が半分の兵力でやるか。お前は残りの半分を率いて敵右翼後方から攻撃しろ。抵抗が激しければ左翼部隊と合流して戦線を支えろ」


 「了解です」


 指揮官は敵を瓦解させる最後の一撃を譲ってもらい、心の中で歓喜する。




 20分ほどして各地で両軍による銃撃戦が最高潮に達し、一部では歩兵同士の白兵戦も始まった。敵の本陣はもはやガラガラであり、中央から兵力を右翼に移し始めている様子だった。そのせいか我が左翼は若干押され気味である。


 「そろそろだな。これ以上は味方に負担がかかり過ぎる。行くぞ」


 エーリカはそう言って背をかがめながら丘を下りる。そして全員が乗馬した事を確認すると、命令を発する。


 「これより敵左翼騎兵後方を掠めつつ襲撃!そのまま敵本陣に突撃する!本陣では守備兵以外はできるだけ殺すな!我々の目標は敵将の拉致だ!殺さずに袋叩きにしてやれ!」


 エーリカの命令に『おー!』と歓声が上がる。敵味方の戦意に当てられて士気は最高潮に達しているようだった。エーリカはその返事に満足し、獰猛な笑みを浮かべて命令を出す。


 「突撃!俺に続けー!」


 エーリカ隊3000は一気に丘の陰から飛び出した。そのまま味方右翼騎兵の背後を駆け抜けると方向を変え、敵左翼騎兵後方に突っ込む。

 敵騎兵後方を文字通り粉砕したエーリカ隊はそのまま敵本陣を目指す。守備兵が慌てて防御の戦列を組もうとするが、間に合わない。守備兵は蹄鉄に踏みにじられて、蹂躙される。残るは伝令と高級指揮官ばかり。エーリカは敵の総大将らしき人物を見つけると、そちらに馬をめぐらせる。


 「敵将!覚悟!」


 「その声、女か!女ごときに負けるわしではない!」


 敵将が剣を抜く。そして2人が交差した時、一閃、甲高い音が鳴る。

 その音が、コンキエスタ奪還部隊総大将、サラーフ王太子の剣が根元から折られた音だと気づいた時には彼の兜に、次に続く騎兵の剣の腹が迫っていた。




 襲撃はものの数分で終わった。守備兵や伝令は全て討たれるか逃げ散ってしまった。本陣の将は4人殺してしまったが、総大将を含む9人は気絶しているが生きてはいる。成功と言っていいだろう。


 「よし。生きてる奴を拘束して馬に乗せろ!3分の1は俺とともに本陣へ帰還する!残りは敵右翼を襲撃しろ!」


 エーリカは命令を出すと戦場を見渡す。本陣が攻撃を受け、軍旗が倒れたのを見て敵軍に動揺が広がっている事が感じられる。後はこのまま押し切れるだろう。面倒な政治とやらは隼人と梅子に投げれば良い。


 エーリカは部下達に捕虜を馬に積載させると(エーリカは家族以外と同じ馬に乗りたくなかったから部下に役割を投げた)、敵左翼を大きく迂回して本陣に帰還する。エーリカは先頭を駆けながらも蹄鉄の音で、部下が遅れたり隊列が長大になったりしないように速度を調整する。無論、戦闘を避けつつだ。戦女神の面目躍如といったところだ。


 そして彼女が隼人のいる本陣に帰還した頃には戦場は追撃戦に移行していた。まず敵の両翼が崩れ、それによる動揺が中央に波及して総敗走につながった。戦場での損害は主に追撃されている時に発生する。現にバクー王国軍は背後から銃撃され、騎兵の猛追を受け、戦死者と捕虜を量産していた。




 「エーリカ、お疲れ様。休むか?」


 「まさか。捕虜を預けるから、俺も追撃戦に参加するぞ」


 「そうか。大丈夫だと信頼しているが、気を付けてな」

 「ああ、ありがとう。聞いたな、諸君!我々も追撃戦に参加するぞ!」


 隼人のねぎらいの言葉に、当然のように追撃戦への参加を希望し、認められる。エーリカの率いてきた予備騎兵隊は疲れた顔をしているが、第2ロマーニ帝国軍では予備部隊が最精鋭であるので、戦意旺盛な声で答える。士気は問題なさそうだ。




 ほぼ全軍が参加した追撃戦が日が落ちるまで続けられ、バクー王国軍は戦死6万3456、捕虜7万8297の損害を受け、残る2万弱がようやくバクー王国側の砦に逃げ込めたのが、18日の事だった。高級指揮官は1人として戻らず、砦の守備隊長が彼らの収容と指揮に大変な苦労をする事になった。

 一方で第2ロマーニ帝国軍の損害は、戦死6739、負傷1万4831であった。負傷は治癒魔術でそれほど時間もかからず戦列に復帰できるのだが、戦死者は二度と戻らない。第2ロマーニ帝国軍は大勝を続けたものの、その戦力はすり減り続けている。そして戦火の火種はまだ消えていないのであった。

 お休みをいただいているうちに、ブックマークが1000件突破しておりました。拙作、筆者にこれほどの評価をいただいてありがたく思います。これからも執筆活動を続けていくので、よろしくお願いします。

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