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第118話 コンキエスタ陥落と新たな火種

 第2ロマーニ帝国軍は帝国歴1799年8月20日いっぱいまでセリニュ近郊の陣地に留まった。負傷兵の治癒、重傷者と捕虜の後送、戦場での武具の回収、戦死体の埋葬、敵戦死体の身元確認、そして休養にそれだけの時間が必要であった。

 21日には戦闘可能兵員は約11万まで回復し、7千を捕虜の後送と警備に、3千を戦場掃除に残置し、10万の軍勢で連合軍の占領地を奪還に動いた。

 奪還は極めて容易に進んだ。連合軍のほとんどの占領部隊は、主力の壊滅の報にすぐに逃げ出してしまっていたからだ。目標のマザメまでほとんど抵抗らしい抵抗を受けずに到達した。マザメに到着したのは奪還地の守備に残した部隊を除いた9万2千。帝国歴1799年10月4日の事であった。

 第2ロマーニ帝国軍はこの地で5日にこの戦役での戦没者に対する仮の慰霊祭を行い、それから12日まで戦勝祝賀を称して休養をとる事になった。




 6日夜半、久々に肌を重ねた隼人とエーリカと梅子は心地良い充足感に満たされながら隼人の腕枕を楽しんでいた。


 「……どうにか切り抜けたな、隼人。おめでとう」


 「ありがとう。エーリカもお疲れ様」


 「これで当面の危機は去った。せっかくの国が亡国にならずに済んで安心したよ」


 「梅子にも苦労をかけたな。ありがとう」


 「その言葉はマリブールに凱旋してからだ。桜達にもちゃんと礼を言うんだぞ。それから、今回みたいな危機はもう二度とごめんだ。外交にはもっと気を付けてくれ」


 「ああ、そうするよ。しかし外交下手は俺の欠点だな。直す努力はするが、梅子達も俺を叱って正して欲しい」


 「……今回は拙者達の意見も聞かずに暴走してたぞ」


 「すまん……、これから気を付ける」


 行為の最中の甘い空気はどこへやら、話題は第2ロマーニ帝国の今後へ移る。


 「しかし大勝したはいいが、捕虜の扱いはどうする?ノルトラント帝国は滅んだし、アーリア王国、タラント王国、コンキエスタ教皇領も滅ぼす。身代金の出所がなければ奴隷商人に引き渡す事もできんぞ」


 エーリカの問いに、隼人はしばし思案する。


 「……そうだな。戦役が終わったら原則として解放するしかないな。解放するにしても、傭兵や末端の将兵に募兵をかければ、一定程度の戦力増強が図れるだろう。もちろん、当面は治安維持が主任務となるが」


 捕虜に対する方針が決まっても、3人とも思案顔のままだ。何かを忘れている気がする。

 しばらくして、梅子が唐突に体を起こし、叫ぶ。全裸なのだが、その美しい肢体を隠す事すら忘れている。


 「ルブランとオラス王子!!この戦役を仕組んだのはルブランだ!奴を捕らえねばまた同じ事が起こるぞ!」


 この言葉に隼人とエーリカもガバッと上半身を起き上げ、顔を見合わせる。3人とも、いや全員が目先の戦いにとらわれてこの戦役を仕組んだ張本人の事を失念していた。


 「しかし兵には12日まで休養を通達してしまっている。すぐには動かせんし、動かせても士気が下がる。現地で略奪を働く可能性が捨てきれん。上から下まで2日酔いの将兵も多いだろう」


 エーリカが渋い顔で自軍の状況を推測する。


 「しかしルブランを捕らえねば意味がない。時間がないぞ」


 梅子も手駒がない事に焦る。


 「……やむを得ん。明朝から将官を集めてタラント王国とコンキエスタ教皇領の接収の手順を決める。昼から近衛歩兵師団と先行してコンキエスタ教皇領を接収する。すぐに命令を伝えよう。……2人はその前にその美しい体を隠すように」


 隼人に言われ、ようやく上半身が丸出しだったことに気づいたエーリカと梅子が、赤い顔でシーツで体を隠す。


 「誰か!緊急命令だ!」


 隼人の声に、近衛歩兵師団に所属する若い女性将校が入室して敬礼する。近衛歩兵師団は元々行商時代からの隼人軍が中核となっているため、女性の比率が比較的多い。そのため、常に妻の誰かが側にいる隼人の警護のほとんどは女性兵だ。

 隼人は命令を伝え、その女性将校に急ぐように伝える。女性将校は休みを取り上げられた形になるが、嫌な顔1つせずに敬礼し、足早に命令伝達のため憲兵詰所に向かう。


 「……全く、皆には苦労をかけてばかりだな」


 「そう思うなら、せいぜいコンキエスタ教皇領で羽を伸ばさせてやれ」


 「拙者達も朝が早いから早く寝よう。酒が入っていない事は幸運だったな」


 3人は深くため息をついて寝床に倒れる。先ほどまで最高の寝心地だったベッドも、いまいちの寝心地となって朝を迎えるのであった。




 「おはよう諸君。急な呼び出しですまない。我々は今回の戦役の元凶であるルブランの身柄を確保しなければならない。そこで本日の昼に私を含めて近衛歩兵師団はコンキエスタへ出立する。諸君らの休暇は12日までだが、今のうちにタラント王国の接収の手順を決めておく」


 隼人の宣言に早朝からの会議が始まるが、ほとんどの将官の顔色が悪い。ルブランの事を忘れていた事も要因の1つだが、昨夜の酒がまだ抜けていないのだ。


 「私は歩兵第6師団に貴族軍とともにタラント王国を接収してもらうつもりだが、異論はないか?」


 隼人の問いに、歩兵第6師団師団長シューマン中将が挙手する。


 「コンキエスタ教皇領の接収となりますと、バクー王国との交戦の可能性があります。我が歩兵第6師団と貴族軍を引き抜くと戦力は7万5千ほどとなり、苦戦が予想されます。それに、マザメからコンキエスタまでは3日、急いでも2日かかります。近衛歩兵師団の兵力が先の戦いで1万を割っている現状、陛下が直率する事は危険ではないでしょうか。それに、タラント王国の接収だけなら貴族軍だけでも十分かと」


 さらに貴族軍指揮官のマルタン公爵も発言する。


 「貴族軍は先の戦いで大きな損害を受けましたが、士気は高い状態を維持しています。タラント王国の接収に従事するよりもバクー王国との戦いに従事する方が士気の維持と戦力発揮が容易です」


 マルタン公爵の発言は貴族にさらなる功績を与えたいとの考えからだが、シューマン中将の発言は全軍を俯瞰しての発言だ。直轄軍の指揮官には、自分よりも上位の部隊の視点に立って思考する事を励行している。その点、この師団長は優秀だ。


 「うむ。2人の意見は了解した。しかし貴族軍は先日の戦いでの損害が大き過ぎる。これ以上貴族を失う事は本意ではない。戦意旺盛である事は評価するが、ここは我慢してくれ。先の戦いでの恩賞は約束しよう。

 それからシューマン中将、貴官は優秀な指揮官だ。だからこそ接収作業を頼みたい。タラント王国は広いし、治安も悪い。貴官のような視野の優れた将にこそ接収作業を頼みたい。バクー王国とはまず交渉を行う。その間にマルタン公爵とともにロマーニ地方とイベリア地方の統治体制を整えてもらえれば最高だ。少なくとも後ろから攻撃を受けないようにするには、貴官が最適であると思う」


 「「了解しました」」


 2人は不満をにじませながらも了承する。


 「しかし陛下の直率で近衛歩兵師団のみというのはいささか冒険が過ぎるのではないでしょうか」


 これは歩兵第1師団師団長ベロン中将の発言だ。やはり近衛歩兵師団だけでは不安なようだ。


 「それはもっともだが、兵の休暇を切り上げると士気の低下につながる。そしてルブランの拘束には早く動かねばならない。コンキエスタさえ落としてしまえば、3、4日の籠城は可能だ。その時はすぐに駆けつけてくれ」


 「……了解です」


 実際に出動命令が出た近衛歩兵師団以外の将兵は昨夜からの祝いでとても戦える状態にない。隼人にこう言われれば黙るしかない。


 「それでは議題をタラント王国接収作戦の方針に移そう。詳細はマルタン公爵とシューマン中将に任せるが……」


 このまま会議は昼食直前まで続き、昼食後、隼人、エーリカ、梅子は近衛歩兵師団を直率してコンキエスタに向けて進軍を開始した。




 帝国歴1799年10月12日、コンキエスタはあっさりと陥落した。教皇庁は隼人の破門を解くかどうか議論している最中で、聖都であるコンキエスタが攻められるとは微塵も思っていなかったのだ。異教徒に対する防備は堅かったが、なまじソラシス教で権威と権力があっただけに、そこに土足で踏み込む者がいるとは思わなかったのだ。教皇と生き残りの枢機卿は全員自室に監禁されて呆然としていた。

 一方でルブランはオラス王子とともにやはり失踪していた。今度は和平を仲介した縁でバクー王国に逃げ延びたらしい。セリニュ会戦の敗報に接するとすぐに脱出したそうだ。

 隼人は暴動や、自軍の略奪を心配したが、杞憂に終わった。敬虔な信者はセリニュ会戦で戦死しており、暴動を起こすような人物は残っておらず、近衛歩兵師団は『近衛』の字を冠するだけあって規律が行き届いていた。


 隼人は1個歩兵連隊他をコンキエスタに残して、残りを各地の城、砦の接収に向かわせるとともに、バクー王国に国境交渉とルブラン引き渡しに関する使者を出した。


 接収は多少の戦火を交えつつも滞りなく成功した。しかし、バクー王国から約1カ月たっての返答は、『コンキエスタを返還せよ』、であった。第2ロマーニ帝国軍の戦力低下を見て強気に出てきたようだ。第2ロマーニ帝国の急拡大にも掣肘を加える必要性を感じたらしい。このまま第2ロマーニ帝国が拡大、安定すると国力差から抵抗が難しくなる。




 「『返還』って、俺は教皇庁からコンキエスタを奪ったのであって、バクー王国から奪ったわけではないぞ」


 隼人は疲れた顔で疑問を発する。


 「……コンキエスタはソラシス教の聖都であるだけでなく、バクー王国の国教であるサテライト教の聖都でもある。コンキエスタは教皇庁がバクー王国から『奪還』したんだ。だからバクー王国が『返還』を要求する大義名分はある。もっとも、国内の疲弊、アーリア王国内戦への備え、タイハン国への防備でどれだけ兵力をこちらに割けるかは疑問だが」


 エーリカが珍しく歴史を隼人に教える。とはいえソラシス教徒にとっては常識にあたる範囲であったが。


 「……バクー王国が支配する前にはどこが支配していたんだ?」


 「さあな。バクー王国によって滅んだとは聞いている」


 「要するに、単なる係争地か。厄介な事だ」


 「梅子、バクー王国軍の動きは分かるか?」


 エーリカの頭はすでに戦闘態勢に入っている。そこで梅子に敵情を尋ねる。


 「教皇庁諜報部門の資料によると、すでに12万の軍勢が『奪還』に動いているそうだ。ここに来るまではだいた11月中旬だな」


 「それで教皇庁の連中、俺の破門を解く条件に『異教徒』の撃退を提示してきたわけか」


 「ははっ、連中、全然自分達の立場が分かっていないな」


 隼人のエーリカが笑う。


 「まあ、それは置いておいて、まずは防御に適した場所を見つけて野戦築城だな」


 そう言ってエーリカとともに地図を見下ろす隼人だが、梅子がそこに水を差す。


 「……それはいいが、教皇庁と枢機卿の処遇はどうするんだ?」


 隼人が、面倒なので、あえて目を逸らしてきた話題である。


 「……さすがに処刑はまずいよな」


 この隼人の言葉に梅子ばかりかエーリカもうなずく。


 「……軍事力の全部と財産の過半を没収。宗教的権威のみ残す。もしこれを飲まないなら新しく教皇庁を立てよう」


 「ずいぶんと思い切りがいいな。なかなか厳しい条件じゃないか」


 「しかし飲まないわけにもいくまい。飲まなければ教皇庁の伝統が途切れるからな。それに、俺の統治する帝国では宗教が政治に口を出す事は許さん」


 梅子の言葉に隼人は己の信条を述べる。宗教対立を避けるには宗教の力そのものを削ぎ落せばいいという過激な思想だ。

 この思想による宗教弾圧の結果、この大陸の宗教は奇妙な発展を遂げる事になるのだがそれはまだ誰も知らない。




 「で、ルブランはどうする?」


 地図を見ながらエーリカが隼人に問う。


 「バクー王国と1戦を交えて国境の画定と同時に引き渡させる。これ以上奴の好きにさせるわけにはいかん。ルブランは処刑。オラス王子も、可愛そうだが処刑しかないな。禍根は残せん」


 隼人の言葉にエーリカと梅子は渋い顔をする。隼人の言うように処刑する事が1番安全だが、彼女達も母親だ。幼子を処刑する事には良心の叱責を感じるらしい。


 「……両人の処刑は皇帝命令だ。異論は許さん」


 聡い2人は気づく。ルブランはともかく、オラス王子の処刑まで全て隼人が責任を負うつもりだ。どうしても母親として情が出てしまう以上、ここは隼人の背中に任せるしかない2人であった。




 帝国歴1799年10月16日、マザメで休養をとっていた部隊が合流し、規模は7万5千となった。11月3日、第2ロマーニ帝国軍は、一路南東へ、いくつかの丘が集まる丘陵地帯、シェティニエ近郊へと向かうのであった。

 ガチで筆者がルブランの事忘れてたorz

 まあ、戦役の準備を整えるまでがルブランの仕事なので、大勢には影響ありませんでしたが。

 ちなみに隼人君達はまだまだマリブールには帰れません。戦は続くよどこまでも~

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