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第116話 決戦の前

 帝国歴1799年7月18日朝、先日の戦捷の熱も冷めやらぬ中、ケルン城の大広間で中島隼人以下諸将が集まっていた。エーリカ、梅子他の第2ロマーニ帝国軍直轄軍幹部、まだ自前で戦力を用意できる経済力のある貴族達、そしてバウアー伯爵らの亡命組と寝返り組のアーリア王国諸将。

 なかなかに壮観ではあるが、水面下ではアーリア王国組ですでに主導権争いが始まっている。戦いはまだ終わっていないし、アーリア王国組にはバウアー伯爵を入れて6人の伯爵がいる。アーリア王国組の指揮権を誰が握るか。そのために中小貴族に根回しをしたり、隼人にお土産を献上したりと、半日ですでに主導権争いは苛烈を極めている。

 一方で第2ロマーニ帝国側の貴族達には混乱がない。彼らはすでに隼人から大将以下の階級を与えられているから、少なくとも従軍中は上下関係がはっきりしている。ちなみに大将の上に元帥も新設しているが、これはエーリカとゴラール公爵のみが持っている階級だ。元帥は直轄軍にしか与えられない事にしているので、軍役を軍税に切り替えた貴族、ないしもともと直轄軍にいた者しかなれない。ついでに言えば、隼人は国家元首であるので、元帥より上の大元帥を称している。


 ともかく、アーリア王国組の足並みの乱れは正さなければならない。


 「みな、先日までの戦い、ご苦労であった。だが戦争はまだ終わっていない。これからも我々は戦い続けなければならない。一方でアーリア王国から帰参した者達には正式に我が国参加してもらうために手続きが必要になる。そこで、ケルン防衛を主導したバウアー伯爵は公爵に野戦叙爵する。また、他の貴族各位においては現在の爵位をそのまま叙爵する。さらにバウアー公爵には第2ロマーニ帝国軍中将を野戦任官し、伯爵らには第2ロマーニ帝国軍少将を野戦任官する。なお、他の者を含めて会議の後に任官辞令と階級章を届けさせる。旧アーリア王国軍はバウアー中将の指揮下に入る」


 隼人の第1声にアーリア王国組がざわつく。彼らは独立性が高かったため、第2ロマーニ帝国の極度のトップダウン方式に慣れていないのだ。そのため、すぐに異論が飛び出す。寝返り組のフォルケル伯爵だ。


 「お待ちください!バウアー伯爵家は伯爵家の中でも中の下。私を含め、バウアー伯爵家よりも歴史が古く、アーリア王国でも長く仕えていた家があります。それに、6人の伯爵の中では私の家が最も格式高くあります。故に私が1軍を率いる事が最も混乱を避けられるかと……」


 そこまで言って別の伯爵に発言を遮られる。


 「お前は一番最後に寝返ったではないか!ここは一番最初に寝返った私に指揮権がある事が当然であろう!」


 そこからさらに言い争いが始まりそうになって、隼人は若干の怒りを込めてテーブルを叩きつけて声を荒げる。


 「諸君はそれだから精強を誇りながら天下をとれなかったのだ!今は第2ロマーニ帝国軍として動いている以上、最高指揮官たる私の決定が全てだ!もちろん責任もな!そもそも諸君らは今日初めて第2ロマーニ帝国に参加したのだ!家の格など、今日これから積み上げ始めるのだ!諸君らの上下は諸君の働きを見て私が決める!」


 隼人の声にアーリア王国組が黙り込む。納得した、というよりは唖然として理解が追い付いていない様子だ。アーリア王国はとかく貴族の権限が大き過ぎたのだ。


 「私への反論はあるだろう。だがそれは戦場や内政での働きで示してもらう。それをもって諸君らの栄達を約束しよう」


 そう言って立ち上がっていた隼人が席に着く。そしてアーリア王国組の衝撃が冷めやらぬ間にエーリカが次の作戦方針を伝達する。


 「バウアー中将ら旧アーリア王国軍には、アーリア王国西進派の領地の接収を行ってもらう。その際、略奪は厳禁、降伏の意図がある貴族への攻撃も厳禁だ。この2点を破ると降格などの罰則の恐れがあるので注意されたい。それから、今回はあくまで西進派の領地の接収だ。アーリア王国内戦に手を出す余裕はないので、領地を接収したらアーリア王国軍と対峙し、戦端は開かないように。万一戦端が開かれても我々には増援を派遣する余裕はない。また、補給に関しては直轄軍より主計士官を派遣するので、その指導に従うように。

 そして残りは隼人の指揮下、西部方面へと急進。コンキエスタ教皇領軍とタラント王国軍連合部隊28万と決戦する」


 エーリカの宣言に第2ロマーニ帝国組に闘志がみなぎる。その一方で大戦から外される形になるアーリア王国組からの不満をバウアー公爵が述べる。


 「領地の接収だけならば我々の兵力は過剰と思う。一部でも主力に同行させた方が有利ではないのか?」


 「それに関してだが、その場合懸念点が2点ある。まず、アーリア王国組は我々との連携に慣れていない。決戦で思わぬ祖語を生じる可能性があるという事が1点。もう1つはアーリア王国に背後を襲われたくないという事だ。こちらの兵力の少ない事を見てアーリア王国がどう動くかわからん。そのため、十分な頭数が必要なのだ。地味に感じる事は理解できるが、これも重要な任務だ」


 「ふむ……、了解した。十分に留意しよう」


 エーリカがアーリア王国組の役割の重要性を説き、バウアー公爵は納得する。もっとも、功績に飢えた配下となる貴族をどう抑えるかで悩み始めてはいたが。


 この日は終日、兵には休暇を与え、隼人らの将は今後の行動の詳細を詰める会議が続いた。




 8月に入り、隼人達第2ロマーニ帝国軍主力12万はヴェルダン付近を行軍していた。


 「『連合軍は河沿いにヴェルダンに向け行軍中』、か。ずいぶんと深入りされたものだ」


 まだ生きている電信所からの通報に嘆息する隼人。


 「どうやら敵さんはマリブールを最優先目標としているらしいな。しかしノルトラント、ケルンと各個撃破に2カ月を要したのだ。深入りされるのも仕方あるまい。遅滞戦闘ができるような戦力もなかったしな。逃げ遅れた者が少ない事を祈るしかあるまい」


 エーリカが隼人をなだめるが、その口調にはうんざりしたものがある。必要であったとはいえ、自国の領地を侵犯されて気分がいいはずがない。


 「……やはりいくらかの貴族は土地を守って戦死しているようだ。寝返った可能性も無きにしも非ずだが……。とにかくいくらかの貴族は避難したという報告がない」


 梅子も残念そうな口調で報告する。貴族は国内統治の官僚としてまだまだ必要だ。それが無為に失われたとなると、戦後統治に負担がかかる。


 「まったく、人材の教育は進めているが、やはり経験不足だ。貴族にはそれまでの繋ぎの役割を果たして欲しかったのだけどな。やはり土地を捨てる事は難しいか……」


 武士も騎士も一所懸命だ。後で取り返すとはいえ、土地を見捨てる選択はなかなか取れないのだろう。救いがあるとすれば、行方不明となっている多くは忠誠の怪しい大貴族であり、比較的忠誠が厚い子爵、男爵などはほとんど避難に成功している事だろうか。


 「ついでに悪い知らせだ。間諜によると、敵は補給を略奪に頼っている。土地を奪い返しても戦後復興がきついぞ」


 梅子の報告に隼人が頭を抱える。補給は自動車の普及までは現地調達が基本だ。自動車以前の手段ではすぐに追いつかなくなるのだ。鉄道は線路の敷設に時間がかかるし、馬車では速度と積載量が足りない。前線近くの都市に貯蔵倉庫を置いても、その都市から離れれば恩恵を受けられなくなる。

 第2ロマーニ帝国軍は金で現地調達しているが、現地の食糧が不足していたり、資金が不足すれば略奪に近くなる。第2ロマーニ帝国軍の資金力でも補給問題の解消は難題なのだ。特に主計士官は隼人の略奪禁止令と現実の補給状況、そして貴族の横暴と3つから圧力を受ける事になる。ついでに地味な仕事なので人気もない。現状、主計士官は給与はいいが、かなりブラックな職なのである。


 「まあ、良い知らせがないわけでもない。海軍の方は順調だそうだ。海賊と弱体なタラント王国海軍を蹴散らし、港湾都市のいくつかを占領したそうだ。……もっとも、占領した都市の守備に戦力を割かれて攻勢限界に達したようだが」


 「……悪くはない知らせだな。とはいえ今回の主役は我々陸軍だから、それほど重要な知らせでもない事が残念だが。まあいい、俺の名前で戦捷の祝いと、無理はしないようにとの指示を電文で送ってくれ」


 エーリカの知らせに、隼人はアルフレッドに祝賀の電文を送るように指示を出す。今回の包囲網では海軍は添え物にならざるを得ないので、増援を送るわけにもいかない。とりあえず褒めるくらいしかできないのだ。




 帝国歴1799年8月8日昼、隼人達はヴェルダン西方の村、セリニュの近郊の丘で大休止をとった。そこへ現在の敵軍の位置と進路についての電文が届く。どうやらこのまま進めばあと2日で接敵するようだ。隼人とエーリカは本陣から出て周辺の地形を確認する。

 丘の左翼は河と湿地帯により防護され、正面に障害物はほとんど無い。右翼は所々森林があるが、基本平地だ。


 「……これ以上は贅沢か」


 「同意見だな。陣地構築の時間も考えればここしかなかろう」


 隼人の小声にエーリカが同意する。


 「布陣は左翼と正面は西方に向けて、右翼は西方から北方に向けて鍵の字型の陣地構築。騎兵は3分の2を右翼に集中、残りは丘の背後に隠す」


 「背後の騎兵は戦略予備か。隼人、その騎兵隊の指揮、俺に任せてくれないか。敵兵力は倍以上だ。この騎兵隊は勝敗分岐点に投入するのだろう?ならばここは俺が直率した方がいい。本陣は隼人がいれば十分だ」


 「うーむ……。わかった。だが無理して死んでくれるなよ。それだけ約束してくれれば任せる」


 「ははっ、誰に向かって言っている。生きて勝利を持ち帰るよ。それに俺はまだまだ隼人の側で世界を見て、愛してもらうつもりなのだからな」


 「お、おい。急に惚気るなよ。気持ちは同じではあるが……」


 「ならいいじゃないか。今は大休止中だぞ」


 そう言ってエーリカは隼人の腕に抱き着く。すでに父親と母親なのだが、今でも新婚気分でいる。服の下で潰れる巨乳の感触が気持ちいい。




 「コホン。大休止終了後、ここに陣地を築くという事でよろしいか」


 梅子が咳払いをして確認をとる。


 「おう。そのつもりだ。詳細は後で詰めるが、梅子もこっちに来い。今の内だぞ。これから忙しくなるからな」


 顔を真っ赤にしている隼人に代わり、エーリカが返事をする。その返事に梅子は顔を真っ赤にしつつも黙ってエーリカとは反対側の隼人の腕に抱き着く。

 隼人は衆人環視の下、いちゃつく事になり、顔をさらに赤めるが、拒否はしない。2人とも、イイモノを持っているから両腕から伝わる感触が気持ちいい。ここのところ、戦と行軍続きだったから、風紀の乱れを気にしても離れる事は出来なかった。


 「……敵軍を打ち破ったらマザメ(コンキエスタ教皇領との境界近くの都市)まで奪還して3日ほど大休止をとる。そろそろ将兵にも慰安が必要だ」


 実際の所、6月以来隼人以下全軍が戦闘と行軍ばかりで身体的疲労だけでなく精神的疲労も蓄積している。このまま敵地に踏み入れれば軍律が乱れかねない。息抜きが必要であった。エーリカはそれを教えてくれたのかもしれない。本人はいい笑顔で隼人の顔を見て自慢のモノをさらに押し付けてくるのだが。




 11日の夕刻、野戦築城により要害と化した丘の付近にコンキエスタ教皇領、タラント王国連合軍26万が姿を現した。当初の報告より2万ほど減っているが、占領地の警備に当たっているのだろう。それでも我が方の倍は超えている。装備、練度、規律は優っている自信はあるが、結局のところ、全軍の勝敗は隼人の決断にかかっている。


 隼人が気を張り詰めていると、梅子がそっと後ろから抱き着いて来た。


 「隼人なら大丈夫。今までも何とかしてきたんだ。今度も何とかなる。だからそう気を張るな。みんな緊張してしまうぞ」


 「そう……、そうだな。俺が緊張しちゃみんな全力を出せないな」


 梅子に諭され、隼人は肩の力を抜く。すると2人とも鎧を着ていない事に気づく。そうなると背中から柔らかな感触と熱が伝わってくる。その感触と熱がありがたく、しばらくその幸福を味わっていた。

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