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第114話 古代国家の最期

 物語後半に向けて、路線変更の伏線があります。しばらくは現状の路線が続くのでまずはご安心を。……路線が変わったところで作風が変わるとは思えませんが。今後も血と泥にまみれた戦記ものを目指します。


 ところでけっこう悲惨な戦場になってしまったんだけど、R-15で大丈夫だよね?

 帝国歴1799年6月2日、この日から我慢強かった敵対宗教勢力と敵対貴族が一斉に蜂起したとの報告が上がり始める。

 これに対して隼人はマリブールに集結途上の野戦軍と現地守備隊での粉砕を命令。鎮圧次第マリブールに集結する事を命じる。

 そして3日、ノルトラント帝国軍の越境報告。

 5日、アーリア王国で国王が殺害され、アーリア王国が内戦に突入するとともに、一部がバウアー伯爵らとケルンで交戦との報告。

 6日、コンキエスタ教皇領軍とタラント王国軍の越境報告。


 全て6月2日の出来事であるが、3日であらかたの報告が入った事は電信網のおかげである。とはいえ、マリブールからの内乱鎮圧指示やマリブールへの集結を急かす指示とそれに対する返答による通信能力の飽和、そして敵軍の全容把握に時間がかかったことによって、敵兵力が判明したのは10日の事であった。




 「侵攻してきた敵兵力はノルトラント帝国軍が10万、アーリア王国軍が6万、コンキエスタ教皇領軍が20万、そしてコンキエスタ教皇領軍に合流したタラント王国軍が8万。これに対して我が方の兵力は直轄兵力が14万、味方貴族及び教会領の私兵が4万だ。ただし、直轄兵力の内3万と私兵2万は各地の遅滞戦闘や城塞への籠城で動かせない。野戦兵力は13万になるが、直轄軍11万の集結だけで後1週間かかる。私兵の集結にはさらに2週間かかる見込みだ。それから、反乱勢力については全て撲滅、ないし降伏させたと報告が来ている」


 会議室でエーリカが彼我の状況を報告する。さらに敵の動きについて報告を続ける。


 「ノルトラント帝国軍は首都ノースグラードから南西方面へ進軍中。アーリア王国軍とはすでにケルン近郊で交戦し、今はケルンへの味方の集結まで遅滞戦闘を行っている最中だ。コンキエスタ教皇領、タラント王国連合軍は両者の国境付近で合流、我が方のガリア地方南部を北上中だ。戦闘予想地域には避難勧告を出しているが……これは間に合わなかったな。もっとも、住民は敵軍を見てすぐに自主避難をしたようだが。まあ、戦後の復興には金と時間がかかるだろうな」


 この頃の軍勢は現地徴発という名の略奪をなくして兵站は語れない。第2ロマーニ帝国帝国軍では金はあるので、現地調達はもっぱら食糧の買い上げになってはいるが、それでも現金の不足時には現地で臨時の軍税を課し、それによって食糧を調達している。エーリカはこの辺りの事情から戦後復興に言及したのだ。もっとも、負けるとは微塵も思っていない様子であったが。


 「さて隼人、我々はどう動く?」


 エーリカそう隼人に尋ねるが、これは確認だ。エーリカも隼人も意思疎通せずとも同じ最適解を共有している。


 「集結に遅れている部隊はどこだ?」


 「全ての独立野戦重砲連隊と独立砲兵連隊の一部、そして歩兵第3師団、それから貴族達の私兵1万5千だ。現在マリブールに集結している兵力は合計で8万5千といったところだ」


 隼人の問いにエーリカが明るく答える。


 「十分だな。今から出よう。遅れてくる連中にはノースグラードを目指すように命じてくれノースグラードでの攻城戦とノルトラント帝国の占領は奴らに任せよう。タイハン国へのお土産を持たせてな。貴族達の私兵はたぶん間に合わんだろう。ケルンの方へ増援に向かわせてくれ。さすがに南方戦線では荷が重いだろうからな」


 「わかった。想定通りだな。まずはノルトラント帝国か」


 「そうだ。出撃の準備をさせろ。我が国の存亡をかけた戦いだ。必ず勝つぞ!」


 隼人の言葉に、会議室の全員が立ち上がる。そこへ酒が注がれた漆の盃が全員に配られる。この酒はかつて熊三郎が敷島から連れてきた職人が醸造した清酒だ。


 「この酒は別れの酒ではない。勝って再びこの場に全員で戻って来るための酒だ。我らに武運と勝利を!」


 「「「武運と勝利を!」」」


 全員が酒を飲み干し、盃を置く。そして各々が既に割り振られた仕事に取り掛かる。今回主力軍に従軍する者は隼人を筆頭に、エーリカと梅子らだ。他はアルフレッドが海軍を率いてイベリア地方に進軍、擾乱する他はマリブールに残って万が一の警備と後方支援に当たる。


 そして帝国歴1799年6月10日昼過ぎ、隼人は主力を率いてマリブールを出陣、一路東に進む事となる。




 帝国歴1799年6月24日、第2ロマーニ帝国の要衝セダンと、ノルトラント帝国首都ノースグラードの中間よりもややノースグラードよりの小都市、コノトプ近郊の平原で第2ロマーニ帝国軍とノルトラント帝国軍は接敵した。斥候の情報をもとに両軍とも行軍隊形を解いて戦闘隊形で接近する。


 「散々痛めつけられたにもかかわらず、なかなか規律がとれているな。さすがは歴史が長いだけあるな」


 梅子がノルトラント帝国軍の陣容を見て褒める。


 「しかし重装歩兵の密集隊形に騎馬傭兵か……。連中は動く戦争博物館だな」


 エーリカの皮肉に第2ロマーニ帝国軍本陣に失笑が起こる。


 「とはいえ連中、物資は全て略奪で補っているらしい。これ以上動態保存するわけにはいかんな。特に騎馬傭兵はほとんど盗賊と変わらん。まずは騎兵から片付けよう。砲兵で射撃した後にこちらの騎兵隊の突撃で撃滅する。しかる後に歩兵は攻撃前進、砲兵は敵歩兵に標的を変えて射撃継続。後は歩兵と騎兵で敵歩兵を完全包囲して殲滅するぞ」


 「前のように本陣は砲撃しないのか?それに、完全包囲となると敵が死兵になりかねんぞ。逃げ道を作ってやった方がこちらの犠牲が減る」


 隼人の戦闘方針にエーリカが異を唱える。


 「本陣を早期に混乱させて敵軍を機能不全に追いやるのもいい手だが、今回はそれをやると敵の騎馬傭兵あたりが逃亡しかねん。我々には追撃する時間すら惜しい。この戦いは前座だからな。完全包囲も追撃の手間を省くためだ。敵はあの数だ。完全包囲しても砲兵が自由に砲弾をお見舞いできるだろう。それで敵を混乱させる。囲師は欠くとは言うが、今回は黄金の橋を作る戦略余裕はないな。後続の歩兵第3師団と独立砲兵連隊だけでノルトラント帝国を占領してもらわねばならんからな。時間をかけずに1兵残らず刈り取らねばならん」


 「ふむ……。敵歩兵は一部を除いて徴収兵のようだし、練度はそれほど高くないようだから何とかなるか。だが時間も大事だが、今の我々には兵力も大事だという事も忘れるなよ」


 「わかっているさ。敵の抵抗が強過ぎれば包囲の一部を解くよ。そうならない事を願いたいが」


 エーリカは隼人の戦略方針の説明に納得して再び戦場を見やる。こちらの砲兵は既に砲列を敷き、いつでも射撃可能だ。距離も2500メートルを切り、十分に射程内だ。後は隼人の号令一つでいつでも敵に死の卵を届ける事ができる。

 だが隼人はまだ攻撃を命じない。敵が逃げられない距離まで引き付けるつもりだ。




 そして彼我の距離が1200メートルに迫った時、隼人が手を上げる。そして振り下ろして大声で命じる。


 「砲兵隊、撃ち方始め!両翼の騎兵は攻撃前進!歩兵はまだ引き付けろ!」


 簡易な野戦電話で命令が各部署に伝えられ、砲兵が戦場音楽を奏で始める。そして両翼では騎兵が進軍ラッパとともにゆっくりと攻撃前進を始める。


 そして第1弾着。ノルトラント帝国軍両翼で人馬が宙を舞い、轟音に馬が恐怖して暴れる。死は馬にも、雇われ盗賊にも、傭兵隊長にも、彼らを統括する騎兵隊長の貴族にさえ平等に降りかかった。そうだ。戦場の神、砲兵は誰に対しても平等なのだ。ある者は砲弾の直撃で一瞬にしてこの世から消え去り、ある者は肉塊と化した馬の破片が直撃して命を刈り取られる。そしてある者は砲弾で吹き飛ばされた友軍の首が顔面に直撃し、頭蓋骨が粉砕される。ノルトラント帝国軍両翼は一瞬にして阿鼻驚嘆の地獄となった。


 しかしそれも4斉射で終わる。最後の爆発音を聞いた彼らが次に聞いた音は高らかな突撃ラッパであった。ノルトラント帝国軍両翼騎兵はこの後数分で統制を失い、さらに10分後にはごく僅かな生き残りが必死の逃走を試みるまでに壊滅していた。逃走に成功した者は僅かで、そして2度とノルトラント帝国軍には戻ってこなかった。




 だがこの事態に対してもノルトラント帝国軍本陣には危機感がなかった。せいぜいが「これだから補助軍(傭兵)は」と、頼りにならない傭兵に呆れるだけだった。

 ノルトラント帝国軍の強みは結束力の高い重装歩兵にある。この重装歩兵によって幾度となく繰り返されてきたタイハン国との紛争をしのいできた。だがその結束力も、度重なるガリア王国、第2ロマーニ帝国との戦争で徴収兵や傭兵の比率が高まり、揺らぎつつあった事に気付いている者は数少ない。上層部は過去の歴史の栄光にしがみついていた。重装歩兵が健在なら国家も健在。ノルトラント帝国は永遠であると。

 そして今日、彼らは知るのだ。その栄光は既に過去のものであり。これからは新しい時代が始まる。そしてそこにノルトラント帝国の居場所は無いという事を。




 彼我の歩兵が800メートルまで近づいた時、第2ロマーニ帝国軍歩兵隊で進軍ラッパが鳴り響いた。そして500メートルまで近づいた時、第2ロマーニ帝国軍が停止し、ライフル銃を構える。


 発砲。


 第2ロマーニ帝国軍の姿が硝煙に隠れる。そしてノルトラント帝国軍重装歩兵はバタバタと倒れた。それでも彼らは前進を止めない。投げ槍が届く距離まで前進する事が彼らのドクトリンだ。鉄砲もないわけではなかったが、数が少なく、活用方法もなく、ただ本陣の周囲にバラバラに配置されているだけだった。


 そして彼らはとうとう投げ槍を投げる事は叶わなかった。犠牲は射撃の猛烈さに比べれば少なかったが、その轟音と、今までにない犠牲の数に士気が折れてしまったのだ。200メートルまで迫ったところで彼らは歩みを止めてしまう。重装歩兵の百人隊長がバタバタと戦死してしまった事も彼らの士気を削り、混乱に導いた。

 本陣では歩みが止まった事に激怒し、叱咤激励の声が飛ぶが、何の効果もない。彼らの意思に反して混乱と士気低下は全部隊に広がっていく。


 そして数分後、彼らに決定打が打たれる。第2ロマーニ帝国軍両翼騎兵がノルトラント帝国軍の側背に殺到したのだ。これによりノルトラント帝国軍の側面と背後は完全に塞がってしまった。そして前方では第2ロマーニ帝国軍歩兵隊の突撃ラッパが響いた。そしてノルトラント帝国軍重装歩兵隊中央に砲弾が降り注ぎ始めた。そして不幸な事に、その中央はノルトラント帝国軍本陣であった。




 ノルトラント帝国軍側背では第2ロマーニ帝国軍騎兵隊が槍を振るい、前方ではライフル銃をこん棒として振るう歩兵がノルトラント帝国軍重装歩兵を圧迫している。そして中央では砲兵の射撃によって重装歩兵だったものが宙を舞う。


 「……地獄だな」


 梅子がぼそりと呟く。


 「……戦争なんてそんなものさ。楽しいお遊びなら俺は毎日戦争しているよ。戦争が残虐でなければ誰も彼もが戦争好きになってしまうのではないか?まあ俺も最近の戦争は好きではない。想像上の戦争は心躍るが、現実の戦争は悲惨だ。特に最近は命令1つであんな風に人が死ぬ。昔のような貴族が剣を振るって名誉を競う時代は過去になってしまったんだよ」


 エーリカが悲し気に言う。彼女は戦争の天才だ。だからこそ戦争の変化を敏感に感じ取っている。戦争の進化には胸躍るものがあるが、しかしそれは必ずしも彼女の好む変化ではない。


 「……戦争が残虐である事を知るのはいつも戦争が始まってからだ。そして俺は戦争を変えてしまった。だからこそ、俺は前に進み続けねばならない。俺達が生き残るために。そして、戦乱の世を終わらせるために」


 「隼人、俺もついていくぞ。どんな地獄だろうと、どれほど手を血に染めようと」


 「拙者もだ。もはや刀の時代ではないかもしれない。だが隼人に良心がある限り、いつまでも支えていく。これは桜も、いや皆が同じ気持ちだろう」


 「……ありがとう」


 隼人の覚悟に、2人はどこまでもついていくと宣言し、隼人に寄り添う。


 1人殺せば殺人者、100人殺せば英雄。だが何十万人殺した者は何と呼ばれるのだろうか?


 戦闘が終わり、ノルトラント帝国軍10万が消滅したのはそれから2時間後の事だった。




 隼人は戦闘が終わると、即座に行軍隊形に再編し、南に進路を向けた。ケルンを救援するためだ。もはやノルトラント帝国には抵抗する術がないからだ。だが、どこか自分が何かから逃げている。そんな感情を抱かずにはいられなかった。




 帝国歴1799年7月10日、隼人の主力に代わってノルトラント帝国を制圧する歩兵第3師団を主力とする北方支隊はノースグラードを包囲した。そしてその高い城壁はその日の朝に独立野戦重砲連隊によって粉砕され、歩兵が王城に殺到。歩兵砲が城門を吹き飛ばし、城内はあちこちで手榴弾や白兵戦で血に染まった。


 そして玉座の間の扉がこじ開けられた時、しわがれた老人の声が響いた。


 「ファイヤーボール!」


 すると小さな火の玉が兵達の頭上を掠めた。それと同時に玉座の老人が崩れ落ちる。

 両者に僅かな動揺が生じたが、双方の指揮官の「「突撃!」」の声に混乱が収まり、白兵戦が始まる。


 この日の夕刻、玉座の老人、ノルトラント帝国皇帝はついに第2ロマーニ帝国に捕らわれた。こうして西に沈む太陽とともに大陸最古の国家は終焉を迎えたのである。

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